【完結】泳者(プレイヤー)名「葦名一心」 作:ムーンフォックス
「なんじゃ!?」
「面白えもの出して来やがるじゃねえか!」
一心は困惑を、鹿紫雲は戦闘欲を隠さない。宿儺の術式は斬撃──烏鷺からの話を聞く限りではそうだった筈だ。だがあれはなんだ? 呪術への無知が災いし、一心は式神術だということを理解できない。
この中でそれに心当たりがあるとするならば、それはかつてあの式神と戦った者──虎杖悠仁しかいなかった。
「アイツは……!」
フラッシュバックする渋谷の光景。吐き気を催しそうになるが、それを堪え己の知る限りの情報を一心に話す。
「葦名さん! アイツ──魔虚羅に攻撃したら適応されてその攻撃が二度と効かなくなる! 一回の攻撃で倒さなきゃダメだ!!」
「なに……?」
そのような存在がありえて良いのか? 一心の思考は一瞬の戸惑いを見せる。だがここは呪術の世界、有り得べからずなどという言葉は無いことを思い出す。
鹿紫雲は迷いなく魔虚羅へと突撃した。幻獣琥珀により変換された超音波の一撃は魔虚羅を容赦無く吹き飛ばす。
ガコン、表現するならばその様な音と共に法陣は廻る。再びの超音波──今度は弾かれた。虎杖悠仁が発していた言葉が蘇る。
「本当に効かねえのかよ!」
幻獣琥珀により電気で再現できるあらゆる現象を鹿紫雲は発生することができる。超音波が無くなったとしても他に手はある──
その思考に刻まれたのは、宿儺の御厨子。
「解」
魔虚羅を巻き込む形でそれは放たれた。
宿儺は事前に魔虚羅と戦っておりその全容を知っている。だからフーガと御厨子を使えば調伏できることも把握していた。
仮に、魔虚羅が前回の戦闘の適応を引き継いでいたとしても裏梅がいるし──これはありえない話ではあるが羂索に対処してもらうことだってできる。手数という点で、呪霊操術を駆使できる彼に勝る存在はいない。
だから、ダメ押しだ。
宿儺は自身の御厨子を──正確には『斬撃』を魔虚羅へと差し向ける。魔虚羅の体表におびただしいほどの傷跡が刻まれ右手の指が消失する。
通常、術式は一度に二種類使用することはできない。御厨子を使用するためには十種影法術を解く必要がある。
だが渋谷事変にて伏黒恵が仮死状態になっても調伏の儀が終わらなかったことから推測するに、恐らく調伏の儀は一度行われた場合術式と独立する──宿儺のその考察は的中。御厨子は問題無く発動できた。
そして魔虚羅は「解」──より厳密に言えば斬撃その物へ適応するために、法陣を回転する。
「ほう、やはり適応は引き継がれんか」
「自分で式神を……?」
「違う──斬撃に適応させたんだ」
一心の疑問に虎杖が答えた。斬撃その物に適応させたということは葦名一心の剣技の数々が通用しなくなったということ。魔虚羅は鹿紫雲が未だに対処している、ならば彼が今行うべきは一つしかない。
「宿儺を倒すぞ! 共に参れ! 虎杖!」
「応!」
駆け出す二人。
それを見てにんまりと顔を歪ます、呪いの王。
──魔虚羅は斬撃、打撃といった物理的な攻撃に対してはそれに特化した超再生という形での適応を行う。渋谷事変で宿儺が展開した伏魔御厨子に対する適応もまたそれの一環だ。
つまりは理論上、再生を上回る、或いは一撃であの式神を絶命に至らせる力があれば斬撃に適応されたとしても殺すことが可能なのだ。
もっともそんな斬撃などこの世に存在するとは思えないが──それこそ次元を絶つような斬撃でも無ければ。
どうでも良く、今は関係の無い話だ。
結ぶは掌印。唱えるは己の御厨子を必中必殺とさせる為の祝詞。
「領域展か──」
宿儺の両腕が吹き飛ばされる、地面を見る、そこに深く突き刺さる刀、このようなものは無かった筈。
一心が投擲した? だがその刀には鍔が無い、代わりにあるのは毛のような──
それはとある者が
反転術式で腕を治す。宿儺は虎杖を通し、その人物が誰なのか理解していた。
「すまん、遅れた」
彼女の異名は数多くある。
怪物、鬼人、闘神、
そして天与呪縛のフィジカルギフテッド。
「状況を簡潔に頼む」
禪院真希が、合流する。
「……時間か」
巨大化した魔虚羅の攻撃を避ける。鹿紫雲一は己が一番初めに挑んだ相手が魔虚羅だったことを心の底より後悔していた。
状況が千日手となるのは良い、攻略不可能な相手を殺すなど何とも面白いことこの上ない。だが魔虚羅はこの場でもっとも多くの手数を──つまりは己を倒し得る可能性を持つ鹿紫雲を最優先に倒すように適応した。
今の今まで一心や虎杖が宿儺と戦っている際に乱入せず鹿紫雲と攻防戦を繰り広げていたのもそのためだ。
幻獣琥珀は己の呪力を消費する、鹿紫雲の呪力は電気の性質を持つというだけで、例えば周囲の電気を逆に吸収することで己の呪力を回復されるということはできない。
つまり幻獣琥珀を用いる試合は己の呪力がどこまで保つか、その時間との勝負だ。
だから相性は最悪すぎた。そんな時間をもっとも削ってくる眼前の式神は。
そして時は来た、さっきまで相手を解析できてた筈のX線が再現できない、さっきまで放てた超音波の精度が悪くなっている。
呪力の切れが死神の歩のようにゆっくりと迫ってきている。
(せめて、せめて宿儺と一戦──)
後悔、悔恨、怨念。あらゆる感情が鹿紫雲を支配し──
「──鹿紫雲ぉッ! 雷撃を放てぇッ!」
葦名一心の声に、目を覚ます。半ば条件反射かのように雷撃を発動させる。
魔虚羅との戦いの中で、鹿紫雲は一度も雷撃を使用していない。それは彼の最後の秘策でもあったからだ。
故に貯められたその放電は大きかった、先程の鵺の一撃を凌駕するほどには、
燦然とそれは魔虚羅の体を照らし、白かった肉を黒く焦がす。
──鹿紫雲の呪力が、完全に尽きた。
魔虚羅の法陣が回転を始める。鹿紫雲の体が力を失い倒れていく。
どうして自分はこのようなことをしたのだろう。気づけば体は放電を許してしまっていた。
もしかして、どこかで信用したのだろうか。彼を、葦名一心を。
強者故の孤独、強い故に他者を理解できなかった。孤独であることが、嫌だった。
だがこれまで戦ってきた一心も、秤も強者だと言うのに、何故同じ孤独を感じないのだ。
秤は理解できる、彼は現代の呪術師、価値観その物が違う。
だったら
「鹿紫雲ッ! 無事か!!」
「…ん…で」
「鹿紫雲……?」
「なんで、オマエはそんな、強いのに、ひとりじゃない」
何故、眼の前のこの男は、孤独ではない? 鹿紫雲の朧げな視界の端で闘う宿儺と虎杖が、魔虚羅を斬る真希の姿がそれぞれ見える。
二人とも、一心が彼の最期を看取るための時間を稼いでくれているのだ。一心は孤独では無い、何故、鹿紫雲にはそれが無い。なぜ、第2結界で人々を守ってきたかのように、他者を慈しめる。
「……儂は、強くなど無い」
返答は苦い。500年前、エマや弦一郎を始めとした葦名の民を、一心は救うことができなかった。そして黄泉返った今生でもまた、東京第2結界の人達を守ることができなかった。
その背後には常に、一人の鬼が関わっている。
故に一心は『狼狩り』で盗り返したかった。狼に殺され散り、怨嗟の炎に焼かれた死者達の魂を。
だからこれは死者への弔い合戦、かつての国盗り戦と同じ、戦。
そして戦では関わる者の、願いや企てやらが渦を巻く。
「戦が未だ終わっていないのならば──儂らが何かを、憂いる暇は無い」
迷えばその渦に飲まれ、
──戦に、敗れる。
「迷えば敗れる。ただそれだけよ」
「……迷、えば、か」
その言葉で鹿紫雲は理解した。他者を慈しまんために慈しむのではない、他者を理解せんと理解しようとするのではない。そのような心で他者を救う暇など無かったのだ。ただそれだけ。
「おれはずっと、迷って……ばかり……だよ」
それが鹿紫雲の、最期の言葉。
鹿紫雲の息が途切れる。
また一心では、救えなんだ。
──だから今は、泣くことも、怒ることも許されない。
先程の己の言葉に嘘偽りは無い。
なればこそ、迷っている暇も無い。
秘伝・竜閃
飛ぶ斬撃が宿儺を襲う。
「解」
それに相対するは異なる飛びし斬撃、呪力の差は歴然。宿儺が勝つと思われたその剣閃はしかし、結果として相うつこととなる。
伏黒恵の魂が威力を鈍らせたのだと宿儺は考察する──それは当たりではあるが外れでもある。その主な理由は一心の心の底で煮える負の感情。
宿儺をも呪い殺さんとする迷い無き意思。その呪力の奔流。
「葦名さん……」
「案ずるな。むしろ、儂の世迷い言の為に良くここまで頑張ってくれた」
「気にすんなって、お互い様だろ? それに……」
一心は真希と合流した際に虎杖より調伏の儀の細かな情報を聞いていた。
確かに術式を発動したことで鹿紫雲は死んだ。だが調伏の儀に巻き込まれたことで、死んだといっても仮死状態で済んでいる。もし反転術式を行使できる存在が来てくれれば鹿紫雲が蘇る可能性は充分にありえる。
虎杖と声を掛け合い、改めて眼の前の呪いを睨みつけた。不敵な笑みは崩されないまま宿儺は問いかける。
「その死に体で何ができる? 亡霊。せっかくの雷も適応されたが?」
「かかかっ! されど亡霊とて、できることはあるぞ?」
「何を……」
一心は真希からも、
宿儺、いやここにいる全員が気づいた。何者かがここに迫っている。
圧倒的なまでの呪力の量。恐らくは五条悟以上の──。
「……なるほど、あの落雷は位置を知らせるためのものか」
「派手なおかげで良く来てくれた。儂のようなか細い炎では成し得なかったことじゃ」
「一心さん!!」
四つ巴の状況から一人が増えて、一人が減った。
東京第1結界の混沌は今再び、新たなる客人を招き入れる。
現代の異能、乙骨憂太を。
恐らくですが後 数話ほどで完結いたします。長い目で見ていただけると幸いです。