――D.U.シラトリ区*1
クリスマス――12月25日から1月5日までの12日間。とはいえ、それはトリニティ自治区におけるクリスマスの期間で、多くの自治区では12月25日だけをクリスマスとして祝う。
レッドウィンター連邦学園の制服に身を包むハルは、連邦捜査部《シャーレの先生》こと岸波ハクノと、本日の当番を務める飛鳥馬トキと共に、冷たい冬空の下、D.U.シラトリ区の大通りを肩を並べて歩いていた。
「もうすぐクリスマスだね」
「そうですね。……ところで、先生はクリスマスに何かご予定はあるのでしょうか?」
「いや、私は何も……多分、いつも通り仕事してるんじゃないかな」
強力な権限故に取り扱う業務の範囲が尋常ではない上に、以前は連邦生徒会が対応していたような案件も請け負っているハクノは、手伝いにやってくる生徒たちが事務処理を分担してもなおタスクが渋滞しており、常日頃から多忙を極めている。
クリスマスだろうとそれは変わらず、むしろ生徒たちの祝日を不意にするわけにはいかないと、一人きりの執務室で山のような書類と格闘している未来が目に浮かぶようだった。
「あっ、でも……自分へのご褒美にチキンとケーキくらいは買いに行くかもしれないね」
「クリスマスにチキンを食べるなんて許せない! お前たちもシャケを食え!」
「え?」
チキン――ハクノの言葉に反応するように、どこからともなく現れたのは、魚の頭部を模したヘルメットを被った謎の集団だった。リーダー格と思しき、魚の骨格を模したヘルメットと、イクラを数珠繋ぎにしたような見た目の首飾りを身に付けた少女が堂々と名乗りを上げる。*2
「我らはシャケシャケヘルメット団! 今年のクリスマスこそシャケ一色に染めてやる! ノーモアチキン!! チキンの代わりにシャケを食べろ~!!」
「シャ、シャケ……?」
フライドチキンや焼き鳥を食べている道行く人々を襲い、それらを取り上げるシャケシャケヘルメット団。よく周りを見れば、フライドチキンのチェーン店も標的にされており、看板に掲げられた『フライドチキン』の文字と画像は、シャケの張り紙によって不自然に上書きされていた。
「クリスマスの風物詩ですね」
「何年前からだっけ? クリスマスのシャケハラが流行りだしたのって」
「……たしか、6年前からだったかと」
「シャケハラ?」
「他人の都合を無視してシャケを押し付ける犯罪――シャケハラスメントの略称です」
6年前、突如としてキヴォトス各地に現れたシャケシャケヘルメット団。彼女たちの実力は妙に高く、当時のヴァルキューレ警察学校の部隊を返り討ちにした記録さえ残っている。シャケを食わされた被害者は数知れず、彼女たちの犯罪は伝説として今も語り継がれている。
その被害はシャケハラだけに留まらず、シャケシャケヘルメット団の襲撃を恐れた販売業者がチキンを売るのを自粛し、代わりにシャケを売るようになったほどだ。
「なんで、みんなのチキンを奪うの?」
「シャーケッケッ! クリスマスは……クリスマスはシャケに決まってるだろ!」
ハクノの問いに、焼き鮭を頬張りながらそう答えるシャケシャケヘルメット団のリーダー。
「確かに、シャケは素晴らしい食材だと思うけど……人に無理強いするのは良くないことだよ」
「シャケシャケ~! どいつもこいつも……お前たち、シャケの美味しさを教えてやれ!」
「――っ、神秘再現! コード名『安眠のお供Ⅱ』!!」
ダダダダダダダダッ!
リーダーの指示でシャケシャケヘルメット団が一斉に銃口を向ける。咄嗟に前に出たハルが、異能で再現した知人の一人、百鬼夜行生の春日ツバキの盾で銃弾を防ぎ止める。同時に、愛銃『シークレットタイム』を構えたトキが、もう片方の手からキラリと光る何かを投げ放つ。*3
「トキ!」
「仰せのままに」
「うわっ!?」
その光る何か――特殊合金製の糸が何人かの体に絡みつき、前方に引き寄せる。予期せぬ動きにバランスを崩した彼女たちがよろけ、わずかに開いた弾幕の隙間をトキは一息に駆け抜ける。
「やあぁっ!」
「っ!?」
「姉御を踏み台にしたぁ!?」
勢いのままにリーダー格の頭部に飛び蹴りを食らわせたトキは、後方に倒れ行く体に合わせるように足を撓ませ、弾けるように空中へ跳び上がる。想定外の事態に驚きながらも、ヘルメット団の構成員たちは頭上のトキに照準を合わせる。
「クリスマスには少々早いですが……メイドサンタからのクリスマスプレゼントです」
「シャケ───ッ!?」
だが、それすらもトキにとって予測通りの状況でしかない。スカートの内側から落とされた5個の手榴弾が一斉に炸裂し、地に伏したままのリーダーと周りの数人が爆発に巻き込まれる。
「駄目だ……あのメイドは強い……!」
「悪いがこれ以上お前たちに構っている時間は無い。イクラがこぼれちゃう前にさらばだぁ〜!」
今の交錯で自分たちの不利を悟ってか、一目散に撤退するシャケシャケヘルメット団。臆病者と笑うことなかれ、無謀なことはせず退くべき時は退けるこの判断力こそが、彼女たちがシャケハラを繰り返す謎の集団として今日まで存続し得た最大の理由なのだ。
対するハルとトキは、先生という護衛対象が傍にいること、そして相手が木端部隊の一つであるのを考慮し、これ以上の追撃は控え、シャケシャケヘルメット団の撤退を静観するに留めた。
「――任務完了、と言いたいところですが……」
「残念ながら、この程度で諦めるような連中じゃないからねぇ……」
上を見上げる2人の視線を追うと、街頭テレビに先ほどのリーダー格――否、彼女とは別人だろう。キングサーモンとでも名乗るつもりなのか、鮭の骨格ヘルメットに冠を載せた、如何にもシャケシャケヘルメット団のボス然とした人物が映し出されていた。
『アスタキサンチン! 我らはシャケシャケヘルメット団! お前たちは何故、クリスマスにチキンを食べるんだ?』
「美味しいからでは……?」
『あぁ〜ら、気に食わん! クリスマスにはシャケを食え!! 分かったか!?』
トキの呟きに反応したかのように、画面いっぱいに骨格ヘルメットが映し出される。何らかの神秘が働いているのか、その圧力は尋常ではなく、迫りくる顔の衝撃により周囲の外壁にヒビが入るほどだ。
『チキンを食べようとする奴には……全力で嫌がらせをするからなぁ!! シャ〜ケッケッケッ! 繰り返すぞ! 我らはシャケシャケヘルメット団……』
今度は画面自体にも大きな亀裂が入り、やがて映像は砂嵐に切り替わってしまう。
「今年も、各学園と協力してどうにかチキンを守らないとね」
「そうですね。私も、サーモンは好きな食べ物の部類に入りますが……」
「「やっぱりクリスマスと言えば、チキンが定番だからね/定番ですからね」」
斯くして、今年もまたシャケシャケヘルメット団とのチキンを巡る争いが幕を開けたのだった。
TIPS:
クリスマスにはシャケを食え。
『快盗戦隊ルパンレンジャーVS警察戦隊パトレンジャー』に登場したギャングラー怪人の1人。そして『スーパー戦隊』シリーズ……いや日本特撮ヒーロー史上、最も現実に影響を及ぼした伝説の怪人、サモーン・シャケキスタンチンが生み出した名言、及びそこから派生したミーム。