――柴関ラーメン*1
「それでは、皆さんは先生の護衛のために……」
「はい。現在は要人警護の名目でSRT特殊学園からシャーレに出向しています」
柴関ラーメンに到着した一行は、ほんのり湯気が立ち昇る店内でラーメンが出来上がるのを待ちながら、自己紹介と情報交換に花を咲かせていた。直前の共闘で得た信頼感が、アビドスの生徒たちとRABBIT小隊の円滑な交流を後押しし、和気藹々とした雰囲気が二組の間に漂っている。
両者共に、良好な関係構築が一筋縄では行かない気難しい生徒たちだったこともあり、ハルはそんな生徒たちの成長を微笑ましく眺めていた。
「……しかし、廃校問題か。私たちも他人事とは思えないな」
「そうだね。連邦生徒会長の失踪でSRTも閉鎖の危機に立たされてるし……」
「ど、どこの学園も大変なんだね……」
二つの学園に共通する問題を口々に語るRABBIT小隊の隊員たち。アビドス高等学校とSRT特殊学園――規模、性質、権限と何もかも異なる二校だが、似たような問題を抱えている。経緯や理由こそ違えど、どちらも学園存続の危機に直面している点では同じだった。
「お互い、大変なのは一緒ですね。……あ、ラーメン来ましたよ」
「580円の柴関ラーメン10杯、お待ち!」
「お、きたな」
「うへ~、お腹すいた~」
「それじゃあ――」
「「「「「「「「「「いただきます!」」」」」」」」」」
元気よく挨拶を済ませると、それぞれがラーメンに箸を伸ばした。ズズズ……と麺を啜る音や、ズルル……とスープを飲む音が店内に響き渡る。熱々のラーメンをハフハフと冷ましながら、生徒たちは一様に顔を綻ばせ、幸せそうに舌鼓を打っている。
「こ、この味……絶品すぎる……!!」
「口の中に広がる深いコク……凝縮された旨味が口いっぱいに……」
「麺もコシが強くて……スープとよく絡んで……美味しい」
「本当に良質なラーメンですね……。煮玉子にも、よく味が染みていて……」
思い思いに感想を語り合いながら、生徒たちは箸を休めることなく、ラーメンの味わいに浸っていた。その様子を見つめるハルの口元には、いつの間にか穏やかな笑みが浮かんでいる。
「今日は私の奢りだから、たくさん食べてね」
「ありがとうございます。ですが……本当に大丈夫なのでしょうか? ラーメン一杯の値段は安いとはいえ、10人分の支払いとなると結構な額になるかと……」
「……そうだね、ざっと合計で5800円になる。大人にとっても決して安い金額じゃないね」
「大丈夫。このくらい、大した出費じゃないよ」
「……そう仰るなら、ありがたくお言葉に甘えさせて頂きます」
そう言いつつ、ハルからの奢りを受け入れたミヤコは、ようやく箸を持つ手を再開させた。他の生徒たちも談笑を交えながら、美味しそうにラーメンを食べ進めている。そんな和やかな光景を肴にしつつ、ハルもまた箸を動かし始めた。
「この値段でこの味……。SRTの先輩方にも紹介したいくらいだな」
「そうですね。この味を知れば、きっと先輩方も虜になること間違いなしです」
「……そう言ってくれるのは嬉しいが、実は事情があってな。もうすぐ店を畳む予定なんだ」
「……え?」
「お店をですか?」
突然の聞き捨てならない言葉に、アビドスの生徒たちは思わず動きを止めた。驚愕に動揺、戸惑いなど様々な感情が入り混じった視線が柴大将に集中し、店内は途端に静寂に包まれる。
「ああ、ちょっと前から退去通知が来ていてね」
「た、退去通知って、何の話ですか? アビドス自治区の建物の保有権は、アビドス高校で……」
「……そうか、君たちは知らなかったんだな」
呆然とする一同に、大将は神妙な表情で視線を向け、ゆっくりと事情を語り始めた。*2
「……何年か前、アビドスの生徒会が借金を返せなくて、建物と土地の保有権が移ったんだ」
「えっ……!?」
「……どういうこと? アビドス自治区がアビドスの所有じゃないって、そんなわけ……」
「じゃあ今は一体誰のものなの!?」
アビドスの生徒たちは動揺を隠しきれない。普段は常に余裕のある態度を保っているホシノでさえ、驚きに目を見開き、眉間にかすかな皺を寄せた。それほどまでに、大将が語った内容は、今日に至るまでアビドス自治区を守り続けてきた彼女たちには信じたくないものだった。
「……カイザーコーポレーションですか?」
「うーん……そんな名前だったような気もするが……悪いな、はっきり覚えてねえや」
「……!!」
「そんな……!?」
「……っ!?」
ハルの口から放たれたカイザーの名前に、店内の空気が一気に凍りついた。アビドスの生徒たちは全員、言葉を失い、悲痛な顔をする。彼女たちにとって、それは受け入れるにはあまりに残酷な現実だった。息苦しい沈黙が店内に満ちる中、原因のハルは徐ろに自らの懐へと手を伸ばす。
「それなら、今の地主の情報を調べてみよう。……アロナ、土地の台帳の情報をお願い」
『わかりました、先生。……ええっと、アビドス自治区の土地の所有者ですね』
ハルが画面越しに声をかけると、アロナが即座に応答し、連邦生徒会のデータベースから情報を引き出し始める。数秒後……シッテムの箱の画面に表示された情報をハルが読み上げた。
「現在の所有者は……カイザーコンストラクション」
「カイザーコンストラクション……カイザーコーポレーションの系列ですか……!? アビドスの自治区を、カイザーコーポレーションが所有している……!?」
「……うん。既に砂漠に埋もれた本来のアビドス高校本館と、その周辺数千万坪の荒れ地。そしてまだ砂漠化が進んでない、市内の建物や土地まで……保有権が残っているのは、現在本館として使われているアビドス高校の校舎と、その周辺の一部の地域だけみたいだね」
淡々と事実を告げられる度に、アビドスの生徒たちの心に冷たい現実が突き刺さる。自分たちが守ってきたと思っていたアビドスは、既にカイザーの手に落ちていた――その衝撃的な事実に愕然としつつも、次第に事の経緯への疑問が胸中に湧き上がる。
「で、ですが、どうしてそんなことに? 学校の保有する自治区の土地を取引だなんて、普通できるはずが……」
「一体誰が、こんなことを……」
「……アビドスの生徒会、でしょ」
「……!」
ホシノの口から紡がれた”答え”に、アビドスの生徒たちは信じられないといった表情を浮かべて顔を見合わせる。俄には信じ難い答えではあるが……彼女の表情を見れば、それが冗談や虚言の類ではないことは明白だった。
「学校の資産の議決権は、生徒会にある。それが可能なのは普通に考えて、その学校の生徒会だけ」
「……その通りだよ。取引の主体は、アビドスの前生徒会ってことになっているね」
「そんな……アビドスの生徒会は、もう2年前に無くなったはずでは……」
「うん。だから、最後の取引記録は3年前。それ以降、土地の取引は行われていないみたい」
「そっか、2年前……」
ドンッ! と机を打つ音が響く。セリカは怒りに満ちた顔で声を張り上げた。
「何をやってんのよ、その生徒会の奴らは!! 学校の土地を売る? それもカイザーコーポレーションなんかに!? 学校の主体は生徒でしょ!? どうしてそんなこと……っ!!」
「……おそらく、アビドスは悪質な罠に嵌められたんだろうね」
「え、え?」
「あくまで推測だけど……生徒会の子たちも学校のために頑張っていたはずだよ。多分、最初は借金を返そうとして……って感じだと思うよ」
「借金のために、土地を……」
当時、既に学校の借金はかなり膨れ上がっていたのだろう。そして、アビドス側には返済できないくらいの多額の負債を抱えてしまったため、その対価として土地を売ることになった……ただ、それでもこのアビドスの土地に高値が付くはずもなく、借金自体を無くすには至らなかった。それで、繰り返し土地を売ってしまう負の循環に――というのが、推測という体で語った、ハルの世界で実際に起きた出来事の内容だった。
「実際、カイザーの連中なら言葉巧みに人を陥れるくらいは平気でやるよ。この柴関ラーメンに関しても既に立ち退きが完了したことになっている。多分だけど、ゲヘナ学園の風紀委員会が動けたのもこれが根拠だろうね」
「……それ、違法じゃないのか?」
「もちろん違法です。行政機関である連邦生徒会に虚偽の申告を行っているわけですから」
アビドス高校組とは別に、一連の流れを聞いていたRABBIT小隊の4人もまた険しい表情を浮かべていた。実際には完了していないのに、書類上で完了済みとして記載するのは紛れもない違法行為だ。余罪も含め、
「……事情は分かりました。先生、私たちにカイザーローンの関連企業の調査を指示したのはこれが理由ですね」
「……っ!?」
「先生が?」
「どういうこと……?」
「今まで確証がないから黙っていたけど……証拠も揃ったし、みんなにも伝えるべきかな」
怪訝な視線を向けられたハルは、一呼吸の間を置いて、自らが抱いていた疑念を語り始めた。
「このアビドス自治区に来てすぐに違和感を覚えたんだよ。どうして、私がここに来るまで連邦生徒会からの援助が一切無かったんだろう、ってね」
「それは、連邦生徒会長の失踪により連邦生徒会が混乱していたからでは?」
「うん。でも、それにしてはおかしいんだ。連邦生徒会長が行方不明になったのはつい先日。それ以前にも何度も連邦生徒会に要請してきただろうけど……連邦生徒会は動かなかった。借金の立て替えならまだしも、5人分の補給物資くらいは送ってくれるはず。なのに、なんでアビドスは弾薬などの補給品が底を突き、限界ギリギリまで追い詰められていたのか……」
言われてみれば確かにおかしい。連邦生徒会長の捜索に人員が割かれている今はともかく、連邦生徒会が正常に機能しているのであれば、アビドス自治区に補給物資を送ることは労力的にも予算的にも問題なく行えたはず。
しかし現実として、連邦生徒会が機能不全に陥る以前から、アビドス高校は物資不足に苦しめられていた。つまり、それ以外に支援を拒まれる何らかの要因が存在していたことになる。
「それだけではありません。アビドス高校に襲撃を繰り返す『カタカタヘルメット団』は、組織力こそ大きいものの、構成員の実力は然程ではなく、SRTの生徒であれば、一個小隊もあれば十分に制圧可能な集団です」
「だね。ヘルメット団ってことは、ただの不良集団でしょ? 私たちでも対処できるだろうね」
RABBIT小隊の面々もその違和感に同意する。1年生の雛鳥も良いところの彼女たちだが、それでも厳しい選抜試験や訓練を通過してきたSRTの生徒だけあって、その実力は本物だ。彼女たちですら、どんなに数が多くてもヘルメット団程度ならば余裕で捕縛できるだろう。
「……そこで、私はある仮説を立てた」
「そ、それは……?」
「……おそらくだけど、連邦生徒会内部にカイザーグループと繋がりのある生徒がいる」
「……!」
「ど、どういうことですか? 先生」
アヤネは思わず聞き返し、他の生徒たちも信じられない様子で自らの耳を疑った。
「文字通りの意味だよ。少なくとも、私が調べた限りではアビドスからの支援要請は一つも記録に残っていなかった。全部、どこかで握り潰されていたってことになるね」
「連邦生徒会が……」
「カイザーコーポレーションと……」
「繋がっている……!?」
だが、返ってきた答えは無情だった。連邦生徒会――ハルが所属する連邦捜査部『シャーレ』の上位組織にして、学園都市キヴォトスの中枢を担う統治機関。その連邦生徒会に、カイザーコーポレーションと繋がりを持つ者がいるかもしれない……。
もしこれが事実なら、連邦生徒会は最早頼りにならない。元よりそこまで信頼していたわけではないが、それでも……内通者が隠れ潜んでいるという可能性の衝撃は計り知れなかった。
「カイザーグループが連邦生徒会と内通して、不法行為を行おうとしている……その可能性がどれだけ高くとも、正規の手続きでは解明できないでしょう。……ですが、私たちはSRT。キヴォトスにおける込み入った犯罪行為に対し、真っ先に投入される特殊部隊」
「秩序維持のため、犯罪者を速やかに制圧し……」
「可能な限り全火力を瞬く間に投下し……」
「……気付かれる前にその場を去る」
「今回の一件、まさにSRTとして介入するべき問題です」
ミヤコは正義感に燃えた強い瞳で、そう周りに向けて力強く宣言する。他の生徒たちも概ね前向きの様子だったが、唯一セリカだけは難色を示す様子を見せていた。
――でっ、でも、さっき来たばっかりの大人でしょ! 今まで大人たちが、この学校がどうなるかなんて気に留めたことなんてあった!? この学校の問題は、ずっと私たちだけでどうにかしてきたじゃん! なのに今更、大人が首を突っ込んでくるなんて……私は認めない!!
アビドス自治区の現状は内々の力だけで解決できるものではない。もちろん、自分たちで解決できるならそれに越したことはないのだが、現実問題としてアビドス高校にそこまでの力はない。頭の中では理解していても、ここに来て部外者頼りなど到底容認できることではなかった。
「……ですが、私たちだけで対処するには、今回の敵はあまりにも強大です。カイザーローンの理事を務めている人物は、同時にカイザーコンストラクションの理事、カイザーPMCの代表取締役も務めています」
「P、『PMC』ですか!?」
「え、ノノミ先輩? それって何かマズい言葉なの?」
「PMCとは、
「ぐ、軍事……!?」
物騒な言葉に反応して、セリカは鸚鵡返しのように思わず声を上げる。
「ヘルメット団のような不良とはレベルが違います。本当に組織化されたプロの……文字通り、軍隊のようなものです!」
「……!」
「軍隊ぃ!?」
「退学した生徒や不良の生徒たちを集めて、企業が私設兵として雇っているという噂がありましたが、まさか……」
つまり、今回の敵は――アビドス高等学校の生徒たちが今まで相手にしてきた不良集団などではない。正真正銘のプロの戦闘部隊なのだ。いくら、SRTが生え抜きのエリート揃いとはいえ、カイザーほどの大企業がバックにいる軍事組織に正面から挑めば勝ち目はない。
故にこそ、RABBIT小隊の隊長を務める月雪ミヤコは提案する。アビドスの生徒たちと真っ直ぐ向き合い、その手を取ってともに歩むために。*3
「アビドスの皆さん、私たちと――いえ、私たちも一緒に戦わせてはもらえませんか?」
「……!」
「……っ!」
「カイザーPMCの本社に潜入して確保した記録によれば、彼らは莫大な兵力をアビドス砂漠の施設に着々と集めています。いざ戦うとなれば、砂漠での戦闘行為に慣れていない私たちでは苦しい戦いになるでしょう。ですが、もし皆さんが手を貸してくれるなら……」
「ここまで私たちをずっと苦しませてきたカイザーの連中に……一泡吹かせてやれる……!」
セリカは自らの掌を拳に強く握りしめ、怒りに震えた声でそう絞り出した。彼女たちは今まで多くのモノと戦い続けてきた。多額の借金にヘルメット団。終わりの見えない戦いの日々を送ってきた彼女たちが、
「学校の借金、このアビドスが陥ってる状況、そして私たちが先生と一緒に見つけ出してきた幾つかの糸口……その全てが、カイザーコーポレーションこそが黒幕であることを示しています。彼らは、アビドスの生徒会が消えてしまってから土地を購入する方法が無くなり、まだ手に入れていない『最後の土地』であるこの学校を奪うために、ヘルメット団を雇用していた……!」
「ですね、バッチリかと。そうなると、次の疑問が出てきますが……どうして土地なんでしょうか? アビドス自治区は、もう殆どが荒れ地と砂漠、砂まみれの廃墟になっているのに……」
「確かに……こんな土地を奪ったところで、何か大きな利益があるとは思えませんが……」
アビドスの生徒たちは、口々に疑問を口にする。そもそもとして、どうしてカイザーグループが未だこんな砂漠に執着しているのだろうか? 何かアビドスの土地に固執する理由でも存在しているのか? その疑問にはハルが答えた。
「砂漠と言えば、ちょっと耳に入れたいことが……」
「……先生?」
「ヒナが言ってたんだ」
――……シャーレの先生。
――これはまだ
――……あなたには知らせておいた方が良いかもしれない。
――アビドスの捨てられた砂漠……あそこで、カイザーコーポレーションが何かを企んでる。
先ほど、ヒナから聞いた情報をそのまま生徒たちに伝える。ヒナが得た情報によると、アビドス砂漠にてカイザーコーポレーションの勢力が何かを企んでいるらしい。これもまた、アビドス砂漠の施設に戦力を集めているというRABBIT小隊の情報と一致する。
「アビドスの砂漠で……」
「カイザーコーポレーションが……」
「何かを企んでる……?」
「そ、そんなことをどうして、ゲヘナの風紀委員長が……」
「それに、どうして先生に……?」
「ああもう、そんな難しいことを考えるより、先にやることがあるでしょ!」
疑問に思い、戸惑う同じ学校の仲間たちをセリカが一喝する。
「アビドスの砂漠はうちの自治区なんだから! 実際に行ってみればいいじゃん! 何が何だか分からないけど、ようやく巡ってきた反撃のチャンスなんだよ! 今を逃す手はないって!」
「……ん、そうだね」
「……いや~、セリカちゃん良いこと言うねえ。こんなに逞しく育ってママは嬉しいよ、泣いちゃいそう。ティッシュちょうだい」
「な、何よこの雰囲気!? 私がまともなこと言ったらおかしいわけ!?」
いつも通りの調子で場を茶化すホシノに、セリカはツッコミを返す。このやり取りもまた、彼女たちらしくて安心感のあるものだった。他の生徒たちもそれに当てられたのか、気持ちを新たにして立ち直る様子を見せる。
「あ、あはは、そんなことは……ですが、セリカちゃんの言う通りです」
「じゃあ、準備ができたら行こっか。ここにいる全員で決戦の地――アビドス砂漠へ」
「「「「「「「「「
斯くして、アビドス高等学校とRABBIT小隊による共同戦線が結成された。そして、その裏で密かに動き始める
「…………シャー、レ…………無、銘生徒会…………蒼井、ハル――」
TIPS:
RABBIT小隊。
SRT特殊学園の部隊の一つで、現在は「先生」の護衛のためにシャーレに出向している。
10年前の経験から、正攻法でアビドスの問題を解決するのは難しいと考えていた蒼井ハルが、対カイザーコーポレーションに於ける最大の鬼札として見出した銀の弾丸。
無銘生徒会の組織力も、借金を全額返済するほどの財力もないハルにとって、正史のようにホシノに身売りをさせない唯一の方法が彼女たちだった。