――アビドス砂漠*1
梔子ユメ――2年前、アビドス高等学校で生徒会長を務めていた人物だ。当時副会長だったホシノと共に、アビドス再建のために様々な活動をしていた。色んな意味で包容力に溢れた非常に大らかかつお人好しな性分で、その善性は太陽のように眩いほどだった。
……しかし、梔子ユメは既に故人である。砂漠に転がる彼女の死体を最初に発見したホシノは、他の誰よりもそれを理解していた。
「ユメ、先輩……?」
だからこそ、今目の前にいる大人が何者なのか、まるで理解できなかった。死んだ人間が蘇るはずがない。それが世の理だ。ならば、あの先輩は幻か何かなのか? ……いや、それも違う。これまで学んできた常識と現実は、彼女の生存を否定している。それでも――ホシノの魂は、そこにいる人物が『本物の梔子ユメ』だと告げていた。
疑問が湯水の如く湧き上がる。すぐにでも問い質して、彼女が本当に先輩なのかを確かめたいところだが……今はそんな場合ではない。ビナーの6つの砲門が一斉に展開される。
「ミカ」
「おっけ~」
バサッ! 翼を上下に動かすと、全ての翼から1枚ずつ放たれた羽根がミサイルを撃ち抜く。ミカの翼は単なる飾りではない。飛行と攻撃の両方を担う大事な武器の一つだ。中心部を正確に射抜かれた6発の弾頭は、目標に届くこともなく空中で爆散する。
続いて、前に出たのは天童姉妹だ。右足を前に出し、最大までエネルギーをチャージした
「ターゲット確認! エネルギー充填100パーセント……!!」
「最初から全力で行きます!」
「「光よ/闇よ!!!」」
ドカアアァァァァン!
「……冗談でしょ?」
「うっわ、凄い威力……」
「き、亀裂が……!」
「……これが先生の切り札か」
生徒たちの唖然とした顔が視界に映る。無理もない、光と闇の剣から放たれた二つの極光は、彼女たちがどれだけ攻撃してもビクともしなかったあのビナーの装甲を、目に見えて分かるほどに大きく抉ったのだから。
今の一撃で全てのエネルギーを使い果たした二振りの剣は――本来ならば短くはない時間がかかるはずの充填を、しかし直後に終え、次の砲撃を放つ準備を驚くほどの速さで完了させる。
「エネルギー供給量は十分です。アリス、思うがままに剣を振るってください」
「わかりました! この光に意志を込めて……貫け! バランス崩壊!」
二発、四発、六発――。青白い閃光が砂漠の空気を灼き、連続する衝撃波が大気を震わせる。砲撃の度に、堅牢な装甲は確実に削られ、撃破に至るまでの道筋が徐々に形を成していく。しかし、このまま何もせずに破壊されるのを待つほど、ビナーは大人しい存在ではなかった。
まるで水面に潜るかのように、金属の巨躯を砂の中へと沈ませていく。直後、足元から伝わる不吉な振動――それは、巨大な何かが地中を移動している証左だった。
「……!」
一同の視界の先、砂漠の一点が不自然に盛り上がる。最初は僅かに膨らむ程度だったが、次第にその範囲は広がっていき、地面全体が鼓動するように波打ち始めた。やがて、それは巨大な砂の壁となり、天を覆うほどに立ち上がる。
「砂の大津波!?」
「こ、こっちに来てるわよ!?」
「……!」
「ど、どうしましょう!?」
「……大丈夫。この程度の危機、私たちは何度も越えてきたからね。でしょ? ミカ」
「うん、だから……」
迫りくる砂の大津波を前にしても、ミカは風に身を任せるように一歩踏み出す。
「祈るね」
柔らかな笑みを浮かべたミカ。しかし、それも束の間――刹那の後には、研ぎ澄まされた視線が敵を捉えていた。ギュッと右の拳を力強く握り締め、その身に宿る神秘を拳に収束させる。
ドカアアアアァァァァン!!
砂の壁が大爆発を起こす。一度、拳を振り抜いた。ただそれだけで自分たちを飲み込まんとしていた災害に大きな風穴を空けたミカは、再び優しい笑顔を子供たちに向ける。彼女もまた、自身の世界ではシャーレに籍を置く大人の一人。子供の安心こそを、何よりも優先している。
とはいえ、今の一撃は敵の攻撃を相殺しただけだ。肝心要のビナーは――大きく口腔を広げ、その内部の砲門にエネルギーを収束させていた。
『エネルギー反応!? き、気を付けてください、とんでもない攻撃が来ます!!』
「問題ないよ。セトの憤怒でもなければ、ユメ先輩の守りは突破できない」
アツィルトの光――岩をも溶かす熱光線が一直線に発射される。如何に頑丈な肉体を有する生徒であろうとも消し飛ぶ威力ではあるが、アロナの忠告に応じるハルの表情に焦りはない。12年前ならさておき、今のユメは防御において並ぶ者が数えるほどしかいない実力者だ。
射線上に立ち塞がり、極太の熱線を正面から受け止める。半球状に展開された神秘の障壁が、後ろにいる味方と自身の身を守り抜く。
「ユメ先輩!?」
「……安心して、ホシノちゃん。
自分の記憶よりもずっと大きい先輩の背中。その背中を見て、ホシノはかつて、ユメ先輩が言っていた言葉を思い出す。
――疑念、不信、暴力、嘘……そういうものを当たり前だと思うようになったら、私たちもいつか、自分を見失っちゃうよ。そうやってアビドスを取り戻しても、それは私たちが思い描いたアビドスにはならない。
――もし、アビドスに人が帰ってきてくれたとして……そんな街になっちゃってたら……私は悲しいよ。……だからね、ホシノちゃん。困ってる人がいたら、手を差し伸べるの。お腹を空かせてたり、寒さに凍えてる人がいたら助けてあげる。
――うまく伝えられてる自信は無いけど……ホシノちゃんなら私が何を言いたいのか、分かってくれるよね?
……ああ、この人は自分の知るユメ先輩とは別人だ。悪党に騙されたり襲われては半べそを掻いていた自分の先輩じゃない。それでも――たとえ別人だとしても、今ここにいる彼女は紛れもなく本物のユメ先輩だ。
「――ミカ」
「じゃ、いっくよ~!」
熱線が止むや否や、ミカが飛び出した。6枚の翼を広げ、一筋の閃光となって空を翔ける。迎撃のため、全砲門が彼女を捉えるが――幼少の頃から愛用する
自らの神秘を推進力に変え、さらに加速する。ミサイルの雨を潜り抜けながら、一気にビナーの懐へと潜り込み――
「せやあぁ!」
渾身の一撃を叩き込む。アッパーカット――身長2mにも満たないただの人間が、全長何十メートルもの巨体を殴り飛ばすという偉業。ミカの拳を受けたビナーは僅かに仰け反り、金属同士が擦れ合うような不快な音を響かせる。
このまま押し切れるかと思いきや、ビナーは即座に体勢を立て直す。身体を左右に捻り、ミカに狙いを定めると――薙ぎ払うように回転の勢いを利用した体当たりを繰り出した。
「――っ!」
咄嗟に翼で身を包み込んで防御姿勢を取るが、それでも衝撃を抑えきれず、ミカは大きく後方へと弾き飛ばされる。だが、それしきで怯む彼女ではない。空中で身を翻して着地すると、すぐさま翼を広げ、再び空へと舞い戻る。
「アリス、全力攻撃! ケイは必要なだけカートリッジを炸裂させて!」
「分かりました! 行きます、ケイ!」
「カートリッジ、ロード!」
タァン! タァン! タァン! ケイが懐から拳銃を抜き、5発を空へと撃ち放つ。弾けた弾は美しいオーロラの輝きを広げ、そこに無数の波紋が瞬く間に浮かび上がる。
「闇を斬り裂き、光を齎すは我が剣! 天なる轟きを我らが敵に叩きつけよ!」
「――出力臨界点突破! 砲身100門を一斉展開! アリス、何時でも発射できます!!」
「無限の――」
波紋の中から顕現する膨大な『光の剣:スーパーノヴァ』。総数にして100門。その一つ一つがビナーへと照準を定め、自らの主人の号令を待つ。そして、それら全てを従える《勇者》は、力強く右手を掲げた。
「――光よ!!!!!」
ドドドドドドドドォォン!! ドカアアアァァァァァァァァン!!
アリスの
バキイィィン!! ガラス細工のように砕け散る白と橙の金属片。その奥に見えたのは、全身の装甲を破壊され、内部機構を剥き出しにしたビナーの無残な姿。
「流石は自慢の後輩だよ。やっぱり、二代目にあなたを指名した判断は間違ってなかった」
「はい、ありがとうございます、ハル先輩。アリスも経験値を沢山獲得できました」
天童アリス――現在はミレニアム自治区に根を張るアヴァンギャルド・インテリジェンス社(通称『AI社』)のゲーム開発部門に籍を置いているが、学生時代、2年生進級後には無銘生徒会の二代目生徒会長を務めていた経歴を持つ。
SRT特殊学園の最高戦力級《闇の流星》
「ひ、ひぃぃいん……は、ハルちゃん!? まだ動いてる!! 動いてるよ……!」
「――むっ。今ので倒せないのは少し想定外かも。思っていたよりも耐久力が高いみたいだね」
スーパーノヴァ・アンリミテッドによって甚大な損傷を負ったビナーだったが、それでもなお機能停止には至らない。砕けた装甲の隙間から火花を散らしつつ、前後左右に身をくねらせ、砂の中へと沈んでいく。
おそらく、完全に修復を終えてから万全の状態で再来する算段なのだろう。或いは、今以上に強力な外装を得て襲ってくるつもりか。――だが、そうは問屋が卸さない。
「けど、今度こそ――」
巨体が砂の海に潜りきる前に、高速で飛来したミカがビナーの尾へと手を伸ばす。相手は自分の何十倍もの大きさを誇る機械仕掛けの怪物。体格差を考えれば、それは「掴む」と言うよりも「掴まる」と表現すべきかもしれないが、それでも確かに両腕で尾を捉え――
「――はああああああっ!」
「え、ええっ!?」
「あの巨体を……も、持ち上げた!?」
信じ難いことに、その巨体を力尽くで引きずり出した。まるで『大きなかぶ』の童話のように、全身で尾を掴み、砂の中から無理矢理引き抜く。
「これで――」
そのままの勢いを殺さず、一気に自らの神秘を解放する。可視化するほどの神秘の発露により空間が歪み、桃色に煌めく燐光がミカの全身を覆い尽くす。地を蹴り、腰を入れ、両腕に込めた絶大な力で、ビナーの巨体を豪快に振り回し、そして――躊躇なく、天へと放り投げた。
「「チェックメイト!!」」
ハルとミカの声が重なる。規格外の巨体を誇るビナーと言えども、宙に放り出された今、為す術はない。そもそも、砂上での戦闘を前提に設計された砂漠の大蛇にとって、天空は馴染みのない領域。空で自由自在に動けるだけの翼も無ければ、飛行のための推進力すらもない。無防備な姿を晒したまま放物線を描くビナーに、ミカは真っ直ぐに銃口を向け――
「我が深淵にて煌めく神の如き者よ……大いなる光となりて絶望を穿て!!」
一条の流星が放たれた。神々しい光が空を駆け巡り、やがて一箇所へと収束する。天空に在る全ての星々を従えたかのように煌々たる光の柱は、落下を開始したビナーの頭部に命中し、そのまま反対の空へと貫いた。
「神剣! アプシンシオン!!」
経典に曰く、神の御前に立つ7人の天使たちにはそれぞれラッパが与えられた。これは終末を告げるラッパであり、その合図とともにあらゆる災害が地上で起きるとされる。
アプシンシオン――即ち、『ニガヨモギ』とは第三の災害の折に、天から落ちてくるという松明のように燃えている大きな星の名だ。星落としの異能と合わせて命名された
TIPS:
神剣アプシンシオン。
ミカ(大人)のEXスキル。桃色の閃光が如何なる敵をも撃ち抜く。
元ネタは、ヨハネの黙示録に登場する星(ひいては天使)であるニガヨモギの古代ギリシャ語訳。
無銘生徒会のモブ生徒:
名前 :《闇の流星》アポロ
フルネーム:
武器種 :HG
出身学園 :SRT特殊学園
部活 :STARS小隊 / 無銘生徒会
年齢 :17歳(2年生)
加入理由 :廃校
備考 :学園最高戦力級 / STARS小隊隊長 / 重度の病により一年遅れの入学
登場 :――
元ネタ :【ティンクルスターナイツ】より【アポロ】