――アビドス砂漠*1
「……え?」
「は……?」
愕然とするアビドス生たちの視線は、力を失った体が重力に従って砂へ崩れ落ちる様子を捉えていた。何が起きたのか、頭が理解を拒んでいた。それでも無意識に向けた視線の先には、壁上の連絡通路で
「先生!?」
「う、嘘でしょ!?」
「そんな……!」
シロコ、セリカ、ノノミが声を上げるも、その声は虚しく砂漠に吸い込まれていく。生徒たちの悲痛な叫びが届いているはずなのに、ハルの体は微動だにしない。彼女の胸の中心から赤黒い血がじわじわと滲み出る様は、まるで時の流れがゆっくりと引き延ばされたかのように感じられた。
タァン!! 理性か、それとも本能か。反射的に放たれたミユのカウンタースナイプが敵狙撃手の得物を撃ち抜き、破壊する。しかし、それだけで事態が好転するはずもない。
「――っ、先生をこのままにはしておけません。一旦、ここを離れて――」
パタパタパタ……!
「これは……ヘリの音……?」
「それに、この地面の揺れ……恐らく戦車」
『大規模な兵力が接近中! 仰る通り、装甲車以外にも戦車やヘリまで……ものすごい数です!』
緊迫した状況下、通信機からアヤネの悲鳴じみた報告が飛び込んできた。同時に、門の奥からはヘリのローター音が耳を打ち、遠くから戦車のキャタピラ音までもが微かに聞こえてくる。理事の身柄を奪還するため、カイザーPMCの本隊が急行してきたのだろう。
そして、問題はそれだけに留まらない。ハルの胸からは止めどなく血が流れ続け、顔色は見る見るうちに悪化していく。もはや、考えを巡らせるだけの時間的猶予など残されていなかった。
「まずいな……敵戦力が多すぎる……!」
「……時間切れのようですね」
焦りを滲ませるサキと、苦虫を噛み潰したような表情で呟くミヤコ。最悪のタイミングでの敵の増援は、彼女たちに厳しい選択を突きつけていた。ミヤコは理事に一瞥をくれる。本当なら、ここで身柄を確保しておきたかったのだが……。
「この場は私たちが引き受けます。対策委員会の皆さんは先生を連れて早く離脱してください」*2
「!」
「!!」
「!!!」
「ミヤコちゃん……」
「今の私たちではこの戦力差を覆すことはできません。無闇に戦うよりも、撤退を選んだ方が得策です。――覚悟を決めてください。このままだと確実に彼らに捕まることになります」
そう。ここで徹底抗戦を選んでも、この戦力差では万に一つも勝ち目はない。かといって全員で撤退を試みれば、空中戦力に阻まれて追いつかれるのが関の山だ。となれば、取れる選択肢はひとつしかない。
「つまり、ここは私たちに任せて、先に行けってやつだよ。いやー、ゾクゾクするねぇ……」
即ち――時間稼ぎである。数秒間ほど考える素振りを見せたホシノは、普段の様子からは想像もつかぬほど真剣な表情を浮かべ、短く答えた。
「……分かった」
「無事に帰ってきなさい! 全部終わったら……一緒にラーメン食べに行くわよ!」
「このご恩は必ず!」
「ん、ありがと!」
ハルの体をノノミが担ぎ上げ、アビドス生たちは一目散に駆け抜けた。追跡を図るオートマタたちが次々と迫り来るが、ミヤコとサキの正確無比な射撃がその全てを阻止する。アビドス生たちの姿が視界から消えると同時に、RABBIT小隊は再びカイザーPMCの部隊に向き直った。
「――ここから先は通行止めです!」
「SRTの力、甘く見るなよ!」
◇ ◇ ◇
撤退するアビドス生たちを阻むのはカイザーPMCの勢力だけではない。灼熱の砂漠、さらにカイザー製ではない所属不明の謎の機械群――行きはよいよい、帰りは怖いとはまさにこのこと。来る時は慎重に回避してきた障害を、今は全て薙ぎ倒しながら全速力で駆け抜ける。
「はぁ、はぁ……ノノミ先輩! 先生の様子は!?」
「息はあります! ですが……!」
セリカの問いに答えるノノミの声は弱々しい。ハルの顔色はいっそう青白くなり、呼吸も徐々に弱まっていく。しかも、胸の中心――弾丸を撃ち込まれた箇所から依然として血が止まらず、医療の知識に乏しい彼女たちでも、危険な状態にあると直感せざるを得なかった。
「せめて、この調子で何とか逃げ切れるといいのですが……」
「とにかく急ごう……!」
RABBIT小隊の4人が今も奮闘しているのだろう。追ってくる敵の気配は感じられず、一先ず背後を脅かされる心配はなさそうだ。このまましばらく走り続ければ、安全な場所まで逃げ切れるはず――そう考えていた。
『……っ! 後方に敵を発見しました! これは、人型機動兵器!? もうすぐ接敵します!』
「!?」
しかし――現実とはどこまでも残酷なものである。突如としてドローンの視界に映ったものは、自分たちが絶望的状況に追い込まれたことをアヤネに思い知らせた。カイザーグループのイメージカラーである黒に染められた巨大な兵器が、砂埃を巻き上げながら猛スピードで迫っている。
胸部操縦席に身を置くカイザーPMCの理事は、憤怒の炎を瞳に宿し、未だ姿の見えぬ身の程知らずの子供たちに恨み言を吐きつけた。
「この……ガキどもめ! お前たちだけは、絶対に許さん! 徹底的に思い知らせてやる!」
このまま取り逃すのは己の――カイザーPMCの沽券に関わる。もはや借金などという迂遠な手段を使っているような場合ではない。徹底的に痛めつけ、二度と反抗する気が起こらないよう懲らしめてやるのだ。子供が大人に歯向かうことの愚かさを骨の髄まで刻み込むがいい。
理事の怒りに呼応するように、黒鉄の巨人が唸りを上げる。一歩、また一歩と距離を詰めてくる脅威から逃れるように、アビドス生たちは砂漠の中を必死に突き進む。
「ひゅっ……! はっ! たぁっ!!」
カイザー製オートマタの黒いボディとは対照的な白いボディのオートマタ2体が立ち塞がる。鋭い踏み込みで片方の懐に飛び込んだシロコは、そのまま回し蹴りを叩き込み、続けて銃口を向けてきたもう1体に上段蹴りを浴びせた。
全身を奔るオレンジ色の発光ラインが点滅の後に消え、オートマタは崩れ落ちる。電光石火の連撃――それは、一際高い身体能力を誇る狼の獣人、シロコならではの戦闘スタイルだった。
「邪魔よ!」
視界の端に捉えたドローンを走りながらとは思えない精密射撃で撃ち抜いたセリカは、反動をものともせず軽やかに銃口を振り上げ、次の標的を正確に捕捉する。砂塵が舞う中でも彼女の動きには一片の迷いもなく、その銃口がぶれることはない。
砂に足を取られながらも、それでも彼女たちは足を止めることはなく。されど、背後から迫り来る黒鉄の巨人との距離は着実に縮まり、不気味なモーター音が耳朶を打ちつけてくる。
ズシンッ! ズシンッ!!
地面を震わせるほどの衝撃とともに、黒鉄の巨人がついにアビドスの生徒たちを捉えた。カイザーグループの主力商品の一つである人型機動兵器《ゴリアテ》は、両腕に搭載された三連銃身のガトリングガンの銃口をアビドス生たちに向ける。
「うへ……」
『カイザーの理事……!!』
「しつこい……」
「ああもう、どこまで邪魔すれば気が済むのよ!」
「退いてください! さもないと……!」
「……最後の最後までしつこいなぁ、アビドス対策委員会!」
生徒たちは一斉に武器を構え、何時でも攻撃できるように体勢を整える。唯一の例外は背中にハルを負ったノノミだけだ。対策委員会と理事の間に緊迫した空気が張りつめる中、理事は感情を制御しようともせず、苛立ちを隠すこともなく言葉を続けた。
「……ずっとお前たちが目障りだった。これまで、ありとあらゆる手段を講じて……」
「……」
「それでもお前たちは、滅びかけの学校に最後まで残り、しつこく粘って、どうにか借金を返済しようと足掻いて! あれほど懲らしめたのに、徹底的に苦しめたのに、毎日毎日楽しそうに!!」
理事の語気は徐々に強まり、興奮のあまりどんどん早口になっていく。一方で、憤怒にわななく理事とは対照的に、生徒たちは動揺こそすれど冷静さを保っていた。それが一層理事の神経を逆撫でしたようで……彼は激しく声を荒げた。
「お前たちのせいで、計画がっ!!! 私の計画があぁぁっ!!!!」
「そんな下劣で浅はかな考えに、私たちの心は屈しない!!!」
「私たちは負けません! あなたのような情けない大人には! 絶対に!」
怒りに身を震わせる理事に対して、生徒たちは一歩も退かずに真っ向から啖呵を切る。彼女たちの鋭い眼光は、子供とは思えないほどの迫力を孕んでいた。大人と子供、そんな差など関係ない互いの意地と信念がぶつかり合った時、果たしてどちらに軍配が上がるのだろうか。
「(……とは言っても、流石にこれはちょっときついかもね~)」
出力は12860馬力。最高純度の素材で組成された装甲とアクチュエーターを搭載した、カイザーグループの技術の粋を集めた超強化外骨格。両腕のガトリングガン、肩部ミサイルポッド、さらに主砲にはビーム砲を備えており、その威力は並の戦力などひとたまりもない。
――そんな詳細なスペックを知らずとも、目の前の威圧感だけで、ホシノの本能が危険を告げるには十分だった。少なくとも、自分たちだけで戦うには荷が重い相手なのは間違いない。
「(これは、先生に……うん?)……うへ、その必要もないみたいだね」
「え――」
「がっ!?」
何処からか飛んできた一つの影がゴリアテの巨体を蹴り飛ばす。その衝撃は凄まじく、ゴリアテは数メートルほど吹き飛ばされた。突然のことに他の生徒たちが呆然とする中、ホシノだけはその正体を察していた。
「なっ……なんだ……!?」
「……やれやれ、大きさだけの見掛け倒しだな」
「お待たせしました」
『風紀委員会の皆さん!?』
砂煙の中から姿を現したのは、つい先日争いになったゲヘナ風紀委員会の生徒だった。飛び蹴りの反動で砂の上に降り立ったイオリの周りには、同じく風紀委員会の幹部であるアコとチナツの姿も見受けられる。
「何とか間に合ったみたいね。……小鳥遊ホシノ、先日の借りを返しに来たわ」
バサリ、と自らの背丈を上回るほどの翼をはためかせ、部下たち3人の前に舞い降りた空崎ヒナが不敵に笑う。その姿は、まさに敵を討ち滅ぼす魔王のそれだった。
◇ ◇ ◇
「――ホシノ、今のうちに一つだけ教えておくよ。一人でなんでも背負おうとしている内は大事な事が分かってないってことだよ。人が人に影響を与え、支え合い、お互いがお互いを守り合う。あなたは、仲間や友達に、縁を持った全ての人に頼ることを覚えた方がいい。……これは、先生からのアドバイス」
◇ ◇ ◇
黒服と別れた後に先生が口にした教えが脳裏を過る。自分が守る、そればかりで自分は肝心の周りを何も見ていなかった。自分一人では、この危機を乗り越えることなどできなかった。先生の提案でヒナに協力要請を出したが、今の今までその意味を真に理解していなかった。
自分一人で守り切れないなら、誰かの力を借りればいいのだ。人間不信の気がある自分には難しいかもしれないが、先生は一つの未来――可能性を示してくれたのだ。
「……ありがとう、ヒナちゃん」
ぽつりと呟いた声が風に乗って届いたのか、それとも偶然か、ヒナはちらりとホシノの方に視線を向け、すぐに視線を前に戻した。
「後ろは私たちが守るわ。
「アシ?」
「あいつらだ」
イオリが指し示した先には、これまた見覚えのある生徒たちの姿があった。風紀委員会の所有物だろうか、彼女たちの懐事情には似つかわしくないリムジンを侍らせるその4人は――
「じゃーん! やっほ~☆」
「……」
「お、お邪魔します!」
『べ、便利屋の皆さん……!?』
時に砲火を交え、時に背中を押してくれた便利屋68の4人。その中心に立つ社長のアルは、冷徹さを思わせる鋭い目元を湛えながらも、あくまで優雅な仕草で片手を軽く挙げてみせた。
「……こういうピンチに現れてこそ、一流のアウトローというもの」
「あ、あんたたち……!」
「便利屋! 貴様ら、飼い犬の分際で邪魔立てするか……っ!」
「うるさいわね、この子たちの方が一緒に仕事がしやすかった……それだけの話よ」
飼い犬に手を噛まれた理事は怒りに満ちた形相で便利屋68を睨みつけるが、当の彼女たちは意に介する様子もなく言葉を続けた。
「あはっ。雇い主を裏切ることくらい、悪党としては当然でしょ! そんなことも予想できなかったの?」
「さ、流石です! い、一生ついていきます! アル様!!」
凶悪な笑みで胸を張るムツキと、興奮気味に声を上げるハルカ。ただ一人、カヨコだけは「……はあ」とため息をついたが、すぐに気を取り直し、アビドス生たちの方へ視線を向けた。
「乗って。防弾だし、かなりの速度だから強行突破には打って付けだよ」
「うへ……」
「確かにそれなら……!」
カヨコの案内でアビドス生たちがリムジンに乗り込む。無論、逃がすまいとゴリアテはガトリングガンの銃口を向けるが、それ以上を許すほど風紀委員会は甘くはない。ヒナの『終幕:デストロイヤー』から放たれた弾幕がゴリアテの装甲を容赦なく打ち据える。
「くっ! 貴様ら、覚えていろ! この代償は高くつくぞ……!」
まさに本物の三流悪役の台詞といった吐きながら、風紀委員会の足止めによってゴリアテは追い駆けて来られない。全員がリムジンに乗り込んだのを確認し、カヨコがアクセルを踏み込む。
「行くよ。しっかり摑まって」
その言葉を皮切りに、アビドスの面々を乗せたリムジンが砂塵を巻き上げながら走り去る。見えなくなるまで車体を見送った理事の胸中には再び憎悪の炎が燃え盛るが――次の瞬間、背後から感じた気配にハッと振り返った。
「あれは……!?」
「……砂嵐?」
先程までは雲一つない青空だったはず。しかし、何時の間にか遠くの方から砂嵐が迫り、規模は徐々に大きくなっていく。砂嵐の向こうから感じる異様な気配。その正体が砂嵐の向こう側に垣間見えた時、ヒナは目を見開いた。
TIPS:
教育方針。
蒼井ハルの教育方針は「見本を示す」ことに重きを置いている。自ら範を示すことで、子供たちが道に迷わないための導べたる篝火となる。それをそのまま真似するも良し、自分なりの方法を見つけ出すのも良し。ただ、何も言わず暗闇の中に放り出すようなことだけはしない。
今回の場合、ワカモ、それにRABBIT小隊に自分が頼るところを実際に見せ、ホシノにもそれを実践させることで、「人に頼る」という選択肢を自然と学ばせている。