ハルとミカの神秘が…消えた…?
――アビドス高等学校・生徒会室*1
「うへ~」
「……」
「……」
「……」
生徒会室には、ホシノ、シロコ、ノノミの上級生3人とハクノが集まっていた。険しい表情で眉間にしわを寄せるホシノを、他の3人が心配そうに見つめている。椅子に腰掛けた4人の視線の先には、アビドスの地図があり……そのある地点に赤いマーカーで印が付けられていた。
「先輩たち、大変!! これ見て!」
「アビドス自治区の関係書類を持ってきました! これを……」
ガタッと勢いよく戸を開け、セリカとアヤネの1年生コンビがアビドス高校の制服に身を包んだユメを伴い部屋の中へ入ってきた。何やら緊急事態を予感させる様子だったが、室内の異様な空気に思わず立ち止まる。怪訝な表情を浮かべた彼女たちは、静かに戸を閉め、恐る恐るホシノたちに問いかけた。
「……あれ? な、何、この雰囲気?」
「何かあったんですか……?」
「うへ、今は大丈夫だよ。みんな、おかえり~」
「……うん、ただいま? い、いやそれよりも! とんでもないことが分かったの!」
「はい、衝撃の事実です……! 皆さん、まずはこれを見てください!」
アヤネが慌てた様子で、手にしていた書類を机の上に置く。
「ん~、これって……地図?」
「直近までの取引を記録されてる、アビドス自治区の土地の台帳……『地籍図』と呼ばれるものです」
「土地の所有者を確認できる書類、ということですか……? でも書類なんて見なくても、アビドスの土地は当然アビドス高等学校の所有で……」
アヤネが説明をする中、ホシノたちは頷きながら書類を眺める。それにはアビドス自治区の土地の正確な情報が詳細に記載されており、いくつかの箇所に赤いマーカーで印が付けられている。
しかし、そもそもからして土地台帳など目にするような機会は滅多にない。なぜこんなものを見せられているのか、上級生組の3人とハクノが顔に困惑の色を浮かべる。すると、セリカが焦燥した表情で口を開いた。
「私もさっきまでそう思ってた! でもそうじゃなかったの!」
「あのね、ノノミちゃん。実は昨日の戦い、柴関ラーメンの店先で始まったの。それで、大将が巻き込まれてないか心配になってね。あのあとに、セリカちゃんと会いに行ってみたんだけど……」
「2人は、そこで聞いたそうです。……何年か前、アビドスの生徒会が借金を返せなくて、建物と土地の所有権が移った、と」
「えっ……!?」
「調べてみたところ、柴関ラーメンが入っている建物はもちろんのこと、このアビドス自治区のほとんどが……私たちの学校が所有していることに、なっていませんでした」
――柴関ラーメン*2
時は遡り、昨日のこと。現場を解散したあと、柴関ラーメンでアルバイトをしている2人は、戦闘がすぐそばで起こったこともあり、大将の安否を確認するために店へ駆けつけた。
「大将、大丈夫!?」
「お店は!?」
「やあ、セリカちゃん。それにユメちゃんも。大丈夫大丈夫、おかげで傷一つないからな」
「良かった……」
大将が無事であることを確認し、ユメはほっと胸を撫で下ろす。そんな2人の様子に、大将は明るく笑いながら口を開く。……しかし、そのあとの言葉は衝撃的なものだった。
「これで、あとしばらくは店を続けることができそうだ」
「え? その言い方だと、まるで……」
「ああ、もうすぐ店を畳む予定だ。ちょっと前から退去通知を受け取っていてね」
「た、退去通知って、どういうことなの?」
「え、だって……アビドス自治区の建物の持ち主は、アビドス高等学校で……」
「……そうか、君たちは知らなかったんだな」
呆然とする2人に、大将は神妙な表情で視線を向け、ゆっくりと事情を語り始めた。*3
「……何年か前、アビドスの生徒会が借金を返せなくて、建物と土地の保有権が移ったんだ」
「う、嘘!? アビドスの自治区なのに!? じゃあ今は一体誰が!?」
「……カイザーコーポレーション?」
「うーん……そんな名前だったような気もするが……悪いな、はっきり覚えてねえや」
もしかして、とユメが口にしたのはカイザーコーポレーションの名前だった。彼女の脳内で、情報が一つの答えに絞り込まれていく。アビドス高等学校に襲撃を繰り返すヘルメット団と、彼女たちに『任務補助金』を提供していたカイザーローン。そして、建物と土地の保有権……。
「ひぃん……どうして、今まで気が付かなかったんだろう……」
「……ユメ先輩?」
「仮にも生徒会長だったのに……こんなことにも気付けなかったなんて……」
ユメは自嘲気味に呟いた。自分の不甲斐なさに呆れ、唇を強く噛みしめる。セリカが心配そうに声をかけたが、今の彼女には届いていない。……生徒会長失格だ。そんな強い自責の念が、ユメの心を押し潰すように締め付けていた。
「まずは、裏付けを取らないと……でも、ど、どうやって……?」
「ユメ先輩!!」
「!? は、はうぅ……セ、セリカちゃん?」
ユメの思考を現実に引き戻したのは、セリカの叫び声だった。はっと顔を上げると、彼女が真剣な眼差しで自分を見つめていた。
「今の生徒会は私たちだよ! ユメ先輩だけで抱え込もうとしないで!」
「セリカちゃん……」
「まだ1年生で頼りないかもしれないけど……私だって、アビドス生徒会の1人なんだから!」
セリカはそう言うと、ユメの両手を強く握り、真っ直ぐに彼女の目を見つめた。その強い眼差しに、ユメは一瞬たじろいだ。
……そうだ。これは私が1人で抱え込むべき問題じゃない。セリカちゃんの言う通りだ。
自分にそう言い聞かせると、ユメは握られた手に力を込めて握り返し……静かに、けれど確かな意志を込めて頷いた。
「ありがとう、セリカちゃん。……それなら、探しものを手伝ってくれないかな?」
「探しもの……?」
「うん、今の土地の所有者が誰かを知りたいの。その……方法は思いつかないんだけど……」
ユメの言葉に、セリカは「うーん」と考え込んだあと、「あっ!」と何かを思いついたように声を上げた。
「ユメ先輩、アヤネちゃんならなにかいい案を思いつくかも!」
「あっ、確かに! 今ならまだ学校にいるはずだよっ! 行こう、セリカちゃん!」
「うん! 大将、また今度ね! まだ引退とか考えないでよ! 分かった!?」
「お、おお……」
まだ状況を把握しきれていない様子の大将に声をかけると、セリカはユメと共に学校へ向かって駆け出した。その後、生徒会室でアヤネに一連の事情を説明した2人は、彼女の提案に従って地籍図を確認してみることにした。
――アビドス高等学校・生徒会室
そして現在――
「……どういうこと? アビドス自治区がアビドスの所有じゃないって、そんなわけ……」
まさに青天の霹靂だった。ホシノは信じられないという表情を浮かべながら、便利屋が広げた書類に目を走らせる。アビドス自治区の土地と建物の所有者として記された名前を目にした途端、黄色と青色の瞳が驚愕に大きく見開かれた。
「……これって、」
「現在の所有者は……」
「カイザーコンストラクション……そう書かれています」
「……!!」
「そんな……!?」
「……っ!?」
その名が意味するところを理解できないほど、ここにいる生徒たちは鈍感ではない。……それは、カイザーグループが密接に関与していることを示し、アビドス自治区の土地と建物が何時の間にか彼らに奪われていたことを裏付ける決定的な証拠だった。
「アビドスの自治区を、カイザーコーポレーションが所有している……!?」
「……柴関ラーメンも?」
「……はい。大将はそのことを知っていて、随分前から退去命令も出ていたとかで……」
「退去命令どころではないみたいだよ。みんな、少しこれを見てくれるかな?」
初日、補給物資を生成した時と同じように、ハクノは机の上に1枚の書類を投影した。それは、連邦生徒会に提出された土地と建物の状態を記した公文書で、現在カイザーコーポレーションが所有する土地や建物の詳細が記載されているものだった。
そこには、柴関ラーメンが入っている建物も既に立ち退きが完了していると明記されている。
「どうやら、カイザーグループは書類を偽装しているみたいだ。既に、柴関ラーメンも立ち退きが完了していることになっている。多分だけど、風紀委員会が動けたのもこれが根拠だろうね」
「……!?」
「そういうことか……」
ホシノは眉を顰めながら頷き、他の生徒たちも穴が開くほど書類をジッと凝視していた。
――書類改竄。それは紛れもなく、カイザーグループの不正を示す証拠だ。だが、問題はその証拠が連邦生徒会に正式に提出された公文書であるという点にある。仮にもゲヘナの風紀委員会のナンバー2が『白』と判断した正当な文書を、果たして簡単に覆せるものだろうか……。
そして何より、ヒナの言葉。もし彼女の言葉が事実であるならば、この証拠そのものが握り潰される可能性も否めない。
「……既に砂漠になってしまった、本来のアビドス高校本館と、その周辺数千万坪の荒れ地。そしてまだ砂漠化が進んでない、市内の建物や土地まで……保有権がまだ渡ってないのは、今は本館として使っているこの校舎と、周辺の一部の地域だけでした……」
「で、ですが、どうしてこんなことに? 学校の自治区の土地を取引だなんて、普通できるはずが……一体誰が、こんなことを……」
「……アビドスの生徒会、でしょ」
「……!」
ホシノの口から紡がれた”答え”に、部屋中の視線が一斉に彼女へと向けられる。俄には信じ難い答えではあるが……彼女の表情を見れば、それが冗談や虚言の類ではないことは明白だった。
「学校の資産の議決権は、生徒会にある。それが可能なのは普通に考えて、その学校の生徒会だけ」
「……はい、その通りです。取引の主体は、アビドスの前生徒会でした」
ドンッ! と机を打つ音が響く。セリカは怒りに満ちた顔で声を張り上げた。
「何をやってんのよ、その生徒会の奴らは!! 学校の土地を売る? それもカイザーコーポレーションなんかに!? 学校の主体は生徒でしょ!? どうしてそんなこと……っ!!」
「こんな大ごとに、ずっと私たちは気付かないまま……」
ノノミの呟きに、誰も言葉を紡ぐことができなかった。その場を包む静寂は、彼女たちの無力感と後悔を一層浮き彫りにする。生徒たちは皆、自分たちの愚かさを呪うように俯いてしまう。
「……それぞれの学校の自治区は、学校のもの。当たり前の常識だよね。当たり前すぎて、借金にばかり気を取られて、在学中に気が付けなかった……もう少し早く気付けていたら……」
アヤネの言葉を引き継いだのはユメだった。その表情は暗く、唇を噛み締めている。自分はこの学校の生徒会長だったのに――こんなにも大事なことを見逃していたなんて。もっと早く気付いていれば、何か手を打つことができたかもしれないのに。
悔しさと怒り、そして深い後悔がユメの胸の中で渦巻いていた。その思いは、他の生徒たちも同じように感じていたことだろう。
「……ううん、それはユメ先輩のせいじゃありませんよ」
「ホシノちゃん……?」
「これは私が入学するよりも前の……いや、先輩が生徒会長になるより前のことなんですから」
ホシノは敢えて昔の口調で語りかけた。しかし、その柔らかな語り口とは対照的に、彼女の表情は暗く険しい。
2年前――ユメが生徒会長を務めていた頃、ホシノもまた生徒会の副会長を務めていた。故に、もしユメの責任があるのだとしたら、自分にも同様の責任がある。……いや、むしろ今の生徒会長として、その責任の重さをさらに強く感じていた。
「……ホシノ先輩、何か知ってるの?」
「……うへ~、実は私もあんまり詳しくはないんだよねえ。私が生徒会に入った時には、もう生徒会の人たちはほとんど辞めちゃってたから。その時はもう在校生も二桁になってたし、教職員もいない。授業なんてものは、もうとっくの昔に途絶えてた。生徒会室も、そうと言われなければただの倉庫にしか見えないところだったし、引き継ぎ書類なんて立派なものは1枚もなかった。ちょうど砂漠化を避けようとして、学校の建物を何度も移してた時期だったこともあってね」
「うん。そんな環境だったから……私、ホシノちゃんと初めて会った時、これは夢なんじゃないかなって思って、何度も頬をつねったんだよね。ホシノちゃんみたいな、可愛くて強くて、頼れる後輩が傍にいてくれるなんていう夢みたいなことが、本当に嬉しくて……」
ユメはホシノと初めて会った日のことを思い出していた。……彼女は当時、自分が夢を見ているのではないかと疑った。それほどまでに現実離れした状況だったのだ。けれども、それは夢ではなく確かな現実で、ホシノとの出会いがユメの運命を大きく変える切っ掛けになったのだ。
「いや~……ホント、何もかもメチャクチャだったよ。生徒会なんて肩書だけで、おバカさん2人が集まっただけって感じで。何の間違いだか、生徒会なんかに入っちゃって……うへへ、あの頃はあちこちに行ったり来たりだったねぇ」
ホシノは遠い記憶を辿るかのように、窓の外に視線を向けた。その瞳には、かつての日々を思い起こすかのような、柔らかな光が宿っている。しかし、穏やかな表情はすぐに曇り、彼女の胸に去来する何かが温かい思い出に影を落としているようだった。
「ほんっとバカみたいに、なんにも知らないままさ……」
「ホシノちゃん……」
「……」
「ホシノ先輩……」
自嘲気味に呟いたホシノへとユメが心配そうに声をかける。ホシノの表情は不安と焦燥が滲んでおり、今にも泣き出してしまいそうだ。アヤネとセリカも、気遣わしげな眼差しを何時になく弱々しいホシノに向けている。
「……先輩たちが責任を感じることじゃない。昔の事情は知らないけど……今までアビドスが存続できたのは、間違いなくホシノ先輩とユメ先輩のおかげ」
「う、うん……?」
「シロコちゃん?」
「……ホシノ先輩は怠け者だし、色々とはぐらかしてばっかりだけど、大事な瞬間には絶対に誰よりも前に立ってる」
シロコは何時も通りの無表情で淡々と語りながら、ホシノをジッと見つめる。彼女の水色の双眸は冷たさを帯びているようでありながら、不思議と温かさを感じさせる眼差しだった。
「そうです。セリカちゃんとユメ先輩が行方不明になった時、真っ先に先生に助けを求めたのもホシノ先輩でしたし……」
「……うへ~、そうだっけ? よく覚えてな――」
「そうだったね、いつも絶対に先陣を切る。アルたちと戦った時もそうだった」
「私、それ初耳なんだけど!? 何で教えてくれなかったの!?」
ホシノの言葉を遮るように、ハクノとセリカが割って入った。特にセリカの勢いは強烈で、思わず顔を背けてしまう。
それでも、彼女の表情には僅かな嬉しさが垣間見えた。後輩たちからの褒め言葉に慣れていないせいか、どう反応すればいいのか分からず、戸惑いつつも照れくさそうにしているようだった。
「それに、ユメ先輩は学校を卒業した今も私たちを助けてくれている。2人とも、色々とダメなところもあるけど、尊敬はしてる」
「ひぃん……ダメなところもあるって……それって褒め言葉なの? 悪口なの……?」
「ど、どうしたのシロコちゃん!? 急にそんな青春っぽい台詞を……! おじさんこういう雰囲気、ちょっと苦手なんだけど!?」
「……や、なんとなく、言っておこうかなって思って」
「え、えぇ……?」
シロコが普段見せないような勢いで話し始めたことに、ホシノは困惑していた。その隣では、ユメも同様に驚いた様子で目を白黒させている。場を覆う暗い雰囲気が、ほんのわずかではあるが払拭されたような気がした。
TIPS:
公文書偽造。
国や地方公共団体などの公務所や公務員が作成する公文書を偽造・変造する犯罪です。
この犯罪の法定刑は、文書や図画に印章または署名がある場合は「1年以上10年以下の懲役」であり、それらがない場合は「3年以下の懲役または20万円以下の罰金」となります。
本来、行政機関に相当する連邦生徒会に提出する書類を偽造する行為は、その重大性から言えば極めて重大な犯罪です。