――百夜堂*1
「ん~! やっぱり百夜堂の和菓子は美味しいねー!」
個室の一つを貸し切りにして、ミカはのんびりとお茶を楽しみながら和菓子を堪能していた。トリニティ自治区の主流である洋菓子が嫌いというわけではないが、和菓子にはまた別の独特な魅力がある。お茶を一口飲み、また和菓子を一口。そして、ほうと息をつくと――
「うん……アナちゃん、また腕を上げたね」
「ありがとうございます副会長。でも、まだまだです。師匠には遠く及びませんから」
ミカに褒められ、対面に座る小柄な少女は嬉しそうに頬を赤らめた。彼女の名は
「アナちゃんの夢は、トリニティ自治区に和菓子屋さんを作ることだったっけ?」
「――はい。世界が良くなるためには和菓子屋が必要。美味しいは正義。そのために、一人前の和菓子職人を目指します。そして、いつかは百夜堂の暖簾分けを……」
トリニティ自治区の『ウル』という地区が出身のアナは、トリニティで主流の洋菓子よりも和菓子が好みだった。そうしていつか自分の店を持ちたいという夢を抱いた彼女に、同じトリニティ自治区出身としてミカたちは百夜堂を紹介したのだ。
今、アナは師と仰ぐシズコたちから和菓子作りの技術を学びつつ、自らの夢に向かって日々修行と勉強に明け暮れている。彼女の努力が実を結ぶ日も、そう遠い未来ではないだろう。
「アナちゃんならきっとできるよ! だって、こんなに美味しい和菓子が作れるんだからさ☆」
「聖園副会長……ありがとうございます」
アナは胸の前で両手を組み、柔らかな笑みを浮かべた。普段のクールな彼女とは違い、その表情には年相応のあどけなさが漂っている。
――その時だった。
ドカアアァァァァン!! 百夜堂に爆発音が響き渡った。直後、複数の足音がドタドタと聞こえてくる。せっかくのお茶の時間を台無しにされて、ミカはあからさまに不快な顔をした。*2*3
「うーん、なんだか騒がしいなぁ……」
「おそらく、魑魅一座ですね。最近、あちこちで問題を起こしてるそうです」
「ふーん、魑魅一座?」
百夜堂の前で起きている騒動の元凶の名を聞いたミカは、冷たい眼差しを鋭く外に向ける。
「アナちゃん、ちょっとお掃除に行ってくるね? 和菓子を守っておいてくれるかな?」
「はい、副会長。ご武運をお祈りしています。では、仕事終わりのお茶を用意しておきますね」
ミカはアナの返事に満足そうに頷くと、個室を出て百夜堂の入口へと足を向けた。
「さてと……ブレイクタイムを台無しにしてくれたお礼は、きっちりさせてもらわないとね」
◇ ◇ ◇*4
時は戻り、魑魅一座の不良たちは次々と倒され、全滅寸前にまで追い詰められていた。ミカは悠然とした表情で不敵に微笑み、軽やかに一歩を踏み出す。彼女の手には戦う意思が滲む拳が握られている。1人、また1人と、ミカの拳が不良たちの意識を刈り取っていく。
「あははっ、ムリムリ~☆ その程度の実力で私と戦おうだなんて、冗談にも程があるよ?」
「くっ、強い! このあたしらが手も足も出ないなんて……!」
「一体、何者っすか!? あんな生徒、今まで百鬼夜行で見たことがないっす!」
実は現在、ミカは百鬼夜行の制服を着ているため、魑魅一座の不良たちは当然のように彼女を百鬼夜行の生徒と勘違いしていた。しかし、ミカは百鬼夜行の生徒ではなく、また本人もそれを訂正する気がないため、魑魅一座からは正体不明の生徒に妨害されているという状況だった。
どこにこれほどの実力者が潜んでいたというのか……そんな疑問を抱く魑魅一座に対して、ミカは徐ろに愛銃の銃口を向ける。
「それじゃ、そろそろ終わりにしよっか?」
そして、ミカが引き金を引こうとした――その瞬間だった。
「――縮地」
目と鼻の先、銃の間合いを超えて高速移動したイズナが、ミカの胸元に銃口を押し当てる。指先は既に引き金にかかり、僅かな力を加えれば弾丸が放たれるだろう。張り詰めた緊張感が場を支配する中、両者の視線が交錯し――
タタタタタタッ!!
咄嗟に銃身を横から殴りつけ、同時に半身をずらすことで辛うじて弾道から逃れる。狙いを外された弾丸は空を裂き、火薬の匂いが漂う。自らの必殺を躱されたイズナは大きく目を見開いた。
「……!?」
「おっと、今のは惜しかったね」
反撃されるよりも先に、再度の縮地で距離を取ったイズナは銃弾をばら撒く。膝を屈めるなどの予備動作もなく、翼を羽ばたかせ、宙に舞い上がると美しい回転を描く。ミカの動きはまるで舞うように優雅で、降り注ぐ無数の弾丸を全て捌きながら、改めてイズナに狙いを定めた。
ヒュッ!
「か、影縫い……!?」
「ふふっ……この程度の術、
バレルロールと共に放たれた1枚の羽根がイズナの頬を掠め、そのまま影に突き刺さる。先ほどのシズコたちのように、イズナの体がまるで金縛りにあったかのように硬直した。ミカは不敵に笑いつつ、その隙を逃さず距離を詰める。
トンッ! 軽く地面を蹴り上げ、まずは銃を持つ手首を強く殴りつけた。渾身の一撃が響いたのか、もう片方の手から愛用の苦無が零れ落ちる。ガラ空きとなった胴体に握り拳が――
「……分け身!?」
拳に突き穿たれたイズナの姿が霞のように消え去る。分け身――神秘により自らの姿を象り、それを自在に制御する超高等技術。今までミカが戦っていたのは実体を持つ分身だったのだ。消えた分身と入れ替わるように、小型の爆弾がすぐ目の前に現れる。
「イズナ流忍法! 四方八方もくもくの術!!」
煙幕が視界を覆い、辺り一面が濃い白煙に包まれた。濃密な煙の中で目を細めると、耳を澄ませながら次の動きを警戒する。不意打ちの一撃がくるかもしれない。しかし、そんなミカの予想に反してイズナの声は遠くから聞こえてきた。
「先生……まさかイズナの夢を応援してくれた先生が立ちはだかるなんて……」
「イズナ……」
「何という運命の悪戯……! ですが、イズナは知っています! 忍びの道を行くからには、こういったことも起こり得るのだと! ドラマで見ましたので!」
「……ドラマ?」
「望まぬ戦いに巻き込まれてしまうのもまた、忍者の
煙幕の向こうからそんな叫びが聞こえ、イズナはどこかへと消え去っていった。
◇ ◇ ◇*5
「はむっ……もぐもぐ」
机に肘をつき、手を頬に添えながら、ミカは幸せそうにこしあんのモナカを食べていた。
「はぁ……お茶と合わせると格別だよねぇ」
「和菓子は神。……ですが種類によって、用意する飲み物が変わる。この選択を間違えると、せっかくの和菓子が台無しになります。事前の準備が重要。こしあんのモナカに合わせるのは、やはり玄米茶ですね。すっきりとした渋みが、こしあんの甘味を絶妙に引き立てます」
至福のひと時と言わんばかりに表情を緩ませるミカを見て、アナは思わず微笑んだ。百夜堂が誇る美味しい和菓子の数々に舌鼓を打ちつつ、満足そうに玄米茶を啜るその姿からは先ほどの『一騎当千の暴の化身』といった雰囲気は微塵も感じられない。
「ああもう、また!」
まったりとお茶を楽しむミカが見つめる先では、シズコたちが怒り心頭で声を荒げていた。
「桜花祭が始まってからというもの、ああして魑魅一座の奴らがあちこちで悪さをするんです!」
「魑魅一座……って、何者?」
「魑魅一座・路上流。昔から百鬼夜行で、しょっちゅう問題を起こしている奴らデス!」
「確かに以前から問題児だったとはいえ、こんなに組織的に動くようになったのは最近になってからな気が……まるで、組織立って『百夜ノ春ノ桜花祭』を台無しにさせようとしてるっていうか……」
「何にせよ、任侠を志す者として放ってはおけマセン!」
アビドスにおけるヘルメット団が学区の秩序を乱す存在であるように、魑魅一座もまた、百鬼夜行では迷惑で厄介な連中として知られている。とはいえ、ここまで組織立って問題を起こすような連中では無かったのだが……。
桜花祭でも様々なトラブルを起こしているため、お祭り運営委員会は非常に頭を痛めていた。そんなシズコたちの様子を他所に、ミカは呑気にお茶を啜っている。
「ああもうっ! 本当に何なのよっ! 今までは何とか私たちだけで止められたけど……なんか頻度も数も増えてる気がするし、妙な忍者まで出てきたし、このままだと……!」
「委員長……」
「このまま桜花祭がダメになったら、私たちがあちこちから責められるじゃない! たまったもんじゃないわよ!」
今回のミカの助けもあって事なきを得たが、魑魅一座の動きは次第に活発化しており、このままでは桜花祭そのものが中止になりかねない状況だった。そうなれば、非難の矛先が向かうのはお祭り運営委員会だ。シズコの言うように、これで責められるなど冗談ではない。
「あっ……シズコちゃん、猫が脱げてるよ?」
「……えっと、な~んちゃって、シズコ怖いです~☆」
「どう反応すればいいのか……」
「フィーナ、理解できマセン。どうして桜花祭を邪魔しようとするんデショウ?」
「……知ったこっちゃあないが、色々と気に食わないんじゃないかい」
第三者の声に振り向けば、そこには着流しを纏った猫の獣人が、ゆったりと腕を組みながら立っていた。彼の瞳は鋭く、まるで何かを見極めるかのように店内を冷静に見渡している。
「あっ、会長!」
「あなたは……?」
「ニャン天丸だ、百鬼夜行の商店街の会長だよ」
猫の獣人は軽く会釈し、自らの名と役職を名乗る。続けて「どうも」と控えめに挨拶をした。
「一体、桜花祭の何が気に食わないんでしょうか……?」
「さあね……ただ強いて言えば、今回はひとつ大きく変わったことがあるだろう。昔からこの『百夜ノ春ノ桜花祭』の最後には、伝統的な花火が打ち上げられていた。でも今回はちょっと違うんだろう? 新たな試みだとかなんとか」
「はい……今回の桜花祭のために、特別に準備したものが」
シズコが視線を向けた先、テーブルの上には何かの装置が置かれている。たしか、電話で事情を聞いた際にも、今回の桜花祭では「以前には無かった新しい試みを行う予定」だと言っていた。おそらくは、あの装置がその『新しい試み』と関係しているのだろう。
「今回のお祭りのフィナーレのために、ミレニアムにお願いした特別な装置です」
「ホログラムで花火を再現する、SpecialでNiceな機械だと聞きマシタ!」
「お金のかかってそうな機械だな……まあ何にせよ、何かが変わるということを、誰しもが簡単に受け入れられるわけじゃない」
ニャン天丸の言は何もおかしなことではない。変革に対する抵抗や懸念は、どの時代、どの世界でも根深く存在するものだ。変化に伴い、新しい価値観や考え方が生まれる一方で、旧来の伝統が廃れることも往々にして起こり得る。
新しい試みなど必要はないと、先行く者の足を引っ張り、先頭の頭を掴み、押さえつけて先に行かせない同調圧力。その表れが魑魅一座ではないかと、ニャン天丸は自らの推測を述べる。
「それはそうですけど……それが理由で、桜花祭を邪魔するなんて……私はただ『百夜ノ春ノ桜花祭』を、今まで以上に素敵なものにしたくって……」
「あくまで推測だ。それに儂だって今更、このことを蒸し返したいわけじゃあない。ただ、気に食わんと思う奴らもいるだろうなって話だよ。学生がこんなに金を使って……ってな」
「はい……ですが、私たちも趣味や道楽だけでやってるわけじゃありません!」
シズコは拳を握りしめ、力強く言い放つ。彼女の瞳には、確固たる決意と情熱が宿っていた。
「全てはお祭り運営委員会の委員長として、桜花祭をより素敵なものにするために! それだけは自信を持って言えます!」
「ハイ! お祭りというのは、毎年どんどん楽しくなっていくべきデス!」
「ふん、そうかい。じゃあそうなるように頑張りな」
呆れたように鼻を鳴らすニャン天丸に、シズコたちは気にした様子もなく微笑み返す。
「そうやってぶっきらぼうですが、会長はいつも手伝ってくれますし。今回の桜花祭でも、色々と心配してくれてますもんね」
「フィーナ知ってます! 『ツンデレ』ってやつデスね!」
「違うわい!」
ニャン天丸は思わず顔をしかめ、反論するも、シズコたちは「分かってますよ」と言わんばかりに笑みを濃くする。その態度にますます呆れた彼は、ただ諦めたように大きくため息をついた。
「……それで、どうするつもりなんだい? そろそろあいつらを止めないと、このままじゃ桜花祭が滅茶苦茶になっちまう」
「他の人に助けを求めるっていうのは?」
「うーん……助けを求められる部活や委員会がゼロっていうわけじゃないんですけど……」
「ですけど?」
「どこもかしこも、真っ当に手伝ってくれるのかどうか……」
「
「ええ……?」
提案を持ちかけたハクノだったが、シズコの反応はあまり芳しくない。百鬼夜行の生徒もどうやら一筋縄ではいかないらしい。ミカの補足もあって、ハクノは困惑の声を漏らしてしまう。
「うーん、でも背に腹は代えられませんし……心当たりはありますし、一度行ってみましょう。ただ……」
「ただ?」
「先生の力が必要です、協力してくれますよね?」
「もちろんだよ」
ハクノはシズコの申し出に快く応じる。魑魅一座の不良たちが何を考えているのか、その目的も気になるところだが、それ以上に今なお暴れている彼女たちを放っておくわけにはいかない。桜花祭の中止を防ぐためにも、生徒の頼みを断る理由はひとつも無かった。
――どこかの廃墟*6
「失敗の理由を聞かせてもらおうか、魑魅一座。今日中にお祭りを中断させると約束したはずだが……? 大金を払ってまで聞きたいのは、『できませんでした』なんて言葉じゃないぞ」
百鬼夜行の一角にある廃墟の中、薄暗い空間はいつもより一層重く、張り詰めた空気が漂っていた。魑魅一座の雇い主は、暗い部屋の奥から姿を現し、冷ややかに問いかける。鋭く光る目には苛立ちが僅かに垣間見えるが、同時に、この状況でもなお冷静さを保っているようだった。
「そ、それはその……予想外の伏兵がいたというか」
「見覚えのない女に邪魔されたっす! それに、変な大人も一緒にいたっす!」
「……変な大人?」
「はい、シャーレの先生です!」
「……イズナ殿まで、何を言っている」
雇い主はますます怪訝そうに眉を顰める。言葉を飲み込んだまま、視線だけでイズナに続きを促すと、彼女は嬉しそうに、それでいて誇らしげに語り出す。
「以前、言っていましたよね。イズナが頑張って命令を遂行していけば、いつかはかっこいい忍者になれるって! イズナが生涯仕えるべき、運命の主君とも出会えるって!」
「確かに、そう言ったような気もするな……」
過去の記憶を探り、思い出している間にも、イズナの熱弁は続いていく。
「イズナはまさに、そんな主君に出会えたのかもしれません! 先生は強く、優しく、何よりイズナの夢を応援してくれました!」
「ほう……それで?」
「そんな先生が、何故か邪魔者たちと一緒にいました! どういうことなのでしょう?」
不思議そうにしていたイズナは、ふと何かに気付き、驚いた表情で声を上げた。
「……はっ、まさか……! イズナ、分かりました! 先生は……騙されているのではないでしょうか!」
「それはどうでもいいが……イズナ殿がそう言うのなら、確かにその先生とやらは油断できない相手なのだろう」
雇い主は腕を組み、考えるように目を瞑る。数秒の沈黙の後、彼はゆっくりと目を開き、再び口を開いた。ふぅ、と呆れ交じりのため息を吐きながら。
「今回が大目に見よう、ただし額面通りの働きはきっちりしてもらうぞ」
「次こそ、このお祭りを中止にさせてやるよ!」
「ご心配なく。イズナも、騙されてる先生を倒して、真実を教えてあげます!」
「そ、そうか……」
「イズナが戦って勝てば、先生も目を覚ましてくれるはずです!」
「そうか……まあいい。信じよう、イズナ殿」
「はい、お任せください! ニンニン!」
勢いよく去っていくイズナの後ろ姿を、雇い主はしばらく眺めていたが、やがて不安げに眉根を寄せ、ぽつりと呟いた。
「……あいつ、本当に大丈夫か?」
TIPS:
分け身。
実体を持つ分身を生み出す。神秘により自らの姿を象り、それを自在に制御する超高等技術。
自らの姿をしたハリボテを生成するだけでも至難の業であり、それを制御するともなれば神秘制御の隔絶した才と血の滲むような修練が必要となる。
……はずなのだが、なぜかイズナは友人の手本を見てから自力で特訓しただけで、実戦に耐え得るだけの分け身を身に付けている。これには無銘生徒会所属の彼女の友人もドン引きだった。
元ネタは、『軌跡シリーズ』より『分け身』。
無銘生徒会のモブ生徒:
名前 :アナ
フルネーム:
武器種 :HG
出身学園 :トリニティ総合学園
部活 :無銘生徒会
年齢 :15歳
加入理由 :和菓子屋をトリニティ自治区に作るために
備考 :百夜堂で研修中
登場 :E1ー3
元ネタ :【ティンクルスターナイツ】より【アナ】