【完結】泳者(プレイヤー)名「葦名一心」 作:ムーンフォックス
「おはよう、葦名一心」
「……」
「やだなぁ 忘れちゃった?」
眼の前にいる男は誰だろうか。こんな黒い袈裟を羽織るような、増してやこのような長い前髪をしたような男に葦名一心には見覚えが──
いや、一つだけ心当たりがある。
頭にある縫い目。名は確か──
「羂索か」
「やっと思い出してくれた。忘れていたらどうしようかと思ったよ」
ふと己の斬られた腹を見た。傷は──無い。いや、それだけでは無い──
身体が、変化している。
「儂は……どうなった」
「遺体なら放置されてたよ。でも驚いた。君が呪力に目醒めてたなんて」
「呪力……?」
「まったく呪物にするのに苦労したよ」と小言で呟く羂索、だがそれより気になったのは聴き慣れない『呪力』という単語だった。
それに気づいたらしい、付け加えるように羂索の口が開く。
「君が出した炎のことさ。まああれほどの高出力を出せたのは、君が命をかけた縛りを無意識下で行っていたっていうのもあるけどね」
嗚呼と、葦名一心はつい数分前の出来事を思い出す。もっとも羂索の言った言葉が正しいのならば、その出来事は500年も前にはなるだろうけれども。
狼に胸を突かれ死を覚悟した際──己の中で目覚める何かがあった。
気づけば、刃は炎を飛ばしていた。
「今の君は夢と現実の狭間──言うならば
「断る道理が、どこにある」
「やっぱり君ならそう言うと思ったよ──もうじき目が覚める。君がいるのは東京第二
『東京』──日本が江戸時代のいつだったかにそう呼ばれるようになったかつての武蔵国の場所──
江戸とは何か? 東京とは? 知るはずのない記憶が浮かび上がる。この肉体に刻まれた記憶なのだろう。
「さあ、そろそろ時間だ……改めてようこそ、死滅回遊へ──あ、そうだった 君には一つ言っておかないといけないことがあったね」
羂索は葦名一心へそれを話す。
瞠目した。
「……そう、か」
「まあそういうことで」
良い
いかなる時代の中でも、その無心は変わらぬ。
強気を追い求め、ただひたすらに斬るのみよ。
『よぉ 俺はコガネ!』
パチリと、目が醒めてまず一心が耳にしたのはそのような言葉だった。上体を起こし辺りを見回す──ドクロの形をし、羽を持ち言葉を喋る奇妙な虫のような。とにかく形容する言葉が見つからなかった。
「……誰だ」
『俺はコガネ!
「ああ、頼む」
窓口──知らない言葉の筈なのに意味を解せるというのは妙に気持ちの悪い感覚であった。コガネは当然だがそんな一心の気持ちなど意に介さない。
ルールについての簡単な説明を聞きながら、一心は改めて己の身体と、現在位置の確認をした。場所は病院──残念なことに、得物は鉄製のさすまたぐらいしか無かった。しかし発見した包丁を先端にくくりつけることで擬似的にそれを槍へと昇華させる。
「……槍、か」
槍には不思議と縁がある。かつての国盗り戦の敵将田村もまた、槍を使う相手であった。
あの時代は思い出すだけでも全身が狂喜する。そしてそう、そこで手に入れた、かけがえのない者達のことも──。
「お蝶、猩々、薄井、エマ、九郎……弦一郎」
噛みしめるようにその名を呼ぶ。
500年の年月が経った。生き残りは誰もいない──或いは殺されたか。そう、あの男に。
「隻狼……」
募る怨嗟に気づき、慌ててかぶりを振るう。怨嗟に囚われ、道に迷うわけにはいかない。
迷えば敗れる。
それは如何なる世とて変わることは無い。
筋肉、身体能力はともに申し分無し。どうやら羂索は己の身に合う身体をしっかりと選んでくれたようだ。
「儂の知らぬ顔、というのはなんとも気味が悪いが」
もっともそれは重要ではない。
葦名一心は目醒めた。泳者が目醒めたということは──。
近くのビルで爆発が起こる。
笑みを浮かべ、躊躇い無く突入した。
死滅回遊に参加する者には様々な理由があるだろう。
この国の司法に限界を感じ、新たな法の在り方を見出さんとする者がいるかも知れない。ひょっとしたら、とある誰かに愛を教えたい者がいたり、相撲を取りたいだけの者がいたりするかも知れない。
だがその凡そは、血を見たく、そして争いたい。
ただ一点。
『5
「……弱ぇ」
彼がかの時代において、絶対の強者だったという一点を除けば。
様々な時代から羂索が集めたという猛者。どんなものかと期待して勝負を挑んでみれば──
結果は潰れた相手の頭を見れば否が応でもわかる。
どの時代においても相も変わらず、鹿紫雲は依然として強者だったのだ。
無常な視線を向け、退屈だと踵を返し歩き出す。
こうも弱者ばかりでは、きっと羂索が言う
いかにして探すべきか──あの男──宿儺を。
「……へぇ」
これまでの弱者との戦いにおいて、鹿紫雲の思考は敵のことではなく、ひたすらに宿儺のことばかりであった。
だからこそ、宿儺への思考を止めたのにはそれ相応の理由がある。
眼前に槍を手にした男が一人、立っている。
鹿紫雲は一瞬で理解した、男もまた、かの時代における強者であったことを。
強者との戦いにおいて、鹿紫雲の思考はただ戦うことにのみ割かれていく。
「オマエ、名は?」
「葦名一心」
「鹿紫雲だ」
パチリと、一筋の電撃が辺りを散らした。