――柴関ラーメン*1
柴関ラーメン――アビドス高等学校近隣に店を構えるラーメン屋だ。店主である柴大将が1人で切り盛りをしているこの店では、現在2人の少女と1人の女性がバイトとして働いていた。
「いらっしゃいませ~! 柴関ラーメンへようこそー!」
3人のうちの1人、蒼井エルが元気よく挨拶の声を上げる。その声を耳にした客の1人が彼女に釘付けとなった。10歳にも満たない幼い少女ながらも可憐な容姿と天真爛漫な性格、あくせく働く姿に心を惹かれたのだろう。
「何名様ですか? 空いてるお席にご案内いたしますね!」
残りの2人も忙しなく動き回る。1人はエルの母親、蒼井ハル。もう1人はアビドス高等学校の生徒、黒見セリカだ。2人とも笑顔を絶やさず、丁寧に客へ料理を運んでいる。それぞれ違うベクトルで美少女、美女揃いの彼女たちが奏でる接客はお客からも好評だった。
「少々お待ちください! 3番テーブル、替え玉追加です!」
ガララッ! と戸が開き、新たな客が入ってくる。いち早く来客に反応した柴大将が「へいらっしゃい!」と威勢よく声を上げた。
「いらっしゃいませ! 何め……わわっ!?」
セリカもそれに続いて、笑顔で応対するが……入ってきた人物を見て、彼女の笑顔は固まる。
「セリカちゃん、やっほー!」
「制服、とってもカワイイです☆」
「な、ななっ……!?」
そこには、対策委員会の仲間たちが勢揃いしていた。さらにはシャーレの先生まで。思わぬ来店にセリカは動揺を隠せない。自分がここでバイトをしていることは誰にも言っていないのに、なんでみんながここに――その疑問が頭を巡る。
「あっ、先生! やっほー☆」
「え、エルちゃん……!?」
「……エル、お客さんにそういう態度はあまりよくないよ。時と場所はちゃんと選ばないと」
「うぅっ、それはまあ確かに……」
「ハルさんまで……どうしてここに……?」
一方、先生たちもハルとエルがいることに驚いているようだった。お店に入るところを直接見たセリカはまだしも、彼女たちまで一緒だとは予想だにしていなかったのだ。よくアビドスの街に出かけているのは知っていたが、まさかこんなところで母娘揃って働いていたなんて……。
「いやぁ、路銀を稼ぐために仕事を探していたんだけど、アビドスの稼ぎ口を奪うわけにもいかないし、どうしたものかと悩んでいたら、セリカちゃんが声をかけてくれてね」
「それで、このお仕事を紹介してもらったんだ」
「なるほど……」
先生は母娘が仕事を始めた経緯を聞き、特に疑問を抱くことなく納得した。同時に、自分とは異なりセリカと良好な関係を築いている2人の様子を見て、少し落ち込んでしまう。どうすれば自分も仲良くなれるのだろうか……と、そんな思いが頭をよぎる。
「アビドス高校の生徒さんか。セリカちゃんのお友達ならサービスしないとな」
「あ、うう……そ、それでは、こ、こちらへどうぞ……」
何時までも店先で話し込んでいるわけにはいかないと、セリカは席に案内する。人数が人数ということで、案内された先は座敷席だ。まず、ホシノとシロコが座布団の上に腰を下ろし、向かいの席にはアヤネとノノミが陣取る。そして――
ドンッ!
最後に座ったシャーレの先生の前に、セリカはお冷を音を立てて置いた。その勢いからは内心の苛立ちが滲み出ている。「あ、あはは……」と先生は頬を引きつらせ、乾いた笑いを溢した。
「セリカちゃんってユニフォームでバイト決めちゃうタイプ?」
「も、もういいでしょ! で、ご注文はっ!?」
「私は、チャーシュー麺をお願いします!」
「私は塩」
「えっと……私は味噌で」
「私はねー、特製味噌ラーメン! 炙りチャーシュートッピングで!」
「一遍に言わないでよ!!」
「(あはは……たしか、百鬼夜行の昔の生徒会長の逸話にこんなのあったっけなぁ……)」
文字にすれば誰が何を注文したのか分かるだろうが、同時に言われると誰が何を頼んだのか把握するのは難しい。アビドスの仲間4人が一斉に注文を言い出し、セリカは思わずキレ気味にツッコミを入れる。これには自分の仕事の傍ら聞き耳を立てていたハルも苦笑気味だ。
「先生も遠慮しないでじゃんじゃん頼んでー」
「あ、ああ。じゃあ、私は……」
ギロリとセリカに鋭い視線を向けられた先生は、居心地の悪さを感じ、声を潜めるように「じゃあ……オススメで……」と小声で答えた。それから、今度は一人ずつ注文を言っていき、注文を聞き終えたセリカは「しょ、少々お待ちください」と言葉を残して厨房に入っていった。
◇ ◇ ◇
「「「「「いただきまーす!」」」」」
ふぅふぅ、と息で麺を冷ましつつ、5人はラーメンを食べ進める。スープを口に含んでよく味わうと、旨みのある濃厚な味わいが広がっていくのが分かる。具材のチャーシューやメンマに、追加されたネギが加わり、口の中で踊るように調和して、味わい深く飽きが来ない。
ラーメンに夢中な5人の下に、柴大将が腕を組みながら歩み寄ってくる。にこりと笑みを浮かべた彼が問いかける。
「どうだい、うちの味は?」
「「「「「美味しい/美味しいです!」」」」」
「そうだろそうだろ! さすがセリカちゃんの友達だ!」
美味しい! と、口を揃える5人に気をよくした大将は、満足げに頷きながら「どんどん食べてくれよ!」と上機嫌に声を弾ませた。
「繁盛してるみたいですね」
「いやぁ、ここんとこ客足が落ちてね……」
「え、それって……」
しかし、先生の言葉を受けた大将は、急に声を潜め、悲しげに視線を落とした。これほど美味しいラーメン屋だというのに、客足が落ちているというのはどういうことなのだろうか……。先生の心配げな表情を吹き飛ばすように、大将は胸を張り、自信満々に言い放った。
「……まあ、気にしてても仕方ねえ。なぁに、腹減らして来てくれた客にどんと美味いもんを食わせてやる。うちのモットーはそれだけだ」
「素晴らしいです! 私も大将を見習って、どんとこの子たちを支えていかないと!」
「おっ、先生も粋だね! 特別にもう1杯、サービスしてやらぁ!」
大人2人の笑い声が店内に響き渡り、他の客たちも思わず顔を綻ばせていた。
◇ ◇ ◇*2
「セリカちゃん、また明日ね」
「また明日」
ラーメンを食べ終えた5人は、セリカに見送られながら店を後にした。傾き始めた陽が西の空を夕焼け色に染め、アビドスの一行は帰路に就く。彼女たちの背中を見送ったセリカは、ふぅと一息ついて、ぽつりと漏らす。
「……なんだったのよ、もう」
独り言ちたセリカは、店の戸を閉めて中に引っ込む。しばらく経ち、閉店時間を過ぎた店内で、セリカはカウンター席を丁寧に磨いていた。まだ幼いエルは眠たげに目を擦っており、ハルはまた別のテーブルを拭いている。デッキブラシで床を掃除していた大将が、ふと3人に声をかける。
「3人とも、今日はもう上がっていいよ」
「はーい!」
「分かりました!」
返事をして着替えに向かうセリカに、大将は背を向けたまま、少し間を置いてから続ける。
「……なぁ、セリカちゃん」
「え……?」
「あの先生、生徒想いの良い大人じゃないか。……俺は、そう思うぜ」
眉を寄せて考え込むセリカは、心の内を言葉にすることができなかった。やがて、冷たく「お先に失礼します」と告げて店を後にする。辺りはすっかり暗くなっており、星々が輝く夜空と街灯が照らす通りは昼とは違った雰囲気を醸し出している。
このアビドスに来てからまだ何日も経っていない2人を先導するように前を、けれど俯きがちにセリカが歩いていると、不意に自動販売機の稼働音が彼女の耳に届いた。振り向くと――
「……わわっ!?」
「お疲れ、今帰り?」
ペットボトルを投げ渡したのはシロコだった。口数少なく、シロコはセリカの隣に立つと、自販機で買った飲み物を一口飲む。少し離れたところから、ハルは彼女たちの様子を見守っている。
「さっきのラーメン、美味しかった。大将も良い人だし、それに……頼りになりそう」
「うん」
セリカは小さく頷いたが、それ以上何も言わず、ただ夜風に身を委ねている。
「ねえ、セリカ」
「?」
「私は先生も頼りになる大人だと思う」
シロコがセリカの目を真っ直ぐ見つめながら、そう告げる。その眼差しは真剣そのもので、嘘偽りを述べているようには見えない。本心からの言葉だということは、セリカにもよく分かった。
「じゃあね、セリカ。また明日」
ロードバイクに軽やかに乗り、ペダルを踏みながら、シロコは夜の街へと消えていった。
「シロコ先輩も、大将と同じなんだ……。先生、か……私も素直に頼ればいいのかな?」
「――今すぐに決めなくても良いんじゃないかな?」
「え?」
悩むセリカに、何時の間にか隣まで歩み寄っていたハルが微笑みながら優しく声をかける。驚いて顔を上げたセリカには、彼女の笑顔がどこか先生のそれと似ているような気がした。
「無限の未来は子供の特権だよ。悩み抜いて、この道を進みたいって選択肢を選べばいい」
「ハルさん……」
「人生は、ただの一度の失敗で簡単に道が閉ざされるような人生最大のクソゲーだよ。けどね、そうならないように支えるのが大人の役割なんだ。それは未然に防いだり、新しい可能性を切り拓いたりと方法は人によって違うけどね。要は、信じる信じないはセリカちゃん次第ってこと」
だから、とハルはセリカに歩み寄り、彼女の頭を優しく撫でた。そして――
カランコロン……。
「……!? エル、逃げて!!」*3
「お母さん!?」
足元に転がってきた空き缶程度の大きさの何かからガスが噴き出す。咄嗟にエルを遠くの方に投げ飛ばしたハルはガスを吸い込んでしまい、眠気に襲われるようにふらりと身体を傾ける。それでも最後の力を振り絞り、エルが逃げる時間だけは稼ごうとハルは銃を抜いた。
「先生に伝えて! 私たちが怪しい奴らに捕まったって!」
「けど……!」
「早く!!」
「……っ、神秘再現! 『シークレットタイムⅡ』!」
なおも迷うエルにハルが叫ぶ。その声でハッと我に返ったエルは、一目散に駆け出した。子供たちを守るために銃を構え、ハルは少しでも時間を稼ごうとする。だが、ガスを吸った影響で意識が朦朧としており、上手く狙いが付けられない。
「意識が……」
急速に意識が遠のいていく。完全に意識を失う前に彼女が目にしたのは、見覚えのあるヘルメットを身に付けた何人かの人影だった。
TIPS:
シークレットタイムⅡ。
蒼井エルの幼馴染。飛鳥馬トキの実子である飛鳥馬イム専用のアサルトライフル。
その名に相応しい性能を持ち、目的を邪魔する対象を全て排除する。
異能の扱いに習熟していないエルでは、「武装」を用いるモード2を再現するのが限界である。
名前 :イム
フルネーム:飛鳥馬イム
武器種 :AR
固有武器 :シークレットタイムⅡ
出身学園 :ミレニアムサイエンススクール
部活 :???
年齢 :7歳
備考 :――
親 :飛鳥馬トキ
元ネタ :時(Time)