A-T-1-1-1 並行世界のアビドス
――対策委員会・教室*1
「ぷはぁ、水が美味しい……生き返るぅ……」
アビドス高等学校――キヴォトスの中で最も長い歴史を誇り、かつては多数の生徒が通う学園都市最大の学園として名を馳せたが、今では傾いた無数の建物が砂に埋もれた状態で放置され、自治区全体が荒廃した雰囲気に包まれている。
連邦捜査部『シャーレ』の先生として並行世界に召喚された蒼井ハルは、アビドス高等学校の生徒である砂狼シロコに助けられ、彼女の所属する対策委員会の教室へと招かれていた。
「シロコちゃん、こちらの方拉致してきちゃったんですか!?」
「まさかシロコ先輩、ついに犯罪に手を染めて……!!」
「みんな落ち着いて、問題が発覚する前になんとか揉み消さないと!!」
「(……あれ? 会話の内容がおかしいような?)」
シロコ以外のアビドス高等学校の生徒たちが騒ぎ立てる中、10年前に同じ経験をしたことのあるハルは、彼女たちの反応に違和感を覚えた。10年前とは異なり、自分が先生の立ち位置であるのを差し引いたとしても、己の記憶との差異がありすぎる。
特に、ベージュ色のロングヘアーが特徴の少女――十六夜ノノミの反応が元の世界とはあまりに違っていた。彼女の反応はそう、もっと楽しげだったというか……。
「……違う。この人、うちの学校に用があるんだって」
「えっ? ってことは、お客さん?」
「そう、お客さん」
「……そうでしたか」
アビドス生3人は、椅子に座る正体不明の大人にじっと視線を向ける。若々しい、焦げ茶色のロングヘアーに空のように青い瞳。歳は20代半ばほどだろうか。仮に制服を着ていれば、生徒と勘違いされてもおかしくはなさそうだ。
「あはは……アビドスが砂漠地帯だって言うのは知っていたんだけど……ちょっと、自分の体力を過信しすぎたかな。道端で休んでいたところを、シロコちゃんに助けられてね」
苦笑気味に事情を説明する大人の体をよく見ると、頭の上から爪先まで、衣服の至るところに砂が付着していた。シロコが肩を貸して連れて来なければ、今頃砂漠のど真ん中で干からびていたかもしれない。
シロコ以外の3人は顔を見合わせ、誰が声をかけるか視線だけで押し付け合う。結果、その役割を引き受ける羽目になったのは、残りの2人から縋るような視線を向けられたノノミだった。
「えっと……よろしければ、あなたのことを伺ってもいいですか?」
「あ、そうだよね。私は蒼井ハル。連邦捜査部『シャーレ』の顧問先生です、よろしくね」
「「「……え、ええっ!?」」」
ハルの自己紹介を聞いた途端、アビドスの生徒たちは大声を上げて驚きを露わにする。
「っていうことは、連邦生徒会関係の!?」
「うん!」
「支援要請がようやく受理されたんですね! 良かったですね、アヤネちゃん!」
「はい! 要請を送り続けた甲斐がありました!」
「これで補給が受けられる!」
ヘイローと同じ色合いの眼鏡をかけた少女――アヤネが嬉しそうに頷き、他の2人と喜びを分かち合う。ハルは、そんな彼女らを微笑ましく見つめながら口を開いた。
「……ところでみんな、ちょっといいかな?」
怪訝そうな表情をするアビドスの生徒たちにタブレット端末の画面を見せる。その画面に映る書類を見た途端、彼女たちは口々に驚きの声を上げた。そこには、『物品譲渡証明書』の文字と、思わず己の目を疑うほどの大量の支援物資が記されていた。
「こ、これは……!?」
「あと、これも」
続いて、背中に担いでいたリュックサックを下ろすと、中に入っていた弾薬の数々を次々と机の上に並べていく。アビドス高等学校に所属する生徒5名とその固有武器を把握しているハルは、必要となる弾薬の量を正確に割り出し、それとほぼ同量の物資を準備していた。
その量は当然の如く彼女たちの想定を大幅に上回っていたようで、生徒たちは目を丸くして立ち尽くしている。そんな中、最初に我に返ったのはアヤネだった。
「あ、ありがとうございます! これで、しばらくは弾薬の心配をせずに戦えます!」
「うん、良かった」
元の世界では、『シッテムの箱』を操作するだけで大量の物資を転送することができたが、その機能がないこの世界では通常通りに物資を運送する必要がある。過去の経験から、これから起きる出来事を大体予想できたハルは、自らの足で必要最低限の物資を運んでいた。
「あ、ホシノ先輩にも伝えないとですね」
「うん。多分、先輩ならいつもの場所で寝てると思う。私、起こしてくるね」
ガララ! と教室の戸を開き、セリカが部屋を出て行く。その背中に視線を向けていたシロコが不意に何かを思い出したかのように、同じくセリカの背を目で追っていたハルに話しかけた。
「……そうだ、先生」
「ん?」
「みんなの紹介がまだだった」*2
シロコがそう言うと、教室内の生徒全員が一斉にハルへ視線を向けた。
「あの子は1年の黒見セリカ」
「私は2年の十六夜ノノミと申します!」
「改めまして、1年の奥空アヤネです」
シロコの紹介に続けて、ノノミとアヤネが自己紹介をする。ハルは彼女たちの挨拶を笑顔で受け止め、そして改めてシロコに向き直る。まだ彼女自身のことについて触れていない。
「私は2年の砂狼シロコ。……って、一番最初に会ったから分かってると思うけど。あ、別にマウントを取っているわけじゃない」
シロコが平坦な声で淡々と言葉を並べる。そこに感情はないように見えるが、時折見せる身振り手振りに垣間見える彼女の感情は意外と分かりやすいとハルは知っている。
「……それと、もう一人。対策委員の委員長、小鳥遊ホシノ先輩。以上5人が、アビドス高等学校廃校対策委員会。よろしくね」
「こちらこそよろしく」
「も~う、セリカちゃん……おじさんにはもう優しくしてくれないのー?」
「なに言ってるのよ! 委員長なんだから……ほら、ちゃんとして!」
お互いの自己紹介が一通り終わったところで、セリカが1人の少女の首根っこを掴んで戻ってきた。その少女は寝ぼけ眼で教室を見回すと、ひどく眠そうな声で自己紹介をする。
「にゃにゃ……小鳥遊ホシノだよ、よろしくー」
「私は蒼井ハル。シャーレの先生だよ、よろしくね」
二度目の初対面。ハルの自己紹介を聞き、ホシノは黄色と青色の瞳をゆっくりと見開く。その仕草を目にしたハルは、やっぱりそう簡単には信用されないか、と心の中で呟いた。元の世界でも、彼女から信用を得るのにはかなり時間がかかったものだ。
ましてや、今の自分は大人である。昔から悪い大人の被害に遭ってきた彼女からすれば、不信感を抱いてしまうのも無理はない。
「ねえ、先生」
「ん?」
「今から学校内を案内するよ」
ハルはシロコの申し出に目を丸くし、次に感謝の言葉を述べた。
「うん、ありがとう。それじゃあ……」
「ん、任せて」
丁度、元の世界との差異を確認するためにも校舎内部を見ておきたいと考えていたところだ。別に断る理由もない。シロコの厚意に甘えることにしたハルは、案内されるままに校舎の中へと足を踏み入れた。
◇ ◇ ◇*3
アビドス高等学校――校舎の外観自体はよくある学校とさほど変わりがない。しかし、中に入ってみると砂嵐の影響で生徒たちが自由に使える部屋は限られており、またグラウンドには砂袋などの大量の遮蔽物が設置されているなど、普通の学校とは大きくかけ離れた光景が広がっていた。
「……砂漠化、か。改めて見ると酷い状況だね」
「うん。この学校も私が入学した頃には、もうこんな状態だった」
歩きながら周囲を見渡しているハルの言葉に、シロコは静かに答える。そんな彼女の隣を歩くハルはふと足を止めると、廊下の壁に貼り付けられた部員募集の張り紙に目を留めた。
「念の為に聞いておくけど、全校生徒5人で間違いないよね?」
「うん、そう。実はこの学校、沢山の借金があって……もう私たちしか残ってない。対策委員会として色々な依頼を受けて、その報酬を返済に当てているの」
「(……借金、か。今の私にできるのは、シャーレ名義で高額の依頼を斡旋するくらいかな)」
シャーレの経済状況では、資金・政治の両面からアビドス高等学校の借金返済を肩代わりするのは難しいが、高額の依頼を回すことで間接的に支援することはできる。しかし、この提案を彼女たちが受け入れてくれるかどうかは別の話である。
まずは、やはり信用を得ることから……とハルは思案しながら、シロコのあとをついていく。
「この間はみんなで体育館の掃除をしてきた。……あ、その時アヤネは病気で休んでいたから4人で。思ったよりゴミが多くて、少し手間取ったけど……問題はなかった。そのあと、アヤネにすごい怒られたけど……」
「え、なんで? 掃除しただけだよね?」
何気ない会話を繰り広げながら、シロコの先導によってハルは校舎の内外を見て回った。水ではなく砂で満たされたプールや、本来の床が見えないほどに砂で覆われた廊下など、どこもかしこも砂だらけだ。最後に辿り着いた部屋の中に入ると、ハルがその部屋について問いかけた。
「ここは?」
「ただの空き部屋。これからは、ここを先生の部屋として使って」
「え、いいの?」
「うん。職員室は砂が酷いから」
その部屋は、校舎内でも数少ない砂の侵食を受けていない部屋だった。部屋の中央には向かい合うようにソファーが2つ並んでおり、その間には背の低いテーブルも置かれている。1人で寝床にするには十分な広さだ。
ちなみに、この部屋に続く道中で職員室の前を通ったのだが……確かに職員室周辺も砂で酷い有り様だったとハルは思い出し、小さく頷きながらシロコに礼を言った。
「ちょっと狭い?」
「十分だよ、ありがとう」
感謝の言葉を受けたシロコは、少し気恥ずかしそうに目をそらしながら頷く。彼女の反応を見て微笑ましそうに顔を綻ばせたハルは、改めて部屋の中を見渡していくと……アビドス高等学校周辺の地図が目についた。
「ふふ……シロコ、この学校はいいところだね」
「え?」
ダダダダダダダダッ!
「!?」
その時、校舎の外からけたたましい銃声が聞こえてきた。シロコが反射的に振り向く一方で、ハルは対して緊張もせずに窓から外の様子を伺うと、ため息混じりに声を漏らす。
「……やっぱり、大体の流れは私たちの時と変わらないみたいだね」
「アビドス高校の諸君、今日こそお前らの学校は占拠させてもらうぜ!」*4
◇ ◇ ◇
「あれは!? カタカタヘルメット団です! よりによってこんなタイミングで……!」
「んもー……これじゃ、おちおち昼寝もできないじゃないかー」
窓の方に駆け寄ったアヤネが外を確認し、報告する。校門の前には、ヘルメットを被り、銃火器で武装した不良たちが集まっていた。机の上に並べられた各種弾丸を手に取ると、生徒たちは自らの固有武器に装填していく。
「ふん、いつも通り返り討ちにしてやるわ!」
「みなさん、校庭に急ぎましょう!」
セリカが
◇ ◇ ◇
「先生はここに隠れてて」
「シロコ!?」
窓に足をかけ、何の躊躇いもなく下に飛び降りるシロコ。ここは3階だ。普通の子供であれば、確実に怪我をする高さである。しかし、シロコは猫のような身のこなしで着地すると、そのまま校門の方へと向かって走――
『危ない!』
警告の直後、窓の外から何発もの弾丸が飛び込んできた。教室の壁に身を寄せたハルは内ポケットから『シッテムの箱』を取り出すと、画面に映り込む少女――アロナの感謝の言葉を述べる。
「ありがとう、アロナ」
『どういたしまして、先生』
「私たちも行こう!」
ヘルメット団――その名の通り、構成員が様々な形のヘルメットを被っている武装不良集団。この世界の彼女たちもまた、何度も学校への襲撃を繰り返しているようだ。とはいえ、補給が十分のアビドスがヘルメット団程度に遅れを取ることはないだろう。
そう思いながらも、念には念を入れるつもりでハルは部屋の外に飛び出す。かくして、平行世界のアビドス自治区を訪れてから、初めてとなる戦いが幕を開けた。
TIPS:
TはTeacherのT。
原作軸世界ではなくAnimation世界に先生として召喚された並行世界の蒼井ハルの物語です。