――百鬼夜行・市街地*1
「先生と一緒の時のフィーナは無敵デス!」
「計算通り、勝利を獲得です!」
「ぐっ! な、なんだこいつらは!」
「くそ! お、覚えとけよ!」
「背を向けて逃げるとは、武士の恥! 逃がしマセ……あっ、でもお頭も守らなくては……!」
捨て台詞を吐いて逃げる不良生徒たちを追いかけようと一歩踏み出したフィーナだったが、ハクノの身辺警護という大事な仕事の途中だったことを思い出して慌てて足を止める。
「ど、どうすればいいのデショウ!?」
「大丈夫、かたぬき屋さんたちの仇を取ってあげて」
「……ハイっ! 分かりマシタ! フィーナ、お祭りの平和のために行ってきマス!」
「先生、私も一緒に行きます。フィーナ先輩1人に行かせては、どこかで別の問題に首を突っ込みます。前例多数。なので、ここは私も同行するのが最善」
2人を見送って、ハルとミカと一緒にパトロールの続きに戻ろうとした、その時。
「あれは……」
見覚えのあるシルエットが目に入った。ハルとミカもそれに気づいたらしく、3人で同じ方向を見つめる。その人影は、何だか楽しそうにぴょこぴょこと飛び跳ねながら屋台を巡っている。*2
「捕まえる?」
「いや、ここは私に任せてほしい」
足早に人影のいる方向へ向かうハクノ。きょろきょろと辺りを見回しているものの、ハクノにはまったく気付いていないようだ。すぐ後ろまで迫ってもなお、その人物は振り返る素振りすら見せずに何やら呟いている。
「イズナは今、闇に紛れて暗躍せんとする熟練の忍び……! ……先生は、きっとこの辺にいるはず……」
「イズナ、そこで何してるの?」
「あっ、えっとですね、イズナは今先生を探して……って、先生!?」
ようやく振り返ったその人影の正体は、やはりイズナだった。探しているはずのハクノに声を掛けられて随分と驚いているようで、その場からハクノと反対側に勢いよく飛び退いた。
「私が突然来て驚いた?」
「い、いえ! イズナは慌ててなどいません! 前回の宣言通り、先生を倒すためにここへ来たのです!」
いや、驚いたよね――とは思ったものの、それを口に出さないだけの優しさをハクノは持ち合わせていた。あわあわと表情も動きも落ち着きのないイズナに温かい目を送りつつ、ハクノは鸚鵡返しに問いかける。
「私を倒すために?」
「イズナ、あの後もう一度考えました! 前回イズナが負けたのは何故なのか……それは先生を騙しているあの、他の人たちまでわちゃわちゃと出てきてしまったせいなのでは、と!」
それはそう。キヴォトスの外から来たハクノは、頑丈な肉体を持つ殆どの生徒たちからすると身体的に極めて脆弱。キヴォトスでは日常的に飛び交う銃弾一発が致命傷となりかねない彼では、たとえ格闘技術の類を有していても、生徒たちには敵わないだろう。
「ですので次は忍者らしく! こっそりと忍び寄り! そして1人で戦えば、先生を倒せるはず! さあお覚悟です、先生!」
「うん。じゃあとりあえず、お散歩でもしよっか」
「喜んで!」
即堕ち二コマ――少し離れたところから見守っている2人の脳裏に、そんな言葉が過るほどにイズナの反応は早かった。満面の笑顔だ。『先生を倒すために』とは一体何だったのか……。
「……ではなく! で、ですからイズナは、先生を倒しに……!」
「私と一緒じゃ、嫌?」
「うえ、い、いえ、決してそんなことは……え、えぇ……?」
ハクノは混乱するイズナにそっと手を差し出した。目を丸くしたイズナは戸惑いの表情を浮かべていたが、ゆっくりとその手に応じる。少しずつ心が落ち着いていくようだった。本来の目的を果たせないはずなのに、今の状況にどこか心地よさを感じていた。
「じゃあ、早速行こうか?」
「……はい!」
そうして2人は手を繋ぎながら歩き始めた。尚、その様子を見守っていたハルとミカは……。
「あのさ……あれって、デートのお誘いだよね?」
「……うん。いや、先生にそのつもりはないんだろうけど……」
「そっちの方がタチが悪い気がするけど……」
などと陰口を叩いていた。
◇ ◇ ◇*3
2人仲良く並んで桜花祭を回り始めたハクノとイズナ。最初は困惑やら緊張やらしていた様子のイズナだったが、次第にいつもの調子を取り戻していったようだ。今は無邪気な笑みを浮かべて所狭しと立ち並ぶ屋台の数々を回っている。
「わあっ……! 先生、カルメ焼きがありますよ! この甘い匂い……綿あめ!? あっ、焼きそば! 焼きそばも売ってます! えへへっ、美味しいです! あっ、先生も一口いかがですか?」
「うん。貰おうかな」
屋台の商品を買っては、2人で分け合って食べる。まるでバカップルのようなやり取りだが、本人たちに――少なくともハクノには、そんなつもりはおそらくない。純粋なイズナの厚意にハクノが応えているだけ……なのだろうが、傍から見れば完全に付き合いたてのカップルだ。
知り合いのデートをデバガメしているような気分になり、ハルとミカはどこか気まずそうな表情で2人の動向を見守っていた。
「イズナ、次はあそこへ行きたいです!」
「ヨーヨー釣りだね。分かった」
とはいえ、自分たちの役目はきちんと遂行する。何か異常があればすぐにでも駆けつけられる距離を維持しながら、屋台の品を買い食いしながら歩くハクノとイズナを静かに尾行し続ける。
「百夜ノ春ノ桜花祭、イズナ本当に大好きなんです! ですので、こうやって先生と一緒に楽しむことができて、イズナは今すごく嬉しいです……!」
「うん、こんなに楽しいのに、中止になってほしくないね」
「え……? ちゅ、中止? 急にどうされたんですか?」
唐突すぎるハクノの発言に、イズナは困惑の表情を浮かべた。百夜ノ春ノ桜花祭のラストは明日に迫っているというのに、どうして急に中止などという言葉が出てきたのだろう……?
「この桜花祭を台無しにしようとしてる人がいるみたいで。それが……多分、イズナの雇い主の人なんだけど……」
「桜花祭を台無しに……? い、イズナが受けた雇い主の命令は……事業を邪魔する奴らがいるから、その者たちを倒せと……それなのに、桜花祭が台無しに……? え、ええ……?」
イズナは混乱した。ハクノから語られた情報を整理しようとするが、頭の中で思考がぐるぐると回るばかりで、答えは見つからないまま。そんな様子で立ち尽くしている彼女に、ハクノは背を屈め、正面から視線を合わせた。
「イズナ、雇い主のこと教えてくれたりしない?」
「そ、それは……」
僅かに迷う素振りを見せたイズナだったが、それを振り払うように首をブンブンと横に振る。
「……いえ! 誰に雇われているかを口にするなんて、忍びとしてやっていけないこと……! い、イズナは立派な忍者になるんです! ですから、いくら先生だとしても……!」
「うん、分かった」
「……へ?」
あまりにもあっさりとした返答に、イズナは思わず気の抜けた声を漏らした。てっきり理由を聞かれるかと思いきや、ハクノは笑顔で頷くだけ。しかも、拍子抜けするくらいに何の詮索もしないものだから、逆にイズナの方が心配になったほどだ。
「イズナが話したくないなら、無理にとは言わないよ。それは、イズナが自分で考えて決めたことみたいだから」
「イズナが、決めたこと……」
「でもお祭りを邪魔するのを放ってはおけない。だから私は、ここでイズナのことを止めようかな」
ハクノはそっとイズナの頭に手を置いた。その手の温もりが、イズナの心にじんわりと染み込んでくる。ほっとする感覚に絆されそうになるが、ふと我に返って慌ててそれを振り払った。
「……っ! 先生とイズナはやはりそういう宿命……! い、イズナ、この場はお先に失礼します! 今回はなぜだかこうして、一緒にお祭りを楽しんでしまいましたが……! 次は違います! 次こそは!」
「うん。じゃあまたね、イズナ」
「……!! ……はい。では先生、また!」
嬉しそうにはにかんだイズナは、軽く頭を下げてから駆け足でその場を去っていった。1人残されたハクノは、屋台で購入したイカ焼きを食べながらぼそりと呟く。
「やっぱり、イズナは雇い主の命令に従って……」
そう考えていると、イズナの姿が完全に見えなくなったのを見計らったかのように、どこからか2人の少女が姿を現した。魑魅一座だ。彼女たちはハクノの両側からゆっくりと肩を組むようにして近づき、逃げ道を塞ぐと、にまっと不敵な笑みを浮かべてハクノに声をかける。*4
「さて、そろそろあたしらの出番かな。久しぶりだね~、シャーレの先生」
「護衛も無しにこんなところをぶらつくなんて、危ないっすよ?」
「怪我したくなければ、大人しく投降しな!」
「反抗なんてすると、痛い思いするっすよ!」
「あんたに用がある人がいてな」
左右から示し合わせたかのように次々と言葉を投げかけてくる魑魅一座の少女たち。果たして、このまま大人しく投降した方がいいのか、それとも抵抗すべきなのか……なんて考えは、最初からなかった。今回はハクノが1人になる時を狙っての襲撃だったので、彼女たちにも大きな動きはできないだろう。ハルとミカも少し離れた位置でこちらを監視しているようだし、問題ないと判断したハクノは小さく深呼吸をすると……。
「そうなんだ、じゃあ行こっか」
「ははっ! そりゃそうだ、でも抵抗するならこっちも……えっ!?」
「素直に応じるんすか!?」
「ええ……いや、計画通りなんだけど、これで良いのか……?」
予期せぬ返答に動揺を隠せない少女たち。そんな様子にもお構いなしで、ハクノはイカ焼きの最後の一口を食べ終えた。
「案内よろしくね」
「まあいい! わざわざ自分の足で来てくれるなら楽だし好都合だ、連れてくぞ!」
「はいっす!」
そうして、ハクノは両側から拘束されたまま、彼女たちに連行される形でその場を後にした。
◇ ◇ ◇*5
「あぅぅ……またしても先生に太刀打ちできず……」
一方その頃、イズナは屋根の上でがっくりと肩を落としていた。今度こそはと意気込んで挑んだものの、やはり結果は惨敗。しかも今回は、周りに先生以外の邪魔者がいないという絶好の機会にも拘わらず、である。先ほどまでの時間を思い出し、イズナはにっこりと頬を緩ませる。
「……えへっ。えへへっ……先生と一緒に食べた焼きそば、美味しかった……イズナを止めるって言ってたけど、最後に「またね」って……」
胸に両手を重ね、鼓動を落ち着かせようと何度か深呼吸を繰り返した。まだどこか夢見心地で、ふわふわとした気分が残っていたが、ふるふると頭を振って、ようやく正気を取り戻す。
「……先生のためにも、イズナは負けません! 次こそ必ずこの手で先生を……!」
先生のことを考えていたからだろうか、その異変に気付いたのは。ふと辺りの街並みを見回したイズナは、遠くに見知った顔を3人ほど見つけた。それも、本来は有り得ない組み合わせの。
「こんなところに魑魅一座? それに、横にいるのは……先生?」
イズナは屋根から飛び降りると、駆け足でハクノたちが歩いていく方向へと向かった。
◇ ◇ ◇*6
「ありがとうございます! お疲れ様でした!」
「うう、や、やっと終わった……」
そして、また別の場所では。各々の用事を解決した百夜堂と修行部の面々が合流していた。最後の1人、スタッフとの打ち合わせを終えたシズコは、大きく伸びをしてから疲弊しきった様子でベンチに腰を下ろす。
「お疲れ様デシタ、委員長! こちらのお飲み物をドウゾ!」
「ありがと、フィーナ。ごくっごくっ……ぷはっ、冷たーい……」
渡されたドリンクをぐいっと一気に呷り、その冷たさに思わず息をつく。疲労が少しずつほぐれていく感覚に、思わず頬も緩む。しばらく放心したようにその心地よさを味わっていたが、ふと何かを思い出したかのように顔を上げ、訝しげに尋ねた。
「……あれ、ところでフィーナ」
「どうかしマシたか、委員長!」
「……先生はどうしたの?」
数秒の沈黙――
「……アレっ!?」*7
フィーナは驚きに目を見開き、慌てて周囲をキョロキョロと見回した。けれども、当然そこにハクノの姿は見当たらない。その反応を受け、シズコたちの頬にもじわりと冷や汗が滲み始める。
「お頭!? お頭が失踪!? 気付きませんデシタ! クッ……! フィーナ、痛恨のミスです!」
「え、待って、っていうことは……」
「迷子の女の子を助けてる間に、先生が迷子になっちゃったってこと!? た、大変だあぁ!!」
「大人でも迷子になるんだね~」
「ツバキちゃん、呑気にしてる場合じゃありません! 先生が1人になるタイミングを、もし魑魅一座が密かに狙っていたとしたら……」
ミモリの一言に、全員が一斉に息を吞んだ。もしそうだとしたら、先生は今頃――
「――ふう」
緊迫した空気の中、1人のんびりとお茶を啜っていたアナが、ふと呟いた。
「ノープロブレムです。先生の護衛には、蒼井会長と聖園副会長が付いていますから」
「え……?」
「会長は別格。連邦生徒会長以外の生徒で会長に勝てる人はいない。少なくとも彼女と同じ域で神秘を操れる生徒は行方不明の連邦生徒会長くらい。それに、副会長の戦闘力も折り紙付き。喩え何十人何百人不良たちが束になったところで、本気の会長たちには敵わない」
淡々と語られた説明に、皆は開いた口が塞がらず、ただ呆然とするばかりだった。しかし、その沈黙は突如として響いたスマホの「ピロン」という着信音により、あっさりと破られる。
「ん? これって……」
シズコが取り出したスマホの画面に映ったのは、モモトーク――連絡コミュニケーションアプリのトーク画面だ。そこには1通のメッセージが届いており、その差出人は……。
TIPS:
陰口。
その人のいない所で、悪口を言うこと。また、その悪口。かげごと。
トリニティ自治区出身の2人は、当然の権利のように高ランクの陰口スキルを保有している。