――破壊されたアビドス市街地*1
「第1中隊、全滅です! 退却し、再整備に入ります!」
「第3中隊、これ以上の続行は不可能! 補給のため、一時撤退します!」
『なるほど……』
各部隊からの報告を受け、アコは小さく頷いた。正確な人数は不明だが、アビドス陣営には、アビドス高校の生徒3名、SRT特殊学園の生徒2名、狙撃手2名の少なくとも7名がいる。
シャーレの先生を中心として、双方の戦力が激しい銃撃戦を繰り広げている。絶え間なく響く銃声と爆音が戦場を包み、撤退を余儀なくされる風紀委員の部隊。対して、アビドス陣営は一歩も退かない。戦場に点在する遮蔽物を活かし、先生の指揮により退路を切り拓きつつある。
『だいたい把握できました。シャーレの力、必要となるであろう兵力……素晴らしいですね、予想を遥かに上回っています。決して甘く見ていたわけではないのですが、もっと慎重に進めるべきだったかもしれません』
多勢に無勢で押し切れば、すぐにシャーレの先生を確保できる――そう踏んでいた。だが、実際にはこの有り様だ。シャーレの力を甘く見ていたと言われれば、反論の余地はない。
このままでは、アビドス陣営に包囲網を突破される恐れがある。そうなれば、先生を保護するという目的を果たせなくなるだろう。それでも、アコの表情に焦りはない。なぜなら、彼女たちにはまだ多くの戦力が残されているからだ。
『それでも、決して無敵というわけではありません。弱点も見えましたし……おおよその戦況は読めました。この辺りをもう少し押していけば……折れるのは、時間の問題ですね』
ここで勝負をかける――アコはそう判断し、大きく息を吸い込むと号令を下した。
『第8中隊。後方待機をやめて、突入してください』
アコの指示を受け、風紀委員会の部隊は新たな戦力を次々と展開する。
◇ ◇ ◇
一方、アビドス陣営は――
『風紀委員会、第三陣を展開してきました!』
「はあ……はあ……まだいるの!?」
「ちっ、抜かりないな……」
「銃弾の残りも心許なくなってきました……」
「この状況……かなり厳しいですね」
戦いが長引くほど、アビドス陣営の生徒たちは体力を無情にも削られていった。陣形を崩さないよう必死に保ち続けているものの、このままでは長く持ちそうにない。一方、風紀委員会の士気は未だ高く、予備戦力を投入し、この戦いを一気に押し切ろうとしている。
態勢を立て直すのは容易ではない……まさに風前の灯火というべき状況だ。その中、戦いの趨勢をアヤネと共に見守っていたカヨコが、怪訝そうに声を発した。
『おかしい……これはもう、アコの権限で動かせる兵力を超えてる。ということはこの襲撃、アコの独断じゃなくて、まさか……』
『……風紀委員長が?』
『えっ、ヒナが来るの!? 無理無理無理!? 逃げるわよ、早く!!!』
『いや、そうは言ってない……そもそも、ここは戦場からかなり離れてるし……』
白目を剥き、ヒナとの接触を拒絶するアルを見て、カヨコは困ったようにため息をついた。余裕がないのはわかるが、もう少し冷静になってほしい――それが正直な気持ちだ。もし本当にあのヒナが来ているのならば、とっくにアビドスの生徒たちは完全に制圧されているはずだ。
ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ……
『ふふっ、これ以上は流石に……委員長に知られてしまったら、イオリと仲良く反省文ですね……さあ、では……三度目の正直と行きましょうか。風紀委員会、攻撃を――』
その言葉が終わることはなかった。
ザザッ――!
アコの指示を遮るように通信が割り込む。唐突なノイズに一瞬戸惑いを見せたアコだったが、すぐに通信相手の声が聞こえてきた。その声の主は――
『アコ』
『……え? ひ、ひ、ヒナ委員長!?』*2
「委員長?」
「あ、あの通話相手が……? 委員長ってことは、風紀委員会のトップ……?」
『い、い、委員長がどうしてこんな時間に……?』
ゲヘナ学園3年生。自由と混沌を掲げるゲヘナ学園において、風紀・治安を司る風紀委員会を束ねる委員長。名実ともにゲヘナ最強の名を恣にする生徒――空崎ヒナ。その声を聞いたアコは狼狽えるが、ヒナは動揺を無視して淡々と問いかける。
『アコ、今どこ?』
『わ、私ですか? 私は……そ、その……えっと……げ、ゲヘナ近郊の市内の辺りです! 風紀委員のメンバーとパトロールを……』
「思いっきり嘘じゃん!」
「やっぱり、行政官の独断行動だったみたいですね……」
通信を傍受しているアビドス側の生徒にも、会話の内容ははっきりと聞こえていた。ヒナの問いかけに対して、言葉を詰まらせながらも答えるアコの姿は、先ほどまでの自信に満ちた指揮官とはまるで別人のように弱々しい。まるで親に叱られる子供のようだ。
『そ、それより委員長はどうしてこんな時間に……出張中だったのでは?』
『さっき帰ってきた』
『そ、そうでしたか……! その、私、今すぐ迅速に処理しなくてはいけない用事がありまして……後ほどまたご連絡いたします! い、今はちょっと立て込んでいまして……!』
一刻も早く会話を切り上げようとするアコ。だが、その慌ただしい言動に不審を抱いたヒナが、冷静ながらもわずかに語気を強める。それだけで、アコは追い詰められたかのように焦り、取り繕うような言葉を並び立てる。
『立て込んでる……? パトロール中なのに珍しい、何かあったの?』
『え? そ、その……それは……』
「『他の学園の自治区で、委員会のメンバーを独断で運用しないといけないようなことが?』」
ヒナの声が二重に聞こえた。その事実にアコは驚き、反射的に周囲を見渡すが、周りには誰の姿もない。そして、胸騒ぎを覚えながら通信装置のモニターに目を戻すと――
『……え?』
そこには――ゲヘナ自治区にいるはずの空崎ヒナの姿が、何時の間にか映り込んでいた。
『……えっ?』
「っ!?」
「え、あれっ!?」
「!?」
「……は? あれは、まさか……!?」
「空崎ヒナ……!」
「い、い、い、委員長!? い、一体いつから!?」
「!!」
『……え、ええええっ!?』
有り得ない事態にアコは愕然とする。当然、現地にいる生徒たちもまた騒然とした声を上げ、場は一気にざわつき始める。誰もが状況を理解しきれない混乱の只中にあってなお、ヒナは冷徹な眼差しを崩すことなく、静かに問い詰めた。
「……アコ。この状況、きちんと説明してもらう」
――斯くして、シャーレの先生を巡る戦いに《風紀委員長》空崎ヒナが参戦するのだった。
TIPS:
空崎ヒナ。
ゲヘナ学園3年生。学園及び自治区の風紀・治安を司る風紀委員会を束ねる委員長。
その戦闘力は極めて高く、彼女1人で数百人単位が所属する風紀委員会の戦力の半分に匹敵すると言われています。
後書き:
今回は短めです。正直、『E-1-2-3』の予定の内容と纏めて投稿するつもりでしたが、
そうすると、次回が長くなりそうなので、今回はこの短い内容で1話ということで。
また、今回の投稿に伴い、『1-2-2』と『1-2-3』の内容を一部修正しました。と言っても、地の文の調整をしただけですが……。