――対策委員会・教室*1
「……それでは、アビドス対策委員会の定例会議を始めます」
翌朝、教室には対策委員会のメンバーとワカモ、そしてハルの合計7人が集まっていた。
あのあと、セリカを襲撃したヘルメット団の団員全てに尻叩き百回の刑を有言実行したハルは、ドン引きする生徒たちと共にアビドス高等学校へと戻ってきた。そして、生徒たちの身の安全を確保するために、その日の夜は全員で学校に寝泊まりした。
「本日は先生にもお越しいただいたので、いつもより真面目な議論ができると思うのですが……」
「は~い☆」
「もちろん」
「何よ、いつもは不真面目みたいじゃない……」
ノノミとシロコが元気よく声を上げる一方、セリカは不機嫌そうに眉根にシワを寄せる。
お泊まり会で親交を深めたアビドスの生徒たちの提案により、外部の2人も今回の定例会議へ同席することになった。セリカも昨夜の一件でハルたちに恩を感じているようで、特に反対せず会議への参加を了承している。
……とはいえ、やはりハルたちの存在は気になるようで、横目でチラチラとそちらを見ている。
「うへ、よろしくねー、先生」
「よろしく」
ホシノはいつもと変わらないゆるい喋り方でハルに声をかける。応じたハルも、緊張した風もなければ、気負った様子も感じさせない。まさに普段通りと言わんばかりの自然体だった。これが年長の余裕というものなのだろう。
「早速議題に入ります。本日は、私たちにとって非常に重要な問題……『学校の負債をどう返済するか』について、具体的な方法を議論します。ご意見のある方は、挙手をお願いします!」
「はい! はい!」
「はい、1年の黒見さん。お願いします」
真っ先に手を挙げるセリカだったが、アヤネの他人行儀な呼び方に唇を尖らせて不満を零す。
「……あのさ、まず名字で呼ぶの、やめない? ぎこちないんだけど」
「せ、セリカちゃん……でも、せっかく会議だし……」
「いいじゃーん、おカタ~い感じで。それに今日は珍しく、先生もいるんだし」
「珍しくというより、初めて」
「ですよね! なんだか委員会っぽくてイイと思いま~す☆」
「はぁ……ま、先輩たちがそう言うなら……」
渋々、先輩たちの意見を尊重すると、改めてセリカは口を開いた。
「……とにかく! 対策委員会の会計担当としては、現在我が校の財政状況は破産の寸前としか言いようがないわっ! このままじゃ廃校だよ! みんな、わかってるよね?」
「うん、まあねー」
「毎月の返済額は、利息だけで788万円! 私たちも頑張って稼いではいるけど、正直利息の返済も追いつかない。これまで通り、指名手配犯を捕まえたり、苦情を解決したり、ボランティアするだけじゃ限界があるわ」
そこで一旦、セリカは言葉を区切ると、コホンと咳払いをしてから話を続ける。
「要するに、このままじゃ、埒が明かないってこと! 何かこう、でっかく一発狙わないと!」
「でっかく……って、例えば?」
「これこれ! 街で配ってたチラシ!」
意気揚々とセリカは鞄の中から1枚のチラシを取り出した。
「これは……!?」
「どれどれ……『ゲルマニウム麦飯石ブレスレットであなたも一攫千金』……ねえ……?」
「そうっ! これでガッポガッポ稼ごうよ!」
自信満々に言い放つセリカだったが、アヤネとホシノは困ったように顔を見合わせる。
「この間、街で声をかけられて、説明会に連れていってもらったの。運気を上げるゲルマニウムブレスレットってのを売ってるんだって!」
「……」
「これね、身に着けるだけで運気が上がるんだって! で、これを周りの3人に売れば……」
そこでようやく、周りの面々が何とも言えない微妙な顔をしていることに気が付いたセリカは、怪訝な表情をして首を傾げた。どうして、みんなはそんな顔をしているのだろうか。
「……みんな、どうしたの?」
「却下ー」
「えーっ!? なんで? どうして!」
「セリカちゃん……それ、マルチ商法だから……」
「儲かるわけない」
「むしろ、罰金刑などの対象になりますよ」
「へっ!?」
自分自身も罪人の1人として法律関係にも造詣の深いワカモから、マルチ商法の詳しい罰則を聞かされたセリカは愕然とした様子だった。お金を稼ぐために必死に情報を集めたのに、それが犯罪行為だったなんて……。
「そもそもゲルマニウムと運気アップって関係あるのかな……こんな怪しいところで、まともなビジネスを提案してくれるはずなんてないよ……」
「そっ、そうなの? 私、2個も買っちゃったんだけど!?」
「セリカちゃん、騙されちゃいましたね。可愛いです☆」
「……!!」
「まったく、セリカちゃんは世間知らずだねー。気を付けないと、悪い大人に騙されて、人生取り返しのつかないことになっちゃうかもよー?」
「そ、そんなあ……せっかくお昼抜いて貯めたお金で買ったのに……」
とぼとぼと力なく肩を落として、セリカは自分の椅子に座り込む。気のせいか、おなかが空いてきたような気がする。意気消沈する後輩を励ますように、ノノミはその肩にそっと手を置いた。
「大丈夫ですよセリカちゃん。お昼、一緒に食べましょう? 私がご馳走しますから」
「ぐすっ……ノノミせんぱぁい……」
「えっと……それでは、黒見さんからの意見はこの辺で……他にご意見のある方……」
「はい! はい!」
「えっと……はい、3年の小鳥遊委員長。ちょっと嫌な予感がしますが……」
2人目の発案者は、委員長のホシノ。面倒臭がり屋の彼女が会議に積極的に参加してくれるのは喜ばしいのだが、アヤネとしては嫌な予感しかしないというのも正直なところだった。
「うむうむ、えっへん! 我が校の一番の問題は、全校生徒がここにいる数人だけってことなんだよねー。生徒の数イコール学校の力。トリニティやゲヘナみたいに、生徒数を桁違いに増やせれば、毎月のお金だけでもかなりの金額になるはずー」
「え……そ、そうなんですか?」
「そういうことー! だからまずは生徒の数を増やさないとねー、まずはそこからかなー。そうすれば議員も輩出できるし、連邦生徒会での発言権も与えられるしね」
「鋭いご指摘ですが……でもどうやって……」
「簡単だよー、他校のスクールバスを拉致ればオッケー!」
「はい!?」
「……あなた様? その……もしかして、彼女たちはこのワカモよりも危ういのでは……」
「あ、あはは……」
とんでもないことを平然と言ってのけるホシノに、アヤネは思わず驚きの声を上げ、ワカモも引きつった顔をハルに向ける。だが、ハルは何も言えずに苦笑してお茶を濁すしかなかった。
「登校中のスクールバスをジャックして、うちの学校への転入学書類にハンコを押さないとバスから降りられないようにするのー。うへ~、これで生徒数がグンと増えること間違いなーし!」
「それ、興味深いね。ターゲットはトリニティ? それともゲヘナ? ミレニアム? 狙いをどこに定めるかによって、戦略を変える必要があるかも」
「お? ……えーっと、うーん……そうだなあ、トリニティ? いや、ゲヘナにしよーっと!」
「ちょ、ちょっと待ってください! そんな方法で転校とかってありなんですか!?」
強制転校計画に前向きな反応を示すシロコに対して、ホシノはあれ? と首を傾げるが、まあいいやと話を先に進める。セリカに続けてホシノまでそんな提案をするものだから、もはやアヤネは頭痛が止まらなくなっていた。
「それに、他校の風紀委員が黙っていませんよ……」
「うへ~やっぱそうだよねー?」
「やっぱそうだよねー、じゃありませんよ、ホシノ先輩……もっと真面目に会議に臨んでいただかないと……」
そう苦言を呈すると、アヤネはこめかみを押さえながら、深いため息をひとつ吐いた。
「いい考えがある」
「……はい、2年の砂狼シロコさん……」
「銀行を襲うの」
「はいっ!?」
3人目。シロコの突拍子もないアイデアに、これまたアヤネは素っ頓狂な声を上げてしまう。
「確実かつ簡単な方法。ターゲットも選定済み。市街地にある第一中央銀行。金庫の位置、警備員の動線、現金輸送車の走行ルートは事前に把握しておいたから」
「さっきから一生懸命見てたのは、それですか!?」
「5分で1億は稼げる。はい、覆面も準備しておいた」
シロコは0から4までの番号が振られた覆面を机の上に並べると、額の部分に数字の2が刺繍された青い覆面を己の顔に被せる。
「いつの間にこんなものまで……」
「うわー、これ、シロコちゃんの手作りー?」
「わあ、見てください! レスラーみたいです!」
と、3号の緑の覆面を被ったノノミがクルクルとその場で回転しながら嬉しそうに声を上げる。
「いやー、いいねぇ。人生一発でキメないと。ねえ、セリカちゃん?」
「そんなわけあるか!! 却下! 却下ー!!」
「そっ、そうですっ! 犯罪はいけませんっ!」
ノリノリで1号の覆面を取るホシノの発言を、常識人寄りのセリカとアヤネは全力で却下する。
「そんなふくれっ面をしてもダメなものはダメです、シロコ先輩っ!」
2号の覆面を脱ぎ、頬を大きく膨らませて不満を露わにするシロコに、アヤネは毅然とした態度で言い放つ。いくらお金が必要とはいえ、越えてはいけない一線と言うものが存在するのだ。
「はあ……みなさん、もうちょっとまともな提案をしていただかないと……」
「あのー! はい! 次は私が!」
「はい……2年の十六夜ノノミさん。犯罪と詐欺は抜きでご意見をお願いします……」
「はい! 犯罪でもマルチ商法でもない、とってもクリーン且つ確実な方法があります!」
最後の刺客。十六夜ノノミの提示したアイデア、それは――
「アイドルです! スクールアイドル!」
「ア、アイドル……!?」
「そうです! アニメで観たんですけど、学校を復興する定番の方法はアイドルです! 私たち全員がアイドルとしてデビューすれば……」
「却下」
ノノミのアイデアを即座に却下したのは、その体の凹凸がやけに少ないホシノだった。
「あら……これも駄目なんですか?」
「なんで? ホシノ先輩なら、特定のマニアに大ウケしそうなのに」
「うへーこんな貧弱な体が好きとか言っちゃう輩なんて、人間としてダメっしょー。ないわー、ないない」
と、ホシノはぱたぱたと手を横に振った。そんな態度に不満そうに、ノノミが口を尖らせる。
「決めポーズも考えておいたのに……」
しかし、すぐに表情を戻すと、じゃーん! と、満面の笑みでポーズを堂々と披露する。
「水着少女団のクリスティーナで~す♧」
「どういうことよ……。何が『で~す♧』よ! それに『水着少女団』って! だっさい!」
「えー、徹夜で考えたのに……」
不満を口にするノノミだったが、彼女の提示したアイデアに賛同する者はひとりもいなかった。
「あのう……議論がなかなか進まないんですけど、そろそろ結論を……」
「それは先生に任せちゃおうー。先生、これまでの意見で、やるならどれがいい?」
「えっ!? これまでの意見から選ぶんですか!? も、もう少しまともな意見を出してからの方がいいのでは!?」
「大丈夫だよー。先生が選んだものなら、間違いないって」
「ちょ、ちょっと待ってください! なんでそう言い切れるんですか!?」
続けざまに浴びせられた言葉の数々に、アヤネは悲鳴にも似た声を発してしまう。そんなアヤネの悲痛な叫びを無視して、会議はさらなる混沌へと突き進んでいく。
「まさかアイドルをやれなんて言わないよね?」
「アイドルで☆ お願いします♧」
「……」
鋭い口調で問いかけるセリカ。期待に満ちた顔をするノノミ。スッと先程の覆面を被るシロコ。
生徒会全員からじーっと視線を向けられたハルは、自分を見つめる生徒の顔を見回したあと、意を決したように自らの選択を言葉にした。
「銀行を襲う!」*2
宣言すると同時に、鞄の中から取り出した黒い覆面を自らの顔に装着するハル。その額の位置には、まるで示し合わせたかのようにローマ数字でⅠと刺繍されている。
「せ、先生!? 本気ですか!? い、いえ、それよりも……どうしてそんなものを!?」
「え? どうしてって、それは……銀行を襲うために?」
アヤネから覆面の所持理由を尋ねられたハルは、覆面越しにも分かるようなきょとんとした顔で、その問いに答える。どう考えても悪ふざけとしか思えない返答を聞かされたアヤネは、憮然とした表情で頭を抱えてしまう。
「ふふふっ……はい、かしこまりました。あなた様がお望みでしたら、ご随意に……!」
「あはははー! よし、決まりー! それじゃあ出発だー!」
「きゃあ~☆ 楽しそうです!」
ワカモとホシノは、まだ何も計画内容を聞いていないというのにすっかりその気になっている。
このままでは、本当に銀行を襲うことになってしまう。止めなくてはと焦るアヤネだが、その思いはホシノの明るい声によって無惨にもかき消されてしまう。そして、ノノミもホシノに同調して賛成の意を表明するものなので、もはや誰にも止めることなど出来はしなかった。
「ほ、ホントに? これでいいの?」
「うへ~いいんじゃなーい?」
「計画は大胆なほどいい。でしょ、アヤネ?」
「……い……」
「い……?」
「いいわけないじゃないですかぁ!!」
ガッシャーン!
ただ一人、周りの空気に流されずに自分を保っていたアヤネは、ついに耐えきれなくなり、学校の外にまで響き渡るような大声で叫んだ。
「出たー! アヤネちゃんのちゃぶ台がえしー!」
「……」
「きゃあ、アヤネちゃんが怒りました! 異常事態です!」
「うへ~キレのある返しができる子に育ってくれたねえ。ママは嬉しいよーん」
「誰がママですかっ! もうっ、ちゃんと真面目にやってください!」
怒り心頭で顔を真っ赤にしながら、アヤネは心の奥底に溜め込んでいた不満を爆発させる。
「いつもふざけてばっかり! 銀行強盗とかマルチ商法とかそんなことばっかり言って!」
そんな彼女の剣幕に、セリカもシロコも、そしてホシノさえも黙ってしまう。普段怒らない人ほど怒ると怖いとはよく言ったものだが、今のアヤネには有無を言わせぬ迫力があった。結論を言うと、このあと滅茶苦茶説教された。
TIPS:
アビドス高等学校。
特級危険人物のワカモもドン引きする提案が会議中に続出する学校です。