【完結】泳者(プレイヤー)名「葦名一心」   作:ムーンフォックス

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仙台結界(コロニー)

 

 烏鷺亨子は見誤っていた。眼前の男がなんなのかを。

 そして葦名一心もまた見誤っていた、

 呪力とは何たるか、他を憎み呪うその力が、人に如何ほどの力を与えてくれるのかを。

 

(槍……?)

 

 一心の接近、落ち着いて対処をしようと構える烏鷺を襲う、四発の弾丸。

 

(銃!?)

 

 反応が一瞬遅れる。対処するための構えが解かれ、その技を許してしまう。

 舞うようにその連撃は繰り出される、刀による瞬時の二度の斬撃、槍に僅かばかりの遅延を含ませた四度の大振り──全てが烏鷺の体表を削っていく。

 

 そして止めの突き──自身との空間を延ばし致命傷を回避せんとする。

 把握済みだ。突いた槍の返しを以て敵を引き寄せる。

 

 俗に言う、形部の鎧剥ぎよ。

 

 

 引き寄せられた烏鷺に為すすべはない。

 懐に突きつけられ、放たれたのは弾丸。ただし、呪力が込められた強烈な一撃。

 

「侍のクセに刀以外使いやがってぇッ!」

(こいつ──武器に呪力を通す技術が優れてやがる!)

 

 一般的に、武器というのは呪具で無ければ恐れることは無い。

 それは例えば乙骨憂太のような五条悟より上の呪力量が籠もっている、或いは游雲のように呪力に頼らないものを除けばそれは単なる刃でしか無いからだ。

 

 これまでの葦名一心は、呪いの力を信じたことすら無い。だがその通し方ならば自然と、武器が教えてくれていた。剣聖と呼ばれるが由縁の天性の武器の才覚(センス)、それは呪術の世界に於いても遺憾無くその実力を発揮していた。

 

 激昂に染まる。憤激は烏鷺に一つの掌印を結ばせた。

 乙骨のことなど知ったことではない。今はただ、この男を必ず殺す技を放つ。

 

「領域!!」

 

 烏鷺は気づく。葦名一心が虚空に向けて刀を振るったことに。

 

 炎が舞い上がる。それは葦名一心が死に際に掴んだ己の術式。刀に炎は纏わせない。燃え上がらせるべきは──烏鷺の足元だ。

 舞い上がる炎は地面を良く見ればまばらに配置され少し体を動かすことで避けれることができたもの。

 だが恐らく、初めて見る者でこれを避けれるかはこれまでどれほど神に祈りを捧げてきたかに依るだろう、烏鷺は御仏への祈りが足りなかった。炎は無慈悲に彼女の身を焦がし、結んだ掌印が解けていく。

 

 動転からの事態は急転を迎え、葦名一心の急接近。その構えは先程も見た──抜刀。

 

(大した一撃じゃない! 反転術式で治せる。敢えて攻撃は受ける。もう一度領域展開して、必中になった宇守羅彈(うすらび)で仕留める!)

 

 受ける、受け切れば、勝つ。

 勝利の女神が彼女に笑めば、彼女が勝つ。

 

 

 ──ただ斬ること、その一事に、心を置く。

 

 彼がこれから繰り出さんとしているのは、研ぎ澄まされた老境の剣聖一心だからこそ、為せた技だ。

 極度の集中は時に、世界を歪ませ呪いが真っ黒な物であることを再認識させる。

 

 黒い火花(めがみ)は微笑む相手を選ばない。

 それが例え、これまで呪力(おのれ)を信仰しようとしなかった不届き者であろうとも。

 

 誤差0.000001。

 呪力は元来の色を取り戻し黒く光り、他者を呪うがための力の恐ろしさを知らしめる。

 黒は転じて生を成す。

 

 黒く閃く。

 

 だから黒閃と、その現象は名付けられたのだ。

 

 

 呪力で防御した筈の両腕が吹き飛んだことに、烏鷺は驚きを隠せなかった。

 訪れる静寂。

 

(何が、起き──)

 

 それは納刀の構えから、見えぬほどの速さの連撃を繰り出す技。

 

 ただ斬ること、

 その一事に、心を置く、

 そうして放たれる連撃は、神速である。

 

 研ぎ澄まされた。

 老境の剣聖一心だからこそ、為せる技。

 

 

 秘伝・一心

 

 

 止めの一閃が、烏鷺亨子の腹を斬り裂いた。

 

 


 

 

 何者にも成れなかった。

 だから何かに成ろうと思った。

 

『〈総則(ルール)11〉 泳者は他泳者に任意の得点を譲渡することができる』

「…………」

「む、起きたか」

「……私は、どうなった」

 

 晴れ晴れとした空を見上げ、誰に問いかけるようでも無く烏鷺亨子が言葉を発する。解除された術式により烏鷺の素肌は晒され、一心が着ていたであろう服が被せられてあった。

 斬り落とされた筈の腕、斬り裂かれた筈の腹、その全てが回復していたことに気づいたのはそれからすぐのことだ。

 

「反転術式──というらしくてな、それで治したらしい」

 

 ほれ、一心が指差す方には同じようにして互いに話し合う乙骨と石流の姿がある。どうやら向こうの決着も着いたらしい。

 

「……結局は、生まれた時からの勝者が勝つ、か」

「何?」

「オマエ、呪術師やってからまだ数日だろ。ゴミみたいな呪力操作で何やってくるかわかりやすかったよ」

「まあ……そうじゃな」

 

 何でも良い、ムカつく言葉を一心に投げかける。少しでも溜飲が下げるならそれで良かった。

 

「やっぱりか。オマエみたいな環境にも才能にも恵まれた奴が心底嫌いだよ」

「……恵まれた、か」

 

 烏鷺亨子には授けられた名前がある。

 他者からの罪を擦り付けるためだけに授けられた、忌むべき名が。

 

 何者にも成ることができなかった。だから何かに成りたかった。受肉した肉体の記憶が教えてくれる。

 現代には服を作ることが生業の職業があると、パフェなる美味しいものが蔓延るのを、海外という日本の外にある国から取り寄せた様々な動物や海の生き物が陳列された建物があることを。

 戦の道具であった呪術が、人に知られてないことを。

 

 今生こそは、生を謳歌できる。

 だが結局また奪われた、生まれ持った強者に。

 

「……儂には、お主が羨ましいぞ」

「ほざけ」

「そうでも無い。かつて儂が治めていた国は、日本(ひのもと)の乱れに乗じ皆で盗り返した国でな……源から流れ出ずる水から取れる酒は美味く、儂は良くそれに酔ったものよ」

「立派なことだ」

「じゃがその乱れが、逆に儂らの国を死地に追いやった」

 

 葦名の国は一心がその身一つで盗った国。一心がいるからこそ内府は葦名を取り返そうとせず、葦名は一時ではあるが、平和な時を過ごせていた。

 それは逆に言えば一心がいなければ、何の効力も持たないということ。

 

 時は戦国末期、日本すべてを焼いた戦火はいまだに勢い衰えず、山深い葦名の国にも、燃え広がっていた。

 一心の国盗りから、二十余年、

 葦名の国は、斜陽にあり。

 

「元々戦で興した国。儂に政にはからっきし、葦名を長くは持たせられなかった」

「ざまあみろだ」

 

 故に多くに苦労をかけた。

 国を守るため、多くの者が異端に手を染めた。

 

 柿を食べた太郎兵を鎧の中に入れた。

 赤い目をした鬼のような大男を解き放った。

 火を纏う暴れ牛で、敵味方無く大勢を殺した。

 古くより祀り上げられてた白き蛇神を戦いの道具に用いた。

 

 彼の孫が葦名を再び興すため、竜胤を求めた。市井から拾った子供だった。

 何故気づかなかったのか、弦一郎にとっての葦名とは、如何ほどの価値があったのか。

 

 いつまでもどこまでも道を間違えた。

 だから葦名という国を覚えてるのは恐らく一心ただ一人となってしまった。

 あのとき切れなかった、怨嗟の鬼が全てを焼き尽くしたゆえ。

 

「儂はいつまでも、過去に迷わされておるわ」

「ハッ、だから過去に囚われない私が羨ましいと?」

「カカカッ、気づかれたか」

 

 笑むが、そこに覇気は無い。時代も、思想も、何もかもがわかり会えるほど親近感の湧くような間柄では両者は無い。けれども何故か、どうやらかつての己を悔いているということだけは、烏鷺にも理解ができていた。

 

「お主が何かに成りたいというのならば、儂はさしずめ為すべきことも為せなかった負け犬と言ったところかの」

「ならなんで黄泉返った」

「斬らねばならぬ、者がおる」

 

 烏鷺の問いかけが一心の眼に怨嗟の炎を焼き付ける。

 

「だから、目指しておる。ひとまずは、北へ」

「……そう」

「あやつは強い──どうじゃ? お主も共に『狼狩り』をやってみんか?」

 

 興味も無さげに烏鷺がすっくと立ち上がる。立ち去るのか、当然だ。それにメリットなど何一つ無いのだから。

 

「コガネ、私の69点をこいつに」

『承知致しました』

 

 回復した術式で飛び去っていく。

 

「……致命傷ぐらいなら、守ってやる」

 

 そう、言葉を遺して。

 

 


 

 

「……なんと」

 

 東京第2結界(コロニー)

 乙骨が保護していた非術師達を安全な場所へと運ぶため、一心は一足先に病院に来ていたのだ。一心には懸念点が一つあった、それは仙台結界の一角であった黒沐死の存在だ。烏鷺の情報ではなんと一足先に東京第2結界に来ていたのだという。

 最悪の事態を想定し、病院に着いた一心は困惑を隠せなかった。

 

 病院が、無い。

 

 道を間違えた? いや印に沿って来たのだ。そんなことはあり得ない。

 ──いや、本当はそれに気づいて尚、見過ごしたかったのかも知れない。

 

 散乱する骸に、恐らくはかつて病院があったであろう場所に燃え広がる大火。この光景にはどこかで見覚えがあるというのに。

 

「……ぅ、う」

「無事か!?」

 

 その骸の一つが掠れた声をあげる。咄嗟に駆け寄るが、その全身は黒く焦げ、決して命が長く無いことを暗示していた。

 

「あ、あぁ……」

「待っておれ! すぐにお主を──」

 

 一心は気づいた。その答えが、己に向けられたことでは無いことに。

 独り言は、尚も繰り返される。

 

「……全部、燃えちまった」

 

 その炎には、見覚えがある。

 

「炎が、暴れ狂って──」

 

 それは死に際に、かの男の左腕から漏れ出た炎。

 

「──ひどく嗤ってやがるんだ」

 

 その言葉を最期に、息絶えた。骸を握る手が強くなったことに、一心は気づいていない。

 

「──どこにいる!! 隻狼!!!」

 

 迸る怒りを抑えられずに男が叫ぶ。

 返事は無い。

 

 気配も殺してこそ、忍びなり、

 音も殺してこそ、忍びなり、

 侍には真似できぬ、地に足を付けぬ戦いの技や、

 敵に気づかれぬ隠密の身のこなしこそ、

 忍び技の極意。

 

 侍には決して、わかる筈も無い。

 隻腕の狼が声を殺しどこかで、彼を嘲笑っていることにさえ。

 

 

 


 

 

 

 一心は本能の内に、己の死を悟っていた。

 

 鹿紫雲も、烏鷺も、思えばみなこの男に翻弄されてきたような気がする。だから己も知らずの内に、その因果の内に取り入れられたのだろうか。

 

 己の死を猛烈に知覚し理解しても猶、その刀を向けることを止めないのは、彼のどうしようもなく滾ってしまう血が、そうさせるだろうからか。

 

「魔虚羅ぶりか、俺の斬撃を弾いた奴は」

 

 快、不快のみが己の指針の呪いの王。

 

 宿儺が、一心の前にその身を表す。




 事情により、一週間ほど更新ができません。真に申し訳ございません。
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