――市街地*1
「はひー、息苦しい。もう脱いでいいよね?」
銀行から無事に逃げおおせた覆面水着団の5人は、被っていた覆面を次々と脱いでいく。予定通りのポイントで合流したハルもまた、彼女たちと同じように自らの覆面を取り払う。
「のんびりしてらんないよー、急げ急げ。追っ手がすぐ来るだろうからー」
「できるだけ早く離れないと……間もなく道路が封鎖されるはずです……」
ホシノとヒフミが急かすように言うも、ノノミとシロコは余裕の表情で応える。
「ご心配なく。万全の準備を整えておきましたから☆」
「こっち、急いで」
「あの、シロコ先輩……覆面脱がないの? 邪魔じゃない?」
セリカがシロコの被る覆面を指差しながら問いかける。その言葉通り、シロコだけは未だに覆面を被ったままだった。後輩の疑問に対し、ホシノが冗談半分といった様子で答える。
「天職を感じちゃったと言うか、もう魂の一部みたいなものになっちゃって、脱ぎたくないんじゃなーい?」
「シロコ先輩はアビドスに来て正解だわ……他の学校だったら、ものすごいことをやらかしてたかも……」
「そ、そうかな……」
ホシノとセリカの言葉を聞いたシロコは、覆面を脱ぎ、なんとも言えない表情を覗かせる。その裏では、対策委員会の教室で今の今まで覆面を被っていたアヤネが、顔を真っ赤に染めながら無言で覆面を脱ぎ捨てていた。
◇ ◇ ◇*2
『封鎖地点を突破。この先は安全です』
「やった! 大成功!」
『本当にブラックマーケットの闇銀行を襲っちゃうなんて……ふう……』
無事、包囲網をかいくぐって脱出した一行は、通信越しのアヤネの報告に安堵のため息をつく。
ここまで逃げれば、一先ず安心だろう。あとは、人混みに紛れれば問題ないはずだ。いくらマーケットガードと言えども、人波に紛れた正体不明の犯人を捜索するのは至難の業に違いない。
「シロコちゃん、集金記録の書類はちゃんと持ってるよね?」
「う、うん……バッグの中に」
「……へ? なんじゃこりゃ!? 鞄の中に……札束が……!?」
シロコの反応に怪訝な顔をするホシノ。彼女がシロコの背負っていた大きな鞄の中身をゴソゴソと覗き込むと、そこには集金記録と……大量の札束がぎっしりと詰め込まれていた。
普段は動じることのないホシノも、これには驚愕を隠しきれない。それは他の4人も同様で、全員の注目がシロコに集中する。但し、10年前に同じ経験をしたハルだけは冷静だった。
「うえええええっ!? シロコ先輩、現金を盗んじゃったの!?」
「ち、違う……目当ての書類はちゃんとある。このお金は、銀行の人が勝手に勘違いして入れただけで……」
「どれどれ……うえ、軽く1億はあるね。本当に5分で1億稼いじゃったよー」
全員がシロコのバックを覗き込む。札束は1つや2つどころではなく、両手では抱えきれないほどの量が詰め込まれていた。定例会議の日、確かにシロコは「5分で1億は稼げる」と断言していたが、まさか本当にそれだけの額を稼いでしまうとは。
「やったあ!! なにぼーっとしてるの! 運ぶわよ!」
『ちょ、ちょっと待ってください! そのお金、使うつもりですか!?』
歓喜に沸くセリカだったが、アヤネが慌てて制止する。
「アヤネちゃん、なんで? 借金を返さなきゃ!」
『そんなことしたら……本当に犯罪だよ、セリカちゃん!!』
「は、犯罪だからなに!? このお金はそもそも、私たちが汗水流して稼いだお金なんだよ! それがあの闇銀行に流れてったんだよ! それに、そのままにしておいたら、犯罪者の武器や兵器に変えられてたかもしれない! 悪人のお金を盗んで、何が悪いの!?」
セリカの主張も間違いではないが、正しいわけでもない。犯罪が犯罪であることには変わりがないのだから。アヤネがセリカをどう説得するかに苦慮していると、先輩の一人であるノノミまでもがセリカに同調する。
「私はセリカちゃんの意見に賛成です。犯罪者の資金ですし、私たちが正しい使い方をした方がいいと思います」
「ほらね! これさえあれば、学校の借金をかなり減らせるんだよ!?」
ノノミの後押しを受けたセリカは、我が意を得たりといった様子で全員へ訴えかける。確かに1億もあれば、アビドス高等学校の抱える9億6235万円という借金を大幅に返せるだろう。だがそれは……。今まで後輩の熱弁を黙って聞いていたホシノが、徐ろに口を開いた。
「んむ……それはそうなんだけど……シロコちゃんはどう思う?」
「……自分の意見を述べるまでもない、ホシノ先輩が反対するだろうから」
「へ!?」
「流石はシロコちゃん。私のこと、わかってるねー」
思わぬ返答に間抜けな声を出すセリカに、ホシノは鋭い眼差しを向ける。そして、いつもののんびりとした態度とは打って変わり、厳しい口調で言葉を続けた。
「私たちに必要なのは書類だけ。お金じゃない。今回のは悪人の犯罪資金だからいいとして、次はどうする? その次は? こんな方法に慣れちゃうと……ゆくゆくは、きっと平気で同じことをするようになるよ」
「……」
ホシノの指摘に、セリカは黙り込む。事実、今の彼女は悪人の資金で借金を帳消しにしようとしていた。ホシノの言う通り、次に同じことをする時には……もっと平然とやっているだろう。
このお金を使えばアビドスの借金問題は一気に解決するかもしれない。しかし、それは、人として越えてはならない一線を越える行為であるのだ。
「そしたら、この先またピンチになった時……『仕方ないよね』とか言いながら、やっちゃいけないことに手を出すと思う。うへ~、このおじさんとしては、カワイイ後輩がそうなっちゃうのはイヤだなー。……そうやって学校を守ったって、何の意味があるのさ」
ホシノの言葉は、セリカだけでなく、この場にいる全員の心に深く突き刺さった。まるでナイフで急所を刺されたかのような鋭い痛みに耐えながら、セリカは唇を噛みしめる。
「こんな方法を使うくらいなら、最初からノノミちゃんが持ってる燦然と輝くゴールドカードに頼ってたはずー」
「……私もそう提案しましたが、ホシノ先輩が反対されて……先輩の気持ち、わかります。いくら頑張ったって、きちんとした方法で返済をしない限り、アビドスはアビドスじゃなくなってしまう……」
「うへ、そういうこと。だから、このバッグは置いてくよ。頂くのは必要な書類だけね。これは委員長としての命令だよー」
だから、このお金を当てにするべきではない。理屈自体は分かるのだが……感情は納得できていない。複雑な心境を吐露するように、セリカが大きな声で叫んだ。
「うわあっ!! もどかしい! 意味わかんない! こんな大金を捨ててく!? 変なところで真面目なんだから!!」
「うん、委員長としての命令なら」
「私からもひとつ。正体不明の強盗、出所不明の大金……この二つを繋げない方が無理のある流れだよ。倫理的問題を差し引いても、そのお金を借金返済に使うのはやめておいたほうがいいね」
ハルもセリカに忠告する。仮に、倫理的な問題や悪人の犯罪資金といった裏の事情を抜きにしても、このお金をそのまま使うのはあまりにもリスクが大きい。最悪の場合、覆面水着団の正体がアビドス高校だと特定される恐れすらある。
こればかりは、セリカも認めざるを得ない。彼女は悔しそうに顔を歪ませながら、素直に周りの忠告を聞き入れることにした。
「私はアビドスさんの事情をよく知りませんが……このお金を持っていると、なにか他のトラブルに巻き込まれるかもしれません。災いの種、みたいなものでしょうから……」
「あは……仕方ないですよね。このバッグは、私が適当に処分します」
「ほい、頼んだよー」
『……!! 待ってください! 何者かがそちらに接近しています!』
アヤネが通信機越しに警告を発する。全員が一斉に身構え、敵に備えるが……
「……!! 追っ手のマーケットガード!?」
『……い、いえ。敵意はない様子です。調べますね……あれは……べ、便利屋のアルさん!?』*3
その十数秒後、慌てて覆面を被り直した一行の前に、報告通りのアルが姿を現した。
「はあ、ふう……ま、待って!!」
「……!!」
「お、落ち着いて。私は敵じゃないから……」
警戒する一行に対して、アルは両手を挙げて敵意がないことをアピールする。
「(なんであいつが……?)」
「(撃退する?)」
「(どうかな。戦う気がない相手を叩くのもねえ)」
「(お知り合いですか……?)」
「(まあねー、そこそこー)」
セリカ、シロコ、ホシノ、ヒフミの4人が小声で話し合う。予想外の人物の登場に戸惑う一行だったが……その様子に気付いていないのか、アルはお構いなしに言葉を続ける。
「あ、あの……た、大したことじゃないんだけど……銀行の襲撃、見せてもらったわ……。ブラックマーケットの銀行をものの5分で攻略して見事に撤収……あなたたち、稀に見るアウトローっぷりだったわ」
「……!?」
「正直、すごく衝撃的だったというか、このご時世にあんな大胆なことができるなんて……感動的というか。わ、私も頑張るわ! 法律や規律に縛られない、本当の意味での自由な魂! そんなアウトローになりたいから!」
アルは興奮気味に覆面水着団へ自分の想いを伝える。……が、肝心の彼女たちはアルが何を言っているのかよくわからない。セリカなどは怪訝な表情でアルを睨みつけている。
「(一体……なんの話?)」
「そ、そういうことだから……な、名前を教えて!!」
「名前……!?」
「その、組織っていうか、チーム名とかあるでしょ? 正式な名称じゃなくてもいいから……私が今日の雄姿を心に深く刻んでおけるように!!」
「(うへ……なんか盛大に勘違いしてるみたいだねー……)」
ぐいぐいと覆面水着団に迫るアル。その様子を見て、ノノミが一歩前に出て名乗りを上げた。
「……はいっ! 仰ることは、よーくわかりましたっ!」
「(のっ、ノノミ先輩!?)」
「私たちは、人呼んで……覆面水着団!」
「……覆面水着団!?」
その瞬間、アルの脳裏に電流が走った。まるで天啓を受けたかのように全身を震わせる。
「や、ヤバい……!! 超クール!! カッコ良すぎるわ!!」
「(……)」
「うへ~本来スクール水着に覆面が正装なんだけどね、ちょっと緊急だったもんで、今日は覆面だけなんだー」
「(なんか妙な設定を付け足してる!?)」
どんどん盛られていく覆面水着団の設定にセリカは心の中で突っ込みを入れる。対するアルは感動に打ち震えながら、目をキラキラと輝かせていた。
「そうなんです! 普段はアイドルとして活動してて、夜になると悪人を倒す正義の怪盗に変身するんです! そして私はクリスティーナだお♧」
「『だ、だお♧』……!? きゃ、キャラも立ってる……!?」
「うへ、目には目を、歯には歯を。無慈悲に、孤高に、我が道の如く魔境を行く。これが私らのモットーだよ!!」
「な、なんですってー!!」
ドヤ顔で胸を張り、場を盛り上げるホシノ。相変わらずアルのリアクションが大袈裟すぎて、ホシノとノノミ以外の生徒たちは若干引き気味だった。
「……何してるの、あの子たち……」
「わー、アルちゃんドはまりしちゃってるじゃん。特撮モノのイベントに連れてってもらった子供みたいな顔してる!」
少し離れたところからそのやりとりを見守っていたカヨコは呆れたように肩を竦めたが、隣にいるムツキは楽しそうに笑い声を上げている。そして、アルから熱い視線を送られている覆面水着団の面々は……。
「(もういいでしょ? 適当に逃げようよ!)」
「それじゃあこの辺で。アディオス~☆」
「行こう! 夕日に向かって!」
「夕日、まだですけど……」
別れの言葉とともに背を向けて、颯爽と立ち去っていく。彼女たちの後ろ姿が見えなくなるまで見送ったアルは、満足げな笑みを浮かべて独り言ちた。
「よし! 我が道の如く魔境を……その言葉、魂に刻むわ! 私も頑張る!」*4
「(事実を伝えるべきなんだろうけど……いつ言おうか?)」
「(面白いからしばらく放置で)」
目と目を合わせるだけでこっそりと意思疎通したカヨコとムツキは、アルが満足するまでそのまま放っておくことに決めた。なにも水を差すような真似をしなくてもいいだろう。
「あ、あの……」
そんな自由で混沌とした状況の中、ハルカはふと地面に置かれているバッグに目を向けた。
「このバッグ、どうしましょう? あの人たちが置いて行ったみたいなんですけど……」
「ん? これはまさか……覆面水着団が私のために……?」
「いや、それはないわ……ただの忘れ物じゃない?」
「結構重いよ? 何が入ってるんだろ」
カチャ、と便利屋の4人は覆面水着団が置き残したバッグの中身を確認する。
「……!!」
「ひょええ!?」
「!! こ、これは……!!」
◇ ◇ ◇*5
一方、場面は移り……無事に安全地帯まで辿り着いた覆面水着団の面々は、そこでようやく現金入りのバッグを置き忘れたことに気が付いた。
「……あれ? 現金のバッグ……置いてきちゃいました」
「えーっ!?」
「うへ~いいんじゃない? どうせ捨てるつもりだったんだし。気にしない、気にしない」
「うん。誰かに拾われるでしょ、きっと」
「ですよね☆ お金に困ってる人が拾ってくれるといいですね」
「あはは……良いことしたって思いましょう。おなかを空かせた人が、あのお金でおなかいっぱいになれると思えば……」
全員が優しい心でお金を忘れてきた事実を良しとする。……尤も、約一名だけは納得していない様子だったが。
「うう……もったいない……どう考えてももったいなさすぎる!! まったくもう、みんなお人好しなんだから!!」
◇ ◇ ◇
「ええええーっ!?」
「うわわわわーっ!?」
「これって……」
鞄の中には、大量の札束がぎっしり詰まっていた。すぐには数え切れないほどのお札がパンパンに詰められている。およそ1億円。突然の大金に、便利屋68の面々は大声を上げて驚いていた。
「……? ……もしかしてこれで、もう食事抜かなくてもいいんですか?」
ただ1人、ぽかんとした表情で首を傾げるハルカを除いて。
その後、覆面水着団が置いて行ったバッグを便利屋の事務所に持ち帰ったアルは、社員の3人から衝撃の真実を伝えられることになる。
「なあああああにいいいいーーっ!!?? 覆面水着団がアビドスだったですってええ!!??」
「あはははー、アルちゃんショック受けてるー! 超ウケる!」
「はあ……」
ムツキは爆笑し、カヨコは呆れ顔。便利屋68は今日も平和である。
TIPS:
誰も痛めず、傷つけず、貧しき者からは何も盗まず! それが、黒さ……覆面水着団!