トワイライト・エネルゲイア   作:サムラビ

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9月上旬 平和な一日 1

 夏が終わり、九月。

 

 今日は月の初めに設定されている、先輩と会長の面談日である。そのため、一時的に別行動を取っていた私は、合流のためスマートフォンを取り出した。

 

「……」

 

 ここで、思い出す。先月は、随分と時間が掛かっていたことを。それでも、先々月以前と比べるなら、既に終了していてもよい時間ではある。

 

 現在地は一号館前学生会館寄り、こちらも月に一回ある斑鳩の職員の方との面談を終えたばかりだった。その方は、折角という理由で、毎回違う号館の喫茶スペースを面談の場に選ぶ。外部の人間にとって、この空間が非常に珍しいということは、理解できる。

 

 そんな振り返りを終えた私は、何となくの閃きに従って跳躍、誰も利用しない屋上へ下り立ち、レイカさんから貰ったコンパクトな折り畳み式の単眼鏡を取り出し、海の方へ向けて覗いてみる。

 

「っ…………」

 

 勘が鋭くなったというよりは、あの男の行動パターンが掴めてきた、と言った方が正しいであろう。それでも、周囲の先達を見渡せば、その読みもまだまだだと思われるが。

 

 常夏の砂浜に見える人間は四名。その全員が仲良く麦わら帽子を被って潮干狩りをしているのがこの距離でもよく分かる。面子は少し意外で、先輩と潮干狩り部唯一の部員である佐々木君に加え、流山君と新海先輩という組み合わせだった。

 

 あらゆる意味でどうでもよい流れとして、面談を早めに終えた先輩は、私へメッセを入れようとした所で偶然書類提出等で学生会館を訪れていた佐々木君と会い、諸々の些末な展開を経て現状へ至ったと推察される。

 

「……」

 

 無為に1分程眺めていたが、何が楽しいのか、男四人は固まって座り込み、笑い合いながら砂を弄っている。唯一肯定できるのは、あそこで取れるハマグリは本当に絶品だという、意味不明な真実、その一点のみである。

 

 加えて、今日は所謂依頼の中日であり、急を要する予定がない状況が、月初めの面談と重なることは、思えば珍しいことでもなかったように記憶されている。

 

 つまり、本日はこの後、先輩と二人で見回りをする流れになる。というより、先輩から既にそう聞いているため、突発的な何かが起きない限りは、その予定で間違いはない。

 

 ならばと思い、眼下を確認後、私は屋上を飛び降りる。単眼鏡なしでも様子が見えた、農園の方へと足を向ける。

 

 暦の上では既に夏は過ぎ去っているのだが、空模様は夏の終わりを感じさせる雲の混ざった晴天。個人的には、以前より空を見上げることも少なくなったためか、最近では日々の忙しなさを思い出させる風景と化している。そもそも、この学園と季節感は、どうにも相容れない。

 

「――あ、中原さーんっ」

「……」

 

 まだ遠い地点を歩いている所で手を振ってくれる速水さんに、会釈を返す。人に対して手を振るという動作に、何故自分はこんなにも拒否感を覚えているのだろう。ただ、やはり関心はない。

 

 農作業に勤しむ二人も麦わら帽子。だとしても、麦わら帽子が流行していると錯覚することはない。また、人は適応する動物ということで、虫への強烈な嫌悪感から、作業に加わることが出来なかった麻月さんも、最近では少しずつその感情を克服しようとしているらしい。

 

「こんにちは」

 

「うんっ、こんにちは」

「何? 今日は一人なの?」

 

 いてもいなくても、彼女の先輩への態度に変化はない。速水さんと一緒にいる際は特に。

 

「先輩は、潮干狩りをしています」

 

 麻月さんの表情が、軽い嫌悪から、明確な呆れへとシフトする。

 

「っ……まぁ、農作業をしている私が言えることでもないわね」

「えっ? 何が?」

 

「何でもないわ。それと見ての通り、あのリゾートの一件以来、特に変わったこともないわね。強いて言えば、八月が終われば萎れるって聞いてたミニトマトが、無限に採れて困る位ね」

 

「あ、こっちのは、普通のだから、良かったら持って帰ってくれると助かるんだけど」

「はい、是非」

 

 最近では、速水さんも大分エネルゲイアをコントロール出来る様子。先輩は、彼女の能力による農作物を何かに利用したいようだが、例によって忙しく、具体的な動きは未だない。きっと、落ち着いたらやりたいことは多いのだろうが、あの男が落ち着く日は常に遠い。

 

「でも、そっかぁ……太刀川先輩は、潮干狩り中……」

「っ……」

 

 先輩の不在により、二人がこのような表情を見せることは想定済みだが、経験上、この方がスムーズに話が収まるのは確かであった。多少、速水さんへの罪悪感がない訳ではないが。

 

 そして余談ではあるが、初夏以降速水さんはやや明確に先輩への好意を表に出しているように見え、いつの間にか一人称も、僕から私へとシフトチェンジを果たしている。わざわざ確認をしたことはないが、その思いに気付いていない者は周囲では皆無なのではなかろうか。

 

 とは言え、これで見回りの件数を一か所分カットすることができたであろう。

 

 その後、少し話を進めると、以前から検討していた部の顧問については、主にオンラインで助言してもらう形に落ち着きそうとのことだった。他に若干気になったのは、新入部員が入らないのは、やはり麻月さんがそれを抑止している可能性が濃厚、ということ位か。

 

 普段先輩が聞き取っていた項目を消化し、二人に挨拶をした私は、ゆっくりと海岸の方へ足を向ける。速水さんも同行したい雰囲気だったが、不自然な程の熱で麻月さんがそれを制止していた。私としては助かるので、文句はない。

 

「…………」

 

 ひとっ飛びでの到着は可能だが、不思議とそうする気は起きず、中央広場付近では、すれ違う顔見知りの学生と会話を交わしながら、普段からすれば随分と緩慢に目的地へと向かっていく。

 

 思えば、八月中は長期休業ということもあり、何かと予定が詰まっており、常に迅速な移動を強いられていたようだ。とは言え、このように風景へ意識を向けながら歩けるような日は、元々月に数える程度しかないのだが。

 

 そのおかげでこうして、挨拶をする程度には見知っている相手も大分増えた。もし学生会に入り、先輩と行動を共にすることがなければ、あり得なかったことの一つだろう。

 

 内心でまとめると、自分も大分、この学園に染まってきたものだと思った。それに対し、特にネガティブなイメージもない。

 

 

「――はいハマグリィィィィッ!」

「おいぃ……何かしとるやろぉ副会長っ」

 

「やっぱりくじ運がイイんですよねぇ……太刀川先輩は。けど、新海先輩も凄いですよね」

 

「ふっ、くじ運ならば、僕も負けてはいないよ。今年のおみくじも大吉だった。これで四年連続キープということになる」

 

「……」

 

 本当なら確かに凄い自慢話ではあるが、個人的な関心が余りにも薄い。

 

 ゲットした大き目のハマグリをバケツに入れる先輩の表情は、依頼中にはほぼ見られない晴れやかさ。ゆっくりと歩いた気遣いの分だけ、加虐心が湧き起こる。

 

「…………」

 

 砂のゾーンに入る二歩手前で足を止め、私はスマートフォンを取り出すと、履歴からワンタップで眼前の男へ電波を飛ばす。

 

『――おっ、お疲れっすぅ……って、もういるし』

 

 気配に振り返り、先輩は砂を払いつつ立ち上がる。一応この学園にも衣替えという概念はあるが、八月中と変化のないTシャツジーンズ姿に、上は麦わら帽子、下は長靴という部分的潮干狩りルック。

 

『こちらの面談は終了しました』

 

 私の声に、他の三人もこちらを向く。そして断っておくが、私は別に邪魔をしに来た訳ではなく、上司のサボタージュを咎めに来たのである。つまり、至極どうでもよい正義は、こちらにある。

 

「っ、なるほど。これでタイムアップ、か……気付けば、40分も経過している。これが噂の相対性理論か……」

 

 それなりに絡みにくい新海先輩の発言を信じるなら、本日の面談は5分以内に終了した様子。反対に、こちらは大分長く雑談に興じてしまったようだ。そして、制限時間にされていた不快が、現心境にプラスされる。

 

『よし……じゃ、ロスタイムで後5分だけイイ?』

『では……その5分間、私は全力で先輩を攻撃し続けます』

 

「おぉ、何かメッチャキレとるやん……」

「中原が……珍しいな。太刀川、何か失言でもしたのか?」

 

『いや、マジで心当たりないんだけど……てか、普段の温厚さを俺にも出せって……』

「……」

 

 一応、ロスタイムが撤収に切り替わったため、追い打ちは控えて通話を切る。

 

「――お二人も、潮干狩りをされるのですか?」

「僕は今回で二回目だね。実際、こうして友人とたまにやる分には楽しいものだよ」

 

「その、道具は?」

「副会長の私物、布教用セットや。中原はやらんのか?」

 

 伸びっぱなしなぼさぼさの長髪に、麦わら帽子が何故かよく似合っている。

 

「いえ、私はターゲットではないので」

 

 今の新海先輩の発言が、全てを物語っている。潮干狩りはよいものだが、誰もが生業としたいものではない。きっと来年度も、引き続きこの部の部員は一人だけなのだろう。

 

 続行する様子の三人に羨まし気な視線を送り続ける先輩の耳を引っ張り、海から離れると、いつもの切り替えの早さで、既に共有事項の伝達に愚痴を混ぜて話してくる。そして同様に、私もいつも通りの要領で、記憶すべき情報だけ選び、耳を傾ける。

 

「――にしても、いくらデカいとは言っても、ライブ見に行くって理由で外出は無理ゲーだろ。しかも希望多過ぎ……っと、んじゃ、のんびり戻りがてら、農園に顔を出すか」

 

「それは既に済ませました。今日は、中央広場からのポータル使用を進言します」

 

「えっ? 何で仕事早いん? えーでも、俺もプチトマト貰いたい……後でハマグリと一緒に七輪で焼きたいし」

 

「っ……」

 

 わざわざ手提げの保存袋に入れてくれたミニトマト。正直、佐藤さん、レイカさんに稀崎先輩とで一緒に食べることを考えると、これを等分して渡すのは気が進まない。だが、七輪で焼いたトマトがまたそれはそれで美味であることは自明の理。

 

「では、もう一度行きましょう」

 

 結局、時短は成らず。速水さんにとっては朗報であり、麻月さんには一言詫びを入れたい気分ではある。

 

「……」

「……」

 

 そして、少し遠目からこちらを見つめる麻月さんの視線を翻訳すれば「何でその男を連れて戻ってきたの?」とのメッセージが込められていることも、また明白ではあった。

 

「――あっ、太刀川先輩っ!」

「お疲れーっ」

 

「……」

 

 やり取りの細かい差異こそあれ、この後の展開は目に見えている。また、どうでもいいが、この場においては麦わら帽子を着用していない人間が少数派となってしまった。

 

 先程私と話していた時とは明らかに笑顔の質が異なる速水さんに、先輩だけに届くようピンポイントで殺気を照射し続ける麻月さん、少し三人から距離を取る私、平和な時間。

 

「――うん? っ……まぁ、いいか。えっとそれで、これから植えるのって――」

 

「――何故息を吸うように着信を無視するのかしら? アオイも、あまり引き留めたら、中原さんの予定に触るわよ」

 

「あ、すいません、つい……あの、電話、出て下さい」

「えっ? あぁ、いや、大丈夫大丈夫。急ぎな感じじゃないから」

 

「でも、ずっとバイブが」

「――いいから出て下さい」

 

「っ……分かったから刃を戻せって……」

 

 首筋に軽く這わせた刃を瞬時に納刀する。当てた程度では、この男の皮膚は裂けない。

 

「これ絶対メンドイやつ……ハァ……で、どした?」

 

 先輩は予めハンズフリーモードで着信に応える。

 

『――ちょっ! 太刀川先輩っ! 今絶対に一度無視しようとして中原に怒られてから出たっしょっ!?』

 

「余裕がありそうなら切るぞ?」

 

 冗談ではなく、本当に先輩の親指は切断へと向かっている。ちなみに、着信の相手はトレージャーハンター部の一之瀬さんである。加えて、このパターンは先月の頭にもあった気がする。

 

『タイムタイムタイムッ! ガチでヤバいんすよっ! マジでガチっすっ!』

 

「この上なく語彙が貧困だな……とりあえず柳瀬さんに代われって……」

 

『無理っす。今能見さんと一緒に捕食されかけてるっ!』

 

 確かに、ヤバいという言葉に相違ない状況ではある。

 

「捕食て……お前今、中央広場?」

『あ、はい。何で分かったんすか?』

 

「とりあえず行くけど、流れ的には『食人植物区画』へ凸って、ヤテベオに捕まってお前だけ運良く離脱して助けを呼びに戻ってきたって理解でOK?」

 

『っ……100パーOKっす……』

「そこで待ってろ。一回切るぞ――」

 

 状況としては予断を許さないと思われるが、この男は欠伸を噛み殺しつつスマートフォンをポケットへ戻している。

 

「先輩、ヤテベオとは何ですか?」

 

「一言で言えばオブジェクトだな。今月から年内一杯湧き出すヤツで、倒すと結構ポイントがおいしいことで知られている。詳しくはウィキを見ろ」

 

 確か、モンスターは倒しても何の得もなく、例外を除いてその多くは短い期間でリポップするが、オブジェクトは様々な役割を持ったモンスターという印象か。基本的に、リポップの期間はモンスターに比べてかなり長い。

 

「っ……あー、でも……柳瀬さんと能見さんとなると……ちょっと厄介だな。麻月さん……臨時でバイトしない?」

 

「嫌」

 

 二文字でこれ程痛烈な拒否を示すのは、並大抵のことではない。

 

「頼むよぉ、友人の命とかが掛かっちゃってるんだってっ」

「その三人とは、別に友人ではないわ」

 

 私はその三人のことも、麻月さんのことも友人と見ていたが、彼女はそうではないらしい。

 

「あ……あのっ! 私が行きますっ! 私でも、力になれますか?」

「――っ!?」

 

 至極当然な申し出に、麻月さんの表情が明確に曇る。

 

「っ……いや、もしかして、アオイちゃん、こっちから頼っていないのに自発的に、自ら、俺が何かを求めた訳でもなく、協力してくれるって……こと?」

 

 酷い表現の重ね方が、麻月さんを煽っているようにしか感じられない。実際、今にも彼女の指は、虚空に文字を描かんとしている。

 

「はいっ! お願いしますっ」

 

「――わかった。そのバイト、受けるわ……」

「おぉっ、マジで助かるわ」

 

「……」

 

 この程度で悪辣と言っていたらキリがない話ではあるが、麻月さんにとっては、状況とタイミングが悪かったとしか言えない。

 

 そして私としても、彼女が同行してくれた方が心強いことは、揺るぎない事実であった。

 

 

 御多分に洩れず、依頼や予定がなくても、こうして何らかのトラブルによって時間が埋まっていく。まだ陽は高いが私にとって、本日は比較的平和な一日となりそうな流れではあった。

 

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