「さあ善は急げです! 行きましょう、先生! 百鬼夜行で何かトラブルが起こった時に相談する相手と言えば、すぐに思い当たるところが、二つあります」
「二つ……?」
二つもと言うべきか、二つしかと言うべきか。一体何処を頼るつもりなのかと、首を傾げる。
「一つは、実質的に百鬼夜行連合学園の生徒会とも言える、『陰陽部』。そしてもう一つは、『百花繚乱紛争調停委員会』というところ、なのですが……」
「聞いた話によると今、百花繚乱は全員不在だそうデス!」
「はい、フィーナの言う通り、そちらは今頼れない状況です。今の私たちが頼れるとすると陰陽部の方、なのですが……」
「陰陽部は、揉め事に関しては腰が重いもんね。そっちは百花繚乱の担当だからさ☆」
いつの間にか、和菓子を食べ終えたミカが会話に割って入ってくる。無銘生徒会の最高幹部として各学園自治区によく出向く彼女は、百鬼夜行の生徒会ともそれなりに面識があるようだ。
「それはそうなんですけど……えぇぃっ! 女は度胸! さあ、行きましょう! 先生!」
苦々しげに口籠るシズコだったが、すぐに気を引き締め直し、百夜堂の外へ向かう。入口の戸に手をかけたところで、ふと思い出したようにフィーナの方を振り返った。
「あ、フィーナ。私がいない間、百夜堂の留守番はお願いね?」
「モチロン! 任侠の精神で、守り通してみせマス!」
フィーナは力強く頷き、顔を引き締めてビシッ! と親指を立て、頼もしげな表情を見せる。
「……じゃあ問題」
「ハイ!」
「先生と私がいない間に、魑魅一座が来たとするわ。奴らが「喉が渇いちゃったんだけど、お水を一杯貰っていい?」って言いながら百夜堂に入ってこようとしたら……どうする?」
シズコは敢えてゆっくりと問いかける。その意図を測りかねてか、案の定フィーナはきょとんとした顔で首を傾げた。数秒の沈黙の後、ようやく何かに気づいたように手をポンと打ち……
「困った人がいたら助ける! それが任侠デス!」
満面の笑みで、堂々とそう答えた。シズコはため息をひとつつき、じっとフィーナを見据える。
「だーかーらっ、それじゃダメなの! 追い出しなさい!」
任侠の精神が悪いわけではないが、お祭りの邪魔をする魑魅一座を百夜堂に入れるわけにはいかない。もちろん、本当に困っている可能性がゼロとは言えないが、十中八九、お祭り運営委員会の活動拠点である百夜堂を荒らしに来たに違いない。
従って、この問いの正解は『追い返す』だ。しかし、フィーナは困っている誰かを見捨てられるような性分ではなく、『助ける』という答え以外は思い浮かばなかったのだろう。
「はぁ……本当にもう……任せても大丈夫なのよね?」
「ハイ、委員長! フィーナにお任せクダサイ!」
僅かな不安を抱えながらも、シズコは百夜堂を後にして、ハクノと共に陰陽部へと足を向けた。
――百鬼夜行・陰陽部の部室前*3
辿り着いたのは、和風建築が建ち並ぶ百鬼夜行の街並みでも、ひときわ目を引く風流な建物。木製の門扉を支える左右の門柱には、独特のフォントで「百鬼夜行」と大きく書かれた文字が掲げられている。この門構えだけでも、ここが百鬼夜行で如何に重要かが伝わってくる。
門のところで立ち止まり、しげしげと外観を眺めていたハクノだったが、不意にシズコから声を投げかけられる。
「ここは百鬼夜行連合学院の中でも、かなり重要な場所の一つ……この奥に、陰陽部の部室があります。うぅ……何度来ても胃が痛くなる……」
「それはどうして?」
「陰陽部はその名の通りにと言いますか、自分たちは百鬼夜行のバランスを保つために存在してると言っているんですが……その実、何が起きても大抵ニコニコしながら「私たちには権限が無いので~」とか曖昧な態度を取ってばっかりで……」
陰陽――天地間にあり、互いに対立し依存し合いながら万物を形成している陰と陽の気。これらは相反しつつも、一方がなければもう一方も存在し得ない。森羅万象、万物は相反する陽と陰の二気によって消長盛衰し、陽と陰の二気が調和して初めて自然の秩序が保たれるという考え方だ。
陰陽部は、複数の勢力の連合としての性質が強い百鬼夜行連合学院内において各勢力のバランスを保つ調停役を自認している。
「特にあの部長! こっちが何かクレームを入れに行っても、いっつも「重要な案件は書面でお願いします」ばっかりだし……書面じゃ遅いんだってばっ!!! 官僚制!? 官僚制なの!? なんでそんなに動きが遅いの!!! それが通る頃には良くも悪くも解決してるってば!!」
不満の限りを吐き出すシズコだが、陰陽部への文句を口にしても事態は変わらない。愚痴を一通り零し終えると、彼女は気持ちを落ち着けるように大きく深呼吸をした。
「……ふふっ、でもそれもこれも今日までの話。そういう態度なら、こっちだって方法を考えるまで。なんせ今こっちには、シャーレの先生がいるんだから。先生さえいれば、きっとあの陰陽部の部長だって重い腰を上げてすぐに協力せざるを得ないはず。あのいっつも余裕そうな態度をこちらの思うがままに顎で使って……ふふふっ……」
不敵な笑みを浮かべながらぶつぶつと独り言を呟くシズコ。その顔には、彼女が時折見せる闇が滲み出ていた。彼女は急にはっとしたように顔を上げ、取り繕うようにハクノの方へ向き直る。
「……はっ!? ……あーっと……シズコ、お話聞いてくれるか心配~」
「そろそろ取り繕わなくてもいいよ?」
「と、とにかく! 早く中に入りましょう!」
シズコは足早に陰陽部の門をくぐり、ハクノもその後に続いた。百鬼夜行の街並みに溶け込むような風流な門の構えから想像していた通り、門の内側も美しい和風の庭が広がっていた。
庭の中央には枯山水があり、その周囲を踏石が囲むように据えられている。広い庭に面した長い廊下を渡り、シズコはとある一室の前で足を止める。そしてそのまま躊躇うことなく障子扉を開け放つと、ずかずかと部屋に入り込む。
「ようこそ、先生。待ってた」
広々とした部屋の奥で、1人の少女が窓の外を眺めている。室内には所々に和風の装飾が施されており、落ち着いた雰囲気を醸し出していた。その少女はハクノたちに気が付くとゆっくりと振り返り、ふんわりとした微笑みを浮かべる。
「チセ……って、あれ? 今、「待ってた」って言った? 私たちが来ることを知ってたの?」
「うん、部長が言ってた。『二人来る 可愛い大人と タヌキさん』」
「だっ、誰がタヌキよ!?」
五・七・五の俳句のようなリズムに乗せて、少女の透き通った声が室内に響き渡る。シズコは憤慨したように反論するが、彼女は特に気にも留めていないようだった。
外見や仕草に神秘的な雰囲気が漂う彼女の名前は
「こほん……それで、相変わらずその「全部知ってます」みたいな態度の部長はどこ?」
「部長は……えっと……うーん……確か、飼うなら黒猫が良い、って」
「ペットの好みは聞いてない! ……もしかして、さっきの「タヌキ」っていうのもペットの話じゃないわよね!? 私、先生のペットとかじゃないから!!」
チセの独特なテンポに、シズコも疲労困憊といった様子でツッコミを入れる。彼女はいわゆる不思議ちゃんで、天然な言動や極端にマイペースな行動が目立つ。決して悪い子ではないのだが、会話が噛み合わず、どこかふわふわしているため、話がずれることが多い。
とはいえ、いつまでも振り回されてばかりではいられない。シズコは大きく深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、改めてチセに向き直った。
「はあ、とにかく……今日はあなたと遊ぶためじゃなくて、部長に会いに来たの。もう一度聞くけど、部長はどこ?」
「部長……『今日はもう 下校しました また明日』」
「……え、下校? まだ昼でしょ? どういうこと?」
予想外の答えに、シズコは思わず首を傾げて問い返した。まだ昼を過ぎたばかりなのに、部長がもう下校したのはどういうことだろうか。そんなシズコの困惑をよそに、チセはマイペースに話を続ける。
「……どうしてだと思う?」
「さあ……じゃなくて、何であなたが聞くのよ! 何もかも意味が分からないんだけど!?」
チセは首を小さく傾け、まるで頭に疑問符を浮かべるような仕草をする。本当に何も分かっていないのか、それとも分かっていながらわざと言わないのか――同じ百鬼夜行の生徒として、それなりに長い付き合いのシズコにも判断がつかなかった。
「ううっ、よりによってこんな大事な時にいないなんて……」
「チセ、私たちがここに来たのは……」
「うん、分かってる。桜花祭を邪魔しようとする騒ぎの件、でしょ?」
流石に見かねたハクノが助け舟を出そうとしたところで、チセは顔色一つ変えず平然と答えた。
「知ってたの!?」
「部長は言ってた、助けてあげることはできないけど代わりに、修行部に行けば何とかなるはず、って」
「……修行部?」
「修行部からも来たの、クレーム。街がうるさいって。それで部長が、一つでダメなら、二つを合わせればいいんじゃない? ……って」
どうやら、魑魅一座の件でクレームを入れに来たのはシズコたちが初めてではないようだ。とはいえ、それでも陰陽部が動く気配はない。同じ悩みを抱えている部活同士で協力し合い、自分たちの力で解決するように――それが陰陽部の出した結論らしい。
「うぅっ、修行部か……仕方ない、今度は修行部の方に……」
渋々と、本当に渋々といった様子で修行部の方へ向かおうとするシズコだったが、おそらくは無意味に終わるとは分かっているものの、チセへ言伝を残していくことにした。
「チセ、もし後で部長が帰ってきたらまた連絡してくれる?」
「……うん、わかった。伝えとくね」
「さあ先生、行きましょう!」
「うん、案内よろしくね」
チセが頷いたのを確認し、シズコとハクノは陰陽部の部室を後にした――。
「いってらっしゃ~い」
◇ ◇ ◇*4
陰陽部の部室を後にした2人は、次に修行部の部室を目指すことにした。今度こそ協力者が得られるかもしれないというのに、シズコの顔には期待よりもどこか憂鬱な色が浮かんでいる。
「にしても修行部、修行部かぁ……修行部の生徒たちって、結構変わり者でして……」
「そう言えば、さっきミカもそんなようなことを言ってたような……」
ふと脳裏に蘇るのは、百夜堂でのミカの言葉だった。百鬼夜行には変わり者が多いと、三大学園から廃校寸前のアビドスまで、各学園自治区の内情に詳しい彼女が言っていたが、どうやらその評判は修行部にも当てはまるらしい。
どんな部活なのだろうか……とハクノが疑問顔を浮かべているのに気付いたのか、シズコはさらに説明を続ける。
「修行部は、毎回修行のためと言いながら、色々と良く分からない活動をしてる部活です。例えば、修行の一環として寝ながらジグソーパズルをやる人とか」
「……え?」
「素敵なレディーになるためと言いながら、何故か街のチンピラたちを退治してる人とか」
「えぇ……?」
「大和撫子としての嗜みとか言って、読心術を使える部員もいるとか」
「……???」
シズコの説明が理解できず、ハクノの頭の上にはますます疑問符が浮かぶばかりだ。だが、無理もない。百鬼夜行の生徒であるシズコ自身も、修行部については風聞でしか知らず、詳しいことは分からないのだから。
ともあれ、百鬼夜行ではよく分からないことをする部活として有名らしいということと、その部員が変わり者揃いだという二つの噂だけは理解できた。
「そんな変わり者たちに、そもそも協力してもらえるのかどうか……」
「駄目で元々、当たって砕けてみよう。何もしないうちから悲観的に考えても仕方がないよ?」
「そうですね……こういうのは、実際にぶつかってみないと分からないもの……うん、よし。悲観的に考えるのはもうやめ! 早く修行部のところに行きましょう!」
ドカアアァァァァン!!*5
「けほっ、けほっ……こ、今度は何!?」
気合を入れ直したシズコの行く先を遮るように、突如として爆発が巻き上がった。煙とともに薄く漂う焦げ臭さが2人の鼻に突き刺さる。立ち込める煙の中から、数人の人影が姿を現した。
「ふははっ! 今度こそ桜花祭を台無しにするため、魑魅一座の参上だ!」
「今度こそぶっ潰してやるっす!」
「まーた魑魅一座! ほんっと懲りないわね!」
この襲撃がシズコが1人になる隙を狙ったものなのか、或いは単なる偶然なのか――その判断はつかなかったが、間違いなく状況は緊迫している。ハクノは険しい声音でシズコに問いかける。
「どうする?」
「どうするもなにも……もうこうなったら、とことんまで相手してやるんだから!」
「分かった。やろう!」
シズコの言葉に力強く頷きながら、ハクノは内ポケットからシッテムの箱を取り出した。
TIPS:
陰陽部。
実質的に百鬼夜行連合学院のトップである生徒会として扱われている組織。
複数の勢力の連合としての性質が強い百鬼夜行連合学院内において各勢力のバランスを保つ調停役を自認しており、他校と異なり単純に自治区を統治している組織という訳ではない。
揉め事に関しては腰が重い、もしくは不干渉の立場を取ることが多い。元々、そういった揉め事は「百花繚乱紛争調停委員会」が担当していたらしいが……。
後書き:
『Vol.3』を早く執筆したいけど、その前に『Vol.2』を書く必要があるというジレンマ。
そこまで行かないと、ハルを裏方から表舞台に上げる準備が整わないという……。Evolution編もそうだけど、『Vol.3』は執筆したいエピソードが多いので……。
原作とのズレが大きくなる『Vol.3』からが第1部の『承』になる予定というのも、早く『Vol.3』に入りたい理由の一つだったりします。