ハーゴンは少々悩んでいた。
手始めに異界から召喚した『スライム』以降、召喚したモンスターがあまりパッとしない能力の者が多数を占めていたからだ。
(『ドラキー』、『おおなめくじ』に『メドーサボール』か…。こやつらが役に立つ事があるんかのう)
ハーゴンが目をやる先には魔物達がひしめいていた。黒く丸いコウモリに似た魔物ドラキー、常に涎を垂れ流す人ほどの大きさもある巨大なナメクジ。そして宙に浮く蛇が複数こんがらがった様な体を持つメドーサボール。彼らは皆一様にハーゴンの魔力に恐れおののいており、今にも逃げ出しそうな表情をしている。
(新たに魔物を召喚したはいいが、役立つ魔物はそれほど多くなかったようじゃ。まあこやつらは腐っても魔物の端くれ。役に立たない事も無かろう。今回唯一の功績は
ハーゴンはチラリと横目でお目付け役達を確認する。彼等は興味深そうに目の前の風変わりな魔物達を眺めていた。
「異界の魔物がこの世界の魔物と大きく異なるのは確認していたが、このような鉄で出来た塊までもが存在しておったとは…」
「ね、凄いわよね。私びっくりしちゃった。この目玉みたいな子も中々やるみたいよ」
そう話し合っているクヴァールとソリテールの前には、鉄で出来た四足の機械と一つ目でうごめく触手を持った異形の魔物が鎮座していた。
異世界でそれぞれ『メタルハンター』と『悪魔の目玉』と呼ばれるモンスター達である。前者は鉄の塊に見合わぬ俊敏さとメタルで出来た体を持つスライムを狩るため作られた持ち、常人が一回動くところを二回行動する事が可能であり、武装をしっかり整えた場合の攻撃力は並の冒険者を凌駕する脅威である。後者もグロテスクな外見に見合わず「甘い息」や「不思議な踊り」といった多彩な攻撃を繰り出す事ができ、また異界の魔族達には遠隔通信の道具としても使われる便利な魔物である。
「こんな魔物達を呼び出せるだなんて、貴方が通信に成功したっていう神様って凄いのね」
「いやいや、この者達を召喚出来たのも、お二人の力添えがあってこそのもの。感謝しております」
「また我らの力が必要になれば、いつでも呼ぶが良い。これからはわざわざ直接会おうと探し回らずともいつでも連絡が取れるからの」
そう言いながら魔族の二人はそれぞれ悪魔の目玉を一体ずつ掴むと、談笑しながら地下室を後にしていった。その姿を見送りながら、ハーゴンは考えを巡らす。
(人類の進歩と技術革新は侮れん。それは元人間のワシが身にしみてわかっておる。今は魔王や大魔族といった優れた個の脅威がおるから人類も押し込められているが、いずれは技術力と数の暴力で圧倒される可能性は充分にある。今は新たな魔物の対処で手一杯な周辺諸国や冒険者も、じきに対処法を確立し魔族への反撃に出るじゃろう。それに、神話の英雄達のような他を圧倒する実力を持った者達がいるかもわからぬ。実際にエルフは不老で武術や魔法を好きなだけ研鑽できるため、魔族側の脅威となる可能性は充分あるのじゃ。備えるに越したことは無い)
(人間どもが技術を高めていくならば、魔族側に属し人間のような思考ができるワシが魔族の技術力を向上させればよい。うまくすれば人間と旧来の魔族の共倒れも狙える)
「ククク…。余生の楽しみが増えたの」
そう言いながらハーゴンは顎をさする。真っ青に染まった手が視界に映り、それを見たハーゴンは笑顔から一転、不機嫌そうに顔を歪めると咳払いをした。ハーゴンは鏡に映った自分の姿を見た時から、自分の姿に嫌悪感を抱き続けている。今の彼は頭のてっぺんから足先まで真っ青に染まった、魔族に近い体をしている。それが彼にはたまらなく嫌だった。
(確かに死の淵を彷徨っていたワシを助けてくれた恩があるにはある。じゃが、このような醜い外見にしろなどと頼んだ覚えはない…!)
今のハーゴンは魔力、生命力共に充実しているがそれは外見を引き換えに手に入れた物である。その外見は真っ青な肌と釣り上がった眼光、凶悪に歪んだ人相を持つ魔族に相応しい肉体に完全に変化している。以前の老いさらばえた肉体から全盛期を遥かに凌ぐ身体能力を手に入れた。とはいえ人間として過ごした日々がもう取り戻せず、魔族として人間に狩られる対象となった事実は元老人にとっては耐え難い屈辱でもあった。
(人間を食い潰す事しかできぬ
長らく続いた獄中生活と人を人とも扱わない拷問は元人間の肉体と精神を徐々に蝕み、燃え盛るような狂気と執念を宿らせるに至った。これを取り除けるような暖かな光を持った人物は、もはやこの世界には存在しない――。
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新たに魔族を召喚し終え一息ついたハーゴンに早速呼び出されたクヴァールとソリテールは、ひとまず異界の魔道具の研究に勤しんだ。この世界の魔道具にはない技術体系を取り入れる事ができれば、人類に対して大きなアドバンテージとなり得るとの考えからである。しかし、結果はあまり芳しくない。
それもそのはず。ハーゴンが通信に成功した破壊神からもたらされた異界の技術と知識は、非常に高レベルな物であり技術体系も異なる。
だがしかし、今現在の魔王陣営にはそれらをこの世界流にアレンジし応用できる人材が非常に少ない。ハーゴン含む大多数の魔族は完全に門外漢であり、かろうじて魔法で可能な事象全てに異常な応用力を見せるクヴァールがいるから研究が成り立っているだけである。
そもそも、異界から得た知識と技術の原点はムー帝国という超文明にある。ムーは時間と空間をも自由に操る超時空国家で、文明が崩壊したとはいえその名残は異界の各所に残されている。それらがあって初めて研究の基盤が整うのだ。
ハーゴンとクヴァールがいかに奮闘しても、二人では限界がある。
前段階である研究設備の開発から難航していた。魔道具に疎く自らの魔法に誇りを持っている一般的な魔族に設備の開発は不可能である。ハーゴンは仕方なく変身魔法を自らにかけ、魔道具研究者や学者の元にわざわざ出向き精神魔法をかけ知識と技術を引き出すといった作業を延々と繰り返し、呼ばれてもいないのに付いてきたソリテールに見守られながら黙々と研究に励んだ。そして気がつくとあまり成果のないまま数十年の年月があっという間に過ぎ去ってしまい、ハーゴンは焦り始めていた。
(実験的に地上に放った異界の魔物達の三割近くは既に人類に葬られてしまった。ワシも鍛錬で魔力量が増え、より多くの魔物を召喚できるようになったとはいえ、倒される魔物の数も日に日に増えてきている。)
研究に並行して行なっている魔王城周辺の改造にも一区切りがつき、これからはより一層研究に精を出せるとはいえ、この研究結果はあまり良いものではない。
「誰か、人材がいるのじゃ。”あちら側”の魔道具に明るく、我々の研究をリードしてくれる人物が…。」
ハーゴンがそう呟いた独り言を聞きつけたソリテールはしばらく考え込むと、ニコリと笑って言った。
「あなたが魔物を召喚してる異界へのゲートを、一つの時代だけじゃなく別の時代に繋がられないのかしら?だってこんなにも個性豊かな魔物がいるんですもの。その異界の過去や未来にはもっと多くの種類の魔物が居たはずよ」
その言葉を聞いたハーゴンの脳内に、電流走る。
「ククク…、そうじゃったか。生物の進化の過程で多様な生物が生まれ出てくるのは必然!ただでさえ様々な特技を使えるほどの知能を備えた異界の魔物達…。その中には人間の知識を理解し、使用できるほどの知能を備えた生命がいた可能性はある…。感謝しますぞソリテール様。これで研究が進むかもしれんですじゃ」
「もう、いつも言ってるけどソリテールでいいわよ。単なる魔王の友人っていうだけだし、そんなにかしこまる必要はないわ」
ハーゴンはソリテールに頭を下げ、召喚の儀式を行うため地下室へと戻っていった。
その姿を見届けると、ソリテールは悪魔の目玉を取り出し、後の八崩賢の一人に通信を繋いだ。
「あなたの言う通りになったわね。相談してよかったわ。未来を見通す魔法、その力の一端という事かしら、シュラハト」
魔道具の研究が行き詰まっている事を察知したソリテールは、魔族でも指折りの智慧者と噂の全知のシュラハトにアドバイスを求め、助言を貰ったソリテールが間接的にその内容をハーゴンに伝えたのだ。
『私は今いる魔族とこれから生まれ出る魔族の未来のために行動するのみ。あのような魔族か人か分からない者に肩入れしたわけではない』
シュラハトはそう言い残すと、すぐさま通信を切る。魔王城の大広間に、静寂が戻った。
一人残されたソリテールは軽快に歩みを進めながら、口を開く。
「この半世紀の間に魔王城付近は大きく様変わりした。魔族が最初に下等と見ていた魔物は生息圏を南の王国にまで伸ばしている。人の身ながら魔に近い体を手に入れて、魔族と深く関わるようになった元人間。」
「あなたの行く末を、私に見せて…?」
ただ一人の魔族が起こした波紋は、ゆっくりと静かに、それでいて確かな影響を魔族達にも与え始めていた…。