――2年前・アビドス砂漠*1
災禍の大蛇が口腔を開く。溢れ出る熱量は岩盤をも溶かし、砂の大地を蒸発させていく。極めて頑丈な肉体を持つキヴォトス人であっても、その熱線に触れれば瞬く間に消し炭になるだろう。
けれど、そんな絶望を前にしても、彼女は一歩たりとも退かずに、真正面から立ち向かう。ただ目の前の脅威を見据え、己の為すべきことを全うするという覚悟があった。傷つき倒れるユメ先輩を背に庇い、残った力を振り絞って先輩の盾を構える。
「うああぁっ!!」
ドオオォンッ!! 凄まじい熱量が大気を通して伝わってくる。私に向けられたものではないのに、肌が焼けるような痛みが感じられた。それでも彼女は抗うことを止めない。絶対にここは通さないという決意を込めて、神秘の防壁を全力で張り続けた。
晄輪に亀裂が入る。ここで自分の命が果てようとも、せめてユメ先輩は守ってみせる。そんな彼女の意志が私にも深く響いてきた。
「はぁ……はぁ……」
本当に、本当に限界ギリギリのところで、彼女たちの命は繋がった。余波で巻き上げられた砂塵が辺り一帯を覆っていく。……やがて砂が収まり、僅かに開けた視界の先に見えたのは――
「は、ははは……これ、ダメかも……」
再び大きく口を開き、2人を照準に捉える化け物の姿だった。どうにか立ち上がろうとする彼女の脚は震えており、とても立ち上がれそうにはない。このままでは、今度こそ彼女たちは跡形もなく消し飛ばされてしまうだろう。
……ダメだ。そんな未来を認めるわけにはいかない。けれど、今の自分になにが……《暁のホルス》などと謳われていても、自分にはあんな化け物をどうにかする力なんて……。
「(……力が欲しい。自分はどうなってもいい。だから、ユメ先輩を守るための力が――!)」
ドクンッ!
◇ ◇ ◇*2
「ユメ先輩いいいいいっ!!」
蒼い雷が渦巻く。大切な人の命を奪おうとする嵐を前にして、ホシノの視界は真っ赤に染まる。
ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ!!
「オオオオオオッッッッ!!!」
今の在り方を歪めるほどの激しい怒りが胸の奥で燃え滾る。内側から溢れ出す力が彼女の全身を駆け巡り、赤黒いオーラとなって周囲に迸る。ヘイローも鋭利な形状へと変わるだけでなく、中央の虹彩部分が大きく変化し、特に瞳孔が夜行性動物のような縦長のものとなっている。
開眼――両目を大きく見開いたホシノは、自らの固有武器に神秘を走らせる。白い銃身が燃え上がり、赫焉たる赤と黒の色彩を纏う。
「……!」
「……ホシノ先輩」
「先輩!?」
「何が起きて……」
彼女の変貌を目の当たりにした者たちは、皆、例外なく戦慄した。形を変えたヘイローと全身から放たれる赤黒いオーラが、ホシノが尋常ならざる力に目覚めたことを物語っている。恐怖と不安に胸を締め付けられ、思わず後退りする者も現れるほどだった。
だが、ホシノはそんな周りの反応を気に留める様子もなく、ただユメ――大切な人を守るためだけに力を尽くす。
「ッシャアアアアアアアッ!!!!」
刹那、ホシノは僅か1秒にも満たない時間で数十メートルの距離を詰めた。ユメに襲いかかる蒼雷の奔流の前に立ちはだかり、その勢いのままに左手の盾を突き出す。
ズガアァン!! 盾に接触した瞬間、蒼雷は一瞬で霧散――否、灼き尽くされる。障壁によって防がれたわけではなく、ホシノの全身から溢れ出るオーラに触れただけで、蒼雷の嵐は劫火に焼かれるように消え失せたのだ。
「……ホシノ、ちゃん……?」
「ゆめ……せん、ぱい」
ユメは呆然と見上げる。彼女の目には、いつもの優しい表情とは異なる、憤怒と決意に満ちたホシノの顔が映っていた。その姿を見て、自らが命の危機に陥った2年前の出来事を思い出す。
三つ巴の大決戦。アビドス砂漠に巣食う災禍の大蛇。天上より降臨した嵐と雷の神。そして――
「……ダメだよ、ホシノちゃん。その力を使っちゃ……!!」
ホシノの二つ名《暁のホルス》の由来の一つである『暁の力』。感情が昂り、箍が外れるとヘイローが鋭利な形状へと変わり、普段とは比べ物にならない身体能力と神秘出力を発揮する。その力は2年前のホシノをして、二柱の特異存在と互角以上に渡り合うほどのものだった。
但し、この力は諸刃の剣でもある。暁の力を使うには相当の消耗が強いられるらしく、初めて使用した際には体調が回復するまで3日もの時間を要していた。その上、
――多分……先輩たちが止めてくれなければ、私のヘイローは壊れていました。
本人曰く、暁の力を限界まで引き出せば、おそらく命は無いだろう……と。あくまでホシノの直感に過ぎないが、決して無視できない可能性だった。だからこそ、ホシノに暁の力を使わせないよう細心の注意を払ってきた。大切な後輩のヘイローが砕ける未来なんて見たくないから……。
自分が不甲斐ないばかりに、またあの力を使わせてしまった。先輩として、可愛い後輩を守るために少しは戦えるように努力してきたというのに……。
「ぜ、全員出ろ! 全ての戦力を以て奴を叩き潰し、我々に歯向かったことを後悔させてやれ!」
理事も異様な気配を纏うホシノに危機感を覚えたのだろう。本来は、アビドス高等学校の生徒たちを絶望の淵へと突き落とすために用意していた戦力を、目の前のたった一人を葬るためだけに投入する。
「あれって前に倒した……!」
「しかも、あんなにたくさん!?」
ズシン、ズシン……と大きな足音を立てながら、ゴリアテ量産型が広場の奥から押し寄せる。今なお彼女たちの前に立ちはだかるストームブリンガーには及ばないものの、並の生徒では太刀打ちできない強敵であるのは間違いない。
20機の巨躯が並ぶ光景はまるで移動する要塞のようだ。それでも、機械仕掛けの軍勢を前にしてもホシノは、怯むどころか、より強い怒りの感情で全身を燃え上がらせていた。
「オオオオオオッ!!!」
2機のゴリアテ量産型がホシノに向けて突進する。両腕を振り上げ、小柄な彼女を圧し潰そうと勢いよく振り下ろす。しかし、ホシノはその攻撃を軽々と掻い潜り、2機の隙間を縫うように駆け抜ける。
ザシュッ! ドサッ……すれ違いざまに一閃。赤熱する銃身を剣のように振るい、2機の胴体を溶断した。ズレ落ちた切断面は高熱で焼かれたように白く溶け落ちていく。
「なっ……!?」
「ゴ、ゴリアテが……!?」
「ひ、怯むな! 一斉射撃だ!」
ズドドドッ!! 2機のゴリアテ量産型を一蹴したホシノに、ストームブリンガーと残った18機のゴリアテ量産型が集中砲火を浴びせかける。十数機がかりの弾幕が襲い掛かり、ホシノの姿は着弾の煙で見えなくなってしまう。
生徒一人に向けるには過剰すぎる火力。普通の生徒なら、今の攻撃で消し炭になっていたであろう。……が、煙の中から現れたホシノは無傷だった。彼女の制服にも汚れ一つ付いていない。
「ジリオン――」
それが、臨界点だった。銃口、銃身、その最奥に位置する弾丸に、極限まで収束した熱量が込められる。
「――ハザードォォォ!!!」
ドガアアアァァン!! 銃声とは到底思えない轟音とともに、極小の太陽が放たれた。太陽は大地を焦土へと変え、大気を灼き尽くす。直線範囲内に広がる劫火がゴリアテたちを包み込み、一瞬で全ての機体が熔解してしまう。不幸中の幸いは、危険域の超高熱を感知した機体が強制脱出装置を作動したため、パイロットたちの命までは奪わなかったことだろう。
……さもなければ、今頃は全員、ゴリアテ量産型諸共に灰も残さず蒸発していたに違いない。
「……!」
「わわっ……!?」
「こ、これは……」
「こ、これが……ホシノ先輩の本当の力……」
アビドス生徒会の4人もホシノが作り出した惨状に唖然とする。まさに天変地異。神話の終末を彷彿とさせる光景を目の当たりにして、誰もが戦いを忘れ呆然と立ち尽くす。
キヴォトスの中でも一二を争う戦闘力を持ったホシノだが、ここまでの力を持っていたとは誰も知らなかった。今までも彼女が本気を出して戦った場面は何度かあった。けれど、これほどまでに圧倒的な力を見せつけられたのは初めてだったのだ。
「…………………………」
「ひいっ……!? く、来るな! わ、私の……私のそばに近寄るなああぁぁっ!!!」
ギロリとホシノに睨まれた理事は、極度の恐怖に駆られて錯乱する。今、彼の目には、巨大な力を持つ怪物が迫りくるように見えているのかもしれない。ストームブリンガーの大剣を無造作に振り回すが、ホシノは目にも留まらぬ速さで回避し、そのまま機体の懐に潜り込んだ。
ゴウッ! と銃口の先端に赤黒い炎が灯り、ホシノは躊躇いなくそれをストームブリンガーの操縦席に突きつける。
「ホシノ先輩……?」
「え、えっ……」
「……まさか、今のを撃ち込むつもり……!?」
「!?」
「駄目です!」
「そ、そんなことしたら……!」
「やめてください、ホシノ先輩……!」
アルの言葉でホシノの意図を察した一同が慌てて凶行を止めようとする。彼女が見せた桁外れの力――もしそれを生身の人間に向けたらどうなるか、想像に難くない。だが、ホシノは全く耳を貸さず、それどころか止めの一撃を放つべく銃身へと莫大な神秘を集中させていき――
「ホシノちゃん……!!」
ユメが叫んだ瞬間、ホシノは我に返ったようにハッと顔を上げる。その途端、彼女の内側で燃え盛っていた黒い感情が急速に鎮まり、まるで霧が晴れるように冷静さを取り戻していった。
「グッ……オオオオオッッ……!」
「ひぇっ、今度は何!?」
「ち、”力”を……抑えようとしているのでしょうか?」
自らの胸元を掴み、呻き声を上げながらホシノは荒れ狂う力を必死に抑え込もうとしている。その姿は、獣じみた何かを鎖で繋ぎ止めようとしているかのようだった。
……やがて、彼女の全身から溢れ出ていた赤黒いオーラと威圧感が消え去り、ヘイローも禍々しい輝きを失って元の形状へと戻っていく。
「ぐうっ……はあっ、はあっ……こ、これ以上……呑み込まれるわけにはいかないよね……」
荒い息を整えつつ、改めてストームブリンガーの方に向き直る。彼女の身体は立ち上がるのも困難なほどの疲労と痛みに震え、額からは冷や汗が滴り落ちる。彼女の内なる力の暴走が、どれほどの代償を伴うのかを如実に示していた。
そして、その隙を見逃すような理事ではない。「は、ははは……」と乾いた笑い声を漏らしながら、全身の装甲が焦げ付き、ボロボロのストームブリンガーの大剣を振り上げる。
「情けのつもりかっ!? ならば、私に止めを刺さなかったのを、これで後悔するがよい!!」
「ッ……!」
咄嗟に銃を構えるが、疲労困憊でまともに狙いを定めることすらままならない。ホシノは歯を食い縛り、迫りくる剣撃を睨みつける。
ドドドドドドドッ!! ダダダダダダダッ! ダダダダダダダッ!
刹那、幾重もの銃声が空気を切り裂く。振り下ろされた右手の大剣は弾丸に弾かれ、明後日の方角へと飛んでいった。一体何が――驚愕した理事が視線を向けた先には、それぞれ銃を構える8人の生徒たちの姿があった。*3
「加勢するわよ、アビドス生徒会ッ!」
「ホシノ先輩、大丈夫ですか!?」
「みんな……」
アビドスを守るために戦っていたのは一人だけではない。恐怖のあまり、目の前のホシノにばかり気を取られていたが、彼女たちもまた自分たちの未来を守るために戦っていたのだ。
思わぬ横槍に驚いた理事だったが、すぐさま冷静さを取り戻すと、大剣を構え直して吠えた。
「貴様らっ! この期に及んでまだ抵抗を……! よくも……!!」
「……よくも、私の大事な生徒たちを」
「……!!」
もう一人の大人。《シャーレの先生》岸波ハクノが理事の言葉を遮るように口を開く。その声色には、今まで彼が見せたことのない怒りの感情が節々から滲み出ていた。
「あなたたちには、アビドスから出て行ってもらうよ」
「ふ、ふざけるな! このぽっと出の大人如きが! 先生、貴様にそんな権利が――」
並び立つアビドス生徒会と便利屋の生徒たち。9人全員が理事に向けて銃を構えており、明確な敵意を露わにしている。ハクノの指揮のもと、彼女たちはカイザーPMC理事――ストームブリンガーとの最後の戦いに臨むのであった……。
その結末は語るまでもないだろう。万全の状態で無いのは互いに同じであっても、たったひとつの居場所を守ろうとする想いが、悪い大人の薄汚れた欲望などに負けるはずがないのだから。
TIPS:
暁の力。
2年前、梔子ユメ救出作戦の際に小鳥遊ホシノが発現した得体の知れない謎の力。
感情が昂り箍が外れると全身から赤黒い神秘を放ち、ヘイローが鋭利な形状へと変わり、普段とは比べ物にならない身体能力・神秘出力を発揮する。この力を使うには相当の消耗が強いられるらしく、限界まで引き出せばおそらくヘイローが壊れるとホシノは直感している。
元ネタは『英雄伝説 閃の軌跡』より【”鬼”の力】。通称『ホシノ・シュヴァルツァー』。