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この国は光と闇の入り混じる誰彼時がない。
私の国の夜《闇》は深く青かった。誰彼時が30日続くときもあった。
誰彼時のような人間の私は、この国に居場所がない。
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とある富豪の家の一室に、本日の剣闘士の興行に参加したとあるラニスタとその剣闘士《所有物》が招かれていた。
有力者への接待は剣闘士の立派な仕事だ。
ここで気に入られればパトロンを得られる可能性がある。
パトロンの護衛になることができれば、ルードゥス(剣闘士養成所)の外で生活することも可能だ。
前提条件として戦争捕虜ではないという枕詞が必要であるが……。
通常、このような場で人気があるのはムネラに出場するような精鋭である。
彼らは強靭な肉体と人を魅了する技を持っていた。いわゆるスターと呼ばれるような者である。
しかし、実情は違った。
人だかりが出来ているのは、金色の頭髪と白い肌を持つ戦争捕虜達のところであった。
この国に住む者たちの頭髪は暗く、肌は小麦色だ。
捕虜達に一種の神秘性のようなものを感じているのであろう。
誰彼が口々に髪色を褒めそやす。まるで月光のようだと。神話に出てくる神々の持つ髪だと。
この国の神話に出てくる神々の髪色は"赫赫"、"炳"、"烔烔"、"月の光"と描かれている。
しかし、この国の人々に物語の髪色を持つ者はいない。いや、いなかったが正しいか。
人は自分に無いものに憧れる。強靭な肉体、莫大な財力、鋭敏な知能、美しい肌……。
この場にいる者共、特に年頃の娘たちは捕虜たちの持つ美しい肉体に魅了された。
この国は戦に強く、財力が豊富で、文明が進んでいた。
そんなものよりも私は懐の深さが恐ろしかった。敵を赦し、敵を取り込み、大きくなっていく。
今夜も祖国を捨てて、この国の一員《裏切者》になる同郷の友が出るだろう。
戦争捕虜になり1年。季節毎に剣闘大会で戦わされた。
私たちは主人の虫の居所ひとつで"猶予無き戦い"に出される。
戦争で死ぬのは良い。国の為に死ねるなら良い。見世物として死ぬことのなんと恐ろしいことか。
私は見世物《みせしめ》であった。細くか弱く見える体をこの国の者は侮った。
私はまだ死んでいない。魂はヴァルトからこの国に持ってきた。
同郷の友は、一人、また一人と篭絡《殺》されていく。
食事に、女に、仮初の自由に……。ヴァルトに魂を置いていると嘯きながら。
彼らは人間をやめたのだ。
◆◆◆
一言で言うと異常であった。金色の髪を持つ剣闘士たちの周りには老若男女が集まっている。
だが、ラニスタに"ヘルマプロディトス"と呼ばれる者の周りには誰もいない。
同じ金色の髪を持ちながら。
周りを引き立てる美というものがある。周りを貶める美というものがある。
彼は、彼女はどちらであるのか。
彼は彼女であり、彼女は彼である。
その双眸で見つめられ、耳元で囁かれれば、誰もがその命令を聞くだろう。
私は見つめられたい。私は囁かれたい。
◆◆◆
「なぜ彼の者には猿轡を?」町の有力者の一人がラニスタに尋ねた。酒杯を回しながらラニスタが答える。
「旦那様、死人が出るんですよ、死人がね」「しにん?しにんとは死者のことですか?」
「ええ、ええ。そうですとも」ラニスタが真顔で言う。更にラニスタは続けた。
「私はね、旦那様、初め、あいつを奴隷にでもするつもりだったんですよ」
「はぁ、まあそうしますよね」
「だけどね旦那様、あいつは私に殺してくれと言ってきた」相手がパトロンだというのにラニスタは暴走気味である。
「ええ、ええ。でも無視したんですよね」
「無視はしていない!"猶予無き戦い"に出しました!4回ですよ!4回!」
「それを全て生き延びたと?」「ええ、そうですよ!ああ!早く、早く死を与えたい!」
「ラニスタ、失礼ですが正気ですか?」有力者はラニスタの正気を疑う。
「正気ですとも!」食い気味にラニスタが答えた。畳みかける様にラニスタは言い放つ。
「あの目が怖い。あの目で見つめられたい。あの声が怖い。あの声で囁かれたい。ああ、ああ」
ラニスタは視線が定まらず、ぶつぶつと喋っていた。
有力者は見ない振りをして、その場を立ち去った。
◆◆◆
目の前の女が何か喋っている。隣には屈強な護衛と思われる男がひとり。
肌の色は褐色。彼らもこの国に染まったのだろう。
女は私の主人に何か話している。
主人は首を振っているが、女が二、三言さらに何か言うと人差し指を立てた。
私は閨に連れられた。
閨に誰彼時はな終い。閨は常に夜だ。
閨であれば私は男か女になれる。今夜の私はどちらだ。
◆2終◆