ブルーアーカイブ 校境なき生徒会   作:ゲーマーN

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E1-8 暴かれる陰謀とその先に

 ――どこかの廃墟*1

 

「こんなところに先生を連れてきて……」

 

 魑魅一座に連行されるハクノを追って辿り着いたのは、イズナもここ数日の間に何度か足を運んだことがある廃墟だった。この建物の周囲には、他にも廃屋が幾つも立ち並んでおり、中には窓ガラスや壁が大きく破損しているものもある。典型的な不良たちの溜まり場だ。

 そして、雇い主との情報共有などを行うために使っていたのも、この廃墟だった。そんな秘密の場所に、先生を連れてくるなんて……。

 

「まさか……?」

 

 ――この桜花祭を台無しにしようとしてる人がいるみたいで。

 

 ――多分、イズナの雇い主の人なんだけど……。

 

 監禁、或いは口封じに――イズナは最悪の事態を想像し、顔を青ざめさせる。もし先生の言っていたことが事実なら、こんな人気のない閑散とした場所に先生を連れ込んだ目的は……。

 

「多分あそこに向かうはず、見つからないように天井に隠れて……」

 

 この目で確かめないと。そう思って、イズナは素早い身のこなしで天井裏へと潜り込んだ。光源のない天井裏は薄暗く、埃っぽい臭いに思わずむせ返りそうになるが、何とか堪える。口元から鼻先までを覆うマスクを身に付け、音を立てないよう慎重に、それでいて迅速に進んでいく。

 

「きっと、ここに……」

 

 さほどの時間もかからず、イズナは目的地に到着した。天井裏からそっと下の様子を窺うと、そこには予想通りの顔ぶれが揃っていた。先生を囲む魑魅一座の少女2人、そしてもう1人……。

 

「命令通り連れてきたよ!」

 

「連れてきたっす!」

 

「よくやった、魑魅一座。やればできるじゃないか」

 

「(あれは……やっぱり先生!!)」

 

 雇い主――左目を黒い眼帯で覆い、着流しの袖を無造作に揺らす猫の獣人。右の瞳には、獲物を逃がさない狩人のような冷たさが宿っている。魑魅一座を従える彼の容貌を目にしたハクノは、驚きのあまり目を見開いた。

 

「また会えて嬉しいよ、シャーレの先生」

 

「……商店街の会長の、ニャン天丸?」

 

「ふん、儂の本名はニャン天丸じゃない! 儂の名はマサムニェ……路地裏の独眼竜! ニャテ・マサムニェとは儂のことじゃ!」

 

 ドドーン! と効果音が付きそうな勢いで、ニャン天丸改めマサムニェは名乗りを上げる。気の抜けそうな名前に空気が緩みかけるが、彼はそれを許さず言葉を続ける。

 

「おほん……類まれなる指揮能力を持つ「先生」とやらに邪魔をされたと聞いて、誰のことかと思ったら。そのシャーレの先生が、お主だったとは……たしか、一度百夜堂で会ったな?」

 

「そうだったね」

 

「ははっ! こんな状況でも余裕でいられるとは、大したヤツだ。まるで何か奥の手でもあるみたいじゃないか。……儂はコミックの悪役なんかとは違う。その手に気付かないとでも思うか? 悪いが、その手段は封じさせてもらおうか」

 

 マサムニェはハクノから取り上げたスマホを見せつけ、その電源をオフにする。そしてそのまま地面に落とすと、足で画面を踏み砕いた。その行為にイズナが思わず声を上げそうになるが、咄嗟に自らの口を手で押さえる。

 

「スマホを……」

 

「歳を取ると用心深くなるでな、これは没収することにしよう。さあ、これでお主が助けを求める手段はない。心の中で叫んだところで、お祭り運営委員会の連中は来ない。孤立無援という言葉がぴったりだな。或いは飛んで火にいる夏の虫というところかな、先生?」

 

 勝ち誇ったように言い放つマサムニェを前に、ハクノは感情の昂りを抑え込み、意図的に落ち着いた口調で問いかけた。

 

「……どうしてこんなことをするの? お祭りの邪魔をして何の得があるの? ……桜花祭の伝統を守るため?」

 

「伝統……? ああ、花火のことか? ふはは! 人の話をよく聞いているじゃないか。だが違うわい、全部が全部口からでまかせってわけじゃあないが、本当に気にしているのはそこじゃない。儂の目的はいたってシンプル、金だよ」

 

「お金……?」

 

「百夜ノ春ノ桜花祭……このお祭りが一度開かれる度に、一体どれくらいの金が動くと思う? この規模だ、それなりに大きいことくらいは分かるだろう。なのにその金をお祭り運営委員会、あんなチビ共が握っとる。儂はそれが気に食わんのだ」

 

 マサムニェは拳を握り締めると、爪先が掌に込むほどの力を込めた。黒い眼帯越しでも、その眼光がより強く鋭いものになったことが分かる。

 

「『お祭りを素敵なものに』? そのためなら、大枚をはたいてミレニアムに依頼するのも必要なことだって? 何という青い考えだ! 儂に任せれば、あいつらよりはるかに多くの金を稼げたというのに!」

 

「それで、桜花祭の邪魔をしたの?」

 

「そうさ。桜花祭が中止になれば、お祭り運営委員会はその責任を取って運営を下りるしかない。自然と次にその役割が任されるのは儂だろう。これでも商店街の会長だ、そのコントロールも難しくはない」

 

 祭りの伝統を守るため――それなら、まだ納得できた。大人が子供の足を引っ張るなど、「大人とは、子供たちのために責任を負うもの」という信念を掲げるハクノには認め難い蛮行であるのに変わりはないが、それでも邪魔をする気持ちも分からなくはない。

 しかし、実際はお金のため……自らのために祭りを崩壊させようとしているのである。あまりに身勝手なその動機に、胸の奥底から沸々と煮えたぎるような怒りが湧き上がる。

 

「そのために、イズナも……」

 

「イズナ……ああ、あの自称忍者のチビっ子か」*2

 

 怒りで震えるハクノの呟きを拾ったマサムニェは、軽蔑を込めて口元に薄く笑みを浮かべた。

 

「そうだな、あいつは実に役に立ってくれた。大したお金もかけていないのに、本当によく働いてくれたよ。ちょっと忍者ごっこに付き合っただけで、こんなにも活躍をしてくれるとは思ってもみなかった。戦力だけなら、魑魅一座の数十人分はあったからな」

 

「お遊び……?」

 

「ああ、幼稚な子供のごっこ遊びだろう? あいつの言う、魔法のような『忍者』なんて、所詮はファンタジー世界の話だ。「雇い主としてご命令を」だとか「ご命令とあらば何でもこなすのが忍びの道」だとか。笑わないようにするのが大変だったくらいだ」

 

 マサムニェは、イズナが忍者として振舞っているときの口調を真似ながら、その発言を一字一句再現する。イズナが今までどんな思いで忍者として振る舞い、どんなことをやってきたのかなど全く興味すらないのだろう。彼の顔には嘲笑以外の感情など一切宿ってはいなかった。

 

「逆に言えば面倒だったのはそれくらいで、ちょっと付き合ってやればあの通り。もうやる気満々で「忍びとして全力を尽くします!」なんて言った時には、いくら儂でも笑いが止まらなかったさ!」

 

「今なら言えるけど、あの歳で忍者とか笑わせるよな!」

 

「正直、隣で見てるだけでも笑いをこらえるのが大変だったっす」

 

「ああ、本当に便利な奴だ。実に経済的で、バカで、こちとら大助かりだよ! ふははははっ!」

 

 イズナの必死の努力など知る由もなく、マサムニェはただ笑いながら嘲り続ける。彼の傍若無人ぶりに怒り心頭となったハクノは血が滲むほど強く拳を握り締めたが、寸でのところでなんとか堪えることに成功する。感情に流されるのは簡単だが、それでは何も解決しない。

 胸の内に渦巻く怒りは火種のように消える気配はない。深く息を吸い込み、冷静さを少しでも取り戻す。落ち着け、と。自分の中で沸き立つ怒りを、一つ一つ冷水で冷やすように抑え込む。

 

「……お金のために、イズナの夢を利用したってこと?」

 

「……夢? 何を言っているんだ? あんな夢想とすら言えないバカの妄想を、夢だと? お主も付き合いの良い奴だな。先生とはいえ、大したお人好しだよ」

 

「……っ!!!」

 

 天井裏から様子を窺っていたイズナが、マサムニェの言葉に声を詰まらせる。

 

「(イズナに忍者として活躍してほしいって、信じるって言ってたのに……でも、それもこれも全部……イズナを騙すための嘘だった……? イズナは、騙されて……?)」

 

 信じた相手に裏切られ、自らの夢を嘲笑われ……イズナの心は失意と絶望、悲壮感に押しつぶされていた。大粒の涙が込み上げてくるが、それを抑え込む気力すら残っていない。完全に打ちひしがれたイズナは、両手で顔を覆って力なくその場に座り込んだ。

 

「話を聞いているとお主、イズナ殿……いや、イズナが儂の命令を聞いて動いていたことに気付いてたんだろう? 魑魅一座もイズナも、どちらも儂の支配下にあると知っていたのに、のこのことイズナに同行するのはちょっと頭が足りないんじゃないか?」

 

「……」

 

「行動力だけはあるイズナを泳がせた方が、お主を上手く見つけるかもしれない。一部の魑魅一座にはイズナを尾行させ、隙を見て誘拐……あくまで策の一つだったが、面白いほど上手くいった。あいつは本当によく働いてくれたよ。ふはははっ!」

 

「……!!」

 

 マサムニェの嘲りを含んだ高笑いが天井裏にまで響き渡る。言葉の一つ一つが、イズナの胸に鋭い棘となって突き刺さる。裏切りの事実を突きつけられた傷口に、さらに塩を塗り込むような無慈悲な言葉たち――イズナの心は、もう限界だった。

 

「(イズナが騙されたせいで……! イズナの夢を応援してくれた、先生が……!)」

 

 何よりもイズナの心を抉ったのは、先生が囚われの身になった原因が自分にあるという事実だった。罪悪感と、騙された自分への不甲斐なさが胸を締め付け、涙を流さずにはいられない。

 

「イズナといっしょにいたのは確かに迂闊だったかもしれない」

 

「何だ、自己分析できてるんじゃないか」

 

「でもそれは私が決めたこと、イズナが悪いわけじゃない」

 

 そう言い切るハクノの声には、一片の迷いも宿っていなかった。彼の眼差しは鋭く、燃えるような光を宿してマサムニェを真っ直ぐに見据える。嘲るような視線を向けるマサムニェだったが、ハクノの揺るぎない決意を動かすには遠く及ばなかった。

 

「……せ、先生?」

 

「忍者ごっこ……だっけ?」

 

「……ん? ああ、そうだ。存外その「ごっこ遊び」も役に立ったがな。それで、その忍者ごっこがどうした?」

 

「一つ言わせてもらうけど……」

 

 ハクノは息を整え、そして……。

 

「子供の願い事は未来の現実、それを遊びだの妄想だのと笑う大人はもはや人間じゃない。忍者の浪漫も格好良さも、何も分からないあなたにイズナの夢をバカにする資格はない!」

 

「!!?」

 

「忍者っていうのは、よく調べてみてもすごくかっこいいんだよ!? 浪漫なんだよ! 人から幼稚と言われても、子供っぽいと言われても……! かっこいいものはかっこいいんだよ!!!」

 

 イズナが信じられないものを目にしたように、目を見開いてハクノを見つめる。信じていた者に裏切られた絶望感は、その一言で吹き飛んでしまった。マサムニェも言い返されるとは思わなかったのか、口をあんぐりと開けたまま呆然とし……次の瞬間には、怒りに顔を歪ませた。

 

「シャーレの先生というから、もう少しくらい話が通じるヤツだと思っていたんだがな。説得しようと思っていたが止めだ、何を言ってるか分からないヤツにこれ以上付き合う時間は無い!」

 

 マサムニェは怒りに身を任せて、拳を振り上げる。彼の背後に控えた魑魅一座も武器を構え、臨戦態勢へと入る。

 

「じゃあな、シャーレの先生。儂の計画を邪魔したのが運の尽きだ。やれ、魑魅一座!」

 

「おらあぁぁぁっ!」

 

 そして、マサムニェの怒声を合図としてハクノに襲い掛かろうとした瞬間――

 

 ドカァァァァン!!

 

「な、何だ!? 急に天井が落ちてきた!? どうなっている!?」

 

「げほげほっ! 何が起きてるんだ!?」

 

「わ、分かんないっす!」

 

 大きな爆発音と共に天井が崩れ落ち、瓦礫と砂埃が周囲一帯を包み込む。突然の轟音に反射的に耳を塞いだマサムニェと魑魅一座だったが、煙が晴れていくにつれて周囲の状況は一変する。

 

「キヴォトス最強を目指す忍び! 真の主君の窮地を救うため、今ここに参りました!」*3

 

「イズナ!」

 

 天井裏から落下してきたイズナが、ハクノとマサムニェの間に割り込むように着地する。彼女は体勢を立て直すと、ハクノを守るように立ち塞がり、偽りの主君(マサムニェ)を睨みつける。その小さな背中には大きな決意に満ち溢れていた。

 

「イズナ! どうして天井から……!?」

 

「全部聞いていました。雇い主の話も……どんな時もイズナの夢を笑わない、先生の気持ちも」

 

 イズナはハクノの方に振り向くと、穏やかな表情を浮かべた。そこにはマサムニェに裏切られた悲壮感はなく、ただ何かから吹っ切れたような晴れやかさが漂っている。

 

「イズナは遂に見つけました……最初からずっとイズナの夢を応援してくれた、先生の隣でなら……イズナは、これから先もずっと、夢を見続けることができます!」

 

「ぐっ、裏切るのか、イズナ!?」

 

「先生……いえ、主殿!」

 

「主殿って……私!?」

 

「はいっ! 今からイズナは、全てを真の主君たる主殿に捧げ、主殿のために戦います!」

 

 ようやく真の主君を見つけた忍者の少女は、自らと主君の未来を切り拓くために戦いへ臨む。彼女の瞳にはもう迷いも陰りもなく、ただ真っ直ぐに夢を見据える輝きだけが残っていた。

*1
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*2
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*3
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TIPS:
ニャテ・マサムニェ。
名前及び《路地裏の独眼竜》の二つ名から、戦国大名・伊達政宗が元ネタかと思われる。
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