トワイライト・エネルゲイア   作:サムラビ

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9月上旬 平和な一日 2

「――と、いうことで、この先は三人で行ってらっしゃい。オススメは中原をトップにして麻月さん、アオイちゃんと続く古来RPG一列陣形かな。それと、アオイちゃんはコレを」

 

「あ、はい。コレ、何ですか?」

 

「何かアイテムが必要ってなったら使うコマンドを実行してみて」

 

「…………え?」

「ほら、サッサと行って回収するわよ」

 

 先輩の口調に倣えば、一時的にパーティを組んだ我々四人は、中央広場で一之瀬さんを拾い、先輩とは2分程の別行動を経て、個人的には2度目となる危険区画『食人植物区画』へとやってきた。

 

 転移地点であるポータル自体がジャングルに覆われた本区画は、多数のモンスターが待ち構えている訳ではないが、入った瞬間からそれなりの危機感を覚える雰囲気は十分に漂っている。全方位を囲む生い茂った植物により、空を見上げても圧迫感からは逃れられない。

 

「先輩、何でアタシは待機なんすか?」

 

「緊急用の人材だと思っておけ。戦力を分散するにしても、1対4で分けるのはバランスが悪いし」

 

「……本音は?」

「少し濁せば、貧乏神が付いていくと周りの皆が貧乏になるって話だ」

 

「どうせ濁すならもうちょっと気ぃ遣って下さいよ……」

 

 失敗したら一旦後ろに下げる。これも先輩のルールの一つかもしれない。

 

 速水さんが先輩の用意した紙袋を受け取ると、結局言われた通りの隊列で探検を開始する。未だ攻略の目途は立っていないという話だが、先輩は明らかに周辺のマップを熟知しており、案内しようとする一之瀬さんよりも正確且つ迅速にメンバーをこの地点まで導いてきた。

 

 加えて、先輩の情報では、ヤテベオなる植物型のオブジェクトは、捕まえた対象を溶かして捕食するとのことだが、完全に溶かし切るまで5時間から6時間を要し、逆に言えば、1時間半程度であれば、特に命の危険はないらしい。

 

「何故あの男は、こういった危険区画の攻略に対して消極的なのかしら? 大規模編成で順々に攻略していけば、この手の遭難や事故も起きなくなるのに」

 

「あ、何か、私が聞いた時は、浪漫って言ってたよ。危険区画を全部学生会で攻略しちゃうと、一般の学生が楽しめなくなるって。やっぱり、色々と学生のために考えてくれてるんだよね」

 

「……前向きに捉え過ぎなのと、浪漫は別として、意外と理解できない話でもなかったわね。どうせ、死んでも死なないし、全部自己責任が学園の基本原則なのだから」

 

 おそらく、先輩としても攻略したい危険区画はあるのではないかと思う。ただ、それも落ち着いたら着手したい何かの一つなのだろう。

 

「それより、何故先輩は我々三人だけを行かせたのでしょうか?」

 

「必要な説明に含まれていなかったのだから、気にするだけ無駄よ。そもそもあの三人でも何とかなるって認識するような相手とすれば、大したことはなさそう。唯一の懸念は、その三人の認識自体が信用ならない所」

 

「……確かに、そうですね」

 

 あの三人、の部分を除けば、かなり納得できる言葉だった。

 

「「っ…………」」

 

 先輩の言った通りの地点に、それはいた。

 

 と同時に、先輩が同行しない理由が瞬時に理解できた。

 

「――えっ? 二人共、どうしたの?」

 

 麻月さんの指示により、先輩の想定よりもやや後方を歩いていた速水さんは、その身長の小ささも手伝ってか、眼前の光景を未だ認識していない様子。

 

「――う……あ、あっ!? 中原さんっ!?」

「――っ!? あ……麻月さんも……」

 

 巨木に無数のツタが腕のように生えたビジュアルの怪物、そのツタに絡まる形で捕縛されているのは、情報通りの両名。ただ、現場は少々想定していた範囲を超えている。

 

「――――っ!?」

 

 遅れて近くまで来た速水さんが息を呑む。

 

 柳瀬さんは上、能見さんは下、それぞれが1か所残った下着を除いて全裸の状態で左右に持ち上げられている。また、透明な粘液のような何かを全身に浴びており、通常の人間ならすぐにでもその身が溶け出してしまうらしい。

 

「す、凄い……本当に太刀川先輩来てないみたい……」

「だから……言ったでしょう……副会長は、紳士な方だと……」

 

 20メートル程手前から見上げる限り、二人の様子にはまだまだ余裕が感じられるが、何故か二人の顔は、上気しているかのように赤らんでいる。

 

「見るに堪えない絵面ね……燃やしてもいいの?」

「いえ、どうやら情報通り、捕縛している間は動きが停止しているようです。なので――」

 

 刀を構え、左方から飛び込んで斬り裂き、そのまま後方から一周するように右側のツタもまとめて切断する。

 

「「――――ぅっ!?」」

「――――――」

 

 時間差で二人共地面に落ちると、ツタの大半を失ったヤテベオは、高音の叫び声を上げてゆっくりと後退していく。

 

「っ…………」

 

 その姿を見て、途中まで式を描き終えていた様子の麻月さんは、光の線を消す。

 

「…………」

「…………」

 

 そして、私達は互いに数秒間見合う。直前に見せた視線の動き、粘液塗れで湯気を吐き出す要救助者の二人を見ていたことから、その意図を汲み取るのは容易いことではあった。

 

「……正直、触りたくないんだけど」

「っ……いえ、速水さんは、能見さんの方を任せてもよろしいですか?」

 

 全く以て同意見だったが、ここで自分が拒否する訳にもいかないだろう。

 

「う、うんっ! えっと……あ、あっ!? 中原さんっ! 紙袋っ! タオルと着替えが入ってるっ! 何でか、プレゼント包装されてたんだけど……」

 

「っ……とにかく助かります」

 

 カラフルな包装の片方を受け取り、雑に破くと、中にはバスタオルと女性用下着、Tシャツにジャージの上下が揃っていた。

 

「……柳瀬さん、大丈夫ですか?」

「あ……うん、ありがとう……中原さん……」

 

 理由は考えたくもないが、露出しているという要因以上に、普段と比べて扇情的に映る柳瀬さん。当然、その感想は捨て置き、バスタオルを被せて付着した粘液のような何かを拭き取っていく。意外にも、くっついたりはしない。

 

「確か、その溶かす何かは、オブジェクト本体から離された時点でその効果を失うという話だったわね」

 

 そして、頭に浮かんだ疑問は、麻月さんによりすぐ回答を得る。

 

 髪の毛に付いていた分も含め、見た目よりも大分綺麗に拭き取ることができた。その過程で、二人の様子も通常時のそれへと戻ってくれたようで、それは何よりだった。

 

「あ……やっぱり、青っぽい方が能見さんのでよかったみたいだね」

「重ねて、ありがとうございました……」

 

 少し心配して、そのやり取りを眺めていたが、既に速水さん、麻月さんと能見さんの間にあったわだかまりは解消している様子。

 

「――お疲れーっす。で、話は後にして、とっとと戻りましょう。ってことで、ゴメン、二人共、ビーサンで勘弁して」

 

 思い出してまた戻ったのか、先輩の両手には二足のビーチサンダル。軽く不快だが、ほぼ全てこの男の展開予測通りに進んでしまったようだ。

 

「た、助かりました……副会長」

「すいません……私、ちょっと疑っちゃいました……ありがとうございます」

 

「うん? 何かよく分からんけど、無事で何より。はい」

 

 二人は礼と謝罪を重ねながら、受け取ったビーチサンダルにそれぞれ足を通す。

 

「「っ…………」」

 

「ん? どした?」

 

「いえ……」

 

「……どうやったら私達を見送ってから今までの間で、サンダルを買いに行った上にシャワーまで済ませられるの……」

 

 しかも、麦わら帽子と長靴を副会長室に戻している。これについてはさすが、20分掛からずに京都へ辿り着いた男。

 

「ゴメン……二人共……」

 

「いえ、助けを呼んでいただいて、感謝しています」

 

「うん……だから止めておこうって言ったじゃんって話だけど、何かもうそういう感じじゃないかも」

 

 柳瀬さんに、この場にはいない笹森君もそうだが、共に相方の制御が課題という事実は、未だ変わらない様子。

 

 

 ポータルから中央広場に戻った後は、やはり見たことがある先輩からの軽い説教と注意事項の確認。私が一つ下の後輩に指導する際は、もう少し厳しく叱咤するのかもしれない。

 

「――ま、時間的には大して、というより、まだ早いけど、さっきよりは丁度いいな……んじゃ、中原。修行部がもうそろそろ引き返してると思うから、このまま黄泉に向かおう」

 

「分かりました」

 

 毎回思うが、黄泉に行こう、という類の表現はどうにかしてほしいと思う。

 

「――あのっ、副会長、この服の、代金を支払わせていただきたいのですが……」

「あ、私も、お願いします」

 

「カグヤも能見さんも、律儀……」

「普通でしょ……」

 

 一之瀬さんの呟きに、呆れる麻月さん。気にする必要はないと、私は思ってしまう。

 

「いやぁ偉いな二人共。まぁ、出来ればなんだけど、今度何かあって、声掛けた時に手伝ってもらう感じでもイイ? 知っての通り、ポイントって貸し借りの部分が面倒臭いんだよな」

 

 そして、予想通りの返しをする先輩。

 

「い、いえ……そんなものが無くても、私は……っ、ですが、副会長がそう望まれるのでしたら、何かの際は是非お声掛け下さいっ」

 

「あ、私も、全然協力します……私で役に立てるかが疑問だけど……」

 

 一人だけ身に纏う世界観の違う能見さんと、声が尻つぼみになっている柳瀬さん。

 

「よし。緊急お助けカードをゲットした所で、それじゃ、園芸部の二人にも、ちゃんと後でポイント振り込んどくから。小林が」

 

 何故わざわざ最後に蛇足を添えるのだろう。

 

「――あ、太刀川先輩。黄泉行くなら、付いてってもイイすか?」

「えっ? 何故に?」

 

「いや、暇なんで。結局木のバケモンもまだ無理ゲーみたいだし」

「いや、さすがにもうバイトは間に合ってる」

 

 そういえば、ただ何となくの同行でポイントを申請し、レイカさんと小林先輩に叱られているのを目にした記憶がある。

 

「もち、タダで。てか、先輩と同行してた方が練度上がる気がするんすよ」

「それ、100パー気のせいだぞ……」

 

「……」

 

 そう一蹴する程には、私は同意できなかった。何故なら私自身がそれを一番実感している節があるからだ。

 

「あの、それだったら、私も一緒に行って、いいですか?」

「っ……」

 

 一之瀬さんに続く速水さんの言葉に、ややその表情を険しくする麻月さん。そして、おそらく場の誰よりも早くその変化を察知した様子の先輩。

 

「いやぁ、さすがに黄泉は……だよね? 麻月さん」

 

「っ、そうね。今日予定していた作業は終わっているけど、わざわざあんな所へ行く必要はないわ」

 

「えっ? でも、この前中原さんと三人で……」

「はっ?」

 

「……」

 

 高速でこちらへ向けられた視線を、何とか回避するが、刺さる黒い感情に変わりはない。

 

「――なるほどなるほどはいはいはい。んじゃもう……あ、柳瀬さんと能見さんも、10分……あれば着替えてポータルまで来れたり、する?」

 

「はいっ、問題ありません」

「あ、大丈夫です」

 

 どうやら先輩は、早口と勢いで走り切ることに決めたらしい。個人的には、自分へ理不尽なヘイトが向かないのであれば異存はない。

 

 流れ的に、麻月さん以外は同行という線に乗り上げたと見て間違いない。行先は黄泉という名称だが、ピクニックへ出発するような雰囲気に近い。そして何故だか、出会う人をどんどん吸収する形でパーティメンバーが膨れ上がっていく。

 

 ただ、これも時折見られるパターンの一例ではあった。

 

「…………あのパイナップルの貸して……」

 

 

 抵抗するのが面倒になった様子の麻月さんも折れ、予定していた10分を下回る5分後、再び中央広場に集まった我々は『黄泉区画』へと転移する。

 

「――――――」

 

 ローグライクゲームのダンジョンのような性質を持つ『黄泉区画』は、一定時間毎に各エリアの構造が変化する。そのため、入口であるこのエリア1も、見慣れた風景とは言えない。ただ、初めて訪れた際の衝撃は一体何だったのか。そう思えてならない程に、何も感じない。

 

 白い石畳、鮮やかな桜の木、舞い散る花弁、緩やかな階段、背景の青、新鮮さのない地形。前に訪れたのはいつだったか、少なくとも、今ではもう通常で湧き出る魔物との戦闘は、かなり億劫に感じられる。正直、一人で型を確認した方が有意義だと思ってしまう。

 

 そして、ちょうど進行方向の最後尾に位置していたためか、前方の状況を俯瞰しつつ、少し物思いに耽ってしまったようだ。

 

 視界の奥からこちらへ向かって走ってくるのは修行部一年の笹森君。その更に後方、複数見える顔見知りの方々の様子も含め、部員全体が何かのっぴきならない場面に遭遇しているのは明白であった。

 

「――――っ!? 太刀川せんぱ――助かったっ! あっ! 副会長がっ! 来てくれましたっ!」

 

「……トラブルという概念がS極なら、貴方はN極なのね……」

「よく喰らう例えの一つではあるな……」

 

 そうは言っても、さすがにこれ程クリティカルなタイミングに出くわしたことはあまり記憶にない。ただ、そのタイミングがどうであれ、日々の展開から大きく外れる現象とも言えない。

 

 そして慌て気味の面々とは対照的な先輩は、一足飛びで隊長と思われる部員の近くへ移動し、情報収集に当たっている。また、そういえば本日、ナギ先輩は碓氷先輩と終日『海鮮区画』で食べ歩くと聞いているので、そちらの援護は期待できないだろう。

 

「――おっ、マジでドンピシャなタイミングだったんか……よし。総員っ! 中原の立っている座標付近に寄り固まって待機っ!」

 

「はっ!」

 

 軍隊をイメージさせるような鋭い返事と共に、十名程と見られる修行部の部員達は、指示通りにこちらへ向かって駆け足で移動を開始する。こちらも腰に忍ばせた短刀を先輩へ向けて投擲しようという考えが過ぎるも、一応の緊急事態を受けて思い止まる。

 

「――えっ!? ちょっ、コレ何?」

「エリアを超えるタイプの大型が、低層で出現したのだと思われます」

 

 とは言っても、突発的な個体であれば、ポータルの目の前で待ち構えるだけで、学園区画へは転移しないとの話だ。もちろん、十分に危険で、迷惑な現象であることに変わりはない。

 

「っ……随分大きなパイナップルね」

「私、それの方が逆に怖いかも……」

 

 長く、緩やかな階段を駆け下りてくる漆黒の魔物は、体長5メートルから7メートル程の獣型で、強いて言うなら猪を模しているように見えなくもない。

 

 魔物の行動原理は至極単純で、縄張りに侵入した人間を襲い、その優先順位は、一定距離内にいる複数の人間、手傷を負った人間、単一の人間の順。視界に映る個体はポータルを目指しているが、それよりも近くに人間がいれば、習性通りにそちらを優先させる。

 

「な、中原さん? コレって、私達、囮?」

 

「はい。なので、特にやることはありません。それでも行きがかり上、少額ではありますが、この場にいるだけで協力者ポイントは発生すると思われます」

 

 これは協力項目の一つ、モンスター、オブジェクトの攻撃を引き付ける、に当たる。

 

「結局割のいいバイトじゃん……」

「――――っ!?」

 

 大型個体が群れを成すこちら側をターゲットとしたのは、一旦減速したことから明白。その切り替わりの隙をしっかりと捉えていた先輩は、ほぼ直角の方向より強襲、ヘッドスライディングの要領でその四肢の下へ滑り込むと、その瞬間に巨体は真上で吹き飛ばされる。

 

 周囲もそう評価するが、先輩は吹き飛ばしのエネルゲイアにより、ああいった巨体のモンスター、オブジェクトに対して、無類の強さを誇る。

 

「……」

 

 分かってはいたが、本当にやることがない。

 

 滑り込んだ勢いのままその体勢を立て直した先輩は、既に片膝を着いた姿勢で頭上へと右手を伸ばしている。

 

 

「――――アレキサンドライトッ!」

「――――――」

 

 

 瞬間、頭上に見えた鮮やかな青緑の石が爆ぜる。

 

 打ち上げられた同色の花火に、遅れてやってきた爆音が合流した時には、もう異形の姿は跡形もなく、粉のように散った光の粒が、宙に舞って大爆発の余韻だけを残していた。

 

「――――はいナイッスィィッ!」

「「「――ナイッスゥゥッ!」」」

 

 先輩の声にすぐ反応した二年生の部員達が、ハイタッチをしながら駆け寄り、サッカーのゴールシーン直後を模した悪ノリが始まる。今日はこのパターンらしい。

 

 それに少し遅れて、笹森君を先頭にした一年生組も加わる。土地を転がすとあんなことも出来んのか、という発言が耳に入ったが、もちろん気にしないでおく。

 

「――――えっ? さっきの爆発、何?」

 

 悪ノリが謎のダンスパフォーマンスへ発展していた所で、少し遅れて戻ってきた副部長の三条先輩が、困り顔で首を傾げている。だが、私は一貫して見に回ることを選択し続けた。

 

 

 その後、三条さんと共に奥から戻ってきたメンバーも合流し、ある意味で定時連絡と化している情報交換に移る。

 

「――まぁ、さっきのはたまにあるヤツってことで、やっぱり先週にごっそりイッたのがまだまだ効いてる感じだね」

 

「うん、そうだね。あ、後、弾丸の供給、滅茶苦茶助かってます。この前数値化したら、思った以上に効率上がっててびっくりしちゃった。データは学生会の共有に送ってあるから、時間がある時にチェックしてね」

 

「助かるのはこっちだって。データも、目を通しておくわ。後は……そういえば、先週天王寺先輩と飯食ったんだけど、たまには顔を見て話したいって言ってたよ」

 

「あ……うん。今度、誘ってみよう、かな」

 

「……皆、流してるけど、太刀川先輩の……さっきのって……」

「アタシは前から知ってたぜっ!」

 

「くっそ……もう少し早くエリア1に戻ってれば……折角先行組の日だったのに、何か損した気分だぜ……」

 

「ある意味、見ない方が幸せって話もあると思うよ」

 

 こちらは板場君も合流し、全体的に、よく見る顔触れが集まっている。そういえば、八月中はそれぞれ顔を合わせる機会が少なかったと先週話をしていたが、夏休みが終わり、この辺りに関しても平常に戻ったのかもしれない。

 

 この学園は基本的にテストという概念がなく、学業でポイントを得る側でない自分は、今後も受ける予定はない。なのであまり意識はしていなかったが、一応二学期が始まり、改めてこの学園に来てから、ある程度時間が経過したことを自覚する。

 

 

 戦闘場面の少ない日特有の物思いに意識の数割を当てつつ、黄泉区画を後にした私達は、先程の三人のそれとは違う、通常区画からの正式な救助要請を二件解決し、再び学園の中央広場に戻ってくる。

 

「――結構時間掛かったけど、普通にそうでもなかったっすね。もっと毎日ヘビーな感じで死と隣り合わせだと思ってたんすけど」

 

 流れで終日同行という形になった一之瀬さんが、一日体験の感想を述べる。

 

「……言っておくけど、こんな日は稀よ。中原さんじゃなきゃ、月に数回は命を落としているわ」

 

「だよね……今日はたまたまそんなんだから、太刀川先輩も同行させてくれてるんだろうし」

「確かに、今日は何事もない平和な一日という印象ではあります」

 

 とは言っても、黄泉区画以降、気を抜いた覚えは一切ないが。

 

「いや、平和は言い過ぎっしょ……てか、そっか……やっぱヤバいんだ……」

「リゾート区画の時から今日までで、凄かったのって、どういうの?」

 

 頻度としては少ないが、時折同行することもある速水さんからは、最近このような質問を受けることが多い気がする。

 

「そう、ですね……とは言っても、私は特に。最近では、先輩が五割の確率で命を落とすというボタンを押した位でしょうか」

 

「え……それ、どうなったの?」

「っ……先輩は健在ですが」

 

 一之瀬さんが本当に分からなくなることが、月に二、三度あるように思われる。

 

「う……太刀川先輩、ホントにそんなボタンを押したんですか?」

「……うん? あー、まぁほら、押さないと出られない特殊な状況だったからさ。しょうがないだろ」

 

「何処で買えるんですか……そのメンタル……」

「別にメンタルの強さとはまた違うと思うけど」

 

 おそらく、先輩の頭の中には書類のことと、それをどう先送りにするかで満たされているのだろう。

 

「――あれ? タケルっ! に、レイカとマコトも……」

「うわっ、生中之島先輩っ!?」

 

 先輩と一之瀬さんの反応通り、学生会館の正面入り口には、その三者が並んでいる姿が見える。と認識した時には、既に先輩は跳んでいた。仕方なく続く。

 

「――でもすぐに戻らなきゃいけない、とか?」

「いきなり飛んできてなんなのよ……」

 

「夜の監視があるからな。とは言え、今日は天王寺先輩もいるから、多少時間に余裕はある」

 

 不服そうなレイカさんと、涼しい顔で言葉を返す中之島先輩。後ろで微笑む稀崎先輩も含め、こちらも平常運転と見て取れる。

 

「いやぁ実はさ、大量のハマグリを取ったんよ。もう今日は閉店だし、焼いて食わね?」

「俺は構わないが、どうだろうな。中原も、お疲れ様」

 

「はい、先日はありがとうございました」

 

 先輩には構わず、三人への挨拶を優先する。どうやら、こちらも月初めの書類や共有事項があった様子。

 

「――差し迫ってるのはなくても、アンタ書類あるでしょ……」

 

「リモートでやれるから。どうせタケル遅くまでは無理っぽいし、レイカもハマグリ好きだろ?」

 

「この前バーベキューやったばかりでしょ……って、そういえば私達はほぼそんな暇なかったのよね……皆の姿で自分もやった気になってたわ……」

 

 珍しく、会話の流れは先輩の方へ傾いている。

 

「ハァ……仕方がないわね……タケル、後どの位いれるの?」

 

「そうだな……あまり甘えるべきではないが、正門からワープを使用するなら、後2時間と言った所か」

 

「十分だ。既に佐々木くんは仕事を終えているらしい」

 

 そのベクトルにおいては、相変わらずのスピードである。

 

「じゃ、マコト。今日はそんな感じでいきましょ。ちょっと遅い、夏休みのお疲れ様会ってことにするのもいいわね」

 

「では、早速戻って準備するよ」

 

 未だに水着の残像を感じるが、今日も凛々しい男装姿の稀崎先輩は、不可視の足場を経由してポータルの方へ。これはつまり、本日夕食の約束をしていた私と佐藤さんの予定も、同様の形へ収束するということだろう。

 

「じゃ、一度戻って寮のいつもの所ね。ま、着いた人から始めていればイイわよね」

 

「よし……今日は流れが来てるな。タケルも一旦部屋に戻って、七輪持ってこようぜ」

 

「あぁ、そういえば、何故そんなにと思う数が、キッチンの下にあったな。このための物だったのか」

 

 こうして、また人を吸収して我々はぞろぞろとメインポータルへ歩き出す。おそらく、気付けば知っている学生のほとんどは参加していることだろう。

 

 結局、今日は安息日のような一日となった。以前なら、きっと物足りなさを感じていたと振り返ることができる。ただ、今ここでの自分は、こういう時間の使い方も自然に好ましく思っている。その力動に、逆らう道理はない。

 

 

「――――中原」

「――――っ」

 

 そして気付けば、寮区画の三叉路、他の面々は既に真ん中と右へ分かれて一旦自室へと向かっており、急に遠くからの笑い声が耳に届く。

 

「はい」

 

 少し前を歩く中之島先輩から距離を置いて、呼び止めてきた先輩の言葉を待つ。

 

「多分……いや……まぁ多分でいいや。今月の中旬以降、ヤバいのがあると思うから、隅に入れといて。で、とは言っても今日はお疲れ会だから、羽目を外そう」

 

「前半は分かりましたが、後半は結構です」

「何でだよ……たまにはイイだろ……」

 

 そう返すと、先輩は頭を搔きながら、小走りで前へ追い付いていく。

 

「……」

 

 結構ですとは返したが、今日の催しは予定通り楽しむこととする。

 

 

 ただ、あの男がそのように言うと、それはもう確定事項のように聞こえてしまう。これは、私自身の経験則でもあった。

 

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