――アビドス高等学校・校門前*1
キーンコーンカーンコーン!
「……あ、定時だ」
「今日の日当だとここまでね。あとは自分たちでなんとかして。みんな、帰るわよ」
チャイムの音。同時に、傭兵バイトが帰り支度を始める。予想外の展開に呆然とするアビドスの生徒たちなど全く意に介さず、テキパキと帰る準備をする傭兵たち。そして、そのまま帰ろうとする彼女たちを、アルが焦りながら呼び止める。
「は、はあ!? ちょ、ちょっと待ってよ!!」
「終わったってさ」
「帰りに蕎麦屋にでも寄ってく?」
「こらー!! ちょっ、どういうことよ!? ちょっと! 帰っちゃダメ!!」
アルが慌てて傭兵たちの下へと駆け寄り、引き留めようとする。が、彼女たちはそんなアルを無視し、仕事は終わりとばかりに帰り道へと進んでいく。
「……」
「こりゃヤバいね。まさかこの時間まで決着がつかないなんて……アルちゃん? どうする? 逃げる?」
「あ……うう……」
もはや戦う気など微塵もない傭兵たちを前に、アルは言葉に詰まる。そして、これ以上の戦闘は無理だと判断すると、八つ当たりのようにアビドスの生徒たちに捨て台詞を吐いた。
「こ、これで終わったと思わないことね! アビドス!!」
「あはは、アルちゃん、完全に三流悪役のセリフじゃんそれ」
「うるさい! 逃げ……じゃなくて、退却するわよ!」
アルたちが去っていく。残されたのは、呆然とするアビドスの面々だけ。
「待って! ……あ、行っちゃいましたね」
「うへ~逃げ足速いね、あの子たち」
「無謀なことはせず退くべき時は退く判断力……このワカモも見習うべきかもしれませんね」
『……詳しいことは分かりませんが、敵兵力の退勤……いえ、退却を確認。困りましたね……妙な便利屋にまで狙われるとは、先が思いやられます……一体何が起きているのでしょうか……』
通信越しに聞こえてきたアヤネの声からは、戸惑いの感情がありありと伝わってくる。
「まあ、少しずつ調べるとしよう。まずは社長のアルって子の身元から洗ってみたら。なにか出てくるよ、きっと」
『はい。皆さん、お疲れ様でした。一旦、帰還してください』
……こうして、突如発生した戦いは終わりを迎えた。
――アビドス・住宅街*2
「あ、先生。おはようございます」
翌日の朝、今日も今日とてアビドス自治区を1人で散策していたハルは、たまたま顔を合わせたアヤネに挨拶を返す。
「おはよう、アヤネ。こんな朝早くからどうしたの?」
「えっと、今日は利息を返済する日でして……色々と準備があるんです。早めに登校して返済の準備もしないとですし、今後の計画も見直さないとなので……」
そこまで言ったところで、アヤネは思い出したように鞄の中からクリアファイルを取り出した。
「あ、そう言えば。昨日の方々の情報が見つかりました。後ほど、学校で詳細をご確認いただけますか? ゲヘナ学園の生徒だったのですが、」
「あっ、先生じゃん! おっはよー!」
アヤネがクリアファイルから1枚の書類を取り出そうとしたところで、背後から元気な声をかけられた。2人が振り返ると、やけに見覚えのある小柄な少女がハルの胸に飛び込んできた。突然すぎる衝撃に、ハルは思わずよろめきながらも、何とか少女の体を受け止める。
「な、ななっ!?」
「じゃじゃーん! どもどもー! こんなところで会うなんて、偶然だね!」
その少女の正体は、昨日アビドスの生徒たちを襲った便利屋の1人。浅黄ムツキ。彼女はギュッとハルの胸に抱きつくと、むにむにと顔を押しつけてくる。
「あははー! ん? 重い? 苦しい? ちょっとだけガマンだよー、先生」
「な、何してるんですか! 離れてください!」
「おっと、引っ張らないでよー」
アヤネがムツキの体を無理やり引き剥がす。名残惜しそうな声を上げるムツキからは、特に反省や謝罪の意思は微塵も感じられない。それどころか、自分が悪いことをしているという自覚すらないように思える。
「……誰かと思いきや、アビドスのメガネっ娘ちゃんじゃーん?」
ムツキの視線がアヤネを捉える。
「おっはよー、昨日ラーメン屋で会ったよね?」
「その後の学校の襲撃でもお会いしました! どういうつもりですか? いきなりなれなれしく振舞って……それに、メガネっ娘じゃなくて、アヤネです!」
アヤネの語気が荒くなる。だが、ムツキは気にする様子もなく、気楽な口調で言葉を返す。
「ん? だって私たち、別にメガネっ娘ちゃんたちのことが嫌いなわけじゃないし。ただ、部活で請け負ってる仕事だからさ。仕事以外の時は仲良くしたっていいじゃん?」
「いっ、今更公私を区別しようということですか!?」
アヤネが食い気味にそう尋ねると、ムツキはきょとんとした表情を作った。
「別にいいじゃん。それに『シャーレ』の先生は、あんたたちだけのモンじゃないでしょ? だよね、先生?」
「私は、生徒たちの味方だからね。……正直に本音を言えば、ケンカしないで仲良くしてくれると嬉しいけど……今はそれも難しいでしょ?」
「うん、こっちも仕事だからね。アルちゃんがモチベ高くてさ、適当にやると怒られちゃうから」
昨日、便利屋に恩を仇で返されたアヤネは、その言葉に怒りを露わにする。だが、当のムツキは特に悪びれる様子もなく口を開く。
「ま、いつかうちの便利屋に遊びにおいでよ、先生。アルちゃんもみんなも、きっと喜ぶからさ」
それだけ言い残すと、ムツキはくるりと踵を返し、手をひらひらと振りながら去っていった。
「それじゃ、バイバ~イ。アヤネちゃんもまた今度ね」
「また今度なんてありません!! 今度会ったらその場で撃ちます!」
「はいはーい」
やがてムツキの姿が見えなくなると、アヤネは怒りを収めるように大きく深呼吸をした。
「はあ……はあ……何ですか、あの人は……!」
―――アビドス高等学校・校門前
「……お待たせしました。変動金利などを諸々適用し、利息は788万3250円ですね」
アビドス高等学校がお金を借りているカイザーローンの銀行員。スーツを着用しているロボットの男性が、淡々とした声と口調で今回の返済内容を告げる。
「全て現金でお支払いいただきました、以上となります。カイザーローンとお取引いただき、毎度ありがとうございます。来月もよろしくお願い致します」
ブロロロ……と排気音を轟かせ、走り去っていくローン会社のトラック。それを全員で静かに見送った後、ホシノがポツリと呟く。
「はぁ、今月も何とか乗り切ったねー」
「……完済まであとどれくらい?」
「309年返済なので……今までの分を入れると……」
「言わなくてもいいわよ、正確な数字で言われるとさらにストレス溜まりそう……どうせ死ぬまで完済できないんだし! 計算してもムダでしょ!!」
シロコの質問に、アヤネが頭の中で大まかな試算をしながら答える。その答えを遮るように、セリカが憂鬱そうな口調で声を漏らす。309年ローン。それは、アビドス高等学校の面々が抱える途方もない借金。セリカの言うとおり、存命中に完済できる見込みは限りなく低い。
「ところで、カイザーローンはなぜ現金でしか受け付けないのでしょうね? わざわざ現金輸送車まで手配して……」
「悪い大人の1人として言わせてもらえば……現金の方が都合がいいから、だろうね」
「……? 都合がいいですか?」
「うん、現金だと足が付きづらいからね。悪い大人が使うには都合がいいんだよ」
「ふふっ……このワカモも仕事の際は現金前払いしか受け付けていません。……あっ、先生は別ですよ。この身も、心も、全部。全てあなた様のものですから……」
唐突に現れたワカモが、ハルと手を繋ぎながらそんなことを言い始める。その口説き文句に反応したのは、別の少女だった。ビキッと額に青筋を立てたシロコがワカモを睨みつける。
「シ、シロコ先輩……?」
「……アヤネ、どうしたの?」
「い、いえ……その、なんと言いますか……」
シロコの背中から立ち上る覇気にアヤネが言葉を詰まらせる。昨日の段階から嫌な予感はしていたが、この2人の相性は最悪のようだ。そんな後輩たちの様子に苦笑いしながら、ホシノは対策委員会の仲間たちを促す。
「ま、とりあえず先に解決するべきは、目の前の問題の方でしょ。とにかく教室に戻ろうー」
――対策委員会・教室*3
「全員揃ったようなので始めます。まずは、2つの事案についてお話したいと思います」
対策委員会としての顔と口調で、アヤネは資料の束を片手に会議を進行する。
「最初に、昨日の襲撃の件です。私たちを襲ったのは『便利屋68』という部活です。ゲヘナでは、かなり危険で素行の悪い生徒たちとして知られています」
と言いながら、4人の顔写真をアヤネは机の上に提示する。
「便利屋とは頼まれたことは何でもこなすサービス業者で……部活のリーダーの名前はアルさん。自らを『社長』と称しているようです。彼女の下には3人の部員がいて、それぞれ室長、課長、平社員の肩書があるとのことです」
「いやぁー、本格的だねー」
「社長さんだったんですね☆すごいです!」
ホシノはのほほんとした様子で、ノノミは目を輝かせながら、それぞれ感想を口にする。
「いえ、あくまでも『自称』なので……それで今はアビドスのどこかのエリアに入り込んでいるようです。今朝も会いましたし……」
「ゲヘナ学園では、起業が許可されているの?」
「それはないと思いますが……勝手に起業したのではないでしょうか」
「あら……校則違反ってことですね。悪い子たちには見えませんでしたが……」
シロコの疑問に、アヤネは首を左右に振りながら答える。そして、ノノミがそんな言葉で補足する。この資料には便利屋の生徒たちの能力や個人情報が事細かに載っていた。そこには便利屋68の経歴や大まかな性格まで記載されているのだが……
「実際、そこまで悪い子たちではないよ。この資料に書かれているように、何かと派手な被害を出すことから、あたかも非常に凶悪な集団のように噂されているけど、実態を知る関係者からは『セコい悪さをする奴ら』程度にしか思われていないみたい」
「先生、その言い方だと……便利屋について詳しいのですか?」
「顔見知りの生徒に1人、ゲヘナ学園の風紀委員会に所属してる子がいるんだよ。だから、ある程度の情報は持ってる」
「そうだったんですか。だったら、もう少し早く教えてもらいたかったです……」
アヤネが少し不満げに頬を膨らませると、ハルは申し訳無さそうに苦笑いしながら謝罪する。
「ごめんごめん。ただ、噂ほど危険な子たちじゃないから。そこだけは安心してくれていいよ」
「そうですか……」
「……アヤネちゃん、何かあったの? 並々ならぬ恨みを感じるんだけど……」
まだ納得の行ってなさそうなアヤネに、セリカがそっと声をかける。
「……いえ、特に何も。続きまして、セリカちゃんを襲ったヘルメット団の黒幕についてです!」
アヤネはあからさまに話題を変える。あっ、これ深く聞かないほうがいいやつだ……と、他の面々は静かに察して、それ以上の追及はしなかった。
「先日の戦闘で手に入れた戦略兵器の破片を分析した結果……現在は取引されていない型番だということが判明しました」
「もう生産してないってこと?」
「それをどうやって手に入れたのかしら」
「フフッ、お可愛らしいこと。そんな方法はひとつしかありませんね」
ワカモが意味深な笑みとともにシロコとセリカの疑問に答える。
「『ブラックマーケット』。あの場所は、時々思いがけないものが手に入るところですから」
大抵の品物を取り揃えた闇市。あらゆるモノが売り買いされる場所。治外法権が罷り通る正真正銘の無法地帯。それこそが『ブラックマーケット』。
「ブラックマーケット……とっても危ない場所じゃないですか」
「そうですね。あそこでは中退、休学、退学……様々な理由で学校を辞めた生徒たちが集団を形成しており、連邦生徒会の許可を得ていない非認可の部活もたくさん活動していると聞きました」
「便利屋68みたいに?」
「はい。それから便利屋68も、ブラックマーケットで何度か騒ぎを起こしていると聞いています」
「では、そこが重要ポイントですね!」
ノノミが元気よく声を上げる。アヤネは手元の資料に目を落としながら、言葉を続ける。
「二つの出来事の関連性を探すのも、一つの方法かと思います」
「よし、じゃあ決まりだねー。ブラックマーケットを調べてみよう。意外な手がかりがあるかもしれないしね」
ホシノのその言葉に全員が頷く。それから、彼女たちは調査のため、ブラックマーケットに向かう準備をして、アビドスの校舎から出発するのだった。
TIPS:
砂狼シロコ。
同じく先生への好感度が高く過激な行動に出るワカモとの相性は最悪。
正史では、ワカモを先生にまとわりつく危険な女と見なし先制攻撃を仕掛けています。