――ブラックマーケット・中心街*1
「はあ……しんど」
「もう数時間は歩きましたよね……」
「これは流石に、おじさんも参ったなー。腰も膝も悲鳴を上げてるよー」
あれから数時間。アビドス高等学校一行とヒフミの計7人は、ブラックマーケットの調査を続けていた。しかし、何の成果も得られぬまま、ただただ疲労だけが積み重なっていく。
セリカは疲れきった顔で足を引きずり、ノノミとシロコは額に滲んだ汗を拭い、ホシノはぐったりと体を前に傾けながら気怠げに呟く。
「えっ……ホシノさんはおいくつなのですか……?」
「ほぼ同年代っ!」
冗談半分のおじさんネタを本気にしたヒフミが困惑したように声を漏らすと、すかさずセリカがツッコミを入れる。そんなたわいもない談笑をしていたところで、不意にノノミが足を止めた。
「あら! あそこにたい焼き屋さんが!」
ノノミが指を差した方向には、たい焼き屋の屋台が構えられていた。たい焼きの甘い匂いが生徒たちの鼻をくすぐり、空腹を否応なしに刺激する。
「あれ、ホントだー。こんなところに屋台があるなんてね」
「あそこでちょっとひと休みしましょうか? たい焼き、私がご馳走します!」
「えっ!? ノノミ先輩、またカード使うの!?」
「私の『大人のカード』もあるよ?」
大人のカードを取り出す。対して、ノノミはその提案を拒否するように首を横に振った。
「ううん、私が食べたいからいいんですよ☆ みんなで食べましょう、ねっ?」
ノノミは財布から金色のクレジットカードを取り出し、屋台の店員に声をかける。たい焼きを7個買ってきて、それを1つずつ配る。全員に行き渡ったところで、揃って「いただきます」の挨拶をし、一斉に出来立てのたい焼きを口に運んだ。
「美味しい!」
「いやぁ、ちょうど甘いモノが欲しかったところだったんだー」
「あはは……いただきます」
セリカとホシノは満足そうに声を上げる。ヒフミも控えめに笑いながら、たい焼きを口に運んでいる。ノノミはちびちびと味わって食べていたが、ふと何かを思い出したように顔を上げた。
「アヤネちゃんには、戻ったらちゃんとご馳走しますね。私たちだけでごめんなさい……」
『あはは。大丈夫ですよ、ノノミ先輩。私はここでお菓子とかつまんでますし……』
ノノミが申し訳なさそうに伝えると、通信装置から立体投影されたアヤネが苦笑気味に応える。
「うふふっ……あなた様♡」
「どうしたの?」
「……はい、あーん」
ワカモは甘えた声で問いかけると、自分の分のたい焼きを差し出す。あーん、とハルは反射的に口を開け、そのままワカモのたい焼きをぱくりと食べる。
「……!? 先生、私のも」
「シロコ……?」
「……ん、あーん」
続けてシロコも自身のたい焼きをハルの口元へ差し出す。少し戸惑った様子を見せながらも、ハルは再度口を開き、たい焼きを口の中へと迎え入れる。甘い餡と、生地の香ばしい匂いが口の中に広がる。思わずハルの頬が緩むのを見て、シロコは「ん」と満足げな雰囲気で頷いた。
「……」
「……」
ワカモとシロコの視線が交錯する。数秒間の沈黙のあと、2人の間にバチッと火花の散ったような気がした。ホシノはそんな2人に苦笑いしつつ、渦中の人物へ普段の調子で声をかける。
「いや~、先生はモテモテだねー」
「あはは……まあこれも、青春の1ページってことで」
ハルはそう言いながら、半分に割った自分のたい焼きを2人に差し出す。ワカモとシロコは競い合うように差し出されたたい焼きを頬張ると、それぞれ至福の表情で味わうのだった。
◇ ◇ ◇*2
「ここまで情報がないなんてありえません……妙ですね」
さらに時間が過ぎ、午後4時を過ぎた頃。ヒフミは眉間に皺を寄せて考え込んでいた。
「お探しの戦車の情報……絶対どこかにあるはずなのに、探しても探しても出てきませんね……販売ルート、保管記録……すべて何者かが意図的に隠しているような、そんな気がします。いくらここを牛耳っている企業でも、ここまで徹底して統制することは不可能なはず……」
どの店も有力そうな情報こそ持ち合わせいなかったものの、必ず戦車の情報が見つかるはずと思っていただけに、空振り続きだったことにヒフミは違和感を覚える。
「そんなに異常なことなの?」
「異常というよりかは……普通ここまでやりますか? という感じですね……ここに集まっている企業は、ある意味開き直って悪さをしていますから、逆に変に隠したりしないんです」
ヒフミはシロコの疑問に答える。ワカモも同意を示すように頷く。
「ええ。例えば、あちらのビル。あの建物はブラックマーケットに名を馳せる闇銀行ですよ」
「闇銀行?」
「ブラックマーケットで最も大きな銀行のひとつです。情報によれば、キヴォトスで行われる犯罪の15%の盗品が流されているとか」
「横領、強盗、誘拐などなど、様々な犯罪によって獲得した財貨が、違法な武器や兵器に変えられてまた他の犯罪に使われる……そんな悪循環がここでは続いているのです」
ワカモとヒフミが他の面々にそう説明する。ノノミは、ビルを見上げながらポツリと呟いた。
「……そんなの、銀行が犯罪を煽っているようなものじゃないですか」
「そのとおりです。まさに銀行も犯罪組織なのです……」
「ひどい! 連邦生徒会は一体何やってんの?」
「……連邦生徒会長の捜索かな? 私も連邦生徒会の仕事を押し付けられることがあるし」
シャーレの業務内容には、平時であれば連邦生徒会が対応していたような案件も含まれる。現在も、連邦生徒会長の捜索という重大な業務を請け負っている手前、連邦生徒会が何もしていないとは言いづらいが……正直、今の連邦生徒会は擁護できない部分が多いのも事実だった。
「理由はいろいろあるんだろうけどねー、どこもそれなりの事情があるだろうからさ」
「現実は、思った以上に汚れているんだね。私たちはアビドスばかりに気を取られすぎて、外のことをあまりにも知らなすぎたかも……」
その時、ブロロロ……! と、どこからか車の排気音が響いてきた。
『お取り込み中失礼します! そちらに武装した集団が接近中!』
「!!」
『気付かれた様子はありませんが……まずは身を潜めた方が良いと思います……』
アヤネが状況を報告すると、一同はすぐさま近くの遮蔽物に身を隠す。それからほどなくして、全身黒ずくめの装備に身を包んだいかにも怪しげな集団が現れた。
「う、うわあっ!? あれは、マーケットガードです!」
「マーケットガード?」
「先ほどお話しした、ここの治安機関でも最上位の組織です! 急ぎましょう!」
ヒフミが慌てた様子で告げる。生徒たちはマーケットガードに見つからないように、さらに身を縮こませる。こそこそと陰から様子を窺っていると、集団の中に1台のトラックを見つけた。
「……パトロール? 護衛中のようですが……」
「トラックを護送してる……現金輸送車だね」
「あれ……あっちは……」
「闇銀行に入りましたね?」
キキーッ! とブレーキの音が響き、トラックは闇銀行の前で停車する。運転席の扉が開き、中から姿を見せたのは――
「今月の集金です」*3
「ご苦労様、早かったな。では、こちらの集金確認書類にサインを」
「はい」
「いいでしょう」
「では、失礼します」
「さあ、開けてくれ。今月分の現金だ」
見覚えのあるロボットの男性が、闇銀行の行員と書類を交わしてから、建物内部にトラックごと入っていく。トラックが建物に入ったのを確認したあと、闇銀行の行員は入口横の待機所に戻っていき、マーケットガードもまたそのままパトロールを再開する。
その様子を遠くから見ていたアビドスの生徒は、信じられないという表情で言葉を漏らした。
「見てください……あの人……」
「あれ……? な、なんで? あいつは毎月うちに来て利息を受け取っているあの銀行員……?」
「あれ、ホントだ」
「えっ!? ええっ……?」
「……どういうこと?」
他の生徒同様に困惑を抱きながらも、より具体的に状況を整理するようにアヤネが口を開く。
『ほ、本当ですね! 車もカイザーローンのものです! 今日の午前中に、利息を支払った時のあの車と同じようですが……なぜそれがブラックマーケットに……!?』
「か、カイザーローンですか!?」
驚愕の声を上げるヒフミ。大きく目を見開いた彼女をホシノが冷静に問いただす。
「ヒフミちゃん、知ってるの?」
「カイザーローンと言えば……かの有名なカイザーグループが運営する高利金融業者です……」
「有名な……? マズいところなの?」
「あ、いえ……カイザーグループ自体は犯罪を起こしてはいません……しかし、合法と違法の間のグレーゾーンを上手に渡り歩く多角化企業で、私たちトリニティの区域にもかなり進出しているのですが、生徒たちへの悪影響を考慮し、『ティーパーティー』でも目を光らせています」
「『ティーパーティー』……あのトリニティの生徒会が、ね」
ティーパーティー。トリニティ総合学園の生徒会にあたる政治機関。この
「ところで、みなさんの借金はもしかして……アビドスはカイザーローンから融資を……?」
「借りたのは私たちじゃないんですけどね……」
「話すと長くなるんだよねー。アヤネちゃん、さっき入ってった現金輸送車の走行ルート、調べられる?」
『少々お待ちください』
アヤネは即座にカイザーローンの車両情報を検索する。しかし、結果は芳しくなかった。
『……ダメですね。全てのデータをオフラインで管理しているようです。全然ヒットしません』
「だろうねー」
「そう言えば、いつも返済は現金だけでしたよね。それはつまり……」
「私たちが支払った現金が、ブラックマーケットの闇銀行に流れていた……?」
「じゃあ何? 私たちはブラックマーケットに、犯罪資金を提供してたってこと!?」
シロコが推測を口にすると、セリカが声を荒げて反応した。自分たちが必死に返済していたお金が、まさか犯罪組織に流れていたなんて……真面目に借金返済を頑張ってきた分、そのショックは計り知れない。
同時に、アビドスの生徒たちは今朝の一幕を思い出す。校門前で現金輸送車を見送りながら、ノノミの疑問に答えたハルの言葉が蘇る。
――悪い大人の1人として言わせてもらえば……現金の方が都合がいいから、だろうね。
――……? 都合がいいですか?
――うん、現金だと足が付きづらいからね。悪い大人が使うには都合がいいんだよ。
悪い大人を自称するシャーレの先生。彼女の推察は的を射ていた。現金輸送車という形で提供していれば、確かに足が付きにくい。ブラックマーケットで暗躍するカイザーローンにとって、廃校寸前の弱小学園であるアビドス高等学校は、本当に都合のいい金づるだったのだろう。
『ま、まだそうハッキリとは……証拠も足りませんし。あの輸送者の動線を把握するまでは……』
「……あ! さっきサインしてた集金確認の書類……。それを見れば証拠になりませんか?」
「流石」
「おお、そりゃナイスアイデアだねー、ヒフミちゃん」
「あはは……でも考えてみたら、書類はもう銀行の中ですし……無理ですね」
苦笑いしながら首を横に振るヒフミ。「うーん……」と別の方法を模索していたが、彼女の提案が何かの引き金となったのか、良案を閃いたとばかりにシロコはキラーンと目を輝かせる。
「うん、他に方法はないよ」
「えっ?」
「ホシノ先輩、ここは例の方法しか」
「なるほど、あれかー。あれなのかあー」
「……ええっ?」
シロコとホシノの間で何やら意思疎通が行われている。すぐ近くで2人の会話を聞いていたヒフミは状況を理解できず、「何のことだろう?」と怪訝そうに首を傾げる。
「あ……!! そうですね、あの方法なら!」
「確かに……あの方法ならば、件の書類を押さえられそうですね」
「何? どういうこと? ……まさか、あれ? まさか、私が思ってるその方法じゃないよね?」
嫌な予感を的中させまいとセリカが半ば懇願するように先輩たちへ尋ねると、シロコはその言葉を待っていましたと言わんばかりに、清々しい笑顔でコクリと頷いた。
「う、嘘っ!? 本気で!?」
「……あ、あのう。全然話が見えないんですけど……『あの方法』ってなんですか?」
取り乱すセリカに心配そうな眼差しを向けながら、ヒフミは2人に尋ねる。セリカは明らかに狼狽しているし、ホシノの反応もどこかおかしい。そもそも、シロコがやけに得意げな表情をしているのも気になる。嫌な予感を覚えつつも、聞かずにはいられなかった。
「残された方法はたったひとつ」
すると、シロコは鞄の中から青い覆面を取り出し、スッと被って真剣な眼差しで告げた。
「銀行を襲う」*4
「はいっ!?」
予想外にもほどがある答えにヒフミは思わず素っ頓狂な声を上げる。
「だよねー、そういう展開になるよねー」
「はいいいっ!!??」
「わあ☆ そしたら悪い銀行をやっつけるとしましょう!」
「えええっ!!?? ちょ、ちょっと待ってください!」
ヒフミが大きな声で戸惑いを露わにする一方で、アビドスの生徒たちは至って冷静に銀行襲撃に肯定的なムードを醸し出している。そんな中、ひとり頭を抱えていたセリカが、大きなため息とともに赤い覆面を取り出した。
「はあ……マジで? マジなんだよね……? ふぅ、それなら……」
スッ!
「とことんまでやるしかないか!!」
腹を決めたセリカが、覆面を顔に被り、決意に満ちた声音で力強く言い放つ。
「あ、うあ……? あわわ……?」
『……はぁ、了解です。こうなったら止めても聞く耳持たないでしょうし……どうにかなる、はず……』
完全に置いてけぼりのヒフミに、シロコは申し訳なさそうに頭を下げる。
「ごめん、ヒフミ。あなたの分の覆面は準備が無い」
「うへー、ってことは、バレたらトリニティのせいだって言うしかないねー」
「ええっ!? そ、そんな……覆面……なんで……えっと、だから……あ、あう……」
ヒフミとの出会いはまったくの偶然だった。当然ながら、彼女の分の覆面まで用意しているはずもない。このままでは、ヒフミ1人だけ素顔で銀行を襲うことになる。パニックに陥り、目をぐるぐるさせてあたふたしているヒフミの肩をノノミがポンと叩いた。
「それは可哀想すぎます。ヒフミちゃん、とりあえずこれでもどうぞ☆」
「たい焼きの紙袋? おお! それなら大丈夫そうー!」
「え? ちょ、ちょっと待ってください、みなさん……あ、あうう……」
そうして、ノノミはヒフミにたい焼きの紙袋を渡すと、半ば強引に頭に被せる。大きく黒文字で5と記された紙袋の目の部分に穴を開けただけの覆面を装着させられたヒフミは、何が何だか分からないまま、流されるままに銀行強盗団の一員になってしまった。
「ん、完璧」
「番号も振っておきました。ヒフミちゃんは5番です☆」
「見た目はラスボス級じゃない? 悪の根源だねー、親分だねー」
「あううっ……わ、私たちもご一緒するんですか? 闇銀行の襲撃に……?」
覆面を被せられたヒフミが狼狽えながら尋ねると、ホシノはさも当然のように頷いた。それはまるで小さな子供が遊びに出かける約束をするかのように、本当に何気なく放たれた言葉だった。
「さっき約束したじゃーん? ヒフミちゃん、今日は私たちと一緒に行動するって」
「う、うああ……わ、私、もう生徒会の人たちに合わせる顔がありません……」
「問題ないよ! 私らは悪くないし! 悪いのはあっち! だから襲うの!」
「それじゃあ先生。例のセリフを」
シロコがそう言うと、ハルはⅠの覆面を被ったままこくりと頷き、大きく息を吸う。
「銀行を襲うよ!」
「はいっ! 出発です☆」
「あ、あうう……」
『ふぅ……では、覆面水着団。出撃しましょうか』
最後の1人、0号の覆面をスッと被ったアヤネが号令をかけると、ヒフミ以外の全員が「
TIPS:
目には目を、歯には歯を。無慈悲に、孤高に、我が道の如く魔境を行く! それが、覆面水着団!