透き通った世界でヒイロ・ユイを目指す話 作:Hakone8510
お待たせしました。年明けは色々あって投稿をお休みさせていただいておりましたが、今週から再開したいと思います。今年も精一杯書いていきますので応援のほどよろしくお願いします。
さて、今回の主人公は、厳しい修行に明け暮れるようです。
「この世界の外側だって?」
我が師匠オカの言葉を反芻する。かといってそれで到底理解には及ばない。むしろ世界の外側などという突拍子もない言動をされては、理解とは正反対の状態に行き着くのも当然というものである。
「ま、いきなりそんな話されても訳わかんないわよね」
「当たり前だ。第一、
(だが……いやしかし)
自分がそう言った手前言葉に出すことは躊躇われたが、早速己の自信に
「さ、鍋ももう底を尽きたし。今日はここいらで終いとしよう」
「おい待て、話題を投げかけるだけ投げかけといてあとはほったらかしか?」
「
そう言って彼女は囲炉裏の炭を片付けると、使い終わった食器を持って台所の方へ行ってしまった。
追いかけて問いただすような雰囲気の中に置いてかれてしまった俺は、ただぼうっと消えゆく炎のゆらめきを見続ける。魚の小骨が喉に突き刺さったような心境のまま、その夜は刹那のように過ぎていった。
修行というのは、早朝から始まるというのが相場で決まっている。何でも単純な筋力向上だけでなく、朝行うことによって身体的なパフォーマンスの向上や集中力を高める効果が期待できるとのこと。まぁ俺とてその方の専門家ではないので、聞き齧った程度の話でしかないが。
(でもこれ……修行というよりは……)
「オラッ、ランニングあと10周!」
半袖白シャツに腹巻きサングラスという今日び見かけない昭和顧問スタイルで自転車に跨り、片手にはメガホンを持ったオカが後ろから追いかけてくる。対して俺の方は紺色のジャージを着て彼女に追い付かれないよう走り込み中である。
(ほぼ部活の朝練では?)
色々ツッコミどころは満載であるが、少なくとも彼女が形から入るタイプであることは容易に察しがついた。というか今頃どんなに時代遅れの部活顧問でもそんな格好の教師見たことねぇぞ。彼女の実年齢を聞くのが憚られるわけだ。
「お前今失礼なこと考えたな?プラス5周!!!」
おまけに、自分に対して失礼だと思ったことに対しては敏感なところまで完全再現。いやそこ再現する必要あった?
懐かしさと怒り、そして何より寒さに身を震わせながらランニングを終える。いつの間にかオカは昭和オッサンスタイルからいつもの和装に変わっていた。早着替えってレベルじゃねーぞおい。
「さて、そいじゃあ本格的な修行といきましょうか」
「なぜ本格的な修行の前にあんなに凝ったシチュエーション作りを……?」
「そこ、野暮なことは言わない。それはともかくとして、あなたにはこれを使ってもらうわ」
そう言って某青タヌキのようにどこからともなく取り出したのは木刀だった。
男と生まれたからには誰もが一生の内一度は夢にみる、修学旅行の旅先で高頻度で見かける土産の定番。小学生男児とは、成長してなお少年の心を持ち続ける、格闘士のことである(嘘)*1!!!
「こっちからいうのも何だけど……あなたも人のこと言えないわよ」
「おっと、これは失敬」
あまりにもトンチキな流れになっていたので、こちらも狂わねば……無作法というもの*2。
「それで、木刀で何するんだ?」
「そりゃあ決まってるじゃない。私と打ち合ってもらうわ」
えっ、チャンバラしていいんですか?やったー!
「お前、剣の心得があるのか?」
「そりゃあもう。何たって私、百鬼夜行の剣士にずっとお世話になっていたのよ?現代兵器としては剣や刀は廃れてしまっていたけど、習っておいて損はないでしょう、ってね」
それを聞いて、気分はさらなる高揚を見せた。
本格的な修行と言っていたから多少なりとも緊張していたが、今一度きちんと剣の扱い方を学びたいとかねてより思っていたのだ。きちんとしたところで学んだ人から教えてもらうとなれば、それは是非もないことだ。
「ほら、あなたの木刀よ」
再びどこからともなく取り出したもう一本の木刀を渡そうとしてくるオカ。俺は喜んで受け取る姿勢を作る。
「ああ、その前に一つ」
「?」
「ただの剣の修行と思ったら、大間違いだからね」
その言葉と同時にポン、と木刀を手渡された瞬間。
「 ッ!?」
急に体の力が抜け、膝から崩れ落ちる。意識が端から混濁し始め、呼吸することさえ苦痛になる。
「なんだ……これは……
抜けていった自分の力が、何となくではあったが今しがた手渡された木刀に吸われているような感覚があった。そうわかっていても、自分ではどうしようもないのだが。
「その木刀はね」
そんな様子の俺に構わず、オカは淡々と説明を始める。
「百鬼夜行連合学院自治区内にのみ植生を持つ、黄昏の木という材木から削り出されたものなの。その性質として、触れたものの神秘を吸い尽くし、己が内に蓄える 私たちみたいな“生徒”を養分にする、恐ろしい樹木なの」
「黄昏の……」
言われたことが右耳から出ていって左耳から出ていくだけで、全く脳にとどまろうとしない。ただ言われたことを反芻することしかできない。それほどまでに先ほどまで高められていた集中を容易に乱されてしまっている。
「これはいわば
対して彼女は、木刀を持っていても何でもないように軽々とぶん回している。俺の持っているものとは違うのか、と一瞬邪な感情が胸の内をよぎったが、なんとなくそれが同じ黄昏の木とやらからできた木刀であることが察せられた。
直に触れて初めて気づいたが、黄昏の木を材質とする木刀は、生徒の纏う神秘と相反する黒いオーラを放っている。同じ気を彼女の持っているそれにも知覚できたのは、ひとえに俺の持っている木刀よりも遥かに禍々しい雰囲気を醸し出していたからだ。
「この木刀を今の私のようになんの支障もなく振れるようになる。それが今のあなたの到達目標ね」
本当にただの修行じゃないじゃないですかー!ヤダー!!!
「ほら、じゃあ一発目いくよォ!」
「ちょっと待て、こっちはまだまともに立つことすら……」
「問答無用ォ!!!」
バゴーーーン!!!
「ぎゃああああああああ!?!?」
放たれた彼女全力の大上段は、神秘を失って弱り切った俺を吹っ飛ばすには容易く、ギャグ漫画の如く俺の体を空の彼方へと吹っ飛ばしてくれやがるのだった。
白い砂利が橙色に染まる。
カァンという乾いた音が重なるように連続で響き続ける。無数の足踏み音が大地を揺らす。風切り音が頬を凪ぐ。
「右足の踏み込みが甘い!それじゃあ顔を逸らしただけで避けられてしまうわ」
「クッ……」
「そのくせ視界外の攻撃を把握できていない!刃を見るんじゃない、相手の体の動きを見る!」
俺たちは雅な日本風庭園の中で、雅というには程遠い木刀での打ち合い修行に耽っていた。
普通剣術といった葡萄の類は、基本的な型を繰り返すことから教わると思っていたのだが、どうやら彼女と彼女の剣の師匠は違ったようで。
「剣術に本物の“型“なんて存在しないわ。人も戦いも常に変化してるのだから、型だけを覚えたら人と戦場にあった型がその都度必要になってしまうわ」
そのために型を覚えるのではなく考え方を教えるのだ、とは彼女の言。
この修練を始める前の俺はその言葉に内心疑っていたものの、修練後すぐにそれが杞憂だと分かり、時間が立つにつれ己の現状に危機感が募っていく。
「弱り切った私にこの程度じゃあ、のゼウスには勝てないわ!」
「ッ、言わせておけば……!」
そうは言うものの、彼女の言葉は事実だった。それがかえって、俺を惨めな気持ちにさせる。
容赦ない追撃が体を掠った。その痛みによって、今までどれだけ考えもなしに剣を振っていたかをつくづく思い知らされる。
神秘のない自分に憤った。その度に、自分がどれだけ作り出された才能に頼り切っていたのかを思い出す。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
景色が歪む。呼吸ができない。手足が痺れる。一体どのくらいの間、こうして打ち合っていたのだろうか。
一気に間合いを詰め、鍔迫り合いの状況に持ち込む。倒れそうになるのをなんとか堪えながらも、それを利用して自然に体重をかけていく。
「フンッ!」
しばらくそのままの状態を保っていたが、オカは
そうするならそれも良し、そのまま受け止めていようが避けようがどっちみちそっちから状況を動かさざるを得なくなる。とにかく先に動いて先手を取るのはどう考えても彼女に有利がある。ならば相手の出方を伺って迎え撃つ形をとった方が、まだ幾分かこちらにも勝機はある。
「そこだッ!!」
衝立のように右の足を倒れる先に立て、そのまま彼女の方へ斬り返す。彼女もすぐには反応しきれなかったようで、彼女の瞳の下に擦ったような赤い傷ができる。
彼女もただではやられない。ガードに使わず後ろに構えた木刀を、逆袈裟の形で振ってカウンターを仕掛けてくる。
(避けられ )
「!……フッ」
オカが思わずといった風に笑う。彼女の眉がわずかに緩んだ気がした。
長時間の打ち合いで目が慣れてきたのか、まさに間一髪で避けることに成功していた。前髪が焼けたかのようなチリっと言う音を立てたのを、どこか他人事のように流しながら怯まず突撃する。
「これで……!」
図らずもアニメで見るような、二人の刀が同時に、全く同じ体勢で首筋へと向かっていく。
(どっちが速いか それだけの勝負!)
しかし、後から冷静に考えてみれば、剣速比べに持ち込んだ時点でその勝敗は既に決しているようなものだった。剣の心得などほとんどない自分に対して、熟練の達人に挑もうなどと。
バシィン!!!
今日一番の痛烈な衝撃が脳天に直撃したことで、トランプで組まれたタワーの如くどうにか保たれていた
暗闇の奥から差し込んできた光に、思わず起き上がる。
「おや、起こしてしまったかね」
そう言ってくれるのは彼女ではなく、着物に身を包んだお爺さんイヌだった。この家の家主であり、家事面で俺たちをサポートしてくれている。
自分が寝転がっていたのは、昨日オカと囲んだ囲炉裏だった。彼によって種火がくべられ、新しく積み上げられた炭に赤が灯る。
「彼女は夕飯の買い出しに行ったよ。しばらく戻っては来ないみたいだ」
「……そう、でしたか」
「にしても相当大変なんだねぇ、君たちの修行ってのは。二日目からそんな怪我するなんてさ」
ふと自分の身体を見下ろす。腕や掌には所々包帯が巻かれており、腹や太もも、足先にはテーピングや湿布が施されている。顔に手を添えてみれば、頰や口にも絆創膏などの治療の跡があるのが分かった。
「いつもすみません、色々と任せきりになってしまって」
「いいんだよ。むしろ嬉しいくらいだ」
囲炉裏に置かれたヤカンの位置を調節しながら、老犬は微笑む。
「嬉しい?」
「あの子、いつもは落ち着いた雰囲気というか、人前に出る時は大人っぽい静かな振る舞いをしているんだ。でも儂にゃあそれが窮屈そうに見えてね」
「……」
「君の前にいる彼女はそれはもう快活で、年頃の女の子らしい元気な振る舞いを見せてくれる。それが、たまらなく嬉しいんだ」
熱々に沸騰したお湯を急須に注ぐ彼。しばらく回したのち茶碗に注がれるのは、なんと鮮やかな緑色の日本茶であった。
「だから、レイさん。彼女のこと、よろしく頼むよ」
「……ああ」
そう言いながら、彼から茶碗を受け取る。黄昏の木刀よりも遥かに軽いであろうそれは、しかしズシっと自らの手にのしかかってくるように感じた。
レイ「それにしたって、とんでもない修行だな……」
作者「開幕からボッロボロだもんね……」
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