――アビドス砂漠*1
『ここまでは列車で来ることが出来ましたが、ここからの移動手段は徒歩しかありません。少し進めばもうアビドス砂漠……このアビドスにおける砂漠化が進む前から、元々砂漠だった場所です』
乾いた砂に足跡を刻みながら進む。未知の遺構が各地に点在するキヴォトスにおいて、有数の危険地帯の一つに数えられるアビドス砂漠は、まさに「死と隣り合わせ」の領域だ。この砂の下に何が眠っているのか、その全貌を知る者は誰もいない……。
移動の目印になるような大きなオブジェクトは存在せず、風と砂により視界も悪いため遮蔽物による身の安全も期待できない。それでも生徒たちは臆することなく歩みを進めていく。
『普段から壊れたドローンや警備ロボット、オートマタなどが徘徊してるので、危険な場所なのですが……今は強行突破するしかありません。皆さん、今一度火器の動作チェックをお願いします』
ひとりオペレーターとしてアビドス高校の校舎に残るアヤネは、ドローンを用いて情報収集と管理を行いながら、現場の生徒たちに呼びかけた。対策委員会とRABBIT小隊の計8人は、それぞれ自分の固有武器の動作を改めて確認する。
「……ん、問題ない」
「こちらもだ。いつでも行ける」
シロコとサキに続き、他の生徒たちも問題ない旨をアヤネに伝えた。全員が火器の状態と、予備の弾薬などの所持品の最終確認を終えている。
『アビドス砂漠で、カイザーコーポレーションが一体何を企んでいるのか……実際に行って、確かめることにしましょう』
「……けどさ、アヤネちゃん。その情報をくれたのってゲヘナの風紀委員長でしょ。それってなんかおかしくない? いくら風紀委員長とはいえ、どうして他の学園の生徒が、うちの自治区のことをそこまで知ってるわけ?」
アヤネの号令に頷きながら、セリカはふと浮かんだ疑問を口にした。確かに、アビドスの生徒である自分たちですら知らない情報を、風紀委員長の空崎ヒナは知っていた。どうしてそんなことを知っていたのか、セリカが抱いたその疑念は至極当然のものだった。
『うーん、あくまで推測に過ぎないけど……ゲヘナの風紀委員会はかなり情報収集に秀でてるって聞いたことが……だから、アビドスみたいな小規模な学校では考えられないような情報網を持ってる、とか……?』
「空崎ヒナと言えば、キヴォトスでも特級戦力の一人に数えられる戦闘力が有名ですが、ゲヘナの情報部出身という異色の経歴を持つ生徒でもあります。その可能性は十分に考えられるかと」
アヤネが推論を述べると、ミヤコがそれを補足した。ゲヘナ風紀委員会の下部組織にあたる情報部の出身であれば、そこから他の自治区の情報を仕入れていても不思議ではない――それが彼女の見解だった。
『風紀委員長という立場でしたら、風紀委員会が把握している情報は全部集約されているでしょうし……それにあの時、あちらの行政官がたしか……』
――ましてや他の学園自治区の付近なのだから、きちんとその辺りは注意するのが当然でしょう?
『行政官は、「他の学園自治区の付近なのだから」……と言っていました。自治区の「中」ではなく、あくまで「付近」、と』
「そ、そうだっけ!?」
セリカは自分の記憶が確かかどうか確認するように指を折りながらアヤネの発言を反芻する。確かに、言われてみればそんなことを言っていたような気もする……が、微妙にうろ覚えだったセリカとは異なり、アヤネははっきりと覚えている。あの時、アコは確かにそう言った。
『それに……』
――あまり望ましくない出来事もありましたが、まだ違法行為とは言いきれないでしょうし……やむを得なかったということでご理解いただけますと幸いです。
『「まだ違法行為とは言いきれない」……あの言葉も、よく考えてみると……。あの時はてっきり苦しい言い訳かと思っていましたが……もしかしたら向こうは本当に、不法侵入の意図は無かったのかもしれません』
「……もしかしたらそうかもしれない。けど、あの時の風紀委員会には、明らかに侵犯行為だと取れる言動が多々あった。あそこがアビドスの所持している自治区だったかどうかは、そんなに重要じゃない」
続くアヤネの推論に、シロコは一度頷いてから異議を唱えた。あの場で問題だったのは、アビドスの自治区内か否かではなく、風紀委員会が侵犯の意図を持っていたかどうかだ――と。
「それに、あの行政官の行動はアビドスとシャーレに対する明確な敵対行為です。キヴォトスの法と照らし合わせても、風紀委員会がアビドスの自治区を侵犯したという事実は揺るぎません」
ミヤコはシロコの意見を踏まえ、さらに具体的な観点から問題点を指摘する。行政官の行動はキヴォトスの法に照らしても明白な不法行為であり、SRT特殊学園の一員として見過ごせるものではない――そう断じる彼女の主張には、強固な意志が感じられた。
『……はい、そうですね。ありがとうございます、シロコ先輩。ミヤコさん。ですが……あの行政官は、私たちの知らなかった事実を知っていた。少なくともその可能性がある、そう考えるのが妥当かもしれません。そうなると、ゲヘナの風紀委員長が私たちの知らないことを知っているとしても、何もおかしくありません』
「ま、行ってみたらそれも含めて、きっと色々分かるでしょ。セリカちゃんが言ってた通り、直接この目で確かめれば早いんだしさ~」
『そうですね。情報の出所は気になりますけど、今はとにかく、砂漠に向かいましょう』
「じゃ、引き続き進むとしよっか~」
ホシノの一言を合図に、一行は再び歩みを進める。砂を踏み締める足音が、乾いた風に乗ってどこまでも響き渡る。砂塵が舞い、視界を霞ませる。アビドスの生徒たちは、その行く先に何があるのかも分からないまま、ただ前を向いて只管に歩き続けた。
◇ ◇ ◇*2
「ここから先が、捨てられた砂漠……」
アビドス砂漠を目指すことしばらく。セリカは砂漠の入口で立ち止まると、一面の砂海を呆然と眺めながら呟いた。他の生徒たちも立ち止まり、彼女と同じように周囲の様子を観察する。広大な砂の海には、人影一つなく、波のようにうねる砂丘が続いている。
「砂だらけの市街地に行ったことはありましたが、ここから先は私も初めてです」
「いや~、久しぶりだねえこの景色も」
遥か彼方まで続く砂の波紋を見つめながら、ホシノは懐かしそうに目を細め、乾いた風が頬を撫でる中で静かに言葉を漏らした。彼女の声には、かつてここを訪れた記憶が鮮やかに蘇るような温かみが宿っていた。
「先輩は、ここに来たことあるの?」
「うん、前に生徒会の仕事で何度かね~。もう少し進めばそこにはなんと、かつてアビドスの砂祭りが開かれていたオアシスが!」
「え、オアシス? こんなところに?」
「うん、まあ今はもう全部干上がっちゃったんだけどね~。元々はそんじょそこらの湖より広くって、船を浮かべられるくらいだったとか。ま、私も実際に見たことはないんだけど~」
ホシノはセリカの疑問に対して、自分の知識を語りながら答える。ここにあったオアシスが、今では砂の下に埋もれてしまったという悲しい事実には、その場にいた生徒全員が驚きを隠せなかった。だが同時にそれは、この砂漠も砂漠化以前は活気に満ちた場所だったことを強く意識させるものでもあった。
「砂祭り……私も聞いたことある。アビドスでは有名なお祭りで、すごい数の人が集まるって」
「そうそう、別の学校からもそのお祭り見たさに人が来るくらいだったからね。ま、砂漠化が進み始めるより何十年も前のことだけど」
「へえ、今となってはこんな光景になっちゃってるけど、ここでそんなすごいお祭りが……?」
セリカは改めて周囲の景色を見渡す。一面に広がる砂の海、そしてその中にぽつりと残るオアシスの跡地。人々で溢れた日々は遠い記憶となり、今では砂がその歴史を覆い隠している。風が吹き抜けるたび、砂が時の流れを刻むように音もなくゆっくりと流れていく。
「前までは、この辺りも結構住みやすい場所だったらしいよ~。その時はこんな砂漠もなかったし。ところでアヤネちゃん、まだ目的地は遠そう?」
『ゲヘナの風紀委員長が言っていたセクターまでは、もう少し時間がかかりそうです。こちらから見たところ、この辺りは特に何も無さそうですが……取り敢えず、引き続き警戒しつつ前進してください』
ホシノが尋ねると、アヤネはドローンで周囲を確認しつつ、冷静に指示を出した。砂漠には特に目を引くものは見当たらず、ただ砂と岩が続くばかり……だが、それでも油断はできない。情報が正しければ、カイザーグループが何かを企んでいるのは間違いないのだから。
「了解~。みんな、ついてきてね~」
アヤネの指示を受け、一行は再び歩き始めた。年長者であるホシノが先導し、その後ろに他の生徒たちが続く。砂漠を行く足音は、砂粒を踏みしめる音だけを残して消えていく。しばらく進んだところで、不意にホシノが立ち止まり、他の生徒たちに停止を促した。*3
「ふむ、ドローンにオートマタか……この辺り、何でかこういうのがよく集まるんだよね」
『……っ!? 皆さん、前方に巨大な施設があります! 砂埃で、まだはっきりと姿が見えないのですが……町、或いは工場……? と、とにかく、すごく大きな基地のようなものが……!』
「……うへ、こんなところに? 何かの見間違いじゃなくて? 今のところ、こっちからは干からびたオアシスしか見えてないけど……」
『おそらく見間違いではないと思うのですが……皆さん、何があるか分かりません。警戒しつつ、肉眼で確認できるところまで進んでみてください!』
「「「「「「「「了解!」」」」」」」」
力強く答える生徒たち。さらに数分歩き続けた先で、ついに肉眼でもその全貌が捉えられた。砂塵が漂う中、視界はところどころ曇るものの、それでも謎の巨大施設……そして、それを守るように配置された無数のオートマタの姿も確認できる。
気付かれないよう、一行は施設の周囲に広がる砂地に身を潜めながら観察を続ける。敷地は巨大な壁に囲まれ、入口らしき分厚いゲートの前には小隊規模のオートマタが警備についている。
「すごい警備の数……」
「……なにこれ」
「これは、想定以上の規模の施設ですね……」
「正面突破は難しそう……みんな、どうしよう?」
アビドス高校から搾り取った借金の一部を使って築き上げたと思われる巨大施設を前に、ミユは不安げな表情で他の生徒たちに問いかけた。シロコ、セリカ、ミヤコも、その規模の大きさに圧倒されている。そんな中、ハルは真剣な眼差しで施設を見つめていた。
「シェマタなら……いやでも、カイザー支配下の状況でアレを使うのは……」
一つだけ、目の前の壁を突破する術に心当たりはある。しかし、それは使いたくない最後の切札とも言えるもので、ここで使うべきかどうか非常に判断に迷うものだった。だが、迷っている間にも状況は刻一刻と悪くなるばかり――。
ヴイイイィィィ―――ン!!
突如としてサイレンが鳴り響き、警備のオートマタが動き始める。そればかりか、ゲートの内側からも同じ型のオートマタが次々と展開されていく。*4
「不審者発見!」
「包囲しろ!」
「うげっ、この数は流石に厄介ね」
「ん、下手したら風紀委員会より面倒……」
「どうしましょう、ハル先生……」
見晴らしの良い砂地の上にいるため、身を隠すことも難しい。だが、このままここで手をこまねいていても何も始まらない……ハルは覚悟を決めて立ち上がると、生徒たちに指示を出した。
「全員、臨戦態勢! 場合によっては、このまま戦いになるだろうからね」
双方の勢力が睨み合う中、敷地の奥から一目で高級車と分かる黒塗りの車両が現れ、一行の前に乗りつけた。そして中から降り立つようにして姿を見せたのは――
「――これはこれは。侵入者とは聞いていたが……まさかアビドス高校の生徒だったとはな」
「な、何よこいつ……」
「……」
「(あいつは、あの時の……)」
『この姿は……まさか!?』
大仰な口調と仕草から、高い地位にある者だと察せられる。自分こそが上位者であると暗に示すような、支配者然とした態度を隠そうともしない。車から悠然と降り立ったその姿に、ホシノは見覚えがあった。
「……あなたは、誰ですか?」
「……ほう、まさか私のことを知らないとはな。私は、カイザーコーポレーションの理事だ」
以前、交渉を持ちかけられた際に黒服の傍らに控えていたカイザーグループの人間――カイザーPMC理事その人は、アビドス高等学校の生徒たちを見下ろしながら尊大に名乗りを上げる。
「そして君たち、アビドス高等学校が借金をしている相手でもある」
「……!!」
カイザーPMC理事は、精巧に作られた金属製の顔を一行に向け、ロボらしい無感情な眼差しで見据えながら、淡々と告げる。その口調は冷たく、親しみやすさとは無縁のものであった。
「では、古くから続くこの借金について、話し合いでもするとしようか」
TIPS:
英雄伝説 黎の軌跡。
軌跡シリーズ全体の後半戦の始まりとなる作品。シリーズの今までの作品と比べてもダークな面が強調されており、作中で実際に多くの死者を出している。また、性風俗や同性愛などこれまで描写されなかった生々しい描写や下ネタなども特徴である。
碧空の果て、一閃の先に見ゆるは黎明の大地――。