A-S-1-1-1 極めて近く、限りなく遠い世界に
――D.U.外郭地区*1
「突然の連邦生徒会長失踪により混乱していた連邦生徒会ですが、サンクトゥムタワーの灯りも戻り、行政も再開しつつあるとのことです。これで学園都市キヴォトス各地の混乱も徐々に収まっていくかと見られます」
ビルの壁面に設置された大型ビジョンには、猫の獣人のキャスターが映し出され、カメラに向かって原稿を読み上げていた。その下には「連邦生徒会長の行方、未だ不明?」という大見出しが目立って表示されている。
別のビルの屋上からその映像を静かに眺めていた蒼井ハルは、携帯端末をポーチにしまいながらビルを飛び降り、隣のビルの屋上へと飛び移る。
「……うーん、これは別の並行世界に迷い込んだっぽいなぁ」
数時間前、人気のない廃屋で目を覚ましたハルは周囲を探索した結果、記憶の中にある街並みとはどこかズレた街並みが広がっていることに気がついた。
その時から薄々予想はついていたが、連邦生徒会長の失踪が今更報じられているのを見るに、やはり自分の生まれた世界とは異なる世界に迷い込んでしまったのだろうと、ハルは自身の記憶とこの奇妙な状況を照らし合わせ、そう結論付けた。
「最初は、夢と蜃気楼の狭間に……予知夢の使いすぎで過去、現在、未来の境界が混線を起こしたのかとも思ったけど……どうにも、これは現実っぽいし。今更、それが原因で処理落ちを起こすとは考えにくいし、並行世界の実在は証明済みだし、タイムリープって線もなし。なら、やっぱりここは異世界なんだろうなぁ……」
並行世界――ある時点から分岐し、分岐前の世界と並行に連なる別の世界のこと。
所謂、多世界解釈。並行宇宙、並行時空とも言われており、SFの世界では頻繁に題材にされている。だがしかし、それはあくまで分岐した別の世界線であり、本来は決して交わることのない世界である。そんな世界に迷い込んだということは、色彩か何かが原因で時空そのものが歪んでしまったか、或いはゲマトリア辺りにでも追放されたのか……。
「さて、これからどうするかな……」
並行世界に迷い込んだ、と推測はしたが、どうすれば元の世界に戻れるのかまでは分からない。本来なら、すぐにでも帰還の手段を探したいところだが、その前にまず、ここがどういう世界なのかを調べなくてはならないだろう。
そう簡単に、元の世界に帰れるとは思っていない。なにせ、ハルが知る限り、別の時間軸に渡る方法を有しているのは、キヴォトスに終焉をもたらす厄災である色彩くらいなのだから。
「ま、ここで考えてても仕方ないかな。まずは、シャーレにでも……。……ん?」
ふと、シャーレの部室がある方向に視線を向けると、ハルのいるビルから数ブロック先にある歩道に数人の人影が見えた。パグの獣人が、学ランを纏った不良生徒と思しきロボたちに囲まれている。不良ロボは威圧的な態度で立ち、パグの獣人は身を縮めているようだ。そして、彼らの直ぐ側には、頭の上にヘイローを持たない人間の男性が――
「!? まさか、あれって……!?」*2
屋上の端に駆け寄り、足元を蹴り上げてビルの上から飛び降りる。風が彼女の体を包み込み、屋上から屋上へと颯爽と飛び移る。
「――神秘再現。コード名『ツイン・ドラゴン』」
同時に、黄金の龍の美しい文様が刻まれた2丁の
「究極っ! ミレニアァァァム!」
彼女は着地した道路を力強く踏みしめ、人混みの上を越え、不良ロボの頭部を目掛けて――
◇ ◇ ◇
時は少し遡り、連邦捜査部『シャーレ』の先生はちょっとした用事で外に出て、街を歩いていると、不良ロボたちに絡まれているパグの獣人を見かけた。
「おいおいぃ!」
「ひっ!? な、なんですか!?」
「今お前がくしゃみしたせいで、アニキがビックリしてアイスを落としちまったじゃねぇか!」
「せっかくのアニキの楽しみが!」
舎弟らしき他のロボが、パグの獣人に詰め寄っていく。どうやら、パグの獣人がくしゃみをしたせいで、アニキと呼ばれたロボが食べようとしていたアイスを落としてしまったらしい。当たり前のように言っているが、食事をするロボとは一体……。
「こうなったら、俺の『春季限定・ギガジャンボデラックスバニラソフトのフルーツ添えMk.02』を弁償してもらわないとなぁ!」
「そ、そんな! ただくしゃみをしただけで!?」
パグの獣人が恐怖に顔を歪める。不良ロボたちは彼を取り囲むように位置取りながら徐々に詰めより、最後には完全に逃げ場を無くす。周囲には野次馬がおり、中には携帯端末で撮影している者もいるようだ。このまま見過ごすわけにもいくまい。先生は一歩足を踏み出し――。
「あのー……」
「あん? なんだお前?」
「アニキ、こいつあの『シャーレ』の先生っすよ」
「へえ、あのシャーレの先生か……で、その有名人が俺たちに何のようだ?」
声をかけたことで、パグの獣人に迫っていた不良ロボたちの意識が先生へと向けられる。
「まさか邪魔するってわけじゃないよなあ?」
「それは……」
「まあそれならそれで構わない、お前にこのアイスの分を弁償してもらおうか!」
「どうしよっかな……。買ってあげたいのはやまやまなんだけど、今は懐が寂しくて……」
ロボたちが先生に詰め寄り、先生は頬を掻く。そうこうしているうちに不良ロボがどんどん先生の周囲へと集まっていき、あっという間に逃げ道を塞がれてしまった。
「ちっ! まあいい、だったらその身体で払って――」
「――究極っ! ミレニアァァァム! キィィィィィックッ!!」*3*4
刹那、凄まじい衝撃音がD.U.外郭地区に響き渡る。不良ロボが吹き飛び、その体が勢いよく壁に叩きつけられる。先生は何が起きたのか分からず、ただ呆然とその光景を眺めていた。
そして、そのすぐあとに空から1人の少女が舞い降りてきた。長い茶色の髪に蒼穹の瞳を併せ持つその少女は着地と同時に周囲を見渡して状況を確認する。彼女は先生の姿を見つけるや否や、迷うことなく歩み寄ってきた。
「大丈夫ですか?」
「へ? あ……う、うん」
先生は戸惑いながらも小さく頷く。すると、少女は周囲のロボたちへ鋭い視線を向けた。まさにその時、吹き飛ばされた不良ロボが起き上がり、少女と先生の顔を見比べて怒りの声を上げる。
「テメェ、踏み台にしやがったなあ!? この俺様のリーゼントをよぉ!!」
パカッとリーゼントの先端が開き、そこから姿を見せた銃口から無数の弾丸が放たれる。
「「「「「「番長カッコイイ! 番長痺れるぅっ!」」」」」」
「くっはー! そうだよなぁ、やっぱ!!」
「そのリーゼントってそういう機能だったんだ……」
先生はロボたちのテンションについていけず、冷静にツッコミを入れる。その間にも番長ロボがリーゼントから弾丸をばらまき続けているが……不思議と1発として被弾することはなかった。
「その俺様のリーゼントをよくも踏み台にしやがったな! テメェら、やっちまえ!!」
「「「「「「押忍!!」」」」」」
不良ロボたちが一斉に少女へ銃口を向ける。だが、彼女は落ち着いた様子で呟いた。
「その程度の銃弾が自分に通じるとでも?」
銃弾が少女を襲う。しかし、彼女はそれを避けようともせずに真っ直ぐに歩みを進める。直後、まるで空中に縫い付けられたかのように、銃弾がその動きを止めて――
パチンッ!
指先の軽い音が響くと同時にポロポロと地面に落ちる。不良ロボたちはポカンと口を開けて呆けている。当然の反応だろう。目に見える何かに命中したわけでもないのに、突如として銃弾が空中で静止したのだから。
神秘の防壁。少女は前方に超高圧縮した神秘の膜を展開することで、迫りくる銃弾の雨を身動きひとつせずに防いだのである。
「――コード名『終幕:デストロイヤー』」
光輪が形を変える。中心に黄色い三角の輝くメタリックな黒い円環から、紫のラインが入った漆黒の冠のような巨大なヘイローへと。同時に、少女の持つ2丁の
「どれくらい耐えられるかな?」
少女が静かに微笑み、引き金に指をかける。そして――
ズドドドドドドドッ!!
という轟音と共に、周囲に途轍もない量の銃弾がばら撒かれた。それはまるで、ゲリラ豪雨のような激しさで不良ロボたちを包み込み、その鋼鉄の身体を撃ち抜いていく。僅か数秒の間に繰り広げられた、その光景はまさに圧巻の一言に尽きる。銃声が止んだ時、そこに立っているのは1人の少女だけだった。
「……ふう」*5
少女は軽く息を吐くと、呆気にとられている先生へと視線を向ける。
「これでよし、と。えっと、キヴォトスの外の人みたいだけど……観光客か何かですか?」
「いや、ちょっと違うけど……まあでもありがとう! 私は連邦捜査部『シャーレ』の先生だ」
「あなたが……うん、これで確定かな。本当は気のせいであってほしかったけど……」
その言葉に首を傾げながらも、先生は少女に名前を尋ねた。
「……ところで、君の名前を聞いてもいいかな?」
「あ、はい。……はじめまして、先生。自分の名前はフランシスコ・ザビ――」
と、言いかけたところで、少女は自らの言葉を止める。
「(……やめよう。ツッコミ役もいないのにボケても仕方がないし)」
お約束の鉄板ネタをやろうとして、親友がいないことに寂しさを感じてしまった彼女は咳払いをすると改めて先生に向き直り、自らの発言を訂正した。
「……というわけで、ごめんなさい。嘘です。自分の名前は蒼井ハルって言います」
「青い春か……。いい名前だね!」
先生は笑顔で頷き、ハルも微笑み返す。そんな2人に、不良ロボたちに絡まれていたパグの獣人がおずおずと話しかけてきた。彼はぺこりと頭を下げ、感謝の言葉を口にする。
「た、助けていただきありがとうございます! 危うく、くしゃみをしただけでカツアゲされるところでした!」
「それは……災難でしたね」
「やっぱり季節の変わり目だからですかね、くしゃみが止まらなくて……」
弱り目に祟り目。花粉症か、それとも環境の変化に弱いのか。なんにせよ、それは同情せざるを得ない話だ。先生が同情の眼差しを向けていると、周囲の野次馬たちも散り始め、いつの間にか周囲には気絶した不良ロボたちと、先生やハルを含めた僅かな人たちだけが残されていた。
「さすがシャーレ! このお礼は必ず!」
「いや、私はなにも……。お礼ならこの子に――」
「どういたしまして。また不良に絡まれないように気を付けてくださいね」
「はい! お2人も体調にはお気をつけて!」
ハルが先生の言葉を遮るように口を開く。パグの獣人は彼女の言葉に元気よく答え、何度もお礼の言葉を述べながら去って行った。そうして、彼の姿が完全に見えなくなると――
「すみません。シャーレの名前を勝手に使ってしまって……」
「いや、それはいいんだけど……どうして?」
「それは……その、シャーレの名前を出した方が都合が良かったので」
「都合が良い……?」
先生の言葉にハルは真剣な表情で頷き、口を開いた。
「――先生。自分をシャーレで正式に雇ってくれませんか?」
それが、並行世界から迷い込んだ1人の生徒と、連邦捜査部『シャーレ』の先生の出会いだった。
TIPS:
蒼井ハル。
彼女本来の戦闘スタイルは絶大な神秘による不条理の押し付けです。
本気を出すと、彼女の神秘防壁を突破できるのは、空崎ヒナを筆頭とする各学園最高戦力級の生徒による攻撃、神秘防御を貫通する性質の攻撃、色彩や黄昏など《外の理》に属する上位存在由来の攻撃、または先生の指揮下にある生徒の攻撃など、ごく一部の特殊な例外に限られます。
なお、失踪前の連邦生徒会長は、ハル以上の神秘による攻撃という力技で防御を突破した模様。