【完結】泳者(プレイヤー)名「葦名一心」 作:ムーンフォックス
乙骨憂太はこの数日間で青森結界、及び岩手県御所湖結界で怨嗟の鬼の捜索を行っていた。そして伏黒津美紀が死滅回遊から抜け出すという話を走ってきた通信役の禪院真希より聞いていたのだ。
だがここに一つのイレギュラーの進言がある。それは受肉体でもあった葦名一心だ。受肉した泳者はその肉体の記憶を読み取れる──覚醒した泳者ならば良い。だがもしも伏黒津美紀が受肉型の泳者ならばどうなる? 一心はかつて鼠を狩っていた。葦名に巣食う鼠だ。その鍛え上げられた嗅覚が危険を告げていたのだ。
だから乙骨は事前に東京第2結界にて待機、異変を察知すればすぐに一心が追加した総則で駆けつけるという段取りとなっていた。
転移した際に飛ばされるランダムな九つの地点は空中が多く、上から見ればすぐに戦闘の位置がわかるはずだった。
それを不可能にしたのは伏黒津美紀が追加した総則である。これにより乙骨は転移をすることが不可能となり、結界間を移動するのに時間を要することとなった。
それだけでは無い、転移した際に上空からどこに味方がいるのかの確認さえもできなくなった。それは大きなディスアドバンテージだ。
故に真希が一心たちの所へ加勢した際、真希はそのことを危惧。天与呪縛により引き上がる五感はここの誰より乙骨を結界内に侵入した時点で察知が可能。もし真希が察知すれば合図を──それはとにかく大きければ何でも良いが──それを送るという計画を話していた。
だから彼はここへ来れた。
「『リカ』!!」
乙骨は容赦も躊躇いも無く五分間を使い切ることに決定した。リカから取り出した十文字槍を一心の方へ放ち、乙骨の手にはメガフォンが握られている。
「"動くな"」
蛇の目と牙は呪言師の印。その声を聞いて呪言への対処を知らぬ、或いは持ってない一心と魔虚羅と真希が動けなくなる──ただし真希は素の力でその呪言から早く脱したが。
動けなくなる魔虚羅に対し真希の刀がその腕を断つ。斬撃に適応した筈の魔虚羅ではあるがそれは斬撃への超再生という形。彼女の持つ天与呪縛の膂力と魂ごと斬ることで硬度を一切無視する釈魂刀レプリカの前ではその適応は意味を為さない。
「乙骨よ! あの倒れてる奴を先に治してくれんか!」
乙骨は倒れている鹿紫雲に反転術式を施す──仮死状態の彼はこれで調伏の儀を終わらせても生き返れる。
そのためにはこの場におけるイレギュラーが二人、乙骨、或いは真希が魔虚羅を倒しこの儀自体を無かったことにする他無い。
魔虚羅の元へと躊躇いなく駆け寄る。
彼が意図したことでは無かったが、魔虚羅がこれまで適応してきたのは宿儺の斬撃、及び鹿紫雲の電気或いは電磁波を用いて攻撃の数々のみだ。
サイズを元に戻した魔虚羅の一撃は素早い。鹿紫雲が向上させた敏捷についていくために適応したのだ。だがそれは真希により防がれた、天与呪縛の持つ力に適応すべく法陣が回転を始める。
そしてその隙を狙い乙骨は懐に潜った。放たれる一撃は鈍く、重い。
それは烏鷺の血を浴びたことで彼が得た空を操る術式。乙骨の持つ圧倒的なまでの呪力がその威力を増大させる。
──宇守羅彈。
宇守羅彈の持つ防御無視の特性、これまで魔虚羅が打撃に適応していなかったなど、様々な好条件が偶然にも重なる。
それは魔虚羅を倒すのには十分な一撃であった。
後に残るのは地面に転がり虚しく周る法陣のみ。
調伏の儀は終わりを告げる。
(よし、早速虎杖君の方に合流して──)
乙骨は気づく、遥か上空から落ちてくるものに。
眩く光を反射するそれは星のようで、
それが一つの氷の塊だと認識するのには時間を要した。
凍星、裏梅は口に手を当て、
──氷凝呪法、
それを、解放する。
──『霜凪』。
虎杖と一心は間違いなく宿儺を追い詰めていた。宿儺は焦ることは無かったが、魔虚羅は別の人間に手間取っているらしく、思うように暴れてくれない。
そして未だに魂を深く沈められない伏黒恵の体だ。もしも宿儺が従来の力を行使していれば、眼前の二人などとっくに細切れにされている。檻の中にいた方が力をより発揮できていたというのはなんとも皮肉な話だ。
魔虚羅が祓われた、恐らくは乱入してきた乙骨だと適当にアタリをつけた。
だが時間稼ぎもここまでだ。
虎杖と一心、そして魔虚羅を倒し合流しようとした乙骨と真希。
その四者全員に冷風が吹きすさぶ。
一心は驚愕した。人とは、物とは一瞬にしてここまで凍れることができるのだろうか、と。
「差し出がましい真似をしました。どうかお許しください」
「良い」
宿儺の前に膝をつく男とも女とも判断できない容姿の呪術師が見える、恐らくアレが凍らせたのだろう。
だが会話をして油断している今が好機、一心が術式を使用し刀の先から氷が溶けていく。
宿儺が鵺を呼び出し去ろうとしている、このままでは間に合わない──。
氷が砕ける音が響く、虎杖に張られた氷が薄かったのだろうか、それが一瞬ではあるが宿儺の気を逸らした。とにかく理由はなんでも良い、飛び去ろうとする前に自由となった右腕を虚へ振るう。術式で燃え上がらせるのは宿儺の足元だ。
だがその一撃は直前に舞い上がる火の粉に気づかれ回避される。しかし完全に避けれたわけでは無い、右腕の炎上を引き起こす。
真っ先に反応したのは虎杖でも宿儺でも無くその従者──裏梅だ。
「宿儺様ッ! ──おのれ貴様ぁっ!」
「良い、今はこの肉体を慣らすのが先だ」
それを意に介さずに宿儺たちが飛び去っていく。
虎杖の悲壮な表情をせせら笑いながら。
敗北から数日が経つ。
来栖華は片腕を失ったが奇跡的に助かった。
鹿紫雲一もまた、一命を取り留めることとなる。
石流龍は殺され、伏黒津美紀に受肉した万という呪術師も宿儺に殺された。
最強、五条悟が復活した。
そして決戦の日が12月24日まで延ばされることとなる。
与えられた一ヶ月の猶予。
一心達は来ていた、北へ、岩手県御所湖結界へ。
「葦名城──文化遺産には登録されて無いから知名度は低いんですけど、まだ残ってるんです。ただ、その筋のオカルトマニアからは少しだけ有名で……」
「なんでも殺された奴らが亡霊となって出るんだと」
乙骨の説明に、禪院真希が付け加えるように話した。
狼狩りの最後の人員として選ばれたのは、彼女であった。
ここは葦名城城下。観光地として整備されており大切にされてきたことが伝わった。この奥の大手門の場所が、一番残穢が濃いのだと乙骨は言う。
一心はふと、受付にあるパンフレットのキャッチコピーに目が止まった。
有死之栄、
無生之辱。
それは確かに、かつての己が掲げた言葉に違いなかった。
「兵士、民草あわせて、死者数千」
生き残りは、殆どなし、
パンフレットに書いてある文章をぼやくように、呟く。
葦名は、戦国もっとも悲惨な殺戮の舞台となり、
その地には、後々まで鬼が潜んだという。
そんな逸話があるとか無いとか──。
パンフレットを握りつぶす、後悔が残るばかりだ。
大手門に近づくに連れ、一心はあの時病院で感じた呪力がどんどん濃くなっていくことに気づいた。恐らくはこの先に──。
大手門につき、先に現場を確認した乙骨以外は驚愕と戸惑いを隠せない。何より一番その光景にショックを受けたのは、そのかつての地形を知り尽くしてる筈の一心だった。
そこには何も無かった。
ただ広がるのが炎に焼かれ、黒く焦げ、冷めきらぬ熱から煙が昇る焦土だったことを除けば。
覚悟を決め、一心は高らかに叫ぶ。
「──隻狼ォォッ!!」
返事は一向に返っては来ない。乙骨が地面に降り立つ──やはり、反応は返って来ない。
「そう、ここには痕跡があるだけ──肝心の本体が、どこにもいないんです」
「……というかそもそも死滅回遊に参加してるんだから泳者として登録される筈だろ、なんでそっちで検索しねぇ?」
「登録されてないんです」
「何だと?」
「狼、怨嗟の鬼──隻狼、そんな言葉で調べてみても、黒沐死を倒した泳者で検索しても、出てこないんです」
「だったら、黒沐死は一体誰が祓ったっていうのよ?」
「……わかりません」
鹿紫雲の疑問に乙骨が答えはすれど、その疑問はますます深まり、烏鷺の当然の問いかけに、乙骨の顔は暗くなるばかりだ。よもやと、真希が何かを思いつく。
「もしかして、私と同じ天与呪縛──」
「ありえん。いくら彼奴が忍と言えど、お主のような驚異的な身体能力を持ち合わせてはおらんかった」
「だよな……」
「考えても仕方ありません。ひとまずは手分けして探していきましょう。結界の中にいる呪霊だとしたら何かしらその結界に入るための条件が必要な筈……」
ほうぼうに散る面々、一旦自分がかつていた出丸にでも顔を出してみるか、白蛇は未だに健在であろうか、などと思う。
改めて葦名城を見渡す。歴史的価値があるとして一応の保護はされている、よもやかつていた城が金を取れるような代物になろうとは。
500年の年月は、自身が既知だと思えるようなものすら知らないものに変えてしまった。かつては開かぬ門とさえ言われた大手門は大きく開かれ、骸広がってた広間は一面が焼け焦げてる、これまで来た道は人が歩きやすいよう小綺麗に舗装されている。
植えられた森林、交通料を取るために設置された受付、そして奇跡的にその怨嗟の炎の影響を受けてない、一つの鬼仏──。
ふと、一心はその鬼仏に見覚えがあることに気づいた。それは一心が生きていた時にもそこらかしこに配置されていた。
「……のう、お主ら」
「何か見つけましたか?」
「いや、この鬼仏なんじゃが……」
「そいつがどうかしたのか?」
鹿紫雲がジロジロとそれを見る。改めて一心が注意深く観察してみるが、やはりそれはかつて己が見た鬼仏に違いなかった。
だが、何故これが──
一心の脳裏に蘇ったのはまだ天狗として活動でき、白蛇の社で内府の鼠の忍を狩り、その直ぐ後に隻狼が来た時のことだった。
そうだ、あそこにも同じ鬼仏があって、それで──
「い、一心さん?」
気づくと眼の前の鬼仏で、座禅を組み、対座していた。
──鬼仏を見出す。故にそれは鬼仏見出と呼ばれる。
そうだ、それだけでは無い。狼がこのようにして対座した後一瞬目を逸らした時、彼の姿はどこかへと消えていた。
まるで、仏を渡ったかのように。
そう、精神を落ち着ける。対座とは対するように座すこと、対するのは仏のみならず、それは自身と対することでもある。
仏は常に人が己の内にある何かと向き合う。そういった時に助けとなる。
己の内にある何かとは例えば怒りであったり、悲しみであったり、古い過去の記憶であったり、そういった類のものだ。
それは一心にとってはきっと、あの時に隻狼を殺すか迷ってしまった己への後悔であろう。
乙骨一同は驚きを隠せない。
「……一心さん?」
葦名一心がいなくなったことに。
目を開いた時、一心が初めに見たのは笑みを浮かべる木彫りの仏であった。
だがそれは慈愛の微笑みなどではない。
かつて怨嗟の鬼となりかけ、その怨嗟を抑えるために仏を彫り続けなければならない宿命を負った者がいた。
その貌はいつも、憤怒の面をしている、業深い者には木の中に見える仏さまがいつだって、怒っているのだと言うのだ。
ならばこの木彫りの仏に彫られた狂喜に歪む笑みは何だと言うのだ?
御仏が彼の行いを喜んだとでも言うのか?
「違うであろう。お主は殺しに歪み、ついぞ仏すらをもお主を見限ったのだ。ならば対座し映るは常、いつも笑みを浮かべるお主のみじゃろうて」
眼の前の大手門の光景は今度こそ、葦名一心にとって馴染みの深いかつての死体蔓延る戦場その物である。後を追うように乙骨たちが辿り着いた。
「あれが……!?」
「ハッ、楽しませてくれそうじゃねえか」
口々に感想を言い合う中、一心が刀を構えた。
「行くぞ、隻狼ぉッ!!」
赤き巨体。
怨嗟の鬼が、その左腕から炎を揺らめかせる。
ちなみに初期案だと隻狼は本当に天与呪縛を持ってるという設定にしてましたが、SEKIRO本編の他の忍び達の身体能力も狼と同じくらいあったのを見て「いや流石にそれは無理あるな…」とボツにしました。あとは私のプレイスキルのせいでチワワになってしまったりとかもあったり…