ザアザアと音がうるさく、鼓膜に響く。
服が水を吸って重く煩わしい。いつの間にか雨が降っていたようだ。全身ずぶ濡れだった。
目の前には物言わぬ石。墓石がある。
さる歌詞で、
墓の下を掘り起こしてみようか。だめか。
墓の前で泣くなというが、ならどこで泣けばいいのか。泣くなというのか。前を向けというのか。無理だ。
それとも死人は風になっているのだろうか。僕には何も感じられない。風にあの子を感じられることはない。ただの自然現象に大切な人を感じられるわけがない。少なくともそういう感性を僕は持ち合わせていない。
さる歌詞にこだわりすぎか。何でもいいから何かに噛みつきたくなっているのかもしれない。
「
僕は、間違っていない。
間違っているのは世の理の方だ。
僕と朔美を不幸にする世の理。
なんと無能な理だろうか。まだ蟲の死骸の方が役に立つ。
そのような無能には、自らの理論によって滅んでもらおう。
僕に利用され尽くして自壊の末路を辿れ。
その死を贄とし、僕と朔美の幸福へと
極寒の
「誰もが幸せになれるんだろう。なら、僕の夢を叶えてくれよ」
今日もふわプリのぷろろ~ぐ広場にあるカフェで、ふわふわぱ~ふぇくとの三人はのんびり過ごしています。
わたしはお腰に付けたデッキケースからカードをテーブルに広げます。キラキラ光るピンク色のカードたちです。
眺めます。レモンの切り身が挟まれた、おしゃれなガラスのコップに入ったお水を飲みながら眺めます。
お水を飲んでほよ~っと息を吐きます。
やっぱり綺麗なカードっていいです。とてもいいものです。
ティピファちゃんはノートパソコンのキーボードをカタカタとやっていて、くぅあちゃんはテーブルに置いたデッキケースに立てかけたスマホのカメラをインにして、いろんなポーズを撮っています。流し目で髪をファサッと、なんだか光って見えます。
パラダイムハートチャンネル! というハモった声が頭上から聞こえてきました。
見上げると、ぷろろ~ぐ広場の中央上空に浮いている巨大ディスプレイに、パラダイムハートの三人が映っています。くぅあちゃんとティピファちゃんも手を止めて画面に集中し始めました。
「今回は突然ですが重大告知があります」
姫花さんの綺麗で厳かな声が響き渡ります。
なんだろなんだろ。ワクワクワクワク。
「近日、ふわプリアイドルの覇を競う大会、サマートーナメントパラダイスを開催します」
「ほよ!」
大会!
「一週間後に、ぱわ町のふわプリにあるぷろろ~ぐ広場でセレモニーを開催します。詳しい内容はその場で説明することになりますので、是非とも参加してくださいね」
姫花さんがそう締めくくって、放送が終わった直後にわたしは決めました。
「参加しよう」
「燃えるわね」
「ふわプリアイドルなら参加安定リボン」
ふわふわぱ~ふぇくとの総意でした。
三人お揃いのシュシュを掲げて気持ちを固めていると、白くて丸くて王冠を被ったマスコット、エヘさんがふよふよと飛んできました。
「あ、エヘさんどこ行ってたの」
「地下ふわプリバトルとかいう異変の調査中だったリボン。前に調べるって言ったリボン」
「そういえばそうだったね」
「エラーカードを配って、ふわプリのシステムを外に持ち出しているのは、おそらくふわプリ内部の者の犯行だとわかったエヘ」
「なんだとリボン」
「とんだクレイジーなやからが存在したものね」
「ほよ! それじゃあわたしたちが見つけて解決しないとだね」
やるぞー! シュッシュッシュッシュ! シャドーボクシング!
「いや、エヘたちマスコットが対応するから、ふわプリアイドルは危ないことはせずに楽しくアイドルしててほしいエヘ」
「そう言われておとなしくしていられるふわパフェだと思っているのかしら」
「なんで自慢げなんだエヘ。現状君たちに何かできるかといったら否エヘ、闇雲になにかを探しても時間を無駄にするだけエヘ」
「それは確かにそうリボン」
楽しくアイドルしてることになりました。
「あと、ふわプリバトルによるダメージについては、深い傷を負いすぎた女の子は二度とふわプリライブができなくなった者もいるみたいエヘ」
「やばすぎリボン」
「それどころか、日常生活に支障をきたした者も……」
「そんな……」
「ふわプリのエネルギーならそんなことが起きても全然不思議じゃないリボン……」
「ティピファあなた毒されてきてない?」
一週間経って、大会開催日です。
ぷろろ~ぐ広場に集まるふわプリアイドルたちが、ざわざわざわざわと十人十色散らばっています。
わたしたちふわふわぱ~ふぇくともその一員です。
「ドキドキしてきたよ」
「今までのレッスンが力になってるリボン。ティピファの頭脳による計算結果によれば、みんなで頑張れば結果はついてくると出ているリボン」
「私たちなら優勝は確実よ」
しばらくすると、飛行船が空高くに現れました。飛行船に付いた羽が、バラバラと回る音を立てて、風がぷろろ~ぐ広場に吹き荒れます。
飛行船から三つの人影が飛び降りてきました。人影が落ちるにつれてよく見えるようになると、それがパラシュートを開いたパラダイムハートの三人だとわかりました。
複数のAIモコさんが急いで用意したお立ち台に、パラダイムハートが華麗に降り立ちました。
「ど派手な登場ね。クールだわ」
「登場だけで格を見せつけてきたリボン」
「さすが姫花さんたち!」
「みなさんよくお越しいただきました。パラダイムハート一同、大変感謝しております」
姫花さんたちがお辞儀します。わーわーと参加者が湧きたちます。
「ですがみなさんに、ここで初めて明かすことがあります」
みんな静かになって姫花さんの言葉に耳を傾けます。
「実は、まだ大会開催ではありません」
「ええ!?」
これからみんなでライブし合って楽しく幸せな時間を過ごせるんじゃないの?
「今から会場まで辿りつけるかを競い、上位四ユニットのみがサマートーナメントパラダイスに出場することができるのです。それ以外のユニットは残念ながら脱落します」
「謀ったわね、パラダイムハート!」
くぅあちゃんが叫びました。彼女は走りだします。
「落ち着くリボン。走って行ってどうするつもりリボン。要するに予選みたいなものリボン。パラダイムハートは別にひどいことなんて言ってないリボン」
ジタバタするくぅあちゃんをわたしとティピファちゃんで拘束します。
「そもそも私にとっては燃えるサプライズだったわ。競争性を高めてくれているのだし」
「ならなんで騒いだリボン」
「ノリよノリ」
「ほよ」
「さあ、みんなで楽しく競い合いましょう。負けた痛みは、わたくしたちのライブで癒します」
なら安心だね。
「突発で起こった事態に対する力が試されるよ。頑張ってね」
シルフィーさんが締めると、サマートーナメントパラダイスへの参加を賭けた競争が始まりました。
「それではみなさんぅ、れっつサマパラぁ」
「AIモコさんがそれぞれユニット一つにつき一体付いて地図を示してくれます。苦難はその途上にいくつも配置されていますので乗り越えてくださいね」(姫花さん)
近づいてきたAIモコさんのわたあめみたいな体にディスプレイが浮き出てきて、ふわプリ内の地図と目的地を表示してくれました。
ふわプリの奥へ奥へ進んでいった先を示す場所に赤い点があって、そこがサマートーナメントパラダイスの会場みたいです。
「そうとわかったら急ぐわよ!」
「ほよー!」
わたしたちふわふわぱ~ふぇくとだけでなく、全参加ユニットが一斉に走り出しました。
ぷろろ~ぐ広場を抜けて、ふわパレスまでの道を走り、ふわパレスを横に逸れて木々がいっぱい生えている森のような場所を進んでゆきます。
しばらく木々が鬱蒼と茂る道を走りました。見た目に反して結構走りやすいです。木々がいっぱいあるように見えて地面は舗装されているみたいです。
すると開けた場所に出て、一面泥沼でした。濁った真っ茶色ばかりが視界を埋め尽くしています。
「ほよ~!?」
「こんなの迂回すればいいのよ」
「迂回はだめですよ~。ちゃんと泥沼を通るのが正規ルートです。底なし沼ではないので安心してください」(姫花さん)
AIモコさんのディスプレイにパラダイムハートの中継も映っています。
「つまり行くしかないほよ!」
「道が一つしかないならクールに突き進むわ」
「うぅ……パソコン置いていかないとリボン」
「あれ、でもくぅあちゃん泳げなかったような」
「そうよ。だから二人が私を運ぶのよ」
「あ、でもこの泥沼足つくみたいリボン」
先に泥沼に足を踏み入れたアイドルたちは歩いて行っていました。
「なら私も地に足つけてクールにウォークしていけるわね」
わたしたちも泥沼に足を浸して、向こう岸まで歩いていきます。
すぐに素敵なコーデが泥だらけになってしまいました。
「きゃああああああああ!?」
後ろから悲鳴が聞こえてきました。
「ほよ!?」
「なにごと!?」
振り返ると、わたしと同じピンク色の髪でピンク色のコーデを着た女の子三人が泥沼に引きずり込まれて全身見えなくなっちゃっていました。
思わず呆けてしまいます。ポカーンです。でもふわプリだから取り返しがつかない大変なことにはなっていないと思います。
「おおーっと、さっそく「ももももトゥインクル」が脱落だぁ!」(スイさん)
「たとえ泥沼の中でも、アイドルなら笑顔で渡りましょう。笑顔を失い、アイドルとしての強さを示せなかったふわプリアイドルから沼の底へ引きずり込まれていきますよ」(姫花さん)
「底なし沼ではないってさっき言ったリボン!?」
「それは早く言って~!?」
とは言いながらも笑顔は保ちます。
「ここはタヒチ島のラグーンだと思うのよ」
「たひちとう、ってなに?」
「ものすごく海が綺麗なリゾート地リボン」
「ほよ~泥沼を綺麗な海だと思えばいいんだね」
ここは綺麗な海。わたしは綺麗な海中を行く人魚。人魚なの。人魚ほよ。
すいすいと歩いていきます。走ると転んじゃいそうだし歩いていきます。むしろ泳いじゃいます。綺麗な水なので全身浸かっても気持ちいいだけです。
そんな感じに思い続けていたら、いつの間にか大体直線百メートルぐらいの泥沼を渡り切っていました。
「わたしは人魚だから大丈夫だったよ」
「泥人魚よ」
「むしろ泥人形リボン」
みんな全身泥まみれで泥色じゃない部分がありません。
「でも余裕だったわ。さっさと先に進みましょう」
「せめて泥を落としてから進みたいリボン……」
AIモコさんが寄ってきてパラダイムハートが映った画面を体から浮かび上がらせて見せてくれます。
「そうです、このままでは泥だらけのアイドル姿を見せてファンをがっかりさせてしまいます、急いで新しい衣装を手に入れましょう」