「はあー、担当決まんねぇ〜」
俺はトレセン学園のトレーナーだ。今年で4年目だけど担当が決まらず、トレーナー業はあまり出来ていない。
他の同期は皆んな担当決まって頑張ってるのに俺だけ未だに決められてない。
「今日もレース見にいくか」
俺はいつものように模擬レース場へ向かった。
模擬レースに到着した。場内ではすでにレースが始まっていたようで、皆んな必死で見に来たトレーナーにアピールするために必死で走ってる。
「今日もいい子揃ってるな」
担当の決まっていないウマ娘は意外と多いから選り好みしなかったらすぐに契約を結ぶことはできる。
しかしトレーナーとウマ娘の相性は必要だ。才能があってもトレーナーと合わなければそれを伸ばすことは出来ない。だから大抵のトレーナーは慎重に決める。
俺も未来あるウマ娘の才能を潰したくない。だから今日まで担当を決めることが出来ずに毎日ここに来ている。
「あの子いいな。……あの子もいい素質があるな」
やっぱり中央に来るだけあってどの子も才能を感じられる。でも何故かスカウトしようとは思わない。
結局、今日も担当を決められなかった。
「そろそろ決めないとクビになるかなぁ」
トレーナーとしての仕事を4年間まともに出来ていなかったら、いくら人員不足だろうと解雇だろう。
「胃が痛くなってきた。帰って寝よ」
レース場から出て自宅であるトレーナー寮の方へ歩き出す。
しばらく見慣れた道を歩いていると後ろから声を掛けられた。
「あら?トレーナーさん、もうお帰りですか?」
「はい?」
振り返るとトレセンで理事長の秘書をやってるたづなさんがいた。
「あ、お疲れ様でーす」
美人で人気のあるたづなさん。普段なら出会えただけでも嬉しいのだが、残念ながら今は会いたくなかった。
学園の経営の担ってる人物の秘書となると、今の状況だとどうしても『解雇』という言葉が頭をよぎる。
「今日も模擬レース見ていたんですね。いい子はいましたか?」
どうやら雇用の話ではないようだ。
俺は少しホッとした。
「いい子はいっぱいいましたよ。皆んな才能あっていい子なんですけどね。でもちょっと違うなって思って今日も声掛けられませんでした」
「それは残念ですね。でも早く新しい子を見つけられるといいですね」
新しい子?
「そうですねー。ピッタリな子がいたらいいなぁー」
「ふふ、それでは明日も頑張って下さい。貴方はいいトレーナーですからこのままは勿体無いですから」
「あはは、いいトレーナーってまだ1回も担当いたことなかったのにまだ分からないですよー」
「え?以前ウマ娘と担当契約をしていましたよね?」
「はい?」
何を言ってるんだ?俺が以前ウマ娘と担当契約をしてた?
「人違いじゃないですか?」
「そんなことはないと思いますが、確か担当は……あれ?思い出せないですね」
「そもそもいなかったのに思い出せるものもないですよ」
「……そうですね。ごめんなさい変なこと言ってしまって」
「いえいえ、気にしないで下さい。今日もお疲れ様でした」
「はい、お疲れ様でした」
俺に担当がいた?いやそんなことはない。4年間1回も契約結んでいなかった。そもそもそんなこと忘れる訳ない。
「 」
突如脳裏にある光景がフラッシュバックした。
いつも1人で通る帰り道。その道を1人の女の子と一緒に歩いた光景。でも以前に誰かと通ったことあるっけ?
「同期と通った記憶か?でも女性の知り合いはいなかったよな」
俺って何か忘れてるのか?
焦燥感が募る。俺は必死に何かを思い出そうとするが頭にモヤがかかって思考がまとまらない。
いったいなんだ?俺は何を忘れてるんだ?……そもそもなんでこんな事考えてるんだ?
おかしい。何か焦りを感じるのに、思い出さないといけないという気持ちなのに、心当たりが全くない。
「疲れてるんだな。さっさと寝よ」
疲れてるって事にして強引に切り上げて足早に寮へ帰った。
朝起きて朝食を食べて出勤の準備をする。いつものスーツを着て、必要な物を鞄に詰める。そこで財布がない事に気づいた。
「あれ?どこいった?」
昨日はあの後すぐに帰って風呂に入って寝たから財布は使ってない。とすると脱衣所にあるかな?
「あった。ん?なんだこれ?」
脱衣所にある洗面台の上に見覚えのないものがあった。
「こんなのあったっけ?」
手のひらサイズのフェルト人形のようだ。それは作った人は少し不器用だったのか少し歪な形をしていてお世辞にもいい物とは言えなかった。それでも何故か懐かしい気持ちになる。
「ウマ娘をモチーフにした人形か。こんな子いたっけ?うーん、下手くそすぎてわかんね。捨てるか?……いや、なんでか捨てたくないな」
誰のかも分からない古びた人形。本来ならすぐに捨てるであろうそれは何故か捨てる気にならず鞄の中にしまった。
今日も模擬レースを見学する。今日も将来有望な子はいるにはいるが、どうにも声をかけようとは思わなかった。
今日も昨日と同じかと思い席を立ち、帰ろうとしたが、ふと1人の子に目が惹かれた。
その子は蹄鉄を落としても1着をとったウマ娘だった。レースで圧倒的な実力を見せつけて引く手あまたとなっていた。
「あの子は確か……アストンマーチャンだっけ?」
彼女は独特なふわふわした話し方でマイペースに夢を語る。周りのトレーナーは意味を汲み取ることが出来ずに困惑してるが、それでも必死に勧誘していた。
視線を少し下げると彼女の手には彼女そっくりな人形を持ってることに気づいた。
その時ふと思った。
「俺の家にあった人形のモデルってあの子か?」
慌ててカバンを漁って今朝見つけた人形を取り出す。下手な出来で上手く判別できないが、色合いは似ている気がする。
「いや、もしそうだったとしてなんで俺が持ってるんだ?」
俺と彼女の接点は全くない。ではなぜ持ってるのか。俺はますます混乱してしまう。
「一回話しかけてみるか」
考えていても仕方がないと行動に移すことにしたが、すでに彼女はレース場から姿を消していた。
「あれ?もういない。遅かったか」
急いで追いかけるか?そう思った時、急に肩を叩かれた。驚いて振り返ったそこにはたづなさんが立っていた。
「お忙しいところごめんなさい。今大丈夫ですか?」
「はい?どうしましたか?」
「いえ、昨日話してたことなんですが、あの後気になって調べてみました」
「そりゃそうですよ」
「ですが、これを見てください」
たづなさんは手に持っていた資料を見せてくれた。内容はとあるレースの記録だった。
「これがなんです?」
「ここを見てください」
言われた通り見てみると1着を取ったウマ娘の名前が無かった。正確にいえば名前の欄が空白になっていた。
「名前が無いですね。記録ミスですか?」
「そのトレーナーの名前を見てください」
「えーっと、…………は?」
そこには俺の名前があった。
「なんで⁉︎」
「それは私が聞きたいですよ。今まで担当ウマ娘はいなかったんですよね?」
「はい、今までいなかったです」
「それではこれはどういうことですか?」
そんなこと言われても分からない。しかし紛れもなく俺だ。同姓同名の人間かと思って他の資料も見てみたが、間違いなく俺だった。
「そんなわけ……」
「何か思い出せませんか?」
「何も思い出せません。ちなみにこの時の1着の子は誰ですか?」
「分かりません。何故か何処にも記録がないんです」
そんなことあるわけがない。
そう叫びそうになるが、このトレセンがそんな大きなミスをするわけがない。
「1人気になる子がいます」
たづなさんは1人のプロフィールを差し出した。
「名前はアストンマーチャンです」
そのプロフィールにはさっき多くのトレーナーに囲まれたあの不思議な子の写真があった。
「この子は」
「まだデビュー前のウマ娘です。しかしとても新人とは思えない走り方、そして入学時期に少しだけ齟齬がありました」
「つまりこの子は実はもうとっくにデビューしていたけど、なんらかの原因で忘れられてしまったから、また再デビューするために模擬レースをしてるってことか」
「たぶんそうだと思います」
そんな非現実的なことがあるのか?そう思う反面、そうに決まってるというよく分からない確信があった。
「あの子を探してきます」
「はい、気をつけてくださいね」
居ても立っても居られなくて走り出した。あの子が何処に行ったのかは見当はついてない。しかし自然と身体が引き寄せられる気がする。
気づけば近くの河川敷に来ていた。どうしてここなのかは分からないが、確実にここにいると思う。辺りを見回してみるとそこにアストンマーチャンがいた。
「ちょっと!君!」
急いで土手を降りて彼女の元に向かう。
彼女は俺に気づいて振り返る。その顔は信じられないものを見て驚いたような顔をしていた。
「……どうしましたか〜?」
「あ、あの」
何も考えていなかったから何を話していいのか分からなくなった。だけどトレーナーなら言うことは一つだった。
「君を世界で有名なウマ娘にしたいと思っている。俺と契約してくれないか?」
失敗したと思った。なんの前振りもない唐突なスカウト。嫌な顔されても仕方がない。
しかし彼女は嫌な顔一つしていなかった。それどころか少し嬉しそうにしていた。
「……覚えていてくださったんですね」
彼女は小さく呟いた。
「え?」
「いえ、なんでもないです」
どうやら聞き逃したみたいだ。なんて言ったか聞きたいが、今はスカウトの方が大切だと自分に言い聞かせて話を続けた。
「俺に君を担当させてくれ」
「どうして私なんですか?」
「君を見て君しかいないって思ったから」
「どうして世界で有名なウマ娘にしたいんですか?」
「君を見た時、心の底からそうしたいと思ったから」
「そうですか」
彼女は俯いて少し考える。俺は黙って答えを待った。
「……チャンスは皆んな平等だと思いますか?」
彼女がまた小さい声でポツリと呟いた。
今度は聞き逃さなかった。
「どうかな……いろいろな答えはあると思うけど、俺はチャンスは皆んな平等だと思う」
「そうですか。…………またね」
「どうして⁉︎」
断られる可能性はあったとはいえ、いざ断られると動揺してしまい、半歩だけ詰め寄る。
彼女はゆっくりと語った。
「以前、ある人に運命ってあると思うか聞いた時、あるって答えてくれました。その時私はあんまり意味を理解してなかったけど、今は理解できます」
俺は静かに話を聞く。いや、正確には何と返せばいいのか分からないだけだ。
彼女の話はまだ続く。
「何度も繰り返して来ました。その度忘れ慣れないように頑張ってきましたが、結局誰もマーチャンをマスコットにすることは出来ませんでした」
「でもまた私の前に現れた人はいました。でもその人はマーチャンとの約束を完全に忘れていました。でも貴方は違った。けれど貴方のレンズはマーチャンを見てるようでマーチャンを見ていないんです。それは過去の私」
そこまで話すと彼女は深々とお辞儀をした。
「もし次また私の元に来たら次は担当お願いしますね」
最後にそう告げて彼女は去っていった。
俺は少しの間、呆然としていたが、ふと我に返った。
「ダメだったか。結局俺って以前あの子担当してたって事でいいんだよな?」
あの子の口ぶりからすると俺は以前担当して、失敗したんだろう。チャンスは皆んな平等、つまり俺はチャンスを与えられて失敗したから次は違う人って訳か。
「あ〜、くそ、選択肢ミスったのか」
もし違うと答えたら違った結果になったのかもしれないな。
「アストンマーチャンすげーな!またG1取ったぞ!」
「ああ、間違いなく世代最強のウマ娘だ」
「俺さっきマーチャン人形買っちゃったんだ」
「いいな、俺も買ってくる」
あれから彼女は俺ではないトレーナーと夢に向かって走り出していた。
どうやら優秀なトレーナーを捕まえたようで、破竹の勢いでレースを勝利してグッズを売り上げてる。
もう日本で彼女を知らない者はいないかもしれない。
すっかり有名人だ。
今もお立ち台の上でマーチャン人形を片手に抱えて、ファンに手を振っている姿はとても輝いている。
俺はというと、あれからまだ担当を決めることが出来ずにいた。
「やっぱりあの時の答え間違えたんだろうな」
今更後悔しても仕方ない。そう思っていてもあの時こうしとけばという浅ましい考えが浮かんでしまう。
「また見てんのか?」
いつの間にか隣に知り合いのトレーナーがいた。彼はこうしてたまに話をする程度の仲ではあるが、意外にウマが合う。
「おう」
「すっかりアストンマーチャンのファンだな。そんなに気に入ったのか?」
「デビューからずっと見て来たからな。どこまで行けるのか見たいんだよ」
「なんでそんなに執着してんだ?」
「なんでってそりゃあ、彼女の走りに惚れたからだよ」
「そうか」
次こそは絶対忘れないために。
次こそは彼女の形が無くなっても記憶から消えないように爪痕を残すんだ。
この目に刻みつけるんだ。いつでも君を思い出せるように。
君がいた証を忘れないように。