ブルーアーカイブ 校境なき生徒会   作:ゲーマーN

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E-1-2-13 星の夢

 ――アビドス砂漠*1

 

 ゴゴゴ……ズドォォォン!! 大気を震わせる轟音とともに、ビナーの巨体が地に叩きつけられる。大地は激しく揺れ動き、砂塵が空高く舞い上がる――そして、落下の跡には深く抉れたクレーターが残されていた。

 便利屋68やホシノたちアビドス高等学校の生徒たちは、唖然とした表情で遠く離れた砂煙を見つめていた。自分たちがたった今見た光景に、未だ現実味を抱けずにいるのだろう。

 

「……ミカ」

 

「ハルちゃん……」

 

「ミカ!」

 

 そんな子供たちを他所に、大人たちは久方ぶりの邂逅を喜び合っていた。最初は互いに名を呼ぶ声だけが続いたが、やがて言葉は途切れ、代わりにどちらからともなく身を寄せ合う。とりわけハルの喜びようは一入で、ミカの背に回された腕には、決して離すまいと力が込められていた。

 

「ハ……ハルちゃん! ちょっと苦しい……」

 

「あ、ごめん! ごめんね。つい……」

 

 ミカが苦しそうに呻くと、ハルは慌ててその身を離した。もう一度謝ってから、今度はそっとミカの背を包み込む。互いの温もりを分かち合うように強く抱きしめ合い――やがて名残惜しそうに離れると、向かい合ったまま優しく笑みを交わす。

 

「ミカ、ごめんね」

 

「ほんとだよ。私がどれだけ心配してたか……」

 

「……うん」

 

「……けど、ハルちゃんが無事で本当に良かった」

 

 それはミカの本心からの言葉だ。勿論、ハルの実力は信用しているが、それでも不測の事態が起きる可能性はゼロではない。今、こうして再び会えたその時まで、ミカの胸はずっと張り詰めたままだった。祈りを忘れた日は一度たりともなかったのだ。

 

「ユメ先輩……」

 

 そして、もう一組。運命の再会――正確には、並行世界の別人であるが――を果たしたホシノもまた、覚束ない足取りで、二度と会えないと思っていた大切な先輩の元へと歩み寄っていた。

 

「……ううん、ホシノちゃん。私は、あなたの先輩じゃないよ」

 

「……っ」

 

 けれど、ユメはきっぱりとホシノの言葉を否定する。確かに自分は『梔子ユメ』であるが、目の前のホシノの知る『ユメ先輩』とは別人だ。全く別の人生を歩んだ別の世界の梔子ユメ――そんなことは、ホシノも頭では理解している。それでも、大切な先輩と同じ姿を、懐かしい面影を宿した彼女を前にすれば、理屈よりも先に、こみ上げる想いが勝ってしまう。

 

「――だから、この世界の私に来てもらおう」

 

「……え?」

 

 一瞬、ホシノにはユメの言葉の意味が理解できなかった。頭の中で何度反芻してみても、それが意味するところが全く見当がつかない。何故なら、彼女が口にしたのは絶対に有り得ない奇跡だったからだ。死んだはずの人間を呼ぶなんて――そんなことが現実にできるはずがない。

 

「私には、時間を巻き戻せない。死を、なかったことにはできない。――けどね、死者と話すくらいならできるから」

 

 オシリス――植物の死と再生を神格化した植物の神。類稀な治世で人々から親しまれた良き王であったが、これを妬んだ弟のセトに謀殺される。後にイシスの秘術により復活した彼は、冥府に留まってその地を統括し、魂を裁定する裁判官や王としての性格を持つようになったとされる。

 そして、彼が配偶神のイシスとの間に成した子が天空の神ホルス。暁のホルス――即ち、ホシノの前の生徒会長()であるユメは、その身に冥界の神たるオシリスの神秘を宿している。

 

我が深淵にて煌めく冥界の神よ、葦原に眠りし御霊を宿す白木の柱となれ!

 

 或いは、復活の権能を有する者もいるかもしれないが、自らの力により死の淵より舞い戻ったわけではないオシリスの神秘は、当然ながら死者を蘇らせるような奇跡を起こせる代物ではない。死者の裁判を執行する冥府神として、死者の声を聞き届けるのが精々だ。

 だが、それで十分だった。眩い光がユメの全身を包み込む。その輝きが収まった頃、そこにはもうユメの姿はなかった。代わりに立っていたのは――

 

「ユメ、先輩……?」

 

 アビドス高校の制服に身を包む、在りし日のユメ先輩。当時の彼女とまったく同じ容姿、同じ背丈、同じ服装をした彼女は、信じられないという表情を浮かべているホシノに微笑むと――

 

「……久しぶりだね、ホシノちゃん」

 

「…………先輩」

 

「どうどう? 良い先輩になれた? 後輩の面倒は見られてる? 守れるぐらい頼もしい先輩になれたかな? みんなと協力はできてる? 困った時に手を貸してくれる友達はできた? ちゃんと未来に向かって進めてる? ……ちゃんと、「うへ~」って笑えてる?」

 

「ユメ先輩っ!!」

 

 最後の一言で、ようやくホシノは目の前の光景が現実であると理解した。溢れ出る想いに突き動かされるように駆け出して、そのまま勢いよくユメ先輩に抱きつく。温もりを確かめるように彼女の胸に顔を埋めながら、嗚咽を堪えきれずに涙をこぼした。

 

「せんぱい……せんぱいっ……! 私……わたし、ずっと……。わ、わたし……っ……わたしっっ……! ユメ、ぜんぱいっ……! うっ……ううっ……!」

 

 声を絞り出すたび、胸が詰まる。もう抑えきれない。感情が、涙が、喉の奥から堰を切ったように溢れてくる。

 

「うあああああああああっっ――!!」

 

 ホシノは泣いた。只管に泣き続けた。ユメ先輩の腕の中で、まるで幼子のように声を上げて泣いた。先輩の胸に縋りつきながら、抑えきれない激情のままに涙を溢れさせた。

 

「……ホシノ先輩」

 

「あの人は……まさか、そんなことが……」

 

「え? ノノミ先輩、あの人のこと何か知ってるの?」

 

「そ、それは……」

 

 ホシノ先輩の様子は尋常ではない。後輩の一人、セリカは明らかに事情を知っていそうなノノミに問いかけるが、当の彼女は困ったように口をつぐむだけだった。

 確かに、ホシノが縋り付いている人物が誰なのかも、なぜホシノがあのように取り乱しているのかも、ノノミには概ねの察しがついている。だが、それを自分の口から明かしてよいものか――迷いがあった。きっと、それを語っていいのは、ホシノ先輩だけだと思うから。

 

「……いえ。トラブルを起こしたり、心配をかけてばっかりです……後輩に、いつも迷惑を……」

 

「何だか、私と似てるような……」

 

「……ふふっ。そうですね、先輩みたいです」

 

「良かった。やっと笑ってくれたね、ホシノちゃん」

 

 何時しか涙も枯れ果て、ようやくホシノが落ち着きを取り戻した頃。ユメ先輩は優しく抱き留めていた腕を解き、そっと身を離すと、微笑みながら言葉をかける。泣き腫らした両目を片手でこすりつつ、ホシノもまた、小さく笑みを返した。

 

「……でも、私は知ってるよ? ホシノちゃんは後輩のことをちゃんと守ってくれて、本当に困った時は、絶対に助けてくれる頼もしい子だって。私の大切な後輩は、ちょっぴり意地悪だけど……本当は誰よりも優しいんだって……ちゃんと、分かってるよ」

 

「全然、違います……」

 

 俯いたまま首を横に振るホシノ。違うのだ。そんな立派なものじゃない。自分は弱い人間だ。役立たずで、バカな私は――そんな後ろ向きな気持ちばかりが湧き上がってきてしまう。

 

「めっ」

 

「……?」

 

「自分を責めないの。ホシノちゃんはいつも頑張ってる、良い先輩だよ」

 

 だけど、そんなホシノにユメ先輩は諭すように語りかける。誰よりも近くで見てきたのだ。後輩たちのために奔走し、強くあろうとしていた姿を。その度毎に悩み苦しみながらも、人知れず前へと進もうとしていたことを――彼女の努力を知っている。

 

「お疲れ様、ホシノちゃん。大変だったよね……ずっと、一人で頑張って」

 

「……はい。みんなのためになれば良いなと思って……ずっと、ずっと。努力してきた、つもりです……。先輩がいなくなって、つらかったですけど……それでも、私は……」

 

 ユメ先輩はゆっくりと歩み寄り、今度は彼女の方から優しくホシノを抱きしめた。その腕には、労わりと慈しみが満ちていた。これまでの苦労も痛みも、不安も迷いも、背負ってきた重荷を少しでも軽くしてあげたいと願うかのように――。

 

「よしよし、ホシノちゃん。いっぱい頑張ってきたんだね」

 

「……」

 

「大丈夫……? 息苦しくない?」

 

 ホシノはユメ先輩の胸に顔を埋め、縋りつくようにその背に手を回した。さながら幼子が母親に甘えるような姿だ。だけど、今はそれが許される。今だけは、自分の弱さを曝け出しても許されるはずだから……。

 

「ユメ先輩……会いたいです……。……会いたいです、先輩」

 

「うん……知ってるよ。でも、ホシノちゃんにはまだやることがあるでしょ?」

 

「……やること」

 

「うん。後輩を守ってあげないと、ね」

 

 頭を撫でる指先から、蒼い光の粒子が少しずつ零れ落ちる。最初は仄かに光を放ちながら、夢のように柔らかく、身体の輪郭がぼんやりと崩れ始める。もう時間がない――それは、別の自分から伝えられたユメ先輩だけでなく、ホシノも、漠然と感じ取っていた。

 

「そろそろ時間みたい……」

 

「嫌……。行かないでください、先輩! まだっ……!」

 

 ユメ先輩はホシノから身体を離すと、小さく首を横に振りながら告げる。でも、そんな無慈悲な宣告に納得できるほど、ホシノの心は強くなかった。手を伸ばして必死に引き留めようとするが、その腕も空を切るばかりで届かない。

 

「大丈夫。見えなくても、聞こえなくても、私はずっとホシノちゃんの傍にいるから」

 

「先輩っ!」

 

「……またね、ホシノちゃん。きっと、また会えるから」

 

「ユメ……先、輩……」

 

 もう殆ど光と化したその身は、ゆっくりと虚空へ溶けていく。それでも――ユメ先輩のその言葉が噓や慰めでないことは、不思議と確信できた。だから、せめて最後まで大切な先輩の姿を目に焼き付けようと、ホシノは涙を堪えながら真っ直ぐにただ彼女を見据える。

 

「……分かりました、ユメ先輩。二人で過ごした幸せな時間も、一人になってからの時間も、後輩たちと歩んできた時間も……繋いでくれたもの全てを、大切にします」

 

「うん」

 

「だから、私はもう立ち止まりません。進んでいきます。前に向かって、歩いていきますね」

 

「うん」

 

 ホシノの決意に応えるように、ユメ先輩は微笑みを浮かべて頷いていた。その笑顔はあの頃と何も変わらない。自分が見てきたどの表情よりも懐かしく、そして大好きな彼女のものだ。

 

「……だから。どうか、見守っていてください……ユメ先輩」

 

 やがて、ユメ先輩の輪郭は完全に光の中へと溶けてしまった。けれど――きっと、彼女は今も傍にいてくれるのだろうと思えた。うへ~と、いつものように笑う自分の傍らで、あの優しい瞳が見守ってくれているような、そんな気がしてならなかった。

 

「……私たちもお別れみたいだね」

 

 同じように、大人のカードの力で呼び出された他の3人の姿も、刻一刻と薄れていく。

 

「蒼井ハル。この世界の座標は保存しました。……元の世界に戻ったら、すぐに二つの世界を繋ぐための準備に取り掛かります」

 

「勿論、リオ社長たちも一緒です! アリスたちは、仲間を決して見捨てたりはしません!」

 

 次に消えたのは天童姉妹だ。科学技術に力を入れているミレニアムの卒業生が多く所属するAI社は、ゲマトリア、無名の司祭、雷帝の遺産などオーパーツやオーバーテクノロジーの類にも造詣が深い。彼女たちならば、二つの世界を行き来する方法も見つけてくれるはずだ。

 そして、最後まで残ったミカも夜空を流れる流星のように――弾けるような笑顔を残して、蒼い星明かりとともにこの世界から飛び立っていった。

 

「またねっ!」

 

「うん。またね、ミカ!」

 

 別れが寂しくないと言えば嘘になる。けれど、不思議なぐらいに心は晴れやかで――少しだけ寂しくて。でも、とても温かい気持ちだった。自分たちはこの世界で再会した。ほんの僅かな奇跡のような一時であったとしても、再び出会うことができたのだ。……だから、きっと大丈夫。

 

「……ふぅ。じゃあ、みんなで帰ろうか」

 

 まだアビドスを巡る全ての問題が解決したわけではない。むしろ、ここからが本当の本題と言えるだろう。けれど、まずは全員でアビドス高校に帰ろうとハルが振り返った――その時。

 

さあ、始めなさい……《紅黎(あかぐろ)き魔装神》。今こそ、全てを喰らい尽くす時です……!

 

ヴォオオオヲヲヲヲヲヲン!!

 

 ――生徒たちは、ハルの背後より迫り来る、悍ましくも禍々しい神秘を纏う紅い影を見た。

 

「なっ、なによこれ!?」

 

「う、動けない……!!」

 

「これは一体……!?」

 

「うぅ……動けません……」

 

「これ、は……サオリ、の……!?」

 

「……食ラう……全てヲ――」

 

 紅い影の咆哮と共に放たれた禍々しい神秘の波動は、ハル諸共に生徒たちを瞬く間に呑み込み、その動きを完全に拘束してしまう。身動きもままならない状態では、背後にいる何かの姿を視認することもできない。

 

 ……息を呑む間すら与えず――

 

――ザシュッ!!

 

 敵の正体を見極める暇すらなく、地面の下を掘り進んだ紅い影の尾がハルの心臓を背後より貫いた。その一撃は、心臓を抉り出すように……或いは、そのまま握り潰すかのように。胸から飛び出した尾の先端と大量の血が、彼女の死を揺るぎないものとして突き付けていた。*2

 

「がはっ……!」

 

「先生!?」

 

「……先生!」

 

「う、嘘でしょ!? そんなっ……」

 

 生徒たちの悲鳴が響く中――ホシノは心体の奥底から湧き上がる激情のままに、アビドス最高と謳われる神秘を解き放つことで拘束を振り払う。彼女の怒りに呼応するように赤熱する愛銃を右手に構えながら、知性の欠片もない獣のように紅い影へと飛びかかる。

 

「おまえ――おまえええええエエエエッ!!!!」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 生徒一人の力で敵うほど、紅い影は生易しい存在ではなかった。ただ一人、戒めから逃れたホシノが猛然と躍りかかったものの、怒気に任せて放たれた銃弾は仇敵を捉えることはなく。

 ――グシャリッ! と鈍い音が響き渡り、紅い影の左の爪に心臓を刺し貫かれたホシノは……ハルの上に投げ捨てられた。どくどくと溢れ出る大量の血が砂地に吸われて消えゆく中、彼女はただ呆然としたように目を見開きながら虚空を見つめている。

 

『先生……? ホシノさん、も……』

 

 その光景をシッテムの箱の中から画面越しに眺めていたアロナは、言葉を失い、体の力が抜けるような感覚に襲われた。目の前で繰り広げられる惨状に、何もできない自分を呪うような思いが込み上げ、悲痛な叫びが喉を突き破って零れ落ちる。

 

『……いや……そんな……先生……いや……! ――いやあああああああああああっ!!!!』

 

 シッテムの箱が青い光を放つ。紅に閉じられつつある世界に差し込んだ一筋の青は、このまま終わろうとしている物語に新たな頁を綴るかのように。絶望を塗り替えるような奇跡の輝きが、シッテムの箱を中心に波紋の如く広がっていく……。

 

 

 

『シャーレの先生』の死亡を確認

 

管理者の要請により『キヴォトス時空』を一時保存、限定回帰を実行

 

■■■■■■■■、発動

 

 

 

 

*1
【推奨BGM:Shoujo sorrow】ブルーアーカイブより

*2
【推奨BGM:身を切るほどに切なくて】英雄伝説 黎の軌跡Ⅱ CRIMSON SiNより




TIPS:
小鳥遊ユメ(旧姓:梔子ユメ)。
卒業後、自分の家を訪ねてきたホシノに(性的な意味で)襲われた末に、なし崩しに婚姻関係を結ぶことになった。……とは言っても、ユメはユメで、ホシノのことを憎からず思っていたので、襲われても抵抗しなかったらしいが。

原作では、失意の中にあるシャーレの先生を立ち直らせる。また、精神世界でホシノを励ますなど全てが幻や空想とは言い切れない登場を果たす。
この時のホシノの精神世界は、プラナが擬似的に再現した『ナラム・シンの玉座』の影響を受けており、曰く「次元や時間、実在の有無が確定せずに混ざり合う『混沌の領域』と類似した状況」が作り出されていたことから、今作では夢幻の類ではなく死後の本人だったと解釈している。

上記の点から生死の境を越え、生者と死者の会話を可能とする神秘を保有すると設定。また、■■の領域に至ったことで自らの身に霊を憑依させる『霊媒』の異能を得ている。但し、彼女の霊媒は人格が乗り移るだけでなく、姿かたちまでが霊の生前の姿に変化する。元ネタは、『逆転裁判』シリーズより『倉院流霊媒道』。
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