――対策委員会・教室*1
ヒフミと共に校舎まで戻ったアビドス高等学校の生徒たちは、全員で回収した書類を確認していた。その内容に目を通していたセリカが、突然、バンッ! と机を叩いて立ち上がる。衝撃で書類がひらひらと舞い上がるが、それにも構わず、興奮した様子で声を張り上げた。
「なっ、なにこれ!? いったいどういうことなのっ!?」
「……!!」
「現金輸送車の集金記録にはアビドスで788万円集金したと記されてる。私たちの学校に来たあのトラックで間違いない」
シロコは書類の束から1枚を抜き取り、その上部に記された金額を指し示す。それは、確かにアビドス高等学校が返済した利息の金額と一致していた。集金記録の入手経路を考えれば、シロコの指摘通り、これはアビドスの借金返済記録と見て間違いないだろう。
「……でも、そのあとすぐにカタカタヘルメット団に対して『任務補助金500万円提供』って記録がある」
「ということは……それって……」
「私たちのお金を受け取ったあとに、ヘルメット団のアジトに直行して任務補助金を渡してたってことだよね!?」
ノノミとアヤネも困惑した表情で書類に目を通す。セリカは興奮を抑えきれず、さらに捲し立てるように大声を上げた。
「ヘルメット団の背後にいるのは、まさか……カイザーローン?」
「――はい、そのまさかです」
相変わらず唐突に登場したワカモが、教室に入ると机の上に1冊のファイルを置いた。他の生徒たちが怪訝そうな視線を向ける中、ハルは安堵の色を浮かべて彼女に声をかけた。
「お疲れ様、ワカモ。……例のもの、しっかり取ってきてくれたみたいだね」
「このワカモ。あなた様のためでしたら、たとえ火の中、水の中。何でもして差し上げますわ」
「あ、あはは……信頼が重いなぁ」
苦笑いしながらそう呟くと、ワカモから渡されたファイルを開いて中身を確認する。そこには、アビドスが返済した利息の詳細な記録が記されていた。そして、そのお金がどのように使われたのかも……。
「どうやら、その『任務補助金』は今回だけの問題ではないみたいだね」
「先生、そのファイルは?」
「カイザーローンの裏帳簿だよ。集金記録回収の裏で、ワカモに取りに行ってもらったんだ」
「う、裏帳簿ですか!?」
その口調はまるで世間話をするかのように何気なかったが、内容は決して軽視できるものではなかった。生徒たちは驚きのあまり目を見開き、ファイルの中身を食い入るように見つめる。
カイザーローンの裏帳簿……そんなものをどうやって探し出したのか? なぜワカモがそれを回収できたのか? 数々の疑問がワカモ以外の全員の脳裏をよぎったが、今はそれよりも優先して確認すべきことがある。
「この帳簿の内容が正しければ、ずっと前からカタカタヘルメット団に……?」
「ど、どういうことでしょう!? 理解できません! 学校が破産したら、貸し付けたお金も回収できないでしょうに……どうしてそのようなことを……?」
「ふーむ……」
「この件、銀行単独の仕業じゃなさそうだね。カイザーコーポレーション本社の息がかかってるとしか思えない……」
「……はい。そう見るのが妥当ですね」
行く手に立ちはだかる『壁』。事態は、自分たちが考えていたよりも深刻かもしれない。
◇ ◇ ◇*2
「みなさん、色々とありがとうございました」
別れの時が来た。校門前で、対策委員会の面々はトリニティの友人と向き合っている。
「変なことに巻き込んでごめんなさい、ヒフミさん」
「あ、あはは……」
「今度遊びに行くから、その時はよろしくー」
「はいっ、もちろんです」
笑顔で挨拶を交わすホシノとヒフミ。その光景は、ごく普通の女子高生たちのようで……2人のみならず、周囲の生徒たちもどこか嬉しそうに微笑んでいた。
「まだ詳しいことは明らかになっていませんが……これはカイザーコーポレーションが、犯罪者や反社会勢力と何かしら関連があるという事実上の証拠となり得ます。戻ったら、この事実をティーパーティーに報告します!」
ヒフミは気合を入れるように拳を固く握り、アビドスの友人たちの顔を一人一人見つめてから、最後に最年長のホシノへ視線を向けた。
「それと、アビドスさんの現在の状況についても……」
「まー、ティーパーティーはもう知ってると思うけどねー」
「は、はいっ!?」
「あれほどの規模を持つ学園の首脳部なら、それぐらいはもうとっくに把握してると思うんだよー。みんな、遊んでばかりじゃないだろうしさ」
衝撃を受けたように目を大きく見開くヒフミ。しかし、ホシノはいつものように飄々とした態度で返答する。規模の大小はあれど、どの学園にも諜報活動を担う部署は存在するもの。トリニティほどの規模ともなれば、むしろ情報を掴めていない方が不自然だろう。
「そ、そんな……知っているのに、みなさんのことを……」
「うん、ヒフミちゃんは純真で良い子だねー。でも世の中、そんなに甘くないからさ」
「……」
「ヒフミちゃんの気持ちはありがたいけど、そっちに知らせたところで、これといった打開策が出るわけじゃないし。かえって私たちがパニクることになりそうな気がするんだよねー」
「そ、そうですか……?」
言葉を失ったヒフミに対して、ホシノは優しく、しかしどこか冷静な口調で説明を続ける。
「ほら、今のアビドスって廃校寸前じゃん? トリニティとかゲヘナみたいなマンモス校からのアクションをコントロールできる力がないんだよー。言ってる意味、わかるよね?」
「……サポートするという名目で悪さをされても、それを阻止できない……ってことですよね」
それこそ、今のアビドスを傀儡政権として悪事に加担させられる可能性も考えられる。ヒフミもその危険性に思い至ったのだろう。考え込むように頭を抱え、しばらく悩む素振りを見せた。
「……そうですね、その可能性もなくはありません。あうう……政治って難しいです」
「でも……ホシノ先輩、悲観的に考えすぎなのではないでしょうか? 本当に助けてくれるかもしれませんし……」
「うへ~私は他人の好意を素直に受け取れない、汚れたおじさんになっちゃってねー。それに、」
ホシノは一度そこで言葉を区切ると、ほんの少しだけ険しい表情を覗かせた。
「その『万が一』ってことをスルーしたから、アビドスはこの有様になっちゃったんだよー」
沈黙。それは、これまでアビドスの生徒たちが見て見ぬ振りをしてきた現実と正面から向き合ったからこそ、生まれたものだった。
しかし、これが二度目であるハルは、生徒たちが知らないより深い事情を知っている。それを口に出すことはないが、故にこそ……彼女は余計に歯がゆい気持ちを抱えていた。
静寂が漂う中、やがてヒフミは決意を固めたように頷き、顔を上げて言葉を紡いだ。
「では……えっと、本当に……一日で色んな出来事がありましたね」
「そうだね、すごく楽しかった」
「……楽しかったのはシロコ先輩だけじゃないの?」
「あ、あははは……私も楽しかったです」
ヒフミが笑顔で答える。今日、彼女たちはアビドスの生徒たちと一緒に様々な経験をして、たくさんの思い出を作った。それは確かに大切な時間で……きっと何年経っても、たとえ大人になっても、色褪せない宝物になるのだろう。
「いやぁー、ファウストちゃん、お世話になったね」
「そ、その呼び方はやめてください!」
「よっ、覆面水着団のリーダーさん!」
「みなさん……ヒフミさんが困ってるじゃないですか」
一つだけ気がかりなのは、執拗にアビドスを襲い続けるカタカタヘルメット団の裏に、カイザーグループ……黒い噂が絶えない大企業の影がちらついていること。
「と、とにかく……これからも大変だとは思いますが、頑張ってくださいね。応援してます」
今のヒフミにはアビドスの無事を祈ることしかできない。しかし、それでも彼女は新しい友達のために、精一杯のエールを贈った。
「それでは……みなさん、またお愛しましょう」
ヒフミは手を振りながら校門から去って行く。最後に一度だけ振り返り、自分を見送る新しい友人たちに目を向けたあと、彼女の姿は完全に見えなくなった。
「みなさんお疲れ様でした。今日はゆっくり休んで、明日改めて集まりましょう」
「解散~」
――高層オフィスビル*3
「こちらRABBIT1、現在の時刻は1630。『カイザーPMC』による、違法指定されている兵器製造の証拠を確保しました」
カイザーグループが保有する高層ビルの一室。そこで、1人の少女が通信機に向けて淡々と報告していた。
「先生が言っていたとおりですね。書類によれば『デカグラマトン対策』に用意したものとのことですが……いずれにせよ、この証拠さえあれば、カイザーグループを少しは切り崩せそうです」
『カイザーのやつらに一泡吹かせられるな』
少女がいるのは、高層ビル内の一画にある小さな部屋。彼女は通信機から聞こえる仲間の声を受けて、すぐに部屋の出口へ向かって歩き出した。
「そのためにも……まずは、この証拠を先生の元まで届けないといけませんね」
TIPS:
薄明。
日の出のすぐ前、日の入りのすぐ後の、空が薄明るい/薄暗い時刻のこと。
大気中の塵による光の散乱により発生する。