7日後、彼女は死ぬ。死にたくなかったと呟いて   作:ラスコーリニコフ

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二日目

 一日ぶりの研究所の様子は、何も変わりがなかった。ラボを覗けば研究員たちが実験をしていて、デスクの方では報告書や論文草稿を書いている。そこには、私が不在だった影響は微塵もなかった。

 それもそのはずだろう。研究は、何も私が皆を逐一指示して行っているものではない。中テーマを設定しているだけで、個々人が自らの裁量の下行っているのだ。それに、科学は個人の才能や技量に立脚したものではない。私がいなくなっても、研究は前進し続けるだろう。

 デスクに向かってキーボードを打つ。これまで得てきた貴重なデータ、それに今回のがん化のことについてまで、纏めておくべき事項は多い。それに、実際に使用しての問題点や改善点などもいくつか頭に浮かんでいる。これも、研究者と被験者を兼ねているからこそのことであろう。

 ただ、これまでも継続的に自分のデータを用いて研究は進めていたし、今回新たに浮かび上がってきたものについては、検証が浅く、論文の形にできるようなものではない。走り書き程度のものになるだろうから、今日一日あればまとめ終わる。

 研究所にも、私と特に親しい人はいない。研究成果や実験について話すことはあるが、あくまで業務の一環だ。特に他人と必要以上にコミュニケーションをとる理由はない。

 基本的に、私に話しかけてくるのは主任でしか扱えない用事があるときくらいのものだ。おかげで、誰からも声を掛けられることなく、集中して作業を進めることができた。

 

 昼過ぎになって、私はデータを取りに実験室へ向かっていた。その途中の廊下、時間のせいかそれなりに人通りのある中を進んでいく。その途中、ふと声を掛けられた。

 

「やあ、リリ」

「……カートか」

 

 声の方を振り向くと、そこには同僚のカーティス・ヴァイオレット主任がいた。そういえば、彼だけは唯一私に用事以外で話しかけてきていたか。

 

「何か用か」

「いや、たまたま見かけたからね。どうだい、研究のほうは」

 

 彼はどこからか引き抜かれたのか、一年ほど前に新しく研究所にやってきた主任だ。主任というだけあって、能力はかなり高いように思う。現に、彼の主な研究テーマではないはずのナノマシンについてもそれなりに議論ができる相手ではある。

 私と彼は、昔の知り合いらしい。初めて会議で彼と顔を合わせたとき、いきなり自分を覚えているかと聞かれたときは驚いた。正直なところ、あまり覚えてはいなかったのだが、それ以来、彼とはこうして廊下などで時折会ったときに話す程度の仲だ。

 

「……おや、そろそろ戻らないとか。それじゃあリリ、また何かの時の続きを聞かせてくれ」

「……ああ」

 

 しばらく話した後、彼は立ち去った。またと言われたが、もう会うことはないだろう。

 ……不思議と、それが少しばかり気にかかった。

 

「……カート、か」

 

 少し予定よりは遅くなってしまったが、それでも無事に研究についてまとめ終えた私は、誰もいない部屋で一人呟いた。

 なぜだろうか。昼間の邂逅から、私の頭の片隅に彼のことが浮かんでくる。

 研究所で偶に会うだけで、プライベートのことなど、それこそ連絡先だって何一つ知らない。だから、もうここに用が無くなった私が、彼と会うことなどないはずだった。

 それなのに、今の時刻は二十六時。終電はとっくに乗り過ごし、この仮眠室に泊まる他ない。

 ……明日、私はどうすればいいのだろうか。考えも何もまとまらないまま、私の意識は闇に溶けていった。

 




窓の外には、星空が広がっていた。
夜空のような真っ黒な瞳が私を覗き込む。
私は手を伸ばした。星に、彼に。
窓が開け放たれる。
暖かな手が冷え切った手を包み込む。
手を引かれ、私は外の世界へ飛び出した。
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