今回はスズカのお話です。
「何かがついてくる?」
「はい」
サイレンススズカです。最近悩みがあります。最近誰かにつけられてる気がします。最初は気のせいかと思っていたのですが、その気配は日に日に近づいてきているみたいです。何故そう思ったのかと言いますと、1週間ほど経ったある日、足音が聞こえるようになってきました。
さすがにこれは気のせいじゃないって思いました。ストーカーに付けられてると判断した私はトレーナーに相談しました。
「どんな時に足音が聞こえるんだ?」
「ずっとです。外はもちろん建物の中や走ってる時までずっと聞こえます」
「なるほど。それなら犯人は人じゃなくてウマ娘の可能性が高いな」
「私も最初はそう思いました。でも少しおかしいんです」
「おかしい?どうしてそう思うんだ?」
「ある時気になって見通しの良い所で振り返ったんです。でも誰もいませんでした」
「誰もいない?隠れてたとかじゃないのか?」
「そう思ってたんですが、気配が完全に無くなっていて人影も無くて……」
「……こっちでも調べてみる。スズカもなるべく1人になるなよ」
「はい、お願いします。それじゃあ、部屋に戻ります」
「気をつけてな」
私は席を立ってトレーナー室を出た。今は冬だから18時を過ぎる頃にはもうすっかり日も落ちており、廊下は薄暗かった。
「誰もいない……」
実はトレーナーさんと話しているときも外から足音が聞こえていた。ずっと聞こえていたのに、いざ廊下には誰もいない。
「とりあえず部屋に帰ろう」
私は不気味に感じて小走りで部屋に帰る。その間も足音は離れることなく追いかけてくる。
引き離せない。そのことに更なる恐怖を感じて走る速度が上がる。
「あれ?スズカさんどうしたんですか?」
気がついたら部屋の前まで来ていたみたいだった。買い物帰りなのか大きな荷物を持ったスペちゃんが不思議そうにドアの前に立っていた。
「……なんでもないわ。部屋に入りましょう」
スペちゃんと一緒なら少し安心する。
でも、まだ足音はついてきてる。部屋に入ってもまだ聞こえてくる。
この音はスペちゃんは聞こえてないみたいで、いつものように呑気にお菓子を食べている。
「ねえ、スペちゃん。最近変な音聞こえない?」
「変な音ですか?うーん、聞こえないですよ?何か聞こえてるんですか?」
「……なんか足音とか聞こえない?」
「足音?……たまに廊下で騒いでる人がいて聞こえる時はありますけど、そんなに気になるほど毎回は聞こえないですよ?あっ!もしかしてストーカーですか⁉︎それなら私が追い払ってきます」
スペちゃんは般若のような顔で外に出ようとする。私はさすがに騒ぎを大きくしたくないから必死になって止めた。
「だ、大丈夫よ。ちょっと気になるなってだけでまだストーカーって決まったわけじゃないから!もしかしたら勘違いだってあるし」
「そうですか?ならいいんですけど……。なんかあったら絶対言ってくださいね?」
スペちゃんは納得してなさそうな顔してたけど取り敢えず落ち着いたみたい。でもこんな一生懸命に私に協力しようとしてくれるのは心強いな。
その後はいつものように今日あった話やスペちゃんのお友達の話を聞きながらまったりした時間を過ごしていた。
しかし、しばらくするといつも習慣で急に走りたくなってきた。
「ねえ、今から一緒に走らない?」
いつもは1人で行くのだが、足音の件もあって1人でいるのが怖いので、スペちゃんを誘ってみる。
「ごめんなさい、今は足の調子が悪くて走るの禁止されてるんです」
「そうなのね。それなら仕方ないわ。また誘うね」
「はい!」
他の子を誘うという選択肢もあったが、さすがに夜も遅いため、私の都合で付き合わせるのは気が引ける。
「今日はやめようかな。でも走りたいし。……もしかしたらレース場に誰かいるかもしれないし、ちょっと行ってみようかな」
今日は諦めようかとも思ったが、結局我慢できそうにないため、レース場に誰かいることを祈りつつ、1人で行くことにした。
時間は20時。星が綺麗に見える寒空の下、いつものようにレース場に行くも、誰もいなかった。
この時間はほとんど人は居ない。いつもなら辺りが静かで誰にも邪魔されない最高の時間だけど、今日に限っては誰も居ないこのレース場は最悪な場所に見える。
こういう静かな場所では一際物音が鮮明に聞こえてくる。
それは背後から近づいてくる足音も例外では無い。
「やっぱり近づいてきてる」
足音は日に日に大きくなってきている。昨日よりも、さっきよりも確実に近づいてきてる。
この数日、足音の分析をしているとある事に気づいた。
それは……この足音は必ず後ろから近づいてくるということだ。
この足跡は移動している時は近づくことはないけど、止まっていると確実に一歩ずつ近づいてくる。
また、足音が聞こえる方を見ると足音は止まる。しかしずっとその方向を見てると、反対の方からまた足音が聞こえるようになる。
そしてもう一つ、こちらからは近づくことは出来ないということ。
ある時、こちらから近づこうと足音のする方へ向かったことがあるが、近づくことはなく、背後から足音が聞こえていた。
私は走り出す。後ろの足音も私と全く同じ速度でついてくる。
「なんで引き離せないの!」
誰もいないレース場。辺りに隠れられるところはもちろんない。それでも足音の主らしき人影はない。
気が狂いそうだった。近づいて離れることはなく、対策らしい対策も無く、あるのは気休めのといえば現状維持のみ。
もし、触れられる距離まで近づかれたら?そう考えるたび恐ろしくて堪らない。少なくとも無事では済まないと思う。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
ウマ娘とはいえ、全力疾走では長く走れない。膝に手を当てて立ち止まる。
足音は私が止まると同時に止まり、数秒後にはまたゆっくりと歩き出す。
「もうやめて!来ないで!」
後ろの暗闇に向かって叫ぶが止まることはない。
「はぁ、はぁ、助けて」
また走り出す。今は1人でいると気が狂いそうだった。
私は急いで部屋に戻った。中ではスペちゃんがいつものように実家のお母ちゃんに向けたお手紙を書いていた。
スペちゃんは私が戻ったことに気づくと振り返って笑顔で迎えてくれる。
「おかえりなさい!もう終わりですか?」
「うん。ちょっと調子悪くてね」
「大丈夫ですか?もう寝ますか?」
「そうね。そうしようかな」
「それじゃ電気消しますね」
スペちゃんは部屋の電気を消してくれた。
私も布団に入って目を瞑る。しかし眠れることはない。寝てる間も足音が近づいてくるため、朝起きたとき目の前にいたらって考えると恐怖で眠れないのである。
早く夜が明けてほしい。
結局一睡も出来なかった。
「おはようございます〜。……ってスズカさん⁉︎クマ凄いですよ⁉︎」
「おはよう。なんでもないの。ちょっと眠れなくて」
「調子悪いなら今日は休んだ方が良いですよ!」
「ううん。部屋にいてもあれだし、大丈夫よ」
「ダメです!ちゃんと寝てください!スズカさんとトレーナーさんには言っておきますから」
「でも……」
「調子が悪いのに学園に行っても皆んなに迷惑かけるだけですよ!」
「そうね、今日は休むわ」
「はい!しっかり休んで早く元気になってくださいね!」
「うん」
スペちゃんは有無を言わさず、私をベッドに寝かしつけて登校して行った。
私はしばらく足音を聞きながら眠気でぼーっとしていたらいつの間にか眠っていた。
目が覚めると足音はかなり近づいていた。
「ひぃ!」
思わず悲鳴をあげてベッドから飛び起きる。
足音は十数メートルのところまで近づいてしまっていた。
「なんで⁉︎なんでいつもより速いの⁉︎」
いつもと比べても明らかに速くなっており、もう明日にでも捕まってしまうかもしれない。
「と、トレーナーさん!」
私はパニックになり、ふと思い浮かんだトレーナーのもとに走り出した。
すぐにトレーナー室の前まで到着する。
「トレー……」
私は急いで中に入ろうとドアノブに手を掛けようとしたら中から聞き覚えのある2人の声が聞こえた。
『スペちゃん。最近のスズカはどう?』
『元気が無さそうです』
「スペちゃん?」
トレーナー室の中にはスペちゃんとトレーナーさんがいました。私は何故か中に入ってはいけない気がして、扉を開けることなくそのまま話を聞くことにした。
『実は昨日な、誰かが後ろをついてくる人がいるって言ってたんだ』
『あっ!それなら私も聞きました。足音気にならないかって聞かれました』
『それなら話が早いな。実はな、相談受けてから俺はいろいろ調べてみたんだ。監視カメラとか目撃情報とか集めてみたんだが、怪しい人物どころか誰もいなかったんだ』
『え?』
「……」
トレーナーさんの調査結果に私は驚くこともなく聞いていた。どうせ映ってないだろうとは思っていたが、やはり想像した通りだった。
『それならスズカさんは誰に追いかけられているんでしょう』
『これは俺の想像なんだが、スズカは心を病んでるのかもしれない』
『まさか⁉︎どうして?』
『度重なるレースへの期待と重圧で俺達の知らぬ間に追い詰められていたのかもしれない。だから幻聴が聞こえてるんだと思う』
『でも、スズカさんに限ってそんなことは』
『いや、心の病は誰にでもあり得る病気だ。いくらスズカが走るのが好きだからって常にプレッシャーを感じる環境で走っていれば少しずつでも心が削れていくはずだ。特にあの子は走ることくらいしか趣味が無いから気分転換も走ることだろう。リフレッシュのために走っても、レースの重圧を思い出してしまったりして、完全にリフレッシュしきれてなかったのかもしれない』
『そんな……』
『これは俺のせいだ。スズカの不調に気づかなかったせいで!』
『トレーナーさんのせいじゃ無いですよ。私も同じ部屋なのにスズカさんの変化に気づけませんでした』
「………………そっか。…………信じてくれなかったんだ」
私はトレーナーさんとスペちゃんが信じてくれなかったことに酷い悲しみを覚えた。
どんな時でも私を支えてくれた2人には信じて欲しかった。
「…………1人でどうにかしなきゃ」
私は1人でもこの怪奇現象を解決するために動き出す決意を固めた。
あれから図書室で資料を調べたり、聞き込み等をして情報を集めた。
しかし分かったことは何も無かった。
「なんで何も無いの」
いくら調べてもなんの情報も出てこない。これでは対処が出来ない。
足音は相変わらず聞こえる。少しずつ近づいている。時間はあまり多くない。
「どうしよう」
「おや?スズカさん!」
「きゃあ!」
突然後ろから肩を叩かれて悲鳴をあげてしまった。静かな図書室に響いた悲鳴に周りにいた子達は驚いてこっちを見ていた。
「フギャ!どうしたんですか⁉︎」
「え、えぇ。大丈夫よ」
肩を叩いた犯人はフクキタルだった。
「スズカさん、元気無いですね!そんな時は私が占ってあげます!」
「あ、ありがとう」
時間が無いとはいえ、気分転換は大事だ。それに今はこの能天気な彼女が荒んだ心に沁みる。
フクキタルはいつものようにフギャフギャ言いながら持っていた水晶に手をかざす。
「フンギャロー、フンギャロー、おぉ!来ました!…………ひぎゃあああああああ!!!!!あぐ!!」
「ど、どうしたの⁉︎」
フクキタルが突然発狂する。あまりに慌てているのか、机に足をぶつけたようで悶絶していた。
周りの視線を感じるが、発狂したのがフクキタルだと分かると興味を失ったようにまた各々の作業に戻っていた。
「スズカさん!何を憑けているんですか!!」
「え?」
「スズカさんの後ろから何やらとんでもないのが近づいて来ていますよ!」
「分かるの⁉︎」
私は思わずフクキタルの肩を掴んで揺さぶった。
「ス、スズカさん、落ち着いてください」
「あ、ごめんね」
私は肩を離すとフクキタルは乱れた服装を直して話し始めた。
「先程スズカさんを占っていたんですが、何故かスズカさんの後ろから悍ましい気配がしたんです。それで気になってよく見てみたんです。そしたら正体は分かりませんでしたが、明らかにヤバいのが近づいて来ていました」
「……」
「いつからですか?」
「先週くらいから」
「誰かに相談しましたか?」
「したけど誰も信じてくれなくて」
「まあ、普通の人には見えないから信じてくれる人は少ないと思いますね。お祓い行った方がいいかもしれません」
「お祓いって、どこに行ったらいいの?」
「これ私の知り合いの霊媒師です!何かあったらここに行ってください!」
「ありがとう」
フクキタルから怪しげな名刺を受け取った。胡散臭いけど、フクキタルは悪い子じゃないから嘘はついていないと思う。何か困ったらここに電話しようと思い、ポケットに入れた。
「それじゃ、もう行くわね」
「用事ですか?」
「うん、そろそろトレーニングの時間だから」
「そうなんですね。お気をつけて。この件は私も調べてみます。何か分かったら連絡しますね」
「うん」
フクキタルと別れた私は図書室を出て、模擬レース場へ向かって走り出した。
夜、私はレース場で走っていた。
今日のトレーニングはトレーナーさんが気を遣ったのか、休みになったけど、近づいてくる足音に恐怖感を覚えて気晴らしにとレース場を走っていたら、こんな時間になっていた。
「はぁ、はぁ、はぁ」
数時間休まずに走っていたため、身体は悲鳴をあげており、立ち止まったら膝が笑ってしまう。
ザッザッ……
ゾワっと悪寒がした。足音はもうすぐそこまで近づいていたのだ。
私は咄嗟に後ろを向いて足音の主を探す。
しかし背後にはやはり誰もいない。
「なんで⁉︎なんで近づいてるの⁉︎今までは走っていたら近づいてこなかったのに!!」
錯乱して逃げようとするも、何処にも逃げ場は無い。
ふと昼間のフクキタルとの会話を思い出した。
「そうだわ!フクキタルから貰った名刺」
私はポケットから昼に貰った名刺を取り出して、書いてある電話番号をスマホに入力する。
入力し終えていざ、掛けようとしたら肩に手を置かれた。
「ひっ!」
捕 ま え た
「おかえりなさい!あれ?スズカさん今朝とは打って変わって元気そうですね!」
部屋に戻るとスペシャルウィークは実家へ送る手紙を書く手を止めて笑顔で迎えてくれた。
「そう?」
「はい。朝言ってたのはもう大丈夫なんですか?」
「うん。心配かけてごめんね」
スペシャルウィークは安心したような笑顔で私に抱きついて来た。
私はまるで妹を扱うように頭を撫でてやんわりと引き剥がした。
「それじゃ、今日は疲れたからもう寝るわね」
「それじゃあ、電気消しますね!おやすみなさい!」
布団に入って私は目を閉じる。もう足音は聞こえない。ようやくゆっくり眠ることが出来る。
「 」
スペシャルウィークが何か言ったのか声が聞こえた。何を言ったのか気になったが、1週間以上気を張っていたから思ったより疲労しており、睡魔に勝てず、いつの間にか眠ってしまっていた。
「やっと私と同じになれましたね、スズカさん」