大陸の北の最果て、後に魔王城と呼ばれる事になる城。その城の薄暗い地下室にて、ハーゴンはある儀式を行っていた。
「我は偉大なる魔術師ハーゴン。我は汝に問う。そなたは何者か!」
彼の前に鎮座するのは念象投影機。装飾を施された巨大な器型の魔道具であり、『魂の眠る地』オレオールを訪れずともこの世を去った魂を召喚し交流できる神代の魔道具である。魔王城を訪れたハーゴンは『七崩賢』シュラハトの口添えにより魔王城にある魔道具の使用と地下室の利用を許され、こうして儀式を行える環境を与えられているのだ。
やがて念象投影機は淡く光を放ち、六本腕の異形の影が映し出された。影はハーゴンの問いに答える。
『…我は破壊神、シドー。異界より生じた魔神である。その力を恐れた女神は我の肉体を滅し魂をこの世から追放した。今の我は次元の狭間に身を潜めている…』
(初めからこれ程の大物が来るとは、なんという僥倖…!)
ハーゴンはにやりと笑みを浮かべ、影へと言い放った。
「我はそなたに命じる!我の命に従えばそなたを再びこの地に戻し、以前よりはるかに強大な肉体を与えようぞ!」
その言葉に異形の影はしばらく間を置き、答えた。
『我は破壊と殺戮の神…。我が再び肉体を得る事ができれば、地上のありとあらゆる生命を破壊し尽くすまで…。汝にその業を背負う覚悟はあるか?』
破壊神からの問いにハーゴンは目をぎらつかせ、笑みを深くしながら答えた。
「ククク…ワシを貶めた者どもの慌てふためく顔を見れるならば、罪など幾らでも背負ってやるわ!」
(ワシの魔法を邪悪と決めつけ幽閉した大臣と王族ども、そしてワシを魔族に変え手駒にしようとする
ハーゴンの狂ったような笑い声が地下室に響く。人類の終焉は少しづつ迫ってきていた。
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「この子が新しい魔物ね。なんだか可愛いわ」
垂れ目に2本の角の生えた魔族、ソリテールは水滴状の魔物『スライム』を撫でた。撫でられたスライムはプルプルと震える。破壊の神シドーからもたらされた神代の魔法によって異界との交信に成功し、初めて召喚された魔物第一号である。
「そうですじゃ。この魔物は従来の魔物と比べて繁殖力に長けている。魔物は繁殖行為をせねば増えていかないものですが、こ奴らは水源さえあれば勝手に増えていくのです。見た目はこんなナリでもそれなりに役立つ筈ですぞ」
ソリテールの言葉にハーゴンは恭しく頭を下げ、言葉を返す。魔族は実力が正義の格差社会である。ハーゴンも魔族になったとはいえ日が浅く、まだまだ新参者でしかない。また、数百年を過ごした魔族とついこの前まで人間だった者の間にはとてつも無い魔力の差がある。2人の間の立場と実力の隔たりは大きかった。
そんなハーゴンにソリテールは頭を上げさせ、にっこりと笑いかけると言い放った。
「魔王様は多忙だから、私が成果を見に来たの。でも良かった。万が一成果が乏しかったら貴方が消されてしまうもの」
その言葉を聞いたハーゴンの額に青筋が立つ。魔力を解放しかけるも寸前でとどまった。
(精々今のうちにほざいておれ。今に目に物を見せてやる…)
その様子をソリテールは興味深そうに眺め、笑いながら言った。
「貴方が魔族になってくれて良かったわ。これからもよろしくね!」
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『ピキー!』
真っ青な水滴状の体に目と口を持つ魔物の群れは炎に焼かれ、溶かされ倒れていく。ゲル状になったそれらの残骸を拾い集めたエルフの魔法使い、フリーレンは呟いた。
「新しい魔物が増えてきてる…」
ここ数年の間に大陸中で確認されるようになった水滴状の魔物。誰が呼んだか名をスライムと呼ぶ──。その群れを倒したフリーレンは静かに思考する。
(倒しても肉体が残る魔物なんてこれまではいなかった。この短い間に魔物が進化した…?いや、そんな急激に進化が起きるはずはない。)
フリーレンはひとりごちる。水辺を中心に生息域を急速に拡大し、水分さえあれば無尽蔵に増えていくスライムに大陸の各国は頭を悩ませている。フリーレン自身もスライムを見つけ次第狩っており、各地の国々も定期的に兵力を派遣して対処してはいるものの、増殖具合を見るに焼け石に水状態である。
「潰しても潰してもキリがない、しぶとい雑草のようだね」
スライム単体の戦闘力自体は低く、身体を伸ばし突進する攻撃が主であるため、武装した大人であれば楽に倒せる部類の魔物である。しかし数匹が群れをなすと人1人程度は倒せる程の戦力となり、各地の村や集落での被害が増え続ける一方である。
(これまでの魔物は単純に強力な力を持っている者が多かったけど、このスライムはそれらとは全く違う。何者かが後ろから手を引いている嫌な気配がする。面倒な事にならなきゃいいけど)
この時の各国は新たな魔物を厄介にこそ思いはすれど、場当たり的な対症療法で済ませてしまっていた。後に人類はこの対応を後悔する事になる。
伝説の魔法使い、フランメが没してから実に300年後の事である。