トワイライト・エネルゲイア   作:サムラビ

100 / 120
第六章 9月
9月1日 午後6時04分~


 九月一日、水曜日の午後6時過ぎ。

 

 今年、車に乗るのはこれで二回目となる。

 

 一回目は、学園から今住んでいるアパートへの移動。だからどうしても、後ろ向きな感情が蘇ってしまう。その大部分は、罪悪感。

 

「――降りろ」

「はい」

 

 指示に従って、車を降りる。隣に座っていた欧陽さんの視線が、少し鋭くなる。

 

「特に時間を設定してはいないが、長くはない。それと、この機会が唯一だと思うことだ」

「分かりました」

 

 神宮ツバキと名乗った女性が前を歩く。それに続くと、気配そのものは曖昧なのに、凍り付く程冷たい殺気だけが、背後から当てられている。もしこの場で不審な言動があれば、そうと気付く前に命を落とすことになる。ただ、そんな気はないから、特に心配することじゃない。

 

 ここが都内の何処なのか。勝手に頭の中ではそんな疑問が浮かぶけど、相手が詮索してほしくないのは明白なので、考える必要もない。

 

 何処かの地下駐車場から、更に地下へ潜る。エレベーターは使用せず、階段を使う。リノリウムの床が続く明るい室内は、自分の記憶の中では病院に印象が近い。

 

「…………」

「…………」

 

 警察関係、学園関係、様々な方面の皆さんに迷惑を掛けている。その中で、関わらせてもらった人は少なくない。神宮さんは、世間話をするタイプではなく、ここまでも、罵倒や皮肉を受けることはなかった。それが逆に、申し訳なくもある。

 

 そのまま、階段も含めて、無言で数分歩く。

 

 途中に二回セキュリティゲートを通り、車を降りた地点から見ると、500メートルは移動した。そこで、進行方向の先に、鉄格子の扉が現れる。

 

「私も聞きたいことは聞くが、あくまで尋問するのは貴様だ。神崎エイ」

「はい。機会をいただき、ありがとうございます」

 

「役目を果たしているだけだ。礼を述べるのは不適切であり、また個人的には不愉快であることを理解しろ」

 

「……分かりました」

 

 想像力に欠けていた。敵から礼を言われたら、不快に思う人は多い。

 

 重々しい扉がスライドして開くと、低めの天井が点灯したその奥には、ワンウェイミラーが見える。

 

「……」

「……」

 

 姿勢の良い背中に続いて中へ入ると、鏡の先には白いソファに座り、タブレット端末を見つめている女性の姿。髪は短く、薄い緑色の検査服を着ている。

 

「入れ。もし逆上して襲い掛かってくるようなことがあっても、貴様はされるがままにやられていろ。後ろの彼女が事を収める」

 

「分かりました」

 

 右のドアから、ワンウェイミラーの中、長方形の空間へ入る。向かって右奥に、トイレとシャワースペースが見える。それ以外には向かい合わせに置かれたソファだけ。白くて、殺風景な場所だった。

 

「――っ! え……女? 待ってよ。あの男が来るんじゃなかったの?」

「説明はする。黙って座れ」

 

「っ…………」

 

 立ち上がった女性は、神宮さんに言われた通り黙って座り、タブレット端末を横に置く。流れに沿って、僕は向かいのソファ、神宮さんの左隣へ腰を下ろさせてもらう。

 

「っ……あのヤバそうな女は何?」

 

 女性は、唯一の出入口であるドアに背を預けて立つ欧陽さんを一瞥して、質問する。怖がっているが、無理もない。黒いスーツに黒い手袋の彼女は、普段の3倍は威圧感がある。

 

「軽率な真似は控えることだ。この場に彼女を止める術はないため、命の保障はできない」

 

「…………ここで暴れる気はないし、無駄だって理解してる。それより、質問の答えは?」

 

「そうだな。自己紹介をする必要もないだろう。指名の男からの指名で代わりに来た。尚、こちらが確約したのは恩赦についてだけだ。この場で黙秘するなら、来週には死刑台送りになる」

 

「別に、最初から騙すつもりだとは思ったけど……」

 

 入室時から変わらず、彼女に本気の意味での反抗の意思はない。投げ出す、諦めるではなく、言葉通りに理解している、が近い。

 

「被害的に捉えることを止めはしないが、その男の無様な尽力により、貴様の恩赦が決まったことは事実だ。もし少しでも尊厳が残っているのなら、生きて償う道を探し続けろ。まぁもちろん、そんな道など何処にもありはしない。とにかく、今は質問に答えろ」

 

「っ……」

 

 そんな風に言われれば、ああやって睨むのは当然だ。

 

 それ以上言葉がないということは、ここからは僕が話をする時間になる。

 

 目の前の彼女は、今年の四月に八人の人間を殺害し、逮捕された。そして僕が追っている組織の元メンバーだったことが分かっている。逆に、どんな過程を辿って今日僕が話を聞けることになったのかは、詳しく分かっていない。

 

 だとしても、この約2か月の間に調べたことの答え合わせが出来るのなら、それは気にすることじゃない。

 

「神崎エイです。短い間かもしれませんが、よろしくお願いします」

「っ……何なのよ……アンタ女? それとも男?」

 

 これで、初対面の人からこの質問をされるのは、659回目になる。

 

「男です。僕が来てしまったことで、不愉快な思いをされたことについては、謝ります。ですが、どうしても、貴女に聞きたいことがあるんです。お願いします」

 

「ウザ……聞いたでしょ? 答えなきゃ来週中に殺されるって。質問するなら早くして。知ってることなら答えるし、嘘も付かない。嘘を付いたことがバレても、殺されるから」

 

 重ねて不愉快な思いをさせてしまった。それでも、質問させてもらえるのはありがたい。

 

「貴女の能力について、その詳細を出来るだけ分かり易く説明して下さい」

 

「…………自分の体液の成分を変える。この世界にはない成分にも出来るから、毒も作れるし、ヤバい薬? みたいなのも作れる。麻薬とか。その解毒薬みたいなのも作れるけど、普通の病気に効くような薬は無理。大体……そんな感じ」

 

「体液……それは主に、唾液や血液ですか?」

 

「簡単なのは唾液で、血液は血を流すのが嫌だから使わない。実際使うのは、唾液とアソコから出るヤツだけ」

 

「アソコから出るヤツ? その、アソコというのは、どの部分ですか?」

「「――――っ」」

 

 場の空気が変わる。女性は驚いた顔をして息を吞んでいる。

 

「あの、どうかしましたか?」

「っ……」

 

 隣の神宮さんへ聞くと、軽蔑の眼差しを受ける。やっぱり、僕と話をしたくない気持ちは凄く強い。

 

「ここだよ。こ、こ」

「あ――――」

 

 彼女のジェスチャーにより、やっと自分の犯した過ちに気付く。

 

「尿ですね。折角ぼかしてくれたのに察せず、申し訳ありません」

「「…………」」

 

 排泄物に比べれば、確かに唾液の方が手軽なのは間違いない。

 

「では、次の質問ですが――」

「――待って」

 

 少し、質問のペースが早過ぎた。ただでさえ、円滑な会話に不可欠な信頼関係が結べていない。神宮さんも、時間は設定していないと言っていた。

 

「コイツ、大丈夫なの?」

「大丈夫ではない。だが、質問には答えろ」

 

「っ……それで、何?」

 

 とにかく、神宮さんの助け舟に感謝する。

 

「彼ら、と言えば分かると思います。貴女が彼らに言われて作っていた薬、または毒というのは、どのような効果があるものなのですか?」

 

「……もちろん答える。でもその前に、全然気配がないけど、アンタと、その黒スーツの女も、私と同じってこと?」

 

「残念ですが、貴女に質問をする権利はありません。こちらの質問に答えて下さい」

 

 知ることは、彼女のためにもならない。

 

「っ……最初は、腰が低そうって思ったけど、アンタ、腹ン中は真っ黒なのね……あの男が指名したっていうのも、どうせ嘘なんでしょ? こんな人の思いの分からないヤツを、彼が寄越すとは思えない」

 

「指名されたのは、本当のことです」

 

「分かってる。質問には答えるわよ。ちょっと文句が言いたかっただけ」

 

 急ぐのも良くない。でも、長い時間話すことを彼女は望んでいない。

 

「――賭けに負けたか……面倒だ」

「っ……」

 

 神宮さんは、ポケットから四つ折りにされた紙を取り出す。

 

「何よ? それ」

 

「その男からのメッセージだ。信じないのは勝手だが、私は内容を見ていない。読みたければ読め。要らなければ破って捨てろ」

 

 指で弾いた紙片が、対面の女性の手へと渡る。

 

「……っ……」

 

 数秒未満の逡巡の後、彼女は左手で裏を隠しながら、手の中で紙を広げる。

 

「っ…………うん? っ……っ……」

 

 内容に目を通しながら、女性は僕の方を見て、その後、ドアの方へ視線を向けると、再び紙面へ目を落とす。

 

「…………フッ……フフフッ……フッ……っ……何なの……」

 

 女性は堪えようとしても堪え切れず、声を上げて笑う。それは、罪から離れた笑顔だった。

 

「っ……ふん。相当下らん内容だったようだな」

「えぇ……ホントに……んっ」

 

「「――――っ」」

 

 右手で握り潰した紙を、女性は口の中へ入れる。

 

「――っ……跡形もなく溶かしただけ。別にイイんでしょ?」

「構わん。さっさと質問に答えろ」

 

「……私が作らされていたのは、三種類。一つは、空気中ですぐ気化して広がって、それを吸った人間は気を失うっていう、眠るガスみたいな感じ。身体には悪いけど、死ぬレベルじゃない」

 

「っ……」

 

 彼女の様子の変化は置いて、話に集中する。その情報は、モリスが見たものと一致する。

 

「二つ目は、簡単に言うと、ヤバい麻薬。普通の人間なら一回で廃人みたいになって、少なくとも自分で何かを考えて、判断するなんてことは二度とできなくなる。ホントに……マジでヤバい毒……」

 

 今浮かべているその表情を、僕はよく知っている。

 

「最後のは……実を言うと、自分でも、よく分からない……言っておくけど、嘘じゃないから」

 

「だとしても、もう少し説明しろ。それでは全くわからん」

 

「分かってるわよ。私の……能力は、結局イメージが形になっているだけ。だから、知らない病気の薬とかは作れないんだけど、その何かは、あるメロディーを聴いたイメージで作られたものなの」

 

「メロディー? つまり、歌を聴かされ、そのイメージを毒にした、ということか?」

 

「そういうこと。声じゃなくて、音はピアノだったけど。でも、それがどういう作用を起こすかは聞かされてない。作られた毒、その成分は、少なくともそれが毒なら私自身には効果がない。だから、出来たものが何なのかは、毒だと、誰かに使ってみないとよく分からない」

 

「そのメロディー、今も覚えていますか?」

 

 メロディーを薬、毒にする。正直よく分からない。

 

「さすがに、ここで歌うとか勘弁。前に警察から話を聞かれた時、ほとんど取り合わない感じだったけど、そのメロディーについては手がかりだってことになって、音声データを取られたから、そっちを当たってみて」

 

「……可能ですか?」

 

「伝手はある。精度にしても、この場で聴くよりはマシだろう」

「私もそう思う」

 

 それなら文句はない。

 

「……その三つ目も含めてですけど、彼らの目的について、何か知っていることは?」

 

 今も言っていたけど、一般の警察の人間が話を聞いたなら、彼女は精神異常者という扱いになる。そのため、関心を示す部分は客観的な項目に限定され、それすらも妄言で片付けられる。

 

「……大量殺人以外、思い当たらない。でも、私の毒で直接殺す方法を取らないのは、少し疑問。ただ、毒を撒く以上に有効な方法があるのかもしれない」

 

「所感は尋ねていないが、その通りな話ではあるな」

 

 もしくは、彼らの価値観や美学に触れる可能性がある。

 

「……ありがとうございます。次で最後になりますが、彼らの中で、名前、もしくは特徴を把握している人間について、知っているだけ話して下さい」

 

「っ……もっと根掘り葉掘り細かい話を聞かれると思った……名前を知っているのは、三人。特徴だけっていうのが、一人、かな。全員明らかに偽名だけど」

 

「僕が知っているのは、ヒナノという女性に、デュベルという男性、それと、着ぐるみを着た人物の三人なんですけど……」

 

 こちらの言葉に、女性は明らかな反応を示す。

 

「へぇ、デュベルって人は知らない。でも、ヒナノは何度も話したことがある。見た目は派手なギャルって感じで、話も……表面的には通じる印象。能力は、見たことはないけど、洗脳? 多分、そういう種類だって、自分で言ってた」

 

「野に放たれた能力者においては、最も厄介な部類の一つだな……」

 

 能力については初耳。特徴については、こちらの情報と一致する。

 

「もう一人が、モルツっていうガタイのいい男。分かんないけど、背も190位はあるかも。どういうヤツかも……分かんない、かな。私のことは道具として見てる感じだったし、指示してくるだけで、こっちの言葉に反応することは一回も無かったし」

 

「モルツ……」

 

 190を超えてガタイのいい男。頭に浮かぶのは、やっぱりモリスだった。次点が、天王寺先輩だ。

 

「その二人は日本人なのか? まぁ、あってもハーフかクォーターだろうが」

 

「ヒナノは日本人。モルツは、ハーフかも。でも普通の日本語だったから、多分。それで、モルツの方は、能力は分からない。何か、分からないだらけだけど」

 

「いえ、凄く助かります」

 

 四月の時点でこれらの情報があったらどう違ったかと言えば、変わりはない。

 

「……名前を知ってる最後の一人が、ハイネ…………連中のリーダー。ヒナノもモルツも、特にモルツは、心酔してるって感じ。だから、それ以外はどうでもいいんだと思う」

 

「そのハイネと、会ったことは?」

「ないわ」

 

「……特徴だけ、というもう一人は?」

 

「うん。その人も見たことはない。けど、一人滅茶苦茶強いヤツがいるみたい。女で……ヒナノは、エロいって言ってて、モルツは、肉弾戦で勝てるヤツはいないだろうって、耳に入ったのはそれだけ」

 

「……」

「……」

 

 肉弾戦で勝てるヤツはいない。その部分には、注意が必要だ。

 

「……僕からは、以上です。ありがとうございました」

 

 モリスと織田島からのリクエストも含めて、質問項目は消化することが出来た。

 

「まだ時間には余裕がある。私からも少し。彼らと共に行動していた時は、どのような環境だった?」

 

「……てっきり、そういうことを最初に聞かれると思ってた。一応警察には話して、呆れられたことだけど、私が親に売られたのは、大体一年半前、中学卒業の1か月位前だった。学校行ってないけど」

 

「だろうな」

 

「それで、窓のない部屋に閉じ込められて、いきなり能力が使えるようになって……後は、暴力を振るわれたり、諭されたり、とにかく逃げる意思を折るために色々された。けど、結構優しかったと思う。知らないけど、沢山殺されてるみたいだし」

 

 過去を振り返る彼女の目は、暗く淀んでいる。

 

「貴様に利用価値があったのだろう。能力の練度、と言えば分かるか? 貴様は、どのように能力の練度を上げる?」

 

「……そりゃ、そうよね……私は、ちょっと変わってるみたいで、エロいことして、気持ち良くなると、一定の確率? 多分確率だと思うんだけど、それでイメージの幅が広がっていく感じ。言っておくけど、嘘じゃない」

 

「……それは、具体的にはどのようなことをするんですか?」

 

 少し、彼女が何を言っているのか分からなかった。

 

「っ……」

 

「無視して構わん。続けろ」

「ありがと……」

 

 そういえば、僕の時間はもう終わっているということを忘れていた。また二人から、厳しい視線を向けられる。

 

「だから、能力を上げること自体は不可能なことじゃなかった。途中からは、監禁ってよりは、軟禁に近いと思う。もちろん、イイ暮らしじゃないけど。一日中能力のことだけだとしても、ご飯も食べられたし、シャワーも浴びれた」

 

「……その後についてだ。おそらく、連中の望む毒が必要量揃った時点で、貴様は役立たずとなったはずだ」

 

「そう。その辺りの時期とかは知ってるでしょ?」

「つまり、貴様は始末されそうになって逃げ出した、ということか?」

 

「違う。このまま協力するか、逃げるか選ばされた。それで、逃げたってだけ。後の話は、手紙の男に聞けばいい」

 

「既に聞いている。連中は、貴様からこのように情報が漏れることを、どう捉えていたと思う?」

 

 そんなことは、聞くまでもない。

 

「さぁ。けどヒナノに言われたのは、警察に話しても意味がないし、それ以外でも同じだって」

 

「……ヒナノという少女とは、少なからず交流があったということか。協力するという考えはなかったのか?」

 

「……」

 

 そうだった。神宮さんの質問する時間なので、自分はただ黙っていればよい。

 

「協力したら死ぬだけだと思ったし、ヒナノも、多分そうだって普通に言ってた。だから、私にとって、選択肢は一つだったってだけ」

 

「そうか……こうは思わなかったか? 貴様のように能力を持つ者は沢山いて、国は既にそれを管理しているかもしれない、と」

 

「……その時は、思わなかった。あの男と話した時、ちょっとそうかもしれないって思ったけど、八人も殺して……もう終わりだって思ったし……それは、今も同じ……」

 

「……」

 

 彼女は八人の人間を殺めた。その八人には、それぞれの人生があり、彼らが亡くなることで失われた思いは数え切れない。少なくとも、彼女がほんの少し思慮深くいられたなら、殺す以外の結果はあった。それでも、僕は彼女を裁く立場にはない。

 

「ねぇ、あ……そっか。私からは、聞けないんだっけ……」

「いや、試しに言ってみろ」

 

 これも、僕が口を挟むことではなさそうだ。

 

「この二人みたいに、能力を……押し付けられた人間が行く場所があるのは、何となく分かる。でも……捕まって、利用された挙句、何も教えてもらえずに放り出される、私みたいなのは、どうにもならない訳?」

 

「……貴様は例外だ。そして、例外が無くなることはない。だが、既に能力の発現は全て把握されるシステムが構築されている。数年を待たずして、ゼロに近い状態にはなるだろう。今回の一件が片付けば、尚更な」

 

 デュナミス因子と呼ばれる、エネルゲイア――能力が発現する因子の特定は可能で、以前は抜け落ちることもあった検診も、今ではあらゆる方策を用いて把握されている。また、出生届も含めて、検診を受けさせる義務を果たさない保護者には、厳しい罰則も科せられる。

 

 ただ、それ自体が悪の根絶に繋がる訳でも、約束してくれる訳でもない。

 

「ハァ……安心って思う反面、何で私はって、思っちゃうかも……教えてくれて、ありがと」

「そうか…………私からは以上だ。キミからは、何かあるか?」

 

 そこで、神宮さんはドアの方へ視線を向ける。

 

「いえ、何も」

 

 そう返すことは、僕にも分かっていた。彼女はずっと、僕にだけ殺気を向けているのだから。

 

 神宮さんがソファから立ち上がり、それに続く。

 

「……来年の三月末まで、この場で模範的に過ごすことができれば、同年の四月からは自由の身だ。これは答えを強制する質問ではないが、その後、貴様はどうするつもりだ?」

 

「……これから考える。でも、どうするにしても、今日来るはずだったヤツとは会いたい、かな。別に、惚れた訳じゃないけど、どう償うか……話位は聞いてくれそう」

 

「ヤツと会うには、相当な執念が必要になるだろう。それと、何も期待しないことだ。興味もないが、あの男が甲斐性なしだということは、それなりに知っている」

 

「確かに、そんなんだったわね」

 

「……」

「……」

 

 何も面白くはなかったのに、神宮さんもその女性も、ほんの少しだけ微笑んだ。

 

 ドアから出て、再び欧陽さんに背後を取られる。実はこれが、とても負担が強い。僕達三人は、そのまま鉄格子の扉を潜り、来た経路を引き返す。

 

「――やっぱり、太刀川君はモテますね。僕も、もし自分が女性だったら、彼のような人がいいですし」

 

 言ってから、雑談は避けるべきだということを思い出す。でも、神宮さんはその場で足を止めて、こちらを振り返った。

 

 

「私は、貴様がモテる事実も含めて、サッパリ理解できんがな」

 

 怪訝な表情。何故かそういう風に、僕からは見えた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。