――対策委員会・教室*1
時は少し遡り、今日の昼頃。アビドス対策委員会が使っている教室には、アルバイト中のセリカを除く対策委員会のメンバー全員が集まっていた。
「このままだとセリカちゃんが危ないって……先生、それはどういうことですか!?」
友人が危険な状況にあると聞いて、セリカと同じ1年のアヤネが慌てた様子でハルに尋ねる。
彼女だけでなく、他の生徒たちも同じような表情をしていた。そんな生徒たちの疑問に答えるように、ハルは口を開く。
「文字通りの意味だよ。おそらく、そう遠くない未来にアビドスに良くないことが起こる。今のままでは危ない……というか、ほぼ間違いなくセリカが狙われるね」
「その根拠は?」
続けて、珍しく真面目な顔をしたホシノが質問する。
「順序立てて、説明していくよ。……まず、あまり自覚はないだろうけど、あなたたちはこの学園都市全体でも有数の実力者集団だ。それこそ、三大学園の治安維持組織に匹敵するくらいにはね」
アビドス高等学校の生徒は5名。しかし、その実力は並の生徒とは比較にならない。アビドス特有の過酷な環境で鍛え抜かれた肉体と、補給もままならない状況で幾度もの戦闘を潜り抜けてきた戦闘センスは伊達ではない。
最終的には数の差を前に敗北することにはなるだろうが、キヴォトス三大自治区の治安維持組織とも十分に張り合えるだけの実力がある。
「当然、その辺りの不良が束になったところで、あなたたちに適うはずがない。……だから、ヘルメット団は兵糧攻めに出たんだよ」
「兵糧攻め……ですか?」
「うん。何度も襲撃を繰り返すことでアビドスの補給が底を突くのを待ち、あなたたちが弱ったところで一網打尽にする。……まあ、その作戦も今となっては意味をなさないものだけど」
これまでの情報と自身の経験を下に、ヘルメット団が立てた策略を一つずつ解体していく。兵糧攻め。敵方を包囲することで、補給を断ち、戦いを有利に進めるための戦略だ。アビドスの生徒に実力で劣るヘルメット団が、この作戦を選んだのも納得がいく。
事実として、アビドスはこの策によってあと一歩のところまで追い詰められていた。だが……。
「昨日の襲撃は、最後の仕上げみたいなものだった。補給品が底を突き、あとは瀕死の獲物にとどめを刺すだけ……けど、そこで彼女たちにとって想定外の出来事が起こった」
「……先生の来訪だね」
ホシノの言葉に、ハルがこくりと頷く。
「そのとおり。長い時間と資源を投じて用意してきた策が、私が来たというだけで容易く覆ってしまった。これで諦めてくれるような相手なら良かったんだけど……多分、それはないだろうね」
「先生の言う通りだと思う。ヘルメット団は、その程度で諦めるような奴らじゃない」
シロコが普段より鋭い目つきで言う。彼女の言う通り、ヘルメット団は一度や二度の失敗で容易に諦めるような連中ではない。その執着心や行動力は並大抵のものではなく、今も、再びアビドスに攻め入る準備を進めているはずだ。他の生徒も、その言葉に異論はなかった。
「兵糧攻めは失敗。かと言って、正面から馬鹿正直に攻めたところで、返り討ちに遭うのが目に見えている。……となれば、残る策はひとつだけ。アビドスの生徒を人質として利用すること」
「……それは、人質を使って脅すってことですか?」
恐る恐ると尋ねるアヤネに対して、ハルは首を縦に振った。
「今朝、偶然出会ったセリカから聞いたんだけど……借金返済のために、セリカはアルバイトをしているみたいなんだ」
「え!? せ、セリカちゃん、バイトなんてしてたんですか!?」
アヤネが驚きの声を上げる。彼女だけではなく、他の生徒たちも目を丸くしていた。
「うん。柴関ラーメンってラーメン屋でアルバイトをしているみたいだよ」
「そうだったんですね☆ 時々姿を消していたのは、バイトだったということですか!」
「うへ、柴関ラーメンかー。セリカちゃんのバイト先と言えば、やっぱそこしかないよねー」
柴関ラーメン。アビドスの生徒たちもよく訪れる、名物ラーメンの店。
ノノミとホシノは納得した様子を見せている。彼女たちも柴関ラーメンによく食べに行くため、セリカが働いていると聞いても大して驚くことはなかった。
「1年生。しかも、アルバイトで一日のスケジュールがある程度固定されている。襲撃する側からしてみれば、こんなに都合のいい相手はいないだろうね」
「なるほどねー、帰宅途中のセリカちゃんを拉致して、自分たちのアジトに連れて行こうってことかー」
「学校を襲うくらいじゃ物足りなくて、人質を取って脅迫しようってことかな」
人質として、これほどおあつらえ向きの相手もいない。アルバイトの帰り道、セリカが人通りの少ない道を歩いているところを狙って襲撃するだけで、アビドスの生徒を簡単に掌中に収めることができるのだから。
万が一にもセリカが人質に取られてしまった場合、他のアビドスの生徒もヘルメット団に逆らえなくなる。そうなれば、今度こそ、ヘルメット団に屈することになってしまうだろう。
「だから、セリカを守る必要がある……そういうことだね? 先生」
「流石はシロコだね。物分かりが早くて助かるよ」
生徒たちが事態を正確に把握したのを見て、ハルは話を続けた。
「私が今日来たのは他でもない。セリカを守るために、あなたたちの力を貸してほしいんだ」
「分かりました! 私たちに任せてください!」
アヤネが真っ先に了承する。それに続いて、他の生徒たちも次々に首を縦に振った。
「ありがとう。なら、まずは襲撃ポイントの割り出しからだね」
そう言って、ハルは部屋中央の大きな机の上にアビドス自治区の地図を広げる。
「まずは地図を見てもらえるかな? 柴関ラーメンの位置がここ。この地点からセリカの家までのどこかで、ヘルメット団は襲撃をかけてくるはずだよ」
地図上に赤いペンで二つ印をつけ、その間を真っ直ぐに一本の線で結ぶ。
「んー、私はここだと思うよー。この道は人通りも少ないし、住宅街からも外れてるからねー」
ホシノが地図の一点を指差しながら発言する。
「ここは……過疎化が進んでいる住宅街の端の方ですね?」
「住民もいないし、廃墟になったエリア……奴らが襲撃をかけるには絶好の場所だね」
ノノミとシロコもホシノの意見に同調する。彼女たちの言うとおり、ホシノが指差したエリアは人通りが少なく、お世辞にも治安が良いとは言えない地域だ。ヘルメット団の襲撃にはもってこいのポイント。ハルも、ホシノと同じエリアが襲撃に最適なポイントであると考えていた。
「よし、それならここに網を張ろう……と言いたいところだけど、もう一つだけ問題がある。それは、相手の戦力が分からないこと。下手をすると、守りきれない可能性もある」
だから……とハルは顔を上げ、目の前にいるアビドスの生徒たちへと目を向けた。
「私の独断でシャーレ所属の生徒に協力を仰いだ。紹介するね。……ワカモ、入ってきて」
ガチャッと扉が開き、薄桃色の着物を身に纏う少女……ワカモが教室に入ってくる。そして、そのままハルの隣に並び立った。
「……」
一目、ワカモの姿を目にしたシロコからバチッと火花が散る。本能的に、シロコは目の前の女に警戒心を抱いた。しかし、ワカモはそんなシロコの反応を気にした様子もなく、恭しく一礼する。
その礼には一分の隙もなく、完璧な所作が凝縮されているようにすら思えるほど。彼女の美しい着物も相まって、その物腰はまるで大和撫子のように様になっていた。
「うふふ……。はじめまして、アビドス高等学校のみなさん。ワカモと申します。以後お見知りおきを」
丁寧なお辞儀と共に、ワカモが自己紹介をする。その名を聞き、ホシノはスッと目を細くした。
「……これはまた、随分と大物を連れてきたね」
「ホシノ先輩? ワカモさんのことをご存知なんですか?」
「ご存知もなにも、ワカモと言えば……」
◇ ◇ ◇*2
「連邦矯正局を脱獄した囚人たち……『七囚人』のひとり、か」
……時は少し遡り、ホシノとワカモがセリカの窮地に駆けつけるより少し前のこと。シロコは昼間の会話を思い出していた。
連邦生徒会長が失踪した直後、連邦生徒会の機能は一時的に麻痺していた。その隙を突き、ワカモと共に連邦矯正局を脱獄した7人の囚人。各自治区の自警意識が高いキヴォトスにおいて、なおも矯正局に収監されるほどの凶悪犯――それが『七囚人』である。
「本当にビックリですね!」
「うん……」
心ここにあらずといった様子のシロコに気づき、不思議そうにノノミが首を傾げる。
「シロコちゃん……どうかしたんですか?」
「……なんでもない」
「?」
シロコが何を考えているのか、ノノミには知る由もない。だが、ひとつだけ確かなことがあるとすれば、それはシロコがワカモという生徒に対して何かしら思うところがある、ということだ。その何かは、シロコ自身にしか分からないものだろう。
『Aチームがカタカタヘルメット団と戦闘を開始しました! ここからは実力行使です!』*3
突然、通信装置からアヤネの声が響き渡る。どうやら、件のワカモとホシノがヘルメット団と交戦状態に入ったようだ。ワカモとホシノの介入により、セリカへの襲撃は未然に防がれた。ひとまず、セリカの安全は確保されたわけだ。
だが……ヘルメット団の脅威が完全に消えたわけではない。ここから先は、アビドス高等学校の生徒たちによる迎撃戦となる。
「ノノミ、私たちも行くよ」
「はーい! ノノミー、行きまーす!」
ホシノとワカモ、特記戦力2人に釘付けとなっているヘルメット団の後方から、ノノミは固有武器『リトルマシンガンV』より弾丸を扇状に連続発射する。
まさか背後から攻撃されるとは夢にも思っていなかったのだろう。ノノミの奇襲は狙い通り、ヘルメット団の団員を次々と撃ち抜いていく。奇襲の効果は抜群で、大半は何が起こったかも分からぬままに、力なく地面に倒れ伏した。
「うわあああっ!!」
「ぐうっ!!」
突然の奇襲に驚き、伏兵の存在に気付いたヘルメット団たちが慌てて振り返る。しかし、その隙を見逃すシロコではない。獣人特有の健脚で一息に距離を詰めたシロコは、
ダダダダダダダッ!
戦車上部のハッチから内部へと侵入したシロコが、銃口を戦車の操縦席にいるヘルメット団へ向ける。そして、その引き金を躊躇なく引いた。放たれた弾丸は容赦なく戦車内部に撃ち込まれ、無慈悲にも操縦士の意識を奪い去る。
これで、敵の主力である戦車は沈黙。あとはアビドスの生徒たちにとっては物の数にも入らない烏合の衆ばかり。片が付くまでに、そう時間はかからなかった。
◇ ◇ ◇*4
『敵の全滅を確認! 並びに、セリカちゃんの保護も確認! 私たちの勝利です!』
「わあ☆ 私たち、勝ちました!」
「備えあれば憂いなし。シンプルなルールだ」
アビドスの生徒たちが勝利に沸き立つ。意気揚々とした様子で、セリカの周りに集まっていく。
「セリカが無事そうで安心したよ」
「な、なんで先生まで!? どうやってここまで来たの!?」
「古今東西、囚われの
「ば……ばっ……!」
セリカの顔全体に熱が広がっていく。
「バッカじゃないの!?」
そして、火山が噴火するかのように叫び声を上げた。
「だ、誰がヒロインよ!! 冗談やめて! ぶ、ぶん殴られたいの!?」
「うへ、元気そうじゃーん? 無事確保完了ー」
怒り心頭のセリカの様子に、ホシノは安心した様子で微笑んでいる。
その一方、友人の無事を確認したアヤネは、安堵と喜びのあまりに涙ぐんだ声を漏らした。
『よかった……セリカちゃん……私、セリカちゃんが危ないって聞かされて……』
「アヤネちゃん……」
同じ1年生の2人は仲のいい友達同士だ。そんな友達が心の底から自分のことを心配してくれていたことを知り、セリカは気まずさと嬉しさが混ざったような表情をアヤネに向ける。
……と、そこで。ヘルメット団のリーダー格を引きずったワカモが、一同の前にやってきた。
「うふふふっ……先生、羽虫どもの処遇はどうなさいますか?」
「は、羽虫……?」
ワカモの口から放たれた耳を疑う言葉に、アビドスの生徒たちは目を白黒させる。
しかし、ワカモの苛烈な発言が冗談でないのは誰の目にも明らかだった。なぜなら、彼女がヘルメット団のリーダーに向ける視線は、まるで虫けらでも見たかのように冷たかったからだ。
「そうだね……昔から悪い子のお仕置きはこれって相場が決まってるよ」
ベンチに腰を下ろし、膝の上でうつ伏せになるように団員の一人を寝かせる。スカートをめくりあげ、お尻を露出させると大きく右手を振り上げ――*5
パシィィン!
「!? な、なにが……!?」
「……!」
「うへぇ……」
「え、えっ……?」
「こ、これは……!?」
アビドスの生徒たちが一様に目を見開く。それもそのはず。当の本人ですら、自分の身に何が起こっているのか分かっていない様子だったのだから。
スパァァン!
「うあああっ!! ま、まさか、アビドスの!? いったい、私になにを……」
「子供のお仕置きと言えば……お尻ペンペンに決まってるでしょ?」
「なっ、なんだって!?」
「一人百回! しっかりと心の底から反省するように!!」
パシィィン! スパァァン! パシィィン!!
スカートを捲りあげたことで丸見えになっている、下着を剥き出しにしたお尻に容赦なく手を振り下ろす。痛みそのものはそれほどでもないが、よりによってアビドスの生徒たちの前でこんなお仕置きを受けるなど、年頃の少女には耐え難い恥辱だった。
その日、アビドスでは夜遅くまで少女たちのあられもない悲鳴が木霊したという……。
――高層オフィスビル*6
「……格下のチンピラごときでは、あの程度が限界か。主力戦車まで送り出したというのに、このザマとは」
夜のオフィス。黒いスーツに身を包む大柄の人影が吐き捨てるように呟いた。
その人物の視線の先にあるモニター画面には、無残にも大破した戦車の残骸が映っている。車体に『KAISER PMC』の文字が刻まれているその戦車は、紛れもなくシロコとノノミによって破壊されたヘルメット団の戦車そのものだった。
「ふむ……となると、目には目を、生徒には生徒を……か。専門家に依頼するとしよう」
人影は、懐から携帯端末を取り出すと、慣れた手付きで番号を打ち込んでいく。
『はい、どんなことでも解決します。便利屋68です』
「仕事を頼みたい、便利屋」
TIPS:
七囚人。
連邦生徒会長が失踪したことで連邦生徒会が混乱した隙を突いて脱獄した7人の囚人の総称。
あくまで便宜上の識別名であり、実のところ名称自体には何の特別性もない。
部隊編成:
・砂狼シロコ
・十六夜ノノミ
後書き:
「さらわれたお姫様を助けるのは勇者の役目!」
原作先生のセリフ、これ、どう見ても『パヴァーヌ編』を意識していますよねぇ……。