――百夜堂*1
「百夜堂って言えば、あの有名な喫茶店だね」
「百夜堂のイチゴ餡蜜が最高でねえ」
「色々美味しいものがあるんだけど、何より最高なのは……」
「「「シズコたんの可愛い笑顔!」」」
イズナと別れた後、追っ手の足止めに残ったハルと合流できず、道行く人々に尋ねながら百夜堂を目指していたハクノは、なぜかそんなセリフを何十回も聞かされた末に、ようやく百夜堂へと辿り着いた。
店に入ると、チリリンと涼やかな鈴の音が響いた。落ち着いた雰囲気でまとめられた店内は、シンプルなデザインながらも、確かに風雅さを感じさせる古風な内装が施されている。
「お頭ァァ! ようこそいらっしゃいマシタッ!」
「!?」
「わざわざシャーレ組からいらっしゃると聞いて、このフィーナ! 心よりお待ちしておりマシタァッッッ!!!」*2
ドタドタと激しい足音を立てて駆け寄ってきたのは、胸元が少々心許ない赤い和装風の衣装に身を包んだ少女だった。衣装には彼女の光輪に似た羽ばたく鳥が刺繍されており、さらさらとした長い金髪はポニーテールに結い上げられている。
フィーナという名前らしいその少女の勢いに若干気圧されつつも、彼女の言葉に疑問を抱いたハクノは、僅かに首を傾げる。
「う、うん……? シャーレ組?」
「ちょっとフィーナ! 先生が困ってるでしょ!」
「エ、でも……先生が来たらビックリするくらい盛大にお出迎えの挨拶をって、さっき委員長が」
「いやいやいや、それはあくまでも百夜堂の従業員としての、第一印象的な話だから!」
フィーナの後ろから、慌てた様子でもう1人の少女が姿を現した。いわゆる和装メイドというものだろうか、振り袖に桜の模様が入った和服とエプロン付きのメイド服を組み合わせたような衣装を身に纏っている。彼女の動きに合わせて、柔らかな布が風にそよぐように優雅に揺れ、伝統的な和の趣とメイド特有の可愛らしさが見事に調和している。彼女の姿には、まるで過去と現在が溶け合うような不思議な魅力があった。
「そう、第一印象! 第一印象をとびっきり可愛くしておくことで、最初から先生の好感度MAXで行こうというこの……」
「えっと……」
「……はっ!? え、えっと、今のはその、つまり……て、てへぺろ……っ!」
ハクノが控えめに声をかけると、慌てた様子の和装メイド姿の少女は、誤魔化すように自分の頭を軽くこつんと叩きながら、舌をぺろっと出して愛嬌を振りまいた。それは自分たちのミスを取り繕うための言葉と仕草でありながらも、思わず心惹かれるほどの可愛らしさが溢れている。
「じゃなくて……こほんっ!」
彼女は咳払いをひとつすると、満面の笑みで何事もなかったかのように続けた。
「いらっしゃいませ、先生! 百夜堂へようこそ! にゃんにゃん!」
「にゃんにゃん……?」
「えへっ、では中へご案内いたします! フィーナ、1名様!」
「はいっ! 不肖フィーナ! お頭を全力でおもてなしいたしマスッッッ!」
「だからそういうのじゃなくって!!」
百夜堂の奥にある個室へと通されたハクノは、落ち着いた雰囲気の静かな空間に迎えられた。そこは畳張りの和室になっており、窓からは桜の花々が咲き乱れる景色が一望できる。室内の隅にある棚には茶器が並び、微かに漂うお茶の香りが心地良い。
和装メイドの少女は慣れた手つきでお茶とお菓子を準備し、ハクノに勧めた後、自らも向かい側の座布団に腰を下ろした。
「それにしても先生、本当に来てくださったんですね!」
「せっかく呼んでくれたからね」
「えへへっ、ではあらためて自己紹介を。私は河和シズコ。百鬼夜行連合学院所属、お祭り運営委員会の委員長であり、この百鬼夜行自慢の伝統的な喫茶店『百夜堂』のオーナー! それと同時に百夜堂の看板娘でもあって、つまりはみんなのアイドルみたいなものです!」
「そしてワタシは百夜堂の従業員! 任侠の道を究めんとする、フィーナと申しマス!」
「よろしくね、2人とも」
シズコと名乗った少女は、胸元に手を当てながら大袈裟な身振り手振りで自己紹介を始めた。対して、フィーナは元気いっぱいに立ち上がり、なぜか手を前に突き出して歌舞伎役者のようなポーズを決めている。
「こほん。それで先生は、百鬼夜行連合学院に来るのは初めてなんですよね?」
「うん。だから、まだここがどういう学校なのかもあんまり分かっていないんだけど……」
「では、私たちお祭り運営委員会のPRを兼ねてお話しましょう」
「お願いするよ、シズコ」
「ズバリ、百鬼夜行連合学院とはどういうところなのか、始まり始まり~!」*3
シズコはそう言うと、大きく息を吸い込み、誇らしげに百鬼夜行の概要を語り始めた。
「百鬼夜行連合学院は、昔から観光業を中心に発達した学院自治区です。お祭り、温泉、音楽といった様々な娯楽が沢山あるのですが……何よりも注目すべきは、グルメ! ありとあらゆる文化と生徒たちが交わり、息づいている。そんな場所なんです!」
百鬼夜行連合学院の魅力を自信満々に語り続けるシズコ。その言葉には、学園の自慢がたっぷりと詰まっていた。シズコの目が輝き、言葉がますます弾む様子からは、百鬼夜行連合学院の華やかさがひしひしと伝わってくる。
「そして私たち『お祭り運営委員会』は、その百鬼夜行の観光業の中でも最大級の規模を誇る『お祭り』を担当しています。『運営委員会』という名前ですが、企画から運営、そして全般的な管理まで、その殆どを担当してる部活なんです! えっへん!」
「そしてここ百夜堂は、私たち『お祭り運営委員会』のCoooolなアジトなんデス!」
胸を張るシズコに続き、フィーナも両手を顔の前で握りしめてビシッと決めポーズを決める。
「そして今まさに、私たちが準備してきた『百夜ノ春ノ桜花祭』が開催中! これが私たち、お祭り運営委員会の力です!」
「街にも活気が溢れてて、良いお祭りだね」
「はい。色んな方の努力や協力があって、こうして盛り上がってはいるのですが……」
突然、シズコの顔に影が差す。彼女の表情が曇り、視線を遠くに向けた。
「最近、邪魔をしてくる奴らが現れまして……今朝もいきなりあちこち荒らされたし、ほんっとに……」
「そう言えば、『相談したいこと』って……」
「はい、先生を純粋に『百夜ノ春ノ桜花祭』へご招待したかったのも本当なんですが……」
ドカアアァァァァン!! 激しい爆発音がシズコの言葉を遮るように響き渡る。外からは煙とともに強烈な振動が伝わり、個室の窓枠が微かに震えた。シズコとフィーナは互いに視線を交わし、緊迫した表情で素早く立ち上がる。
「ああもうっ、言ってるそばからあいつら! ほんっとやってらんない!!」
「……」
「あっ……え、っと、きゃーシズコ怖ーい……なーんちゃってー……えへっ」
シズコはハクノと目が合うと、やらかしたという表情で愛想笑いを浮かべた。しかし、その直後にすぐ表情を引き締め、切迫した様子でハクノに向き直り、焦燥の色を隠せないままに続ける。
「と、とにかく! 詳しいことは現場に向かってからで!」
3人は慌てて個室を飛び出し、シズコを先頭に急いで百夜堂の外へと駆け出した。
「うーん、なんだか騒がしいなぁ……」
◇ ◇ ◇
外に出ると、百夜堂の前に広がる通りは煙と混乱に包まれていた。爆発の衝撃で周囲の建物が崩れ落ち、町の人々が慌てて避難している。大通りの真ん中では、天狗の面を被った少女たちが好き放題に暴れており、あちこちで破壊が進んでいた。
「ふはははっ! あたしらは、百鬼夜行の路上に屯する魑魅魍魎」
「その名も……
「さあみんな、ご要望通りに荒らして荒らして荒らしまくりな!」
彼女たちは百夜堂前の通りを占拠するように陣取り、周囲の建物や通行人たちに向かって攻撃を加えていた。リーダー格と思われる紅色の装束を身に纏う少女の指示に従い、通りの至る所に破壊の爪痕を刻んでいる。
「あえて聞くけど……あれも、桜花祭の一環?」
「そ、そんなわけないじゃないですか!! こんなお祭りがあってたまるもんですか! いや、キヴォトスは広いし、あるかもだけど……とにかくあれはただの邪魔者です!」
シズコは首を振って否定する。その表情には焦りと怒りが入り混じり、事の深刻さを何よりも明白に示していた。周囲の混乱が広がる中で、彼女の視線は鋭く、一刻も早く事態を解決しようとする決意に満ちている。
これ以上の被害を防ぐためには、速やかに対処する必要があると自分に言い聞かせるように、息を整える。
「せっかくの桜花祭を邪魔しようとするだなんて! 許せマセン!」
「はっ、たかがお祭りの運営委員会如きが、あたしらの相手になるとでも!?」
「ソ、ソレは……っ」
悔しいが事実だ。たった2人でこの数を相手するとなれば、非常に厳しい戦いになるだろう。だがここで大人しく退くわけにはいかないし、このまま放置するわけにもいかないと、シズコが覚悟を決めようとしたその時だった。
「私が指揮する、任せて」
「え、先生が……?」
「大丈夫。大人として、やるべき仕事をみせてあげる」
先生――岸波ハクノが一歩前に歩み出た。彼のその姿は、状況を理解できていないが故に危機感を持っていないわけでも、無謀な自信に支えられたものでもなかった。むしろ、彼の立ち居振る舞いには冷静な判断と、これまでに培ってきた経験に裏打ちされた確信が滲んでいた。
シズコは振り返り、ハクノに向かって心配そうな表情を見せる。だが、商売人としてこれまで多くの人々と接してきた彼女の直感が、彼の自信を信頼すべきだと告げていた。
「2人とも、まずは――」
ザシュ! ザシュ!
「!? な、なに、急に体が……!?」
彼女たちの意気込みも束の間、突然飛んできた何かが彼女たちの影に突き刺さり、2人はまるで金縛りにあったかのように動けなくなってしまった。何が起こったのかとハクノが2人の影に視線を向けると、そこには黒い短剣のようなもの――苦無が刺さっていた。
「忍法! 影縫いの術! 魑魅一座の皆さん、今のうちです! 邪魔者たちを――!」
「ちょっ、どうしてイズナがここに……!?」
「あれっ、先生!? そ、それはイズナのセリフです! どうして先生が私たちの敵と!?」
聞き覚えのある声にハクノが振り向くと、そこには先ほどまで一緒に行動していたイズナが立っていた。イズナもまた驚きを隠せず、大きく目を見開いている。彼女の手には苦無と、花の模様が入った
「はっ! もしかして先生は、最初からイズナを誘い出すために近づいてきたのですか!? まさか、全ては仕組まれていた……!? イズナの夢を応援するって言ってくれたのに! 本当は悪い大人だったんですか!?」
イズナの目には悲しみの色が浮かんでいた。自分の夢を応援してくれると信じていた人が、実は悪い大人であるかもしれないという事実に、彼女の心は激しく揺れ動いていた。まるで道端に捨てられた子犬のように、呆然とその場に立ち尽くしていた。
「いったい、どうしてこんなことを……? だって、イズナの夢は……」
「い、イズナは忍びとして命令に従っているだけです!」
「命令……?」
とハクノは眉を顰める。イズナの口振りからすると、どうやら彼女は何者かの指示で動いているようだが……彼女の真意を理解する余裕もなく、周囲の混乱はますます悪化していく。
ダダダダダダダダッ!
「きゃあっ!」
「いたっ!」
「シズコ! フィーナ!」
「このまま連中を始末するぞ、全員突撃!」
万事休すといった険しい表情でハクノが魑魅一座の少女たちを見据えた、まさにその時。
ゴーン! カラーン!
鐘の音が響き渡った。空から雲間を縫うようにして光が差し込み、地上を照らす。
「な、なんデスカ!?」
「なんだ!?」
「まったくもう、せっかく百鬼夜行までお茶に来たのにさぁ……」
――ばさり、と。鳥のように大きな翼が羽ばたく。
「あ、あなたは……!」
「ミカ!?」
そしてその人影は、軽やかに天から舞い降りて……凛とした瞳で、魑魅一座を睨みつけた。
「はぁ……面倒臭いなぁ。さっさと片付けて、お茶の続きを楽しもうっと」*6
TIPS:
影縫いの術。
標的の影に短刀や手裏剣を刺して身動きを止める忍術。オカルト的な原理ではなく、「これ以上近づかれると圧を感じる」というパーソナルスペースを不当に犯し、表層意識が恐怖を感じるよりも早く瞬間的に精神を屈服させる技術。
そのため拘束時間は短い……のが本来の『影縫い』であるが、術の対象とその影を同一のモノと見立てる類感呪術との合わせ技により、対象を縫い留めることで長時間の拘束を可能にしている。
元ネタは『英雄伝説 空の軌跡SC』より『影縫い』。