――シャーレ・執務室*1
「こんにちは、先生。アビドス生徒会の一日は、今日もまた慌ただしいです」
数日後、執務室で書類のサンクトゥムタワーと死闘を繰り広げていたハクノの元に、アビドス生徒会からの手紙が届けられた。どうやら、先日の一件の後始末を終えての近況報告のようだ。
筆者は奥空アヤネ。短い間とはいえ、一緒に過ごした生徒の字をハクノが間違えるはずもない。
「いらっしゃいませ! 柴関ラーメンです!」
「何名様ですか? 空いてるお席にご案内いたしますね!」
「柴関ラーメンは今も経営を続けています。お客さんも結構来てくれているようでして、大将も、以前にも増して元気にお仕事をされていますので……引退はまだまだ先の話になりそうです」
店を畳むと言っていた柴大将も営業を続けており、しかも経営は好調のようだ。その知らせを聞き、ハクノも内心ホッとする。あの店が無くなるのは少し……いや、かなり惜しいと感じていたからだ。これも、アビドスや便利屋68のみんなが頑張ってくれたおかげだろう。
「カイザーローンはブラックマーケットでの不法な金融取引や数々の妨害工作がバレて、連邦生徒会の捜査が入るとのことでした。正直、連邦生徒会がきちんと捜査してくれるのかどうかは疑わしいですが……それでも、少しは状況が変わると思います」
連邦生徒会には、カイザーグループとの癒着の疑惑がある。その真偽は定かでないが、少なくとも、今回の件を見逃してはいないらしい。……まぁ、あれだけ大々的に不正の証拠をバラ撒いたのだから、当然と言えば当然だろう。
それに、ハクノ自身は連邦生徒会の生徒たちを信頼している。……その信用が裏切られる可能性もゼロではないが、その時はその時だ。また自分にできるだけのことをすればいい。
「カイザーコーポレーションの理事はあの後、自地区襲撃事件の主な容疑者として指名手配されているそうです。とはいえ、連邦生徒会が今は機能していないので、そうそう簡単には捕まらないかもしれませんが……カイザーコーポレーションは、自分たちとは関係ないと主張するために、即座に解雇処分を行ったとか。大人って怖いですね……」
当初の目的通り、火消しが終わるまではカイザーグループもアビドスに手を出せないだろう。完全勝利……とまでは言えないものの、アビドスの平穏は保たれたと言ってもいいはずだ。
「あ、それから利息額についても問題として挙がって、最終的には以前より遥かに少ない利子の支払いで済む形になったので、助かりました。アビドスの借金は相変わらず7億円のままですが、先日の賠償としていくらかの土地を取り戻せました。……これで、柴関ラーメンもお店を畳まずに済みそうです」
元々、柴関ラーメンが廃業の危機に瀕していたのは、建物と土地の所有権をカイザーグループに握られていたからだ。しかし、今回の一件でアビドス高等学校が土地の一部を取り戻した結果、柴関ラーメンも営業を続けられるようになった。これからも、柴関ラーメンはアビドスの生徒たちの憩いの場として在り続けるだろう。
「ただ、アビドス自地区の大半は相変わらず、カイザーコーポレーションが所有したままで……アビドスとカイザーコーポレーションの取引自体は違法では無かったので、一先ずは仕方ないみたいです。カイザーグループが何を企んでいるのか……それは結局分かりませんでした」
もっとも、アビドス高等学校が取り戻した土地はほんのわずか。アビドス自地区全体がカイザーグループの支配から解放される日は、まだまだ先になるだろう。……とはいえ、一歩ずつでも進んでいけば、いつか必ずその《壁》を乗り越えられるはずだ。
「ハードボイルドなアウトローは……私は……」
「でも、地元の顔と裏で繋がりがあるっていうのも、アウトローっぽいじゃーん?」
「そうそう、便利屋の皆さんは今もアビドスで元気に活動しています。ゲヘナの風紀委員会に睨まれているとのことだったので、私たちの方から新しい事務所を斡旋しておきました。これなら、風紀委員会も迂闊に介入できないはずです」
今後、アビドス自地区に無断で侵入することはないと約束する――風紀委員長であるヒナが口にした言葉だ。余程のことがない限り、風紀委員会がアビドスに干渉することはないだろう。アルたちも安心して便利屋稼業に取り組めるに違いない。
「それからあの、『黒服』という人について。先生とホシノ先輩から聞いた情報を基に調べてみたのですが……特にこれと言った情報は何も出てきませんでした。全ての罪がカイザーの理事に被せられたようでして……『黒服』の本当の名前も、正体も分からず……。あとは、『シャーレ』にお任せとさせていただくことになりそうです」
黒服――曰く、『ゲマトリア』という組織の構成員。彼らの目的や正体については依然として謎のままだ。カイザーグループと裏で繋がっていたのは確かだが、その詳細は未だ闇の中にある。黒服自身はホシノの身柄を狙っていたようだが……。
いずれまた、何かの形で関わり合うこともあるだろう。気になるところだが……今はただ、その時に備えて情報を蓄えるしかない。
「……それでは、アビドス生徒会の定例会議を始めます。ここしばらく色々なことがありましたが、最終的に借金が消えたわけではありません」
「でも、毎月支払う利子はかなり減った」
「そうだね~せっかく負担が減ったことだし、ちょっとゆっくり昼寝でもしない?」
「うんうん! このところすっごく忙しがったですし、のんびり過ごすのは大賛成です!」
確かに借金は残っているものの、負担は大幅に軽減された。しばらくはゆっくりと休息を取ることもできそうだ。――だが、会計担当のセリカは厳しい顔つきで反論する。
「何を言ってるの!! 少しは余裕ができたかもしれないけど、そんなことしてる暇なんて無いんだから!」
「セリカちゃん……」
「生徒会の会計担当として言わせてもらうけど、今もまだ私たちは危機の真っ只中にいるの! 余裕なんて全然無いの!」
「う、うん……」
「というわけで、最新のトレンドを調査してきたわ! これ、何なのか分かる人いる?」
そう言って、意気揚々とセリカが鞄の中から取り出したモノは――
「えっと……パソコンの部品?」
「これはグラフィックボードって言うんだけど、これでスキャンコインっていう仮想通貨を採掘するの! 仮想通貨っていうのは……な、なによ!? なんでみんなしてそんな、生暖かい目線で見てくるの!?」
「セリカの詐欺話はさておき、もっと良い方法がある。これを見て、この経路で建物に侵入すると……」
「どっちも却下~」
以前、自分も参加した定例会議を思い出す内容にハクノはクスッと笑みを零した。ほんの少しだけ心配だったが、それも杞憂だったようだ。アビドスの生徒たちは今日も元気に過ごしている。
「……アビドス生徒会は、相変わらずこんな感じです。何も変わらない、いつもの感じに戻ってしまいましたが……でも、本当に良かったです」
いつものアビドス。それは彼女たちの青春であり、何よりも守るべきモノだ。今までも、これからも……彼女たちは変わらず
「現状の報告は一旦こんなところです。それでは、引き続きよろしくお願いしますね。先生」
――無銘生徒会・幹部用位相領域《星見の間》*2
「なるほど……顛末については了解したわ」
教会のステンドグラスを彷彿とさせる、黒い円環と青い十字を象った晄輪が天井に掲げられた青い教室。ⅠからⅥまでの数字が刻まれた6本の柱が円状に並んでいる。その一つ、Ⅲの柱の上に立つ黒い長髪の少女が、同じくⅠの柱に立つ少女――ハルの報告に静かに頷いた。
「……けど少々、私たちの想定を超えた状況になったわね。便利屋68がアビドス自地区に残ったのはともかく、まさかもうデカグラマトンの預言者が動き出すなんて……」
「おそらく、因果の帳尻合わせの一つだろうね。No.Ⅳに対処できる範囲で良かったよ」
「ええ、そうね……けれど、《王女》の確保に支障が生じる可能性が出てきたわ」
「……ふふっ。その心配は必要ないかな。先生とは、私とハルちゃんが一緒に行動するからね」
Ⅱの柱に腰掛けたミカが、仲間の不安と懸念を笑い飛ばすように言い放つ。彼女の声には揺るぎない自信と余裕が漂い、星見の間の緊張した空気が僅かに和らいだ。彼女は柔らかな笑顔を浮かべながらハルの方へと視線を向ける。
「ね、ハルちゃん?」
「そうだね。万が一にも先生を失うわけにはいかないからね」
ハルもミカに頷き返す。そして、静寂が支配する中で、No.Ⅲがゆっくりと口を開いた。
「――なら、2人共。先生の護衛は任せるわね。『双天計画』……キヴォトスを救うためには欠かせないステップよ。第一段階としての仕掛け、その成否はあなたたちに掛かっているわ」
「あははっ☆ 任せてよ。絶対に成功させるからさ☆」
「全ては、曇りなき未来のために」
ⅠとⅡの柱から2人の姿が霧のように消え、星見の間に僅かな空気のゆらぎを残す。Ⅲの柱の少女は深く息を吐き、腹心の部下でもあるNo.Ⅳの姿がある柱に目を向けた。
「No.Ⅳ、あなたも準備をしておきなさい。次の計画では私たちも表舞台に上がるのだから」
「イエス、マム」
No.Ⅳは軽く頭を下げ、先に消えた2人の後を追うように姿を消す。星見の間に残されたⅢの少女は、紅玉の如き瞳に決意の光を宿しながら、これから始まる新たな局面に思いを馳せた。
「次は私たちね」
TIPS:
星見の間。
無銘生徒会の幹部のみがアクセス権を有する『シッテムの箱』の内部とは似て非なる位相空間。
元ネタは、『軌跡シリーズ』より『身喰らう蛇・使徒用位相空間《星辰の間》』。
後書き:
『Vol.1 アビドス生徒会 1章/2章』はこれにて閉幕。
イベント1『桜花爛漫お祭り騒ぎ!』を挟み、遂に『Vol.2』の執筆を開始します。
次章 校境なき生徒会『Vol.2 名もなき王女のためのパヴァーヌ』お楽しみに