――対策委員会・教室*1
「ごくっ、ごくっ、ぷはあっ!! いやぁ、助かったよ! ありがとう!!」
アビドス高等学校――キヴォトスの中で最も長い歴史を誇り、かつては多数の生徒が通う学園都市最大の学園として名を馳せたが、今では傾いた無数の建物が砂に埋もれた状態で放置され、自治区全体が荒廃した雰囲気に包まれている。
連邦捜査部『シャーレ』の先生と、彼の護衛として同行していたハルは、アビドス高等学校の生徒である砂狼シロコに助けられ、彼女の所属する対策委員会の教室へと招かれていた。
「シロコちゃん、こちらの方たち拉致してきちゃったんですか!?」
「まさかシロコ先輩、ついに犯罪に手を染めて……!!」
「みんな落ち着いて、問題が発覚する前になんとか揉み消さないと!!」
「(……あれ? 会話の内容がおかしいような?)」
シロコ以外のアビドス高等学校の生徒たちが騒ぎ立てる中、元の世界で同じ経験をしたことのあるハルは、彼女たちの反応に違和感を覚えた。一度目とは異なり、これが「はじめまして」なのを差し引いたとしても、己の記憶との差異がありすぎる。
特に、ベージュ色のロングヘアーが特徴の少女――十六夜ノノミの反応が元の世界とはあまりに違っていた。彼女の反応はそう、もっと楽しげだったというか……。
「あはは……」
「……違う。この人たち、うちの学校に用があるんだって」
「えっ? ってことは、お客さん?」
「そう、お客さん」
「……そうでしたか」
アビドス生3人は、椅子に座る2人の来客にじっと視線を向ける。1人は連邦生徒会の制服に似た黒い制服に身を包む生徒で、もう1人は何となく頼りなさそうな雰囲気をした大人の優男。奇妙な二人組の片割れ、優男の方が顔に苦笑いを張り付けながら口を開いた。
「あはは……アビドスが砂漠地帯だって言うのはハルから聞いていたんだけど……歩いていたら、あまりの暑さに朦朧としちゃって……いつの間にか、倒れてたみたい……」
「……まったく。だから、もう少し準備をしっかりした方が良いって言いましたよね?」
「……面目ないです」
ハルが呆れた様子で苦言を呈すると、先生は申し訳なさそうに頭を下げた。
……とまあ、そんな2人のやり取りにアビドスの生徒たちは目を白黒させるばかりである。シロコ以外の3人は顔を見合わせ、誰が声を最初にかけるかを視線だけで押し付け合う。結果、その役割を引き受ける羽目になったのは、残りの2人から縋るような視線を向けられたノノミだった。
「えっと……よろしければ、お2人のことを伺ってもいいですか?」
「おお、そうだよね。私は連邦捜査部『シャーレ』の先生だ。で、こっちの子が……」
「同じくシャーレに所属している蒼井ハルです。みんな、よろしくね」
「「「……え、ええっ!?」」」
2人の自己紹介を聞いた途端、アビドスの生徒たちは大声を上げて驚きを露わにする。
「っていうことは、連邦生徒会関係の!?」
「うん!」
「支援要請がようやく受理されたんですね! 良かったですね、アヤネちゃん!」
「はい! 要請を送り続けた甲斐がありました!」
「これで補給が受けられる!」
ヘイローと同じ色合いの眼鏡をかけた少女――アヤネが嬉しそうに頷き、他の2人と喜びを分かち合う。先生は、そんな彼女らを微笑ましく見つめながら口を開いた。
「……ところでみんな、ちょっといいかな?」
怪訝そうな表情をするアビドスの生徒たちにタブレット端末の画面を見せる。その画面に映る書類を見た途端、彼女たちは口々に驚きの声を上げた。そこには、『物品譲渡証明書』の文字と、思わず己の目を疑うほどの大量の支援物資が記されていた。
「こ、これは……!?」
「これを君たちに送ろうと思って」
「(……『シッテムの箱』の性能も元の世界より落ちているっぽい?)」
アヤネが感謝の言葉を述べる一方で、ハルは内心で首を傾げる。彼女の世界では、シッテムの箱を軽く操作するだけで大量の物資を転送することができた。ところが、この世界のシッテムの箱にはそのような機能はなく、通常通りに運送するしかないようだ。
そうなると、この状況は非常にまずい。彼女の記憶通りであれば、このあとには……。
「あ、ホシノ先輩にも伝えないとですね」
「うん。多分、先輩ならいつもの場所で寝てると思う。私、起こしてくるね」
ガララ! と教室の戸を開き、セリカが部屋を出て行く。その背中に視線を向けていたシロコが不意に何かを思い出したかのように、同じくセリカの背を目で追っていた先生に話しかけた。
「……そうだ、先生」
「ん?」
「みんなの紹介がまだだった」*2
シロコがそう言うと、教室内の生徒全員が一斉に先生へ視線を向けた。
「あの子は1年の黒見セリカ」
「私は2年の十六夜ノノミと申します!」
「改めまして、1年の奥空アヤネです」
シロコの紹介に続けて、ノノミとアヤネが自己紹介をする。先生は彼女たちの挨拶を笑顔で受け止め、そして改めてシロコに向き直る。まだ彼女自身のことについて触れていない。
「私は2年の砂狼シロコ。……って、一番最初に会ったから分かってると思うけど。あ、別にマウントを取っているわけじゃない」
シロコが平坦な声で淡々と言葉を並べる。そこに感情はないように見えるが、時折見せる身振り手振りに垣間見える彼女の感情は意外と分かりやすいと先生は感じていた。
「……それと、もう一人。対策委員の委員長、小鳥遊ホシノ先輩。以上5人が、アビドス高等学校廃校対策委員会。よろしくね」
「こちらこそよろしく」
「うん、よろしく」
「も~う、セリカちゃん……おじさんにはもう優しくしてくれないのー?」
「なに言ってるのよ! 委員長なんだから……ほら、ちゃんとして!」
お互いの自己紹介が一通り終わったところで、セリカが1人の少女の首根っこを掴んで戻ってきた。その少女は寝ぼけ眼で教室を見回すと、ひどく眠そうな声で自己紹介をする。
「にゃにゃ……小鳥遊ホシノだよ、よろしくー」
「私はシャーレの先生だよ、よろしく」
「シャーレ所属の蒼井ハルだよ。よろしくね、ホシノちゃん」
シャーレ所属の2人の自己紹介を聞き、ホシノは黄色と青色の瞳をゆっくりと見開く。その仕草を目にしたハルは、またこの人間不信を相手に一から信用を築かなければならないのかと、少しだけ遠い目になってしまう。ユメ先輩の協力込みでも、相当苦労したというのに……。
「ねえ、先生」
「ん?」
「今から学校内を案内するよ」
先生はシロコの申し出に目を丸くし、次に感謝の言葉を述べた。
「おお、助かるよ。それじゃあ……」
「ん、任せて」
先生の反応を見て、シロコは薄く微笑んだ。その笑みをどう受け取ったのかは不明だが、先生とハルはシロコに案内されるままに校舎の中へと足を踏み入れるのだった。
◇ ◇ ◇*3
アビドス高等学校――校舎の外観自体はよくある学校とさほど変わりがない。しかし、中に入ってみると砂嵐の影響で生徒たちが自由に使える部屋は限られており、またグラウンドには砂袋などの大量の遮蔽物が設置されているなど、普通の学校とは大きくかけ離れた光景が広がっていた。
「……アビドス周辺は、大分砂漠化が進行しているんだね」
「うん。この学校も私が入学した頃には、もうこんな状態だった」
歩きながら周囲を見渡している先生の言葉に、シロコは静かに答える。そんな彼女の隣を歩く先生はふと足を止めると、廊下の壁に貼り付けられた部員募集の張り紙に目を留めた。
「他に生徒はいないみたいだけど……もしかして、シロコたち5人だけ?」
「うん、そう。実はこの学校、沢山の借金があって……もう私たちしか残ってない。対策委員会として色々な依頼を受けて、その報酬を返済に当てているの」
「それは……大変そうだね」
「……先生、シャーレ名義で高額の依頼を斡旋したりはできないですか?」
先生と共に足を止めていたハルが、後ろからこっそり耳打ちする。それを聞いた先生は驚いたように振り返り、反射的に口を開きかけたが……すぐに、彼女の意図を察して顎に手を当てた。
「……なるほど、それは確かに良いアイデアかもしれないね」
シャーレの経済状況では、資金・政治の両面からアビドス高等学校の借金返済を肩代わりするのは難しいが、高額の依頼を回すことで間接的に支援することはできる。しかし、この提案を彼女たちが受け入れてくれるかどうかは別の話である。
まずは、やはり信用を得ることから……と2人は思案しながら、シロコのあとをついていく。
「この間はみんなで体育館の掃除をしてきた。……あ、その時アヤネは病気で休んでいたから4人で。思ったよりゴミが多くて、少し手間取ったけど……問題はなかった。そのあと、アヤネにすごい怒られたけど……」
「えー、なんで?」
何気ない会話を繰り広げながら、シロコの先導によって2人は校舎の内外を見て回った。水ではなく砂で満たされたプールや、本来の床が見えないほどに砂で覆われた廊下など、どこもかしこも砂だらけだ。最後に辿り着いた部屋の中に入ると、先生がその部屋について問いかけた。
「ここは?」
「ただの空き部屋。これからは、ここを先生たちの部屋として使って」
「え、いいのかい?」
「うん。職員室は砂が酷いから」
その部屋は、校舎内でも数少ない砂の侵食を受けていない部屋だった。部屋の中央には向かい合うようにソファーが2つ並んでおり、その間には背の低いテーブルも置かれている。2人の寝床にするには十分な広さだ。
ちなみに、この部屋に続く道中で職員室の前を通ったのだが……確かに職員室周辺も砂で酷い有り様だったと先生は思い出し、小さく頷きながらシロコに礼を言った。
「ちょっと狭い?」
「むしろ丁度いいくらいだよ。ね、先生?」
「そうだね。ありがとう、シロコ」
2人の感謝の言葉を受けたシロコは、少し気恥ずかしそうに目をそらしながら頷く。彼女の反応を見て微笑ましそうに顔を綻ばせた先生は、改めて部屋の中を見渡していくと……アビドス高等学校周辺の地図が目についた。
「シロコ、君はどうしてこの学校を守りたいんだい?」
「え?」
ダダダダダダダダッ!
「銃撃!?」
「……やっぱり、大体の流れは私たちの時と変わらないみたいだね」
その時、校舎の外からけたたましい銃声が聞こえてきた。他の2人が驚きの声を上げる中、ひとりハルだけは静かに窓越しに外を見つめ、懐から固有武器の
「アビドス高校の諸君、今日こそお前らの学校は占拠させてもらうぜ!」*4
◇ ◇ ◇
「あれは!? カタカタヘルメット団です! よりによってこんなタイミングで……!」
「んもー……これじゃ、おちおち昼寝もできないじゃないかー」
窓の方に駆け寄ったアヤネが外を確認し、報告する。校門の前には、ヘルメットを被り、銃火器で武装した不良たちが集まっていた。側面に「大切に使いましょう!」と書かれた小箱から残り少ない弾丸を取り出すと、ホシノは自らの固有武器に装填していく。
「ふん、何時も通り返り討ちにしてやるわ!」
「みなさん、校庭に急ぎましょう!」
セリカが
◇ ◇ ◇
「先生はここに隠れてて」
「シロコ!?」
窓に足をかけ、何の躊躇いもなく下に飛び降りたシロコに先生が驚愕の声を上げる。この部屋は3階だ。普通の子供であれば、確実に怪我をする高さである。しかし、シロコは猫のような身のこなしで着地すると、そのまま校門の方へと向かって走――
「『危ない!』」
咄嗟に先生の腕を引いたハルが窓の外に向けて右手を突き出す。神秘の防御膜により虚空で静止した弾丸はその力を失い、重力に引かれて地面へと落下する。
「ありがとう、2人とも」
「『どういたしまして、先生』」
スーツの内ポケットから『シッテムの箱』を取り出した先生は、自らの危機を救ってくれた2人に礼を言う。ある事件を切欠に生徒でありながらもシッテムの箱の画面に映る少女――アロナを正確に認知できるようになったハルは、彼女に先生を託すと窓から身を躍らせた。
「アロナ、先生をお願い! ちょっと助けに行ってくる!」
『はい、お気を付けて!』
――かくして、並行世界のアビドス自治区を訪れてから、初めての戦いが幕を開けた。
TIPS:
シッテムの箱。
失踪した連邦生徒会長が『先生』の為に遺した究極の武器です。しかし、その性能には世界ごとに差異が存在しており、蒼井ハルの出身世界では搭載されていた特殊機能の幾つかが、この並行世界のシッテムの箱には存在していません。
後書き:
今回の投稿に伴い、『1-1-1』と『E-1-1-1』の内容を一部修正しました。