昇降   作:おもちぴん様

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◆1◆

 

 遠くから歓声が聞こえる。大方、人気の剣闘士が勝利したのであろう。

この国は寛大だ。敵国の捕虜《わたしたち》に生き残るチャンスを与えてくれる。

この国は残酷だ。味方同士《わたしたち》を戦わせる《殺し合わせる》。

 聞こえていた歓声が止んだ。暫くして、私の主人《かいぬし》の側用人が私の前にやって来た。

手枷と足枷を外され、得物を渡される。どうやら私の出番《ショータイム》の様だ。

 得物は刃渡り僅か30センチメートル程度の剣《グラディウス》。

敵を倒すには相手の懐に飛び込むしかない。

 私は味方と戦う事から逃げた闘獣士《らくごしゃ》だ。

槍は持たされない。敵国の人間だから。みんな死を望んでいる。

 獣は時に人よりも恐ろしい。牙に爪、予想がつかぬ動き、相手を殺すことの躊躇の無さ……。

生きる、ただそれだけの為に生きる獣故の単純さ。それがひたすらに恐ろしい。

私と獣は変わらない。相手を殺して生きる、それしかない。

光と歓声が近づいてきた。また次があると良いのだが……。

 

◆◆◆

 

 相手は長い牙を持った獣であった。名前は知らない。

その長い牙を煌めかせ、私に敵意を向けている。武器を持つ利は一瞬で霧散した。

アリーナを埋め尽くす観衆は、その光景を眺め熱狂している。

きっと私がどのように血を流すか《死ぬか》で賭けをしていることだろう。

 人で埋め尽くされたアリーナにあって私は孤独《ひとり》だった。

陰鬱な気持ちに思考を埋め尽くされそうになる。

それを振り払ったのは獰猛な敵意を孕んだ獣の咆哮だった。

 私が目の前のことに集中していない様に見えたのだろう。

獣は私との間の距離を一吠えで詰め、牙を私に突き立ててきた。

私は何とかその牙を避けるが、右の腕には獣に凌辱された証が残った。

とてつもない激痛に身体中の血潮が逆流する。

 "殺さねば"。頭の中《思考》は紅くなり、相手《獣》を殺す方法で頭の中は埋め尽くされた。

考えはすぐにまとまったが、この獣は頭が良かった。初撃で成果《私の出血》を残したのだ。

あとは逃げるか待ち構えるだけで良い。時間は平等だと言うが、この場では獣に有利に働いた。

 リーチの差は埋めようもない。獣は私が動くのを待ち構えて、その長い牙で迎撃するつもりであろう。

私は飛び込むしかなかった。その長い牙で私に噛み突いてみろと言わんばかりに叫び獣に向かっていく。

当たる寸前で煌めく長い牙を掻い潜り、その牙を根元から叩き切った。

その勢いで得物は遠くに飛んでいく。

 獣は大きく目を見開き驚いた様子だったが、すぐに短くなった牙で私を殺そうとした。

咄嗟に私は地面を転がり、切り落とした牙を拾った。

 

 …………

 

  濁った泥の池から蓮の花が咲きこぼれる様に、アリーナ中央に血の花が咲いていた。

勝者は生気を失った蒼白の頬を砂で汚しており、右腕からは血が滴り落ちる。

 アリーナは耳が痛くなるほど静まり返っている。まるで時が止まったかのように。

やがて溜めた力を放出するが如く、アリーナいっぱいに歓声と怒号が響いた。

 

◆◆◆

 

 ––とある観客の述懐。

 私は目の前の光景に嘆息した。思わず隣の観客に今の試合は"ムネラ"なのか聞いてしまったほどだ。

これの後に行われる試合は可哀想である。

"猶予なき戦い"というものは、これほど人々を熱狂させるものなのか。

 剣闘大会というものは、その野蛮さに反比例して大会中に死人が出ることは少ない。

大会に出た10人中9人が次の大会に出られるほどだ。

大切な商品ゆえに戦争捕虜でさえ大事に扱われる。

 それが何故か。あの若々しく清楚な肌を持つ者は毎回命の危険に晒されているらしい。

あれのラニスタ(剣闘士のオーナー)は"我が愛しのヘルマプロディトス"と言って、他の金持ちに自慢しているそうではないか。

確かに美しいものが汚れる様は、心に来るものがあるが行き過ぎではないだろうか。

ああ、私が金持ちであればあれを我が手にするのに。

 

◆◆◆

 

 遠くで悲鳴と歓声が聞こえる。大方、犯罪者の処刑ショーが行われているのであろう。

 戦いを終えた私は控え室で手当てを受けていた。

傷口を水で洗い、薬草を塗る。処置はそれだけだ。

高級な薬は剣闘士如きには使ってやれないということか。

 この場には、私と傷の手当てをするものと私の傷口を見て興奮する者がいる。

異常者《私の主人》というやつだ。仲間の剣闘士には見向きもしない。

 私も異常者《孤独なはぐれ者》だ。男でもあり、女でもある。男でもないし、女でもない。

ヘルマプロディトス、それが今の私の呼び名だ。親につけられた名前は忘れた。

 名前を忘れるような私だ。今日殺した獣のことを私はすぐに忘れるだろう。

私は思い出すだろう。傷を見るたび、異常者の顔を。

 

◆1終◆

 




一応ホラーにする予定です。
いろいろ理由つけて書かないのをやめました。

◆参考文献・資料
ナショナルジオグラフィック グラディエーター 熱狂の舞台裏
小中千昭 ホラー映画の魅力
中野京子 怖い絵シリーズ
各種Wikipedia
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