ブルーアーカイブ 校境なき生徒会   作:ゲーマーN

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E-1-2-3 鉄の統率

 ――破壊されたアビドス市街地*1

 

『ゲヘナの風紀委員長……空崎ヒナ。外見情報も一致します、間違いなく本人のようです。ですが、ゲヘナ風紀委員長ということは……ゲヘナにおいてトップの戦闘力……この状況でそんな人物まで……』

 

 両陣営の生徒たちが足を止める中、ヒナとアコの通信は途切れない。冷や汗が滝のように流れる中、アコは背筋を凍らせるヒナの眼光に射竦められていた。言葉を失いそうになりながらも、震える声で必死に現在の状況と事情を説明しようとする。

 

『そ、その……これは、素行の悪い生徒たちを捕まえようと……』

 

「便利屋68のこと? どこにいるの? 今はシャーレとアビドスと、対峙してるように見えるけど」

 

『そ、それは……』

 

 ハルの指示により、便利屋68の4人は交戦開始直後に撤退している。つまり、アコの掲げた「素行の悪い生徒たちを捕縛するため」という説明は真っ赤な嘘だ。ヒナもその事実を察しているのだろう。無言で、ただ静かにアコの返答を待っている。

 アコは――口を開こうとして、閉じる。その繰り返し。ヒナの圧力に言葉が出ないのか、それとも適当な言い訳を思い付けないのか。葛藤の末、意を決して弁明しようと口を開く――

 

『え、えっと……委員長、全て説明いたします』

 

「いや、もういい。だいたい把握した。……察するに、ゲヘナにとっての不安要素の確認及び排除。そういう政治的な活動の一環ってことね」

 

『……』

 

「でもアコ、私たちは風紀委員会であって、生徒会じゃない。シャーレ、ティーパーティー、それに連邦生徒会長。そういうのは『万魔殿』(パンデモニウム・ソサエティー)のタヌキたちにでも任せておけばいい。詳しい話は帰ってから。通信を切って校舎で謹慎していなさい、アコ」

 

『……はい』

 

 沈んだ声で答えた後、アコは通信を切った。ヒナはその様子を見て、わずかにため息をつく。

 

 天雨アコ――腹心としてヒナを支える彼女は、紛れもなく優秀な人材だ。普段はゲヘナ自治区の秩序維持のため、各部署から上がってくる報告書を処理している。また、戦場では後方からオペレーターとして戦術指揮や情報解析を担い、的確な支援を行ってきた。その敏腕はヒナも認めるところであり、彼女の存在があってこそ、ヒナは安心して前線での戦闘に専念できるのだ。

 

 一方で、感情的で公私混同に陥りやすいという欠点も併せ持つ。部下を軽視し、振り回すその態度は悪癖と言うほかなく、結果として自ら墓穴を掘り、余計な仕事を増やすことも珍しくない。今回の一件も、まさにその典型だ。

 何度も言うが、ヒナはアコの能力と働きを高く評価している。しかし、それとこれとは別の問題だ。こうした、ゲヘナ生らしい問題行動の多さは、ヒナにとって頭痛の種となっていた。

 

「まったく……」

 

 通信装置を収め、ヒナはゆっくりとアビドス陣営の生徒たちに正面から向き直る。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 沈黙が場を支配する。アビドス側の生徒全員がヒナに視線を注いでいた。その中で最初に口を開いたのは――

 

「じゃあ、あらためてやろうか」

 

 シロコだった。全身から戦意を漲らせる彼女を制止するように、アヤネが慌てて声を上げる。

 

『ま、待ってください! ゲヘナの風紀委員長と言ったら、キヴォトスでも匹敵する人物を見つけるのが難しいほどの、強者の中の強者ですよ! ここは下手に動かず、一旦交渉するのが吉です! どうしてそんなに戦うのが好きなんですかっ!』

 

「……ご、ごめん」

 

 激しい剣幕に気圧され、思わず謝罪の言葉を漏らすシロコ。彼女が落ち着きを取り戻したのを確認すると、アヤネは一息つき、改めてヒナとの通信を繋ぎ直して交渉に踏み切った。

 

『こちらアビドスの対策委員会です。ゲヘナの風紀委員長ですね、初めまして。この状況については理解されてますでしょうか?』

 

 数秒の間を置き、ヒナは静かに口を開く

 

「もちろん。事前通達無しでの他校自治区における無断兵力運用、及び他校生徒たちとの衝突。問題行為であることは明白だけど……そちらが風紀委員会の公務を妨害したのも事実。違う?」

 

『……っ!?』

 

 アヤネは言葉を詰まらせる。現在進行形で対策委員会は校舎内に便利屋68を匿い、彼女たちを捕まえに来た風紀委員会を妨害している。その事実を突かれてしまえば、アビドス側にはヒナの指摘に反論する術がない。逃げ場のない状況に追い込まれ、アヤネは口を閉ざすしかなかった。

 

「それはそうかも」

 

「あれを公務と言えるかは怪しいところだが……」

 

「……ですが、邪魔をしたのは事実です」

 

「それで?」

 

「私たちの意見は変わりませんよ?」

 

『ちょっと待ってください……! 確かに、私たちには先生が付いていますが……ああもうっ、どうして味方を止めるのが一番大変なんですかっ……! こういう時にホシノ先輩がいたら……!』

 

 血気盛んな味方にアヤネは頭を抱える。このままでは状況が悪化する一方だ。どうにかして流れを変えないと――そう考えるものの、妙案は浮かばない。そんな彼女の口をついて出た名前に、ヒナが鋭く反応した。

 

「……ホシノ?」

 

『……?』

 

「アビドスのホシノって……もしかして、小鳥遊ホシノ……?」

 

『はい?』

 

「うへ~、こいつはまた何があったんだか。すごいことになってるじゃ~ん」

 

 第三者の声が響く。全員が一斉に声の元へと視線を向けると、アビドスの生徒たちから少し離れた場所に、シンプルなデザインのSG(ショットガン)を肩に担いだ少女が悠然と立っている。……その少女は、ヒナにとっても覚えのある顔だった。

 

「!!」

 

「えっ!?」

 

『ホ、ホシノ先輩!?』

 

「ごめんごめん。ちょっと昼寝しててね~、少し遅れちゃった」

 

 そう言いながら、ホシノはのんびりとした足取りで後輩たちの元まで歩いていく。ふわぁ~と大きく口を開けて欠伸を一つ。そして、ようやく少し眠気が取れた目でヒナを視界に捉えると――その眠たげな二色の眼を、まるで獲物を見つけた肉食獣のようにすっと細めた。

 

「昼寝ぇ!? こっちは色々大変だったのに! ゲヘナの奴らが……!」

 

「でも、もう全員撃退した」

 

「まだ全員ではないですが……まあ大体は」

 

「ゲヘナの風紀委員会かあ……便利屋を追ってここまで来たの?」

 

 ホシノは普段通りの口調を崩さず、しかしその瞳は鋭くヒナを観察している。それに対し、ヒナは緊張と焦燥、さらには警戒心が入り混じった険しい表情を浮かべ、躊躇いがちにホシノへ視線を向けた。

 

「うーん、事情はよく分からないけど、対策委員会はこれで勢揃いだよ。ということで、改めてやりあってみる? 風紀委員長ちゃん?」

 

 冷や汗が頬を伝う。所詮、廃校寸前の弱小学園だと頭の片隅で考えていただけに、自身と同等以上の実力を誇るホシノの登場は想定外だった。ヒナ自身、自分の実力には相応の自信と自覚を持っているが、それでも敵に回したくない相手の1人くらいはいる。

 

「……1年生の時とは随分変わった、人違いじゃないかと思うくらいに」

 

「……ん? 私のこと知ってるの?」

 

「情報部にいた頃、各自治区の要注意生徒たちをある程度把握してたから。特に小鳥遊ホシノ……あなたのことを忘れるはずがない。あの事件のあと、アビドスを去ったと思ってたけど」

 

 正面から見ても気付かない程度だが、ホシノの目つきがわずかに険しさを増す。

 

「……そうか、そういうことか……だからシャーレが……」

 

「何を考えているかまではわからないけど……多分、その想像は間違いだと思うよ、ヒナちゃん」

 

「!」

 

 答案の採点も先生の仕事のうちだろう。ヒナが自ら導き出した結論に対し、まるで答え合わせをするようにハルは言葉を発した。唐突に名前を呼ばれたヒナは、反射的に――そして、わずかな戸惑いの色を滲ませながら――ハルへと顔を向けた。

 

「私がここにいる理由は生徒に助けを求められたから。それ以上でも、それ以下でもないよ。先生は、生徒たちの味方だからね」

 

「生徒たちの味方……?」

 

「もちろん、あなたの味方でもあるよ。……ちょっと、顔を見せてもらってもいいかな?」

 

 何の警戒も見せずヒナの前に立つと、軽く身を屈めて目線を合わせる。10年前、記憶の中の好調時の『ヒナ』との差異から、今の彼女が抱える問題や悩み、体調を推測する。数秒間、彼女の顔をじっと見つめた後、ハルはふっと息をつき、眉尻を下げて優しい声で語りかけた。

 

「4時間……いや、3時間くらいかな? あまり寝てないね。学業にも健康にも差し障りが出るだろうから、先生としてはちょっと見過ごせないね」

 

「!?」

 

「……とは言っても、昔みたいに好き放題できるわけでもないし、今の私にできることなんて限られているけど。取り敢えず、困ったことがあったらシャーレまで相談しにおいで。あんまり力にはなってあげられないかもしれないけど、愚痴を聞くことぐらいはできるから」

 

「……そう」

 

 ハルの申し出にヒナは目を伏せ、短く答える。張り詰めた空気をわずかに緩めるように、ふうっと息を吐くと、未だ警戒を続ける部下たちに向き直った。そして、凛とした声音で指示を下す。

 

「……イオリ、チナツ」

 

「……委員長」

 

「……はい」

 

「撤収準備、帰るよ」*2

 

「えっ!?」

 

「委員長!?」

 

『帰るんですか!?』

 

 風紀委員の2人――チナツとイオリが驚愕の声を上げる。他の生徒たちも……アビドスの生徒たちさえ、驚きに目を丸くしていた。包囲網を展開し、圧倒的に有利な状況にもかかわらず、ヒナは撤退の判断を下したのだから当然だろう。

 所属を問わず多くの生徒が呆然と立ち尽くす中、ヒナは……スッと美しい所作で頭を下げた。

 

「えっ?」

 

「頭を下げました……!?」

 

「事前通達無しでの無断兵力運用、そして他校の自治区で騒ぎを起こしたこと。このことについては私、空崎ヒナより、ゲヘナの風紀委員会の委員長として、アビドスの対策委員会に対して公式に謝罪する」

 

「!」

 

「!?」

 

「!!」

 

「今後、ゲヘナの風紀委員会がここに無断で侵入することはないと約束する。どうか許してほしい」

 

 そう言って、ヒナはもう一度頭を下げた。ゲヘナ最強と名高い風紀委員長の噂からは到底想像もつかない謙虚な態度に、RABBIT小隊の2人とアビドスの生徒たちはさらなる驚きを隠せない。

 例外は、並行世界の『空崎ヒナ』をよく知るハルくらいのものだ。ただ一人、彼女は優しげに目を細め、若き日の友人の姿を何も言わずに眺めていた。

 

「委員長……」

 

「ま、待って委員長! あの校則違反者たち……便利屋はどうするんだ!?」

 

 何か文句でも、とジロッと視線で制するヒナに、イオリは「あ、う……」と言葉を詰まらせる。

 

「ほら、帰るよ」

 

 ◇ ◇ ◇*3

 

 ヒュウゥゥ……と建物の間を吹き抜ける風のように去っていた風紀委員会を見送りながら、アヤネは通信機越しに感嘆の声を漏らす。

 

『風紀委員会の全兵力……すごい速さでアビドスの郊外へと消えていきました……。あれほど大規模な兵力を、一糸乱れずに……風紀委員長、凄い方ですね』

 

「もったいない、強い人と戦えるチャンスだったのに」

 

「シロコ先輩、どこかの戦闘民族みたいだね……まあ私だって、もちろん喧嘩を売られたら逃げるようなことはしないけど」

 

 ヒナたちがいなくなり、緊張の糸が切れたのか……或いは、戦いを回避できた安堵感からか。戦闘態勢を解いたアビドスの生徒たちは、リラックスした様子で言葉を交わし始めた。

 そんな後輩たちを一通り見渡したホシノは、今回の一件について改めて疑問を口にする。

 

「うへ~、結局おじさんは状況が全然分かってないんだけど、何があったの?」

 

「説明したいところなのですが、私たちもまだ分かっていないことが多く……風紀委員長は、なぜここまで来たのでしょうか?」

 

『そうです、分からないのは私たちも同じなんですよ! そもそもホシノ先輩はこんなタイミングまでいったいどこで……!』

 

「ごめんごめん」

 

 頬を掻きながらホシノが謝ると、アヤネはため息混じりに言葉を続けた。

 

『はあ……なんだか、更に大事になってきている気がします。慌ただしいことばっかりで……分かっていないことだらけです』

 

「アヤネちゃん……」

 

「そうですね、今日も色んなことがありましたし……無理せず、私たちも休憩した方が良いかもしれません」

 

「それなら、柴席ラーメンに行くのはどうかな? もうすぐお昼だし、お腹も空いたでしょ?」

 

 まだお昼には少し早い時間だが……生徒たちは既に疲れ切っていた。今回の一件もそうだし、他にも問題が山積みだ。一度状況を整理し、今後の方針を決めるためにも休憩が必要だろう。

 まずは腹ごしらえから。腹が空いては何とやらだし――そう考えたハルは提案した。対する生徒たちは、ハルの提案に顔を見合わせると、

 

「ラーメンか……悪くないな。うん、そうしよう」

 

「では、ミユとモエにも連絡を取りましょう」

 

「うへ~、当然先生の奢りだよねー?」

 

「もちろんだよ」

 

「さっすが先生は太っ腹ぁー!」

 

『では私も今から出発して……柴席ラーメンに向かいますね』

 

 他の生徒たちが和気藹々と談笑しつつ移動を始める中、ひとりシロコだけはその場を動かず、じっとハルを見つめていた。彼女の視線に気付いたハルが何事かと首を傾げると……シロコはゆっくりと口を開いた。

 

「……先生。風紀委員長が最後、先生に何か話しかけてたけど……何の話?」

 

 シロコが尋ねると、ハルは困ったように頬を掻き、言葉を探すように視線を彷徨わせた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「はあ……」

 

「イオリ、大丈夫ですか?」

 

 ヒナの指示で撤退準備が着々と進む中、イオリは自分の部下たちから距離を置き、大きく深いため息をついた。力なく肩を落とす彼女の様子に気付いたチナツが、気遣わしげに声をかける。

 

「アコちゃんに怒られるし委員長には睨まれるし……今日はついてない」

 

「……そうですね」

 

「あのさ……その可哀想な犬でも見るような目、やめてくれないか?」

 

「お互い様ですよ、イオリ」

 

「……そうか」

 

 チナツとの会話が途切れたところで、イオリはもう一度大きなため息を漏らす。

 

「……シャーレの先生」

 

「ん、私?」

 

「そう。あなたに伝えておきたいことがある。これは直接言っておいた方がいいと思って」

 

 ヒナは、ハルの目を真っ直ぐに見つめながら言葉を続ける。

 

「……カイザーコーポレーションのこと、知ってる?」

 

「……よく知ってるよ」

 

「……そう」

 

 カイザーコーポレーション――キヴォトス全体で様々な事業を展開している大企業。

 王冠を被ったタコをロゴマークとして掲げており、合法と違法の間のグレーゾーンを渡り歩く多角化企業で、アビドスがお金を借りているカイザーローンの本体でもある。

 経営方針は「儲かればそれでいい」という悪徳企業そのもので、10年後の未来ではハルの同期たちが経営する企業群によって、ほぼ全ての事業のシェアを奪われて数年前に倒産している。

 

「これはまだ『万魔殿』(パンデモニウム・ソサエティー)も、ティーパーティーも知らない情報だけど。……あなたには知らせておいた方が良いかもしれない」

 

 そう前置きをして、ヒナは彼女が得たカイザーコーポレーションに関する情報を語り始めた。

 

「アビドスの捨てられた砂漠……あそこで、カイザーコーポレーションが何かを企んでる」*4

 

「アビドスの砂漠で……」

 

「そう。本当なら、廃校予定のアビドスに教える義理はないのだけど……一応、ね」

 

 アビドス砂漠――そこに眠る厄災の数々を知る身からすれば、カイザーグループの企みは身の程を弁えない愚行以外の何物でもないが、彼らには“例のモノ”を掘り出してもらう必要がある。ヒナからの情報提供に、ハルは内心、ふむと思考を巡らせる。

 

「分かった。情報ありがとう」

 

「じゃあまた、ハル先生」

 

 最後にそう告げて会話を区切ると、ヒナは風紀委員会の仲間たちの元へと戻っていく。その姿を見送ったあと……ハルもまた、アビドスの生徒たちが待つ場所へと戻っていった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「あとで、みんなの前で話すね」

 

「……うん、わかった。じゃあ行こう、先生」

 

 アビドスを巡る戦いもいよいよ終盤を迎えようとしていた。ヒナから齎された情報と、今後の行動について思案しながら――シロコと共に、少し先を行く他の生徒たちの背中を追いかけた。

*1
【推奨BGM:Accelerator】ブルーアーカイブより

*2
【推奨BGM:GGF】ブルーアーカイブより

*3
【推奨BGM:Barrier】ブルーアーカイブより

*4
【推奨BGM:Fade Out】ブルーアーカイブより




TIPS:
空崎ヒナ。
親友の1人の並行同位体。友人の異変に気付かないほど蒼井ハルは薄情な大人ではない。
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