【完結】泳者(プレイヤー)名「葦名一心」   作:ムーンフォックス

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怨嗟の鬼

 

「……いつまでそれを彫り続ける、猩々」

「さあてね……それに、今はもう単なる仏師でさあ」

 

 葦名城の城下、切り立った高い崖の奥にその寺はある。

 造りは古く荒れ果てており、横風が空いた穴から入ってきて少しばかり肌寒かった。

 

 そしてその本堂と呼べる部分の中央で茣蓙を敷き、ただひたすらに木を削っている彼を、一心は見つめる。隻腕であるが故足で丸太を抑え、残された右腕で鑿を握っていた。

 

 並べられた仏の一つを、一心は手に取る。それはどれでも良かった、刻まれた貌はどれも皆同じ形相だからだ。

 憤怒──この忍が仏を作るようになってから、いつもその表情は変わらない。

 

「一心様、あいつは……エマは元気にやってますかい」

「おお、エマならば最近はもっぱら、葦名流を習得するために剣に明け暮れておる。この前なんて十文字を会得して佐瀬を驚かせておった……お主に会いたいとも、嘆いておったぞ」

「……そいつにゃ、もうちと時間がかかりそうだ」

 

 ふと、傍らに放置されてある義手に眼が留まる。それは薬師道玄が彼の為にと幾度とない調整を繰り返し、完成させた忘れ形見。

 いやそれだけでは無い。もう一つ、あれは──書き物か。

 手にとって題を見遣る。

 

「──これは、伝書か?」

「おや、見られちまいやしたかい……忍びは捨てども、己の研いたこの牙は捨てれやしねえ。それならいっそ記録にでも遺しておこうって思いやしてね……受け継ぐ奴なんざ、いるわけ無いのはわかってるんです。けれどどうにも、捨てなんだ」

 

 伝書を開く。そこに綴られてあったのは飛び猿の技の数々。中には一心が見た物もある。

 頁を捲る手を止めたのは、最後に書かれた一つの技。

 

 奥義・纏い斬り。

 

「……良いのか? 新たな修羅を、呼ぶやもしれんぞ」

「けれども隠すわけにゃあいかんでしょう。いくら上澄みばかり掬ったって、血塗られたモンまで消えるわけじゃねえ……それに」

 

 仏師が不敵に笑い、一心を見る。

 

「もし落ちかけたとて、斬ってくださるんでしょう?」

「……かかかっ! そうじゃな」

 

 今度は、一心が笑う番だ。

 

「修羅に落ちる前に、斬ってやろう」

 

 


 

 

 仏の顔も三度まで。二度の慈悲を与えるほど仏の懐は深く、三度以上を許すほど優しい存在では無い。

 

 一心が怨嗟に会ったのは、これで三度目である。

 本当は一度会った時点で断ち切らねばならなかったのだ。だが中途半端に腕を斬ったせいでとある男はその積もり先となった。その判断は今でも間違っていないと一心は断言できる。

 しかし……あの男は、隻狼は違う。エマを殺した時に見せたあの笑み、何故修羅ではなく怨嗟の鬼になっているのか、一心には不思議ですらならなかったほどだ。

 

「行くぞ、隻狼ぉッ!!」

 

 一心の叫びが響き、開戦を告げる。怨嗟の鬼がさながら歌舞伎のように見得を切る。

 そしてそれは合図でもある。真希が真っ先に相手に走り出し、乙骨が指輪を構え『リカ』の使用を開始する、そして鹿紫雲が一心に触れた。

 

 怨嗟の鬼が右足を大きくあげ──降ろす。小手調べにとそれを受け止めた真希は驚愕した。

 

(なんて力だ……! こんなのをあのおっさん倒したっていうのかよ…?)

 

 天与呪縛でも手に余るほどの一撃。受け止めることはできるが、何度も受ければこちらが危ない。すぐに受けることから避けることに専念し、次の一撃にいつでも対応できるようにする。

 

 怨嗟の鬼の身体から炎が漏れ出す、近づくだけで火傷をしてしまいそうだ。攻撃はどこからだ? あの伸びた左腕か? それとも先程のように足か?

 否、それは攻撃では無い、ただの跳躍。一瞬真希はその行為を怪訝に思い……やがてはっとした表情で叫ぶ。

 

「構えろ! 来るぞ!!」

 

 着地と共に、凄まじい空気が舞い上がり、鹿紫雲たちを吹き飛ばしていく。ただの着地でこれほどなのか──? 眼前の存在が特級呪霊の中でも上澄みに入ることを理解させる。単純な呪力だけならば、恐らくはあの渋谷で交戦した呪霊たちとも引けを取らないだろう。

 

 だがようやく準備が終わったらしい。一心が駆け、怨嗟の鬼へと向かっていく。乙骨がメガフォンを構え、その司令を一心一人へと絞った。

 

「"跳べ"」

 

 呪言により強化された一心の跳躍は10mにまで到達する。鹿紫雲の周囲が音を立てた。雷を発生させる相手は怨嗟の鬼では無い、先程まで触れていた一心だ。

 

 パリッ……、衝撃と共に一心へ必中の一撃が向かう。だがそれが好機。一心が刀を構え、その雷撃を受け止めた。

 

 一瞬にして刀身を巡る雷。そして一心にはそれを返す秘技がある──雷返しだ。

 雷返しはただ雷を纏わせ振るう技では無い。それは使いようによっては時に雷を飛ばす技へと昇華する、一心にはそれができる。

 

 狙う方向はただ一つ──怨嗟の鬼のみ。

 

 

 しっかりとターゲットを固定する、外すことは許されない。放たれる雷──気づかれるがもう遅い。その一撃はしかと命中し、怨嗟の鬼から苦痛の声が叫び始める。

 

 一心が事前に考えていたのはこの策である。真希が怨嗟の鬼を相手にしている間に鹿紫雲が一心に触れることで雷撃の威力をあげる、一定の量まで貯まれば乙骨が術式で一心を高くまで運び、鹿紫雲が一心に雷撃を放ち、それを雷返しで怨嗟の鬼へと放つ。その作戦は完璧な成功を収める。

 

 泣いた赤鬼。だがそこに慈悲は見せない。その攻撃が止まっている今こそ、攻撃ができるまたとないチャンス。乙骨が烏鷺の術式を用い一瞬で接近し、その口元に手を近づける。

 

 呪力を持たない人間が決して呪霊に勝つことができないように、呪霊にもまた決して逆らえない一つの理がある。

 それは反転術式のアウトプット、負の呪力で構成された呪霊は正のエネルギーに弱く、故に負を正に転じる反転術式を流されてしまえば如何なる呪霊とて祓われてしまう、そこに例外は無い。

 

 乙骨には考えがあった、一心──正確には羂索ではあるが──の話が嘘偽りで無ければ怨嗟の鬼は呪霊操術の対象、つまりは呪霊。ならばこれで祓えるだろうと。

 

 乙骨の目論みはある種正しく、放たれた反転術式は雷返しを喰らった直後の怨嗟の鬼にとって弱り目に祟り目。

 怨嗟の鬼が大声を挙げ泣いた、泣き虫のように。だが祓われていない。呪力が足らなかったのか? 乙骨がもう一度反転術式を流そうと力を籠め──。

 

「そいつから離れろ! 乙骨!!」

 

 一心の声、真希が乙骨を目にも止まらぬ速さで掴み避難させる。直後、爆発が生じ、怨嗟の炎が辺りを燃やす。もしも乙骨があそこに留まっていれば怨嗟の鬼は祓われていたかもしれない。だが乙骨にも決して無視できない傷が残った筈だ。

 

「すみません。少し迂闊でした……一心さん、もう一度さっきの攻撃をお願いします。このまま行けば勝てる」

「うむ、早速鹿紫雲に──」

 

 危機を、一心はいち早く察知した。それはさながら隻狼が己では弾けない攻撃を事前に察知した時のように。

 怨嗟の炎で構成された左腕が肥大化し伸びる。ただの攻撃では無い、でなければあの巨大な身体が回転する必要が無い。

 

「避けるな! 跳べ!」

 

 狙いは自分らの脚、下段への攻撃。攻撃を両者が上へ跳ね回避する。空中にいる際に、一心は先程と同じ感覚を味わう。そう、攻撃は一度では無い。

 

「もう一度じゃ!」

 

 加速する回転は着地するのと同時に一心たちの脚を狙った。寸でのところで再び跳躍、何は逃れたのか? 否、一心の感覚は再び危機を訴える。だがこの感覚は先の下段攻撃のような物では無い。

 

 熱いなと、一心は手を団扇代わりに扇いだ。そう、まるで地獄の包まれたような。

 その瞬間一心はその危機の正体が何だったのかに気づいた、だがもう遅い。

 

 再び見得を切る怨嗟の鬼と一心たちを中心に炎が舞い上がり──そして包んだ。それは単なる怨嗟の炎では無い。呪力により強化され、天まで昇り詰めるほどの高火力、高出力の炎。そして恐らくはその炎が消えることは無い。

 

 閉じ込められ、一心と鹿紫雲が完全に分断された。

 

 

 こうなると頼れるのは取り残された乙骨と真希のみ、一心でなんとか食らいついていけるだろうか。

 だが絶望はそれだけに終わらない。

 

「おい、嘘だろ……」

 

 怨嗟の鬼の炎が漏れ出す。その動作に真希は見覚えがあった。それは確かに数分前に見た筈の──。

 怨嗟の鬼が高く飛翔した。

 狭い炎の中。今度こそ、逃げ場は無い。

 

 


 

 

「クソッ! どうなってやがる!!」

 

 舞い上がる炎の外、炎に抗う術を持たない鹿紫雲は無力に等しい。つけるのは精々が悪態くらいであろうか。

 

 炎の中はどうなっている? 一心は? 乙骨は? 真希は? 如何なる想像をしようがそれは妄想に過ぎない。せめてこれが領域ならば外から破壊する術の一つでもあろうが、これは純粋な火力の塊、破壊という選択も取れない。

 

 歯噛みし上を見上げる。炎の途切れ目、そこからならばきっと侵入ができる。だがそれ高さゆえ不可能に近しい。

 それこそ、空中を飛べるような者でも無ければ──。

 

 鹿紫雲は気づく。その縁の箇所に人影が一つ見えたことに。あれは──

 

「烏鷺……?」

 

 


 

 

「『リカ』。お願い」

「何を……?」

「なんとかします」

 

 乙骨には必殺技のような物が一つ存在する。

 

 それは『リカ』完全顕現中にのみ行える呪力の高出力指向放出。

 石流龍の最大出力のグラニテブラストには少し劣りるがその威力は凄まじく、かつて夏油傑が4601体の呪霊と引き換えに放った『うずまき』をも撃ち破った。

 ただしこれは特級過呪怨霊としての折本里香が完全顕現しており、且つ乙骨のすべてを捧げる縛りによって成り立っていたものであるが。

 

 炎を垂れ流す怨嗟の鬼が蓋となるせいで、真希が二人を抱え上に逃げるという方法は取れない。

 火傷を覚悟し炎の壁に突撃し、外に脱出するという方法もあるが、炎の壁がどれほどの厚さを持つのかがわからない以上それは無謀であろう。

 

 もはやこれに賭けるしか無いのだ。

 

 

 決死の覚悟で放出が最大出力に達するのを待つ乙骨達は気づいた。

 怨嗟の鬼の他にもう一つ、その上にいる呪術師の存在に。

 

 葦名一心がその名を呼ぶ。

 

「……烏鷺!」

「言ったでしょ! 致命傷ぐらいなら守ってやるって!!」

 

 怨嗟の鬼が落ちて来る。その直後烏鷺は術式を発動、周辺の空間が歪み、纏われた炎が烏鷺へと集中する。

 

「熱っ! ……私のことは良いから! 早くやりなさい!!」

 

 無論、炎を持つ空間が烏鷺の周りに集まるのだ。烏鷺の体表は炎上し、痛々しいケロイドを作り出している。炎に焼かれた者の末路は悲惨だ、いつ死んでもおかしくない。だがそれでも烏鷺は術式を解かない。

 

「……ありがとうございます!」

 

 怨嗟の鬼が地面に衝撃と共に着地する。衝撃は凄まじいが、それに炎は伴っていない。そして着地に備えた三者は当然先のように吹き飛ぶことはしない。

 

(あと少し、時間が……!)

 

 怨嗟の鬼が異変を察知し、炎の外へ逃れようとする。

 

 ──奥義・葦名十文字。

 

 その足が斬り落とされた。右脚は真希の硬度を無視する斬撃によって、そして左脚はかつて一心が修羅を斬った抜刀術によってである。

 

 くずおれる怨嗟の鬼。

 出力が最大に達する。

 

 迷いなく、その一撃は放出された。

 

 


 

 

 ──何者にも成れなかった。

 ──だから何かに成ろうと思った。

 

「私は、何に成れたかな」

 

 意識が朦朧としている。反転術式を使いはしたが、それより火の巡りの方が早く、やがて呪力は尽きてしまった。

 怨嗟の炎を倒すために乙骨はありったけの呪力を籠めた一撃を放った筈だ。例え僅かばかりの呪力を残しておいたとしても、それは反転術式をアウトプットできるほどの呪力量では無いだろう。

 

 つまり、烏鷺亨子は。

 

「……400年待たせたけど、ようやく会えそうね」

 

 彼女の脳裏に浮かぶのは様々な理由でいなくなった日月星進隊の隊員達のことだ。彼ら隊員にも当然、名前など無い。

 皮肉なことだ、死んでも悲しまないようにつけられなかった名前がむしろ、彼女たちの結束を強固な物にしていたとは。

 

「クソみたいな時代だったわ。結局全部羂索の掌の上だろうし、藤原の子孫だっていたし、呪術始めて数日の雑魚には負けたし」

 

 そして最後に思い浮かんだのは──そんな何も無かった自分を羨んだ、ムカつく一人の侍。

 暗くなっていく視界の端で炎の結界が晴れていくのがわかる。

 

「……まあ」

 

 駆け寄ってくる、もはや顔すら見えない彼を見て。

 

「少しだけ、悪くなかったかな」

 

 烏鷺は静かに、目を閉じた。

 

 


 

 

「一心さん」

「わかっておる、知っておった。この戦いで誰一人欠けることなくなど、儂の寝言だということくらいは」

 

 人が死ぬ光景なんていくらでも見てきた。少なくとも、侍大将のような親しい間柄の者が死んだ時も、正孝が死んだ時も、薄井が死んだという報が来た時も、迷いは無かった筈なのだ。

 だから、今更彼女の死で涙を流すことなど、あってはならないのだ。それはこれまで死んでいった者への、冒涜となってしまう。

 

「はい。それに戦いは終わってません……結界が解かれてない」

「……どういうことじゃ?」

「怨嗟の鬼は──いえ、隻狼は、まだ生きています」

 

 痛いほど固く拳を握り重苦しそうに、乙骨がそう告げる。

 驚愕したのは一心の方だ。もはや怨嗟の鬼はいない。ならば隻狼は、どこにいるというのだ。

 

 乙骨が一つの方向を指差す──

 ──鬼仏が、そこにある。

 

「僕たちが怨嗟の鬼を倒した後に出現した物です。でも僕たちが来た時みたいに座ってもなんの反応も無かった」

「……ならば、関係は無いのでは?」

「いえ。恐らくただ一人だけを受け入れ、それ以外を弾くようにできてるんです」

 

 乙骨がその一人に、一心に言い放つ。

 

「行ってください」

 

 骸を静かに置き、刀を握りしめ歩く。

 彼の因果の最後の、戦場へと。

 

「一心」

 

 誰しもが固唾を飲んで見守る中、一人声をかける者が──鹿紫雲である。

 

「なんじゃ?」

「迷うなよ」

 

 その侍は今、迷っていた。涙は流さなかった、目を逸らし断ち切ったからだ。

 でも本当は己の中にある因果の咎を、彼らに巻き込ませてしまったことにひどく、後悔をしていた。

 

 本来ならばこれは彼がその修羅を逃がしたことから始まった出来事。侍ならば責任を取るべきは彼一人であり、当然それを他人に背負わせるなど言語道断。

 だがそれに戦だと理由をつけ仲間を募った。だから一人の呪術師が死んだ。それが尾を引いてることを見抜いたのだろう。鹿紫雲の口は閉じない。

 

「お前、呪術師だろ」

 

 侍は気づく。

 己が既に、呪術師であることを。

 一人の罪と罰などという因果の内に、収まれるようなものでは到底無いことに。

 それが男に如何なる影響を与えたのかはわからない。

 ただ一つ言えることがあるとするならば、

 

「応よ!」

 

 それは葦名一心という一人の呪術師の迷いを無くすには充分すぎたということだった。

 

 静かに、その鬼仏へ対座する。

 気づくと乙骨たちの視界から一心の姿は消えていた。

 

 


 

 

 葦名が、燃えている。

 最初、遠目にその景色を見た一心は、それが内府の襲撃により燃やされたのかと思った。

 違う、すべて一人が燃やしたのだ。

 

 この場所には見覚えがある。夜のすすきが原。ある一匹の狼の左腕が斬られ、全てが始まった()の因縁の場所。

 

「儂は、お主が散らした者達の為に、戦わなければならぬ」

 

 そして、眼前の忍にはそれよりもっと見覚えがあった。

 左手につけられた義手、腰に下げられた如何なる攻撃をも防いだ彼の相棒とも言える刀。両腕に持つ赤と黒の二振りの──不死斬り。

 覚えが無いとするならば、血が飛びぼろぼろとなった忍装束と、そこに浮かべる不気味な笑顔のみであろうか。

 

「ゆえに隻狼」

 

 対し、その呪術師は刀以外に持ち合わせる物は無い。

 だがそれがどうした。彼につけられた名を忘れたか。

 そう、彼はこう呼ばれていたのだ。

 

「お主を斬るぞ」

 

 剣聖、葦名一心が、修羅と向かい合った。

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