――???*1
一台の軽自動車が、廃墟めいた街並みを疾走していく。車内には沈黙が漂い、小さなエンジン音だけがそれをかき分けるように響いていた。運転席に座っているのは、ゲヘナの行政官――天雨アコ。彼女はハンドルを握り締め、前方に視線を向けたまま運転を続けている。
その隣には風紀委員長・空崎ヒナ。後部座席には、銀鏡イオリと火宮チナツが座っている。
「……そろそろ、目的地に着く」
「分かりました」
ヒナの言葉に頷くとアコはアクセルをさらに踏み込み、車を加速する。その速度は制限速度を大きく超えており、もしこの場に一般生徒がいれば、間違いなく恐怖に震えていたことだろう。もっとも、この車内にいる生徒4人は、平然とした様子で窓から外の景色を眺めていたが。
「そう言えば……あのアビドスのホシノという方は、お知り合いなのですか?」
「いや、情報部にいた頃に調査はしてたけど、実際に会ったのは初めて」
「そうでしたか。どことなく、よく知っている方のように話されていたので……」
アコはヒナに、ホシノとの面識の有無を問いかけた。しかし、ヒナにとってホシノは調査対象であったものの、直接言葉を交わしたのは先日の一件が初めて。そのため否と答えたが、アコにはそれが少し意外に思えた。ヒナがホシノになにか特別な感情を抱いているように見えたからだ。
「……小鳥遊ホシノ。『天才』と呼ばれた、本物のエリート。2年前、情報部の分析では、ゲヘナにとって、潜在的脅威の一つとしてリストアップされていた」
「まったくそういった感じには見えませんでしたが……だいぶこう、のんびりした雰囲気と言いますか……」
昼行燈――それが、アコがホシノに抱いた印象だった。少なくとも、『脅威』という評価とは結びつかない、どこにでもいるごく普通の学生にしか見えなかった。しかし、ヒナはゆっくりと首を横に振り、その評価を否定する。
「アコ、外見で相手を判断するものじゃない。トリニティの《歩く戦略兵器》剣先ツルギ、ミレニアムの《勝利の象徴》美甘ネルと並ぶほどの実力者。……私でも、一対一で戦ったら勝てるかどうか分からない」
「え……!?」
「い、委員長でも!?」
「……!!」
アコ、イオリ、そしてチナツの驚きの声が車内に響く。ヒナは当然のように頷くが、その表情には欺瞞も卑下も微塵も感じられない。彼女は自分の実力を正確に把握した上で、それでも戦いになれば敗北の可能性もあると冷静に見定めていた。
「……でも、確かに2年前とは別人のようだった。元々は攻撃的戦術を得意とした、かなり好戦的なタイプで……もっと荒っぽくて、ナイフのような鋭い印象だったのだけれど」
ヒナの脳裏に、かつてのホシノの姿が蘇る。獲物を狩る隼のように鋭い眼差し、研ぎ澄まされた刃のような佇まい……当時の戦いぶりは鮮明に覚えているが、今とは余りにも違っている。身の丈ほどの盾を携え、どこか一歩引いたような落ち着き。それは牙を抜かれた猛獣――いや、そうではない。むしろ、爪を隠した鷹、とでも言うべきだろうか。
「……まあ、それはさておき。あの時、あのまま戦っていたらきっと、風紀委員の大半が戦闘不能になっていたはず。それに加えて、あの場には『シャーレ』もいた。被害はそれ以上に深刻になっていたかもしれない。アコ、あなたの早とちりでね」
「戦力の分析はしっかりと行っていたはずなのですが、そういった情報は……」
アビドスを過小評価していたつもりはない――但し、それも事前情報が正確であればの話だ。ヒナは当時の判断を振り返りつつ、アコに厳しい言葉を投げかけるが……当のアコは、どこか釈然としない表情を浮かべていた。
そんな腹心の部下の様子にヒナは小さくため息を吐き、少し間を置いてから話を続ける。
「……まあ。ある日突然、活動報告も途切れたからね。なにしろ小さい学校だし、情報部も途中から脅威とは見做さなかったのかもしれない。詳しいことが知りたければ、昔の資料でも漁ってみることね」
そう言ってヒナは、窓の外へ視線を向けた。車窓に映る景色は次第に変わり、何時しか砂に埋もれた廃市街地が広がっていた。かつて人々の営みがあったであろう建物群は、今や朽ち果てたまま砂に飲み込まれ、寂寥とした風景を織り成している。
「(それにしても、小鳥遊ホシノ……未だにアビドスを離れず残っていたなんてね……)」
――アビドス砂漠*2
画面越しに理事の姿を目にしたアヤネは、記憶を頼りにタブレット端末を操作し、カイザーコーポレーションの情報を検索する。そして、映し出された彼の画像を見て、思わず声を漏らした。
『……やはり、そうでしたか』
「アビドスが借金をしている相手……」
「カイザーコーポレーションの……」
前情報通り、随分と多くの役職を兼務しているようだ。ロボットであるため表情の変化は読み取れないが、どこか自慢げな雰囲気を漂わせている。大きく両腕を広げ、自分たちを見下すようなその姿に、シロコはほんの僅かに目を細めた。
「それはどうでもいいけど、要はあなたがアビドス生徒会を騙して、土地を搾取した張本人ってことでいい?」
「……ほう」
「そうよ! ヘルメット団と便利屋を仕向けて、ここまで私たちをずっと苦しませてきた犯人があんたってことなんでしょ!?」
「ふむ……?」
「あんたのせいで私たちは……アビドスは……!!」
続いて、セリカがカイザーPMC理事へ怒りをぶつける。だが、彼は否定も肯定もせず、ただ興味深げに呟いた。そして、堪えきれないと言わんばかりに左の掌で頭を押さえると、腹の底から愉快そうな大笑いを響かせた。
「ハッハッハッ! 口の効き方には気を付けた方が良い。君たちは今、我々カイザーPMCの私有地に対し、不法侵入しているのだということを理解するべきだ」
「……!」
「……っ!」
「さて話を戻そうか……アビドス自治区の土地。ああ、確かに勝ったとも。だからどうした? 全ては合法的な取引、記録もしっかりと存在している。まるで、私たちが不法な行為でもしているかのような言い方は止めてもらおうか。わざわざ挑発をしに来たわけではないのだろう?」
カイザーPMC理事は余裕の姿勢を崩さない。それが虚勢ではなく、確かな自信と記録に裏打ちされたものであることを、生徒たちは直感的に感じ取っていた。
同時に、この交渉が一筋縄ではいかないことも理解する。しかし、それでも諦めるわけにはいかない。一行は気を引き締め直し、改めてカイザーPMC理事を正面から睨みつける。
「ここに来たのは、私たちがここで何をしているのか気になったからか? どうしてアビドスの土地を買ったのか、その理由が知りたいのか? ならば教えてやろう、私たちはアビドスのどこかに埋められているという、宝物を探しているのだ」
宝物――その言葉を聞いた途端、ホシノの眉がピクリと動いた。鋭さを帯びた目つきとなり、全身から漂う雰囲気もどこか剣吞なものへと変わっていく。
「嘘言わないで! そんなでまかせ、信じるわけないでしょ!!」
「だったら、この兵力は何? 私たちの学校を武力で占拠するため、違う?」
「ハッハッハッ、冗談じゃない。たった5人しかいない学校のために、これほどの用意をするとでも? あくまでこれは、どこかの集団に宝探しを妨害された時のためのもの。君たちのために用意したものではない」
セリカとシロコの指摘を、カイザーPMC理事は一笑に付した。確かに彼の言う通り、この兵力を揃えるには費用も時間もかかりすぎる。アビドス高校を制圧するためだけに、営利企業であるカイザーコーポレーションがそれほどのリソースを割くとは考えづらい。
となれば、その『宝』とやらは、膨大な資源を費やしてでも手に入れるだけの価値がある何か、と見るべきか。いずれにせよ、彼らがアビドスにとって敵であることに変わりはない。
「君たち程度、何時でも、どうとでもできるのだよ……例えばそう、こういう風にな」
肩を震わせ、抑えきれぬ嘲笑を滲ませながら、カイザーPMC理事は懐からスマートフォンを取り出す。そして、画面に指を滑らせ――
タァンッ!!
乾いた銃声と共に、一条の弾丸が放たれた。正確に画面中央を撃ち抜かれた液晶は砕け散り、無数の破片が砂の上に散らばった。
「何!?」
「これ以上、余計な真似は許さない。カイザーの理事、あなたにはここで終わってもらう」*3
理事の護衛――何十人ものオートマタが銃撃の主に体ごと視線を向け、一斉に銃火器の照準を合わせる。それでも悠然とした態度を崩さないハルは、まだ銃口から煙の立ち上るシャーレの刻印が入ったベレッタを器用に手元で回転させる。
「何のつもりだ!? ぽっと出の大人如きが、貴様にそんな権利は――」
「確かに私には逮捕権なんてない。けど、この子たちは別だ。なにせ、この子たちは――」
「――SRTだ! 全員手を上げろ!」
突如、前に進み出たサキが声を張り上げた。毅然とした態度からは、一歩たりとも引かぬという強い意志が見て取れる。同時に、圧倒的な人数差を前にしても微塵の動揺すら感じさせない度胸を如実に示していた。
アビドスに赴く以前、ハルの護衛としてシャーレに出向してから、自ら面倒事や厄介事の類に首を突っ込むハルを支えてきた彼女たちは、まだ1年生とは思えぬ場慣れぶりを身に付けていた。
「SRT!? 何故、SRTの生徒がここに……!?」
「――お話は全て聞かせていただきました。民間軍事企業『カイザーPMC』の代表。あなたは、ここアビドスで数々の罪を犯しました。ブラックマーケットでの不法な金融取引、反社会勢力との癒着、違法兵器の製造及び密売。立ち退きの虚偽申告。不正に得た収益で私兵を雇い、虚偽の情報で住民を騙し――そして、アビドス高等学校を、武力で制圧しようとした。これらはキヴォトスの市民の安全を脅かす、重大な犯罪に当たるため……」
SRT特殊学園――キヴォトスの法執行機関における最高学府。1年生とはいえ、彼女たちもSRTの一員であることに変わりはなく。RABBIT小隊の隊長を務めるミヤコは、まるで舞台上の演者のように、流麗な口調で堂々と宣言する。
「SRT特殊学園の名の下に、あなたを緊急逮捕します!」
「そうよ! 不法侵入だか何だか知らないけど、そんなことは今、何の関係もない!」
「こちらはあなたたちの不正の証拠を確保しているんです!」
「……いい加減、年貢の納め時だね」
セリカ、ノノミ、シロコ――アビドス生たちも、口々にカイザーPMC理事を追い詰める。突然のSRTの登場に動揺している理事は視線を泳がせながらも、それでも不敵な笑みを崩さない。
「ハッ……ハハッ! これはこれは! SRTのご登場とは驚いたな! だが、4人が8人になったところで何も変わらん! 数百両もの戦車、数百名もの選ばれし戦士たち。数百トンもの火薬に弾薬……いくら戦闘に特化したSRTとはいえ、これだけの数の暴力には敵うまい!」
RABBIT小隊を含めて、アビドス側の生徒はわずか8人。対するカイザーPMCは、歩兵だけでも数百人規模に達し、さらに戦車や軍用ヘリなど過剰とも言える膨大な戦力を保有している。
確かに、SRT特殊学園の生徒たちは戦闘に特化した訓練を受けており、並の戦力では太刀打ちできないだろう。しかし、それはあくまで常識の範疇の話だ。カイザーPMCの圧倒的な物量と最新鋭の兵器群を前にしては、いくらSRTの精鋭といえども無力な少女に過ぎない。
「……モエ」
「くひひっ、全弾発射~!」
――そう、常識に囚われていたのは他ならぬ理事自身だった。モエが楽しげに笑うと同時に、彼女の頭上を飛ぶドローンが大量のミサイルを一斉発射。オートマタへ向けて飛翔したそれらは次々と着弾し、爆発音と共に激しい炎と黒煙を巻き上げていく。
「ぐあああぁぁっ!?」
風倉モエ――彼女は筋金入りの武器マニアで、SRT特殊学園への進学理由も、そこでしか扱えない強力な火器を存分に振り回すためという徹底ぶりだ。無人の砂漠、周囲を気にする必要がないことから、心置きなく自身の欲望を満たすべく高火力のミサイルを大量に持ち込んでいた。
背後を固めていたオートマタは為す術もなく爆発の炎に飲み込まれていく。思わず振り返ったカイザーPMCの理事もまた、後ろからの爆風に煽られて無様に前方へ吹き飛ばされる。
「なにも全ての戦力を制圧する必要はありません。指揮官を、あなたを捕縛すれば、それで十分です。事後対応はヴァルキューレ警察学校の皆さんにお願いしましょう」
「諦めろ。お前らの企みはこれで終わりだ」
「うぐぐ……」
すかさずミヤコとサキが飛び出し、動揺する理事の顔面に容赦なく銃口を突きつけた。施設内からはカイザーPMCの兵士たちが慌てて駆け出してくるが、門の広さには限界があり、一度に押し寄せられる人数は限られている。その程度であれば、アビドスの生徒たちが十分に対処可能だ。門前では、各々の固有武器を駆使して兵士たちの動きを牽制していた。
「うへ~逃げられるとは思わないでね~」
その隙に理事の両腕をロープで拘束したホシノは、目が笑っていない笑顔でそう呟いた。理事も往生際悪く必死に抵抗するが、キヴォトス全体でも五指に入るほどの実力者を相手に、ただの大人が単純な力比べで敵うはずもない。
「……お、おのれ……貴様ら、こんなことをしてタダで済むと思うな……!」
仮に理事が表に出る愚を犯さなければ、ここまで楽に捕縛することはできなかっただろう。所詮は子供だと見くびった、悪い大人特有の驕りと油断が招いた結果がこれだった。カイザーPMC理事――彼は自らの首を自らで絞めることとなったのである。
あまりにも順調すぎる展開。このまま理事を連行し、司法機関に身柄を引き渡せば全てが解決するだろう……と、生徒の誰もがそう思っていた。
「フフ……今、ですね」
――だからだろう。”それ”に気付けたのが、同じ狙撃手であるミユだけだったのは。
「――っ!? に、逃げて、先生……!」
タァン!!
一条の閃光が、ハルの胸部中央やや左――心臓の位置を無慈悲に貫いた。
TIPS:
カイザーPMC理事。
カイザーコーポレーションの経営する企業の一つであるカイザーPMCの代表取締役。
理事としてカイザーコーポレーションの幹部を務めているほか、カイザーローン、カイザーコンストラクションの幹部を兼任している。本来であれば、アビドス高等学校を廃校寸前にまで追い込むほどの優秀な人物だが、ハルはその手の内を一から十まで完全に把握しており、大人に成長した彼女が相手ではどうしても噛ませ犬の役回りを演じるしかなかった。