【完結】泳者(プレイヤー)名「葦名一心」   作:ムーンフォックス

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修羅

 

 葦名流の構えは独特であり、中でも一心の構えは異質さが極まる。

 正眼の構えといった従来の剣道の構えを一切せず、両手で握るはずの刀を右手のみで持ち、それを正面に持っていくわけでも無く、ただ下に降ろした状態を保つ。

 

 一見すればその構えは隙だらけで、だから敵は攻撃を仕掛けてくる──その構えこそが罠だということに気づかずに。

 

 葦名衆は知っている、

 流れる水こそ、強いということを

 

 硬く受け止めるのではなく、

 流れるように受け流すべきなのだ

 

 ゆえに、一心がしたのはいつもと変わらない構え、普段通りの自然体で且つ十全に、彼が刀の真価を発揮できる体勢。

 

 それを見て500年前のあの決戦を思い出したのだろうか。修羅──隻狼の笑みは崩れることなく、赤の不死斬りを背中の鞘へ納め、黒の不死斬りを腰にかけた鞘へと戻した。

 

 一心はその鞘に違和感を覚える。黒の不死斬りは如何なる者でも扱えるよう鞘が造られていない筈。だがどうして鞘などと──。

 いや、その刀身に見合わず窮屈そうに刃が収まっている鞘を見れば嫌でもわかる。

 あの鞘は、

 

「儂の骸から貰い受けたか」

「…………」

 

 返答が来るわけでは無い、だがそれはきっと答えに相違ない。

 

 隻狼が不死斬りの代わりに引き抜いたのは一振りの刀、鞘も柄も黒く、なんともまあ飾り気の無い刀だ。

 その刀がかつて一心の用いた技巧すべてを弾き尚、刃毀れ一つしなかったと言っても、きっと信じる者はいないであろう。

 

 それは葦名の庶家である平田家に代々伝わり、隻狼の左腕がまだあった頃から彼が愛用していた刀、

 

 銘は、楔丸。

 

 

 隻狼もまた奇特であり、楔丸を構えるその体勢もまた誰が見ても隙が多くあるように見えた。

 だが一心は知っている、その構えにかつて、己が負けたということを。

 そして狼はどうやら、不死斬りを用いずに一心を殺したいようだ。

 訪れる静寂、打ち破るように先に動いたのは一心である。

 

 

 脚部を呪力で強化し一瞬で隻狼に肉薄、腕を絶たんと振るう攻撃は難なく弾かれる。だがこれは序の口の攻撃にすぎない。テンポを崩すためのゆったりとした歩みから一瞬で放つ突き。これもまた見切られた。

 

 一心は驚愕した。隻狼に敗れてから体感時間で数日の一心と違い、彼にとってこの再戦は500年ぶりとなる筈。なぜこうも攻撃が避けられる?

 そう、まるで幾度となく心中で再戦を果たしてきたかのような──。

 

 一瞬の気の迷いを振り切る。手の内が知られているならば、相手の知らぬ攻撃をすれば良いだけのこと。

 今の一心は単なる侍では無い。呪力を用いて呪術を操る一介の呪術師だ。刀から燃えあがる炎、隻狼は一瞬だけそれに驚いた様子を見せたが、すぐに楔丸を握り直す。

 

 刀を大上段に構え──振るう。振り下ろすことに一意を置く葦名一文字である。

 だがこれも弾かれる。だがその一撃は重く、隻狼の体を一時痺れさせ行動不能にさせるには充分だ。

 

 隻狼は気付いた。彼の者の攻撃が終わってないことに、刀を鞘に納め、その技を放つための体勢へと移行していたことに。

 

 そう、この一連の流れは老齢の葦名一心にはできなかった動き。かつての一心ならば初撃を弾かれればそれで終わり、体が動かず大きな隙を晒していた。

 だが今は違う。肉体は既に老人のそれではなく、故にすぐ別の行動に転ずることができる。

 だから、それは隻狼にとって予測ができない初めての技。

 

 ──秘伝・竜閃。

 

 

 迫る斬り降ろしの一撃、だが彼の忍としての勘がそれを寸前に察知し弾くことに成功する。

 それに狂喜し、隻狼は思わず構えを解く。

 

 そして続いて迫る衝撃波が、彼を斬り裂いた。

 

 

 

 暫しの、静寂。一心の呼吸は疲れを見せていない。転がる死体を見つめ、一言。

 

「芝居は止せ」

 

 瞬間、その死体の周囲にどこからともなく薄紅の桜が舞い散った。死体だった指がピクリと動きを見せ、やがては膝をつき、その全身を改めて立たせる。

 

 ──回生。

 

 それはかつて、とある一人の御子が忍と交わした契り。

 ある者の孫を狂わせ、葦名再興のために最後のまで縋った寄す処。

 

 500年経った今もなお、その力は衰える様を見せない。それは他者の生命を啜ることで当人を常しえに生きながらえさせる歪んだ力。

 それゆえに、彼の主はその歪みを断とうとしたというのに。

 

 その力には竜胤という名がつけられた。

 

 死なずの者を殺すには、不死を斬る妖刀が必要だ。

 問題が一つ、

 その妖刀はすべて今、その不死の手元にある。

 

 


 

 

 刀に力を籠めての周囲への抜刀、

 巻き込まれ隻狼死亡、そして回生。

 

 術式で刀に炎を纏わせての葦名一文字、

 弾こうとして焼かれ隻狼死亡、そして回生。

 

 背後に回った隻狼へ振り向きざまの斬撃、からの炎による下段の攻撃、

 初撃は弾いたが跳ぼうする直前に焼かれ隻狼死亡、そして回生。

 

 遠く行き距離を開こうとするのを炎を纏わせた振り上げでの阻止、

 走ることで避けようとしたが逃れられず焼かれ隻狼死亡、そして回生。

 

「……まだ、竜胤は尽きぬか」

 

 言葉と共に、刀を振るう。呼吸が乱れる様子は無い、既に20回は殺してる、人を歪ませ不死に変える竜胤とて限度はある筈。ならばまだ、刀を振るい戦える。

 

 

 喉を刺す、

 隻狼死亡、そして回生。

 

 腕を断つ、

 隻狼死亡、そして回生。

 

 腹を裂く、

 隻狼死亡、そして回生。

 

 胸を突く、

 隻狼死亡、そして回生。

 

 脳を貫く、

 隻狼死亡、そして回生。

 

 体を斬る、

 隻狼死亡、そして回生。

 

 全身炎上、

 隻狼死亡、そして回生。

 

 殺す、

 隻狼死亡、

 

 

 ……何度、殺しただろうか。恐らくは100回ほどだろうと一心は適当に推測をつける。もっとも、実際はこれで183回目の殺人であるが。

 回生する際にどこからともなく散っていく薄紅色の桜。そこに光が陰ることは無い。

 

 ──そして、回生。

 

 まだ眼前の相手を殺さねばならないのか、少しばかり息が苦しくなってきているのを一心は理解した。早い内に決着をつけねば、

 

 そう、一心の見立て自体は間違っていない。竜胤の力には確かに限度が存在する。それを超えれば肉体は真の死を迎えるのだ。

 だが竜胤とはつながりの力、人と会話を交わすなどといった方法で関わりを持ち、その人から少しばかりの生命を頂戴することで回生の力とは成り立っている。

 

 一心は疑問に思う。ならば眼前の存在は誰から生命力をもらっているというのだ? 誰と関わりを持っているというのだ?

 

「グ……ゴホッ! ゴホッ!」

 

 息が苦しい。一心は耐えきれず手を口で覆い咳をして、その時にようやく理解した。

 

 ──咳と共に吐き出された、一部が白く濁る血の塊。

 

 竜胤によって生命を奪われすぎた者は、とある病に苦しむこととなる。

 その症状は様々だが、共通することは、苦しみ、まともな息ができなくなること。

 そして、白く濁る血の塊を吐き出すこと。

 

 その病には竜咳という名がつけられた。

 

 

 誰から生命力をもらった? 誰と関わりを持った? 答えは至極単純。もう少しだけ時間があればその答えには辿り着いたのかもしれない。

 

 隻狼がこの時代で深い関わりを持つ人間など、一心以外にはいないというのに。

 いや、厳密には羂索も含まれるか、だがその病状は一心よりも軽微だろう。いや、今はそんなことを考えてる暇は無い。体勢を立て直さなければ──

 焦る思考と裏腹に現実はどこまでも冷酷で、気づけば眼前には隻狼がいて。

 

 その楔丸の一太刀が500年の時を経て再び、喉元に突き立てられる。

 

 


 

 

 かつてその相手に頭を下げた。酒を賜り、そして酒を振る舞ったことだってあった。

 

 突然の発症で血を吐き、爆竹を使うまでも無く隙だらけで、幾度と隻狼を殺したことで疲れが──体幹が貯まった相手。

 それは隻狼にとって、これ以上無い格好の獲物。

 

 喉に刃を突き刺すことなど造作も無い。

 相手は今、己の前で頭を下げていた。

 その相手、葦名一心は。

 

 500年ぶりの心躍る愉しき遊びであった。

 そう、隻狼はその気になれば不死斬りを用いて一瞬で決着を着けることができたのだ。

 だが違う、これは戦いでは無い、彼にとってこれは──遊びなのだ。呆気なく終わってしまえば興が冷めるというもの。

 

 ふと、楔丸に目が留まる。

 もはや男には相手の喉を突き刺す刀の名に秘められた願いすら、理解できなくなっていた。

 はて──これにはなんという意が籠められていただろうか?

 

「忍びは、人を殺すが定めなれど、一握の慈悲だけは捨ててはならぬ……」

 

 声がした。直ぐ様その方向へ顔を向ける。

 血まみれとなり鬼のような形相をした一心が、そこにいる。

 その闘志は尚、崩れていない。

 

「一つとて握れなくなったか。鬼が」

 

 隻狼は500年ぶりに、怖気づいた。怖気づけば、人は死ぬ。

 

 咄嗟だったがそれは一瞬だった。

 一心を遠くへ吹き飛ばす。

 赤の不死斬りを抜く。

 黒の不死斬りを───、

 

 黒の不死斬りはどこだ? 腰にさげてた筈の鞘ごと消えている。

 まさか。

 

 先程吹き飛ばした一心を見る。その手には確かに、黒の不死斬りが納められし鞘が。

 

 しかし喉元を刺した、死んだ筈だ。

 

 そしてまた、隻狼は瞠目する。先程まで別人の顔であった一心の顔が、500年前のそれに戻っている。潰れた左眼に、伸びた髭、それどころでは無い。体すらも、若者のものでは無くなった。

 

「……ようやくこれで、お主を殺せるわ」

 

 黒の不死斬りには抜刀時に抜いた者を殺す効果は無い。刀を引き抜き、構える。

 隻狼の浮かべる面持ちは笑みから、かつての仏頂面に戻る。これはもはや遊びなどではなく、一つの殺試合だと理解したからだ。背後の赤の不死斬りを静かに引き抜く。

 

 ──受肉した者には、一度きりのみ肉体を修復し、その全盛の形を取る術がある。

 それは意図的に中断していた。受肉による変身の、再開。

 即ち死闘を重ね、貪欲に強さを求め、あらゆる技を飲みこもうとした一心だ。

 

「三たび修羅を、斬ることになろうとはな」

 

 二つの不死斬りが、互いを殺さんと擦る想いに呼応し赤と黒の瘴気を放ち始める。

 夜のすすきが原で全盛の力を取り戻し、黒の不死斬りを持つ一心、そして赤の不死斬りを手にし構える一匹の忍。

 

 奇しくもそれは狼が義父の誘いを断り、主がために不死断ちを為さんとする──そんな有り得べからずな最後の光景と類似していた。

 

「参れ、隻狼!」

「……参る」

 

 最期の戦いが、幕を開ける。

 





 黒の不死斬りについては様々な考察がありますが、本作では鞘が存在しない設定にさせていただきました。
 まだ受肉をして復活する際に最盛期の姿になるというのも本作独自の設定となります。申し訳ありません。
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