「――――ったくよぉ……おいおい大将ぉ、俺達は一体、いつまでこんな人も通らねぇような道を歩き続けりゃイイんだ……」
これで7回目。さすがに文句のバリエーションも尽きている。
「何度聞かれても、面白い話は出来ないよ、モリス。僕達が交通機関を使えば、警察や学生会の人達にそれだけ迷惑が掛かる。気を遣える部分は、気を遣った方がいい」
今日の空は三日月。満月は明る過ぎて好きじゃない。僕にとっては、それだけで今日の運勢は悪くない。
九月十日の金曜日、時間は、さっき確認した時は午後9時を回ろうとしている所だった。
今僕達は、組織が関わっている、とある会社を追っている。事前に得た情報から、今回は今までとは明らかに違う段取りとなる。それでも、織田島だけは今日も別行動を取っている。一人では心配だけど、僕なんかが心配する程、織田島は弱くない。
「らしい正論だぜ。何度聞いても大将以外なら絶対に響かねぇ内容だ。これも、イケメンの力ってヤツか」
「僕はイケメンじゃなくて、女顔だよ」
「おいおい大将。イケメンってデッケェ概念の中に、女顔もしっかり含まれてるんだぜ。それに、アンタがモテることに変わりはねぇ。姉さんが睨みを利かせなきゃ、ここまで何人に逆ナンされたか分からねぇ」
「モテる……モリス、モテるって、どういうこと? 本当に、女性から声を掛けられて、食事に誘われることが、モテるってことなのかな?」
僕には分からない。何故なら、モテる、という言葉は、絶対に前向きな言葉であるはずだ。なのに、僕は人と話していて、この言葉を前向きに実感した経験がない。
「3グラム未満の哲学かぁ……いいぜぇ、暇を潰せんなら歓迎さ。で、姉さんはどう思う? 女から声掛けられて飯をオゴってもらえんなら、それはモテるってことじゃねぇのかい?」
「…………」
外に出ている時は特に、カスミさんは無口だ。それは今日も変わらない。
「なるほどなるほど。姉さんと姫さんの教育がしっかりと行き届いてるから、大将も知らねぇ女に付いてくこたぁねぇ。もやししか食うモンが無かった春先だって、それを貫いてたんだからなぁ」
「モリス、その話は関係ないよ。それより、質問の答えは?」
目的の場所はもうそこまで遠くはないけど、やっぱりこのペースで歩いていると、客観的には遠いということになる。
モリスと並んでいると途端に狭くなる歩道に人影はなくて、車道もほとんど車は通らない。左を見下ろせば広がっているのは住宅街で、疎らな電球の光が、星の姿を隠している。
「答えを言う前に、仲間内以外でのその質問はNGだぜ、大将。男に限らず、人間は嫉妬深い生きモンだからな。ただ…………質問の答え、か……下ネタの通じねぇ大将にそれを説明すんのは、九九を知らねぇ小学生に微積分を説くようなモンなんだが……」
「――モリス、黙るか、もう少し有意義な話をして。神崎も、下らない質問は止めて」
「ごめん、カスミさん」
彼女がわざわざ苦言を呈するなら、別に質問の答えは必要ない。
「有意義……ねぇ……下ネタは有意義なんだが……今の俺達の輪に、亀裂は必要ねぇな」
「モリス、別に話をしなくても、歩くことはできるよ」
「そいつはアンタと姉さんの方が例外なんだぜ。大抵の人間は、歩きながら話をするもんさ」
「織田島は全く話さないけど?」
何度か無視されてからは、並んで歩く時は声を掛けないようにしている。
「あんなモンはただのド陰キャだ。放っときゃいいのさ」
「けどそれだと、例外が過半数を占めちゃうよ?」
「あぁ……そんなトコまでレジスタンスしなくてもイイんだがなぁ……難儀なモンだぜ」
「……」
レジスタンス。意味は主に、抵抗運動。
皆が受け入れているなら僕は構わないけど、もし意見を求められたなら、僕はそう呼称されることにこそ、抵抗がある。けれど、それは大した問題じゃない。そういえば彼も、僕にはそういうことは似合わない、と言ってくれたことがあった。
「――なら、距離としてもちょうどいい。ここまでの振り返りといこうぜ。織田島と姉さんが喋らな過ぎて、抜けちまってるトコもあるだろうからなぁ」
「へぇ、ちょっと意外だよ。本当に有意義な話をするんだね?」
「っ……大将。ちょくちょく言わせてもらっちゃいるが、さっきの占めちゃうよ? もそうだ。そのキョトンとしたような顔を向けられると、妙にグッと入って新たな扉をノックされてる気になりやがる。太刀川の野郎も何度か経験したらしいが、出来れば控えてくれ」
珍しく、少し本気で困った顔をするモリス。
「でも、何を言っているのかが分からない。それに……うん。ちょっと、説明してもらっても、大丈夫?」
「――神崎。モリスは振り返りがしたい、と言っているわ」
「ごめん、カスミさん」
これは良くない。この短い間に、二度も指摘されてしまった。
「よし、振り返りだ振り返り。でなきゃ、次は無言でスレッジハンマーが飛んできそうだからな」
「そうだね。ここで人員が減るのは絶対に避けたい」
「あぁ同感だぜ」
頭の中に入っている情報を広げるイメージの後、当て嵌まる記憶をピックアップする。
「――そうだった。思い出してみれば、ここまでのことは、モリスのおかげだったんだね」
少なくとも、その前はただ食糧難に喘いでいただけだ。
「気持ちは受け取っておきたい所なんだが、そう言うなら俺のケツを蹴飛ばしてアパートから閉め出した姫さんの業績にもなっちまうな。六月の……いつだったか……最初の方だろ? 天王寺先輩と中原にくっ付いてったヤツだ」
「今思えば、あの時って二人共、お腹に穴が空いてたんだった……それなのによく……」
思い出すと、やっぱり未成年のパチンコはよくないことだし、モリスに下された制裁は、そこまで間違っていたものではない。それに、お腹に穴が空いたとしても、モリスなら通常の活動に大きな問題はない。
「そういや、いつの間に塞がったんだろうな。ま、肉を食ったからだろうが……つまりだ。流れが変わって動き易くなった六月から、俺達はGメンのように摘発を繰り返してきたって訳だ」
ジーメンが何を意味するのかは分からなかったが、周囲の言葉から恒常化は十分可能だ。
「もちろん最初じゃないけど、僕らの関わったという意味での最初は、稀崎さんのご実家が被害に遭っていた。かなり違和感を覚えたけど、これについては完全に偶然だったという結論が出てる」
彼女のような人間は、特に争いからは遠ざかってほしい。これはあまり良くない、酷く自己中心的なことだけど。
「格式高い伝統工芸品から始まり、介護福祉施設運営、大学に併設された心理相談室に、夜間専門の清掃業者と来て、今回が……輸入品専門の家具屋……閉鎖的でマイナーなって仮説は、まぁ半分は当たってたんじゃねぇか」
「どのケースも、通常では考えられない程の低コストで、不自然な利益を上げている。でも、結果的に彼らは、その全てを切り捨てて、残った人間を僕達に摘発させている……そして、彼らの中には、他者を洗脳できる能力を持った者がいる」
「摘発させている……ま、そう考えた方が自然だろうなぁ。せめて、千切り捨てた尻尾位は残しておいてほしいもんだが、直接連中と繋がるモンは見当たらねぇし、能力を知らねぇ警察の皆さんが首を捻るような事実だけが、後には転がってる」
「鳴海刑事の話だと、彼らが活動資金を得ているという線も、ないっていう結論みたいだ」
そもそも、資金を得るなら、もっと露見せず、労力も少ない方法が沢山ある。
「能力者が金にしがみ付くとは思えねぇ。それは、学園の副会長様も証明してくれてる。要らねぇモンが貯まってった上に、人から妬まれるってのは、どういう気持ちなんだろうなぁ」
彼のように献身的な日々を送っていれば、貯まるものが勝手に貯まっていくのは必然だ。モリスはどうも、彼のことを貶めるような物言いが目立つ。でも、今の立場を考えれば、仕方のないことだ。
「……モリスは、どう見てるの? 今回のことも含めて、彼らの目的について」
「おいおい、そりゃ大将が目ぇ向けてりゃイイことだろうが。俺は連中が何したいかなんて、考えたこともねぇ。ただ、楽しいことが見つからなくて可哀想なヤツらだとは思ってるぜ。結局、頭の一人以外は全員おつかいを頼まれてるだけなんだろ?」
「断定はできないよ。それに、能力者が学園の外で生きていくのは、とても心細いものなんだ。何かしらの居場所を求めるのは、自然な流れではある。僕からしたら、心の底からは理解できない生き方だけど」
「……悪いことをしてるか、してないか……大将はシンプルでイイな。そういう所に、女達は集まってくるのかねぇ」
モリスはどの方向からでもそこへ繋げてくる。
「シンプル、か……他人を傷付けるのは良くない。だからしない。何で人間は、それが守れないんだろう……」
「アンタじゃなきゃ正気を疑う言葉だが、大将はそういうスケールで生きている男だからな。俺は雑魚が寄り集まって何がしてぇのか、知りたくもねぇし興味もねぇ……さっさと済ませてボーナスでも貰って、祝勝会で焼肉と洒落込みたいモンだぜ……」
「焼肉、かぁ……最後に食べに行ったのは……」
もう一年以上も前だった。あれは偶然、太刀川君に織田島、萌木乃君の四人、肉区画の格安人気店、ホルスタイン内山田で、夕食を食べた。でも今は、またそういう体験が出来ることを、期待することは許されない。
「――で、大将の口から聞かせてくれよ。連中は何がしたいんだ?」
「っ……」
モリスの快活な声のおかげで、暗い気持ちがいなくなった。感謝を伝えたいけど、モリスは僕が下から見上げるととても困った顔をする。だから、頑張って質問に答えるのが先だ。
「そう、だね……彼ら……あ……」
つい、歩みを止めてしまった。
「ん? どうした大将。機械仕掛けみたいに歩いてたから、一瞬壊れちまったのかと思ったぜ」
「モリス。ハイネって名前だと、男なのかな? それとも、女性?」
「あん? 知らねぇが、酒がモチーフの偽名だしなぁ……きっと盗品を飲んでる勢いで決めたんだろ。野郎って考えてイイんじゃねぇか? 俺からすりゃ、中ボスが女ってのは締まらねぇから、勘弁してほしいもんだぜ」
「中ボス? えっと……そうだね。一人、とても強い女性がいる。できれば、正面から戦うのは避けたい」
「あー、そんなのもあったか。ま、デカい女に興味はねぇ。並んで歩いたら、周りからジム通いだと思われちまう」
それの何処が問題なのか、僕には分からない。
「じゃあ、仮に、彼として……だけど。彼は、試しているんだよ」
「っ……何の話かって思ったら狙いの話だったな。それで、試しってのは、何の試しなんだ?」
本当に、モリスはそれについて考えていないのか、僕には分からない。けど、興味がないという言葉に、偽りはない。
「彼は、相手の求めに応えている。相手が求めたものを得た後で、どう動くのか。それは随分と短い期間だけど、終わったら切り捨てて、次へと移っていく。繰り返している、というのは、言葉の通りなんだ」
「求めっていうのは……金のことかい?」
「うん。一つ、彼に指摘したいのは、浅い関係性のまま、相手の求めるものを聞けば、大多数の大人はお金と答える。お金は便利だし、結局社会の中で生きるなら、必要不可欠なものだからね」
「そいつについちゃ、俺達は身を以て痛感した訳だ……で、楽に金稼ぎをさせて、その後で一体何を試してるっていうんだ? 俺にゃとことん、無駄な時間と労力に見えんだが……」
「うん。僕も興味はない」
それは、僕も同じだし、他の皆にとっても変わらない。
「ただ、自分の目で見て、実感を得るというのは、きっと大切なことだよ。モリスが最初に見た会社の人達も含めて、今回のはまだ断定は禁物だけど、合計で4つの集団になる。その人達は、大金を得た後、何をしていたか……」
これについても、僕自身、ほとんど関心のないことだ。
「おっ、その辺りは結構楽しませてもらったなぁ。俺のテキトーな集計じゃ、高級マンションに高級車、男なら時計、女なら貴金属やブランド物、法的には問題のねぇ所得だからな。値が張るモンが幅を利かせちゃいるが、後はエロ関係も多種多様な方向性が見えたなぁ」
こういう部分の興味関心が、どうも僕とモリスだと噛み合わない。けれど、特に問題はないから、気にすることじゃない。
「大金が入ったら、欲しい物を買う。これも別に他人から責められることじゃない。モリスも言ったけど、この国の法律を犯した訳でもない。ただ、お金を得てから、彼がその手を離すまでのスパンは、どんどん短くなっているのは、偶然では片付けられないよ」
僕が認識した最初のケース。稀崎さんのご実家の件については、2か月以上の期間、関わりが見られた。けど、一つ前のケースは、お金の入金から、摘発によりそれを失うまでに、一週間も掛かっていない。そして今回は、また記録を更新する。
「飽きてきた……もしくは呆れてんのか。俺なら両方だが、連中の神経は普通じゃない。俺と同じように感じられるかは、とても断言できねぇなぁ」
そう、モリスは嘯く。彼こそ、自分を辞書的な意味で普通とは捉えていない。そう捉えている僕も、普通という概念に焦がれている。つまり、大した差はない。
「さっきも言ったけど、試すにしても、前提条件が余りに粗雑だよ。思慮深い人間を、サンプルから除外したかったのなら、別に構わないんだけどね」
「違いねぇ。だが、試すって解釈は、向こうを過大評価し過ぎだぜ、大将。勝手にハメて落として笑いモンにする。俺からすりゃぁ、一話完結の教訓漫画の方が、まだ暇は潰せそうだが」
「嘲笑うつもりはないよ、モリス。その時にはもう、彼は興味を失っている。今回もそうなのかは……」
「――今から分かるって話か。ま、折角聞いた話だ。その視点でダラダラと眺めていようかねぇ……にしても、夜の倉庫街ってのは、こうも寂しいモンなのか。映画なら、ヤベェ薬を取り引きする現場を押さえるシーンで使われるテンプレだな」
「映画、か」
実は、映画館へ行った経験がない。おかしなことではないけど、そう聞いた人は驚くかもしれない。彼がそう言っていたから、あまり口に出すことじゃない。
無為なことは置いて、僕達は目的地に到着した。時間は掛かったが、特に感慨はない。
「毎日、ここまで人がいない訳じゃないみたいだね」
普段は人が沢山いる気配の残滓。ある意味で、今ここでの物寂しさを強調する情報でもある。
住宅街から、そこまで距離が離れている訳でもない倉庫街。何となく、倉庫は海の近くにあるというイメージだけど、そもそもあまり考えたことがない。何故なら、今の自分の生活と関わりがないから。
「都内は埋め立て天国だからなぁ……不自然に弄り回してりゃ、景色もその分歪むぜ」
モリスは詳しい話題とそうでない話題の差が激しい。関心のないことに心から関心を向けない姿勢は、とても憧れる。
続けて、倉庫街の規模の大小について、僕に知識はない。少し古くなった電灯が等間隔で辺りを照らす。その光量は十分ではなく、周囲は薄暗い。
区切られている敷地を跨ぐと、広い駐車スペースの奥に、大きな倉庫が二列、向かい合って並んでいて、建物自体にそこまでの劣化は見られない。そろそろ電灯は変えた方がいい。
「うん……織田島の言った通りだね」
目に少しだけ意識を多めに割り振ると、向かって右側の一番奥に見える倉庫だけ、入口が少し開いているのが確認できた。
「さすがのド陰キャだな。400年前なら、間違いなく忍者として地味な人生を送ってただろうぜ」
「それはただの悪口だよ、モリス」
陽キャ、陰キャという区分けは、短絡的で好きになれない。わざわざ互いを短い鎖で縛っているみたいだ。もちろん、好きでそうしている人達を貶めるつもりはない。
「――神崎、今までとは、絶対に違う」
「っ……うん、そうだね」
カスミさんの指摘は正しい。まず、ここまで完全に人気のない場所という点が、今までと重ならない。
「わざわざ口に出すことじゃねぇが、倉庫ってのは、物を保管しておく場所だ。そして俺達がこれまでに見た中で、実体のある商品を扱っていた連中はいねぇ。椅子一脚でもいいから、海外から密輸入してくれちゃいねぇもんか?」
「普通に考えれば、密輸なんて危険を冒す必要のない商品だね。今回が倉庫だった理由については、実際に行って確かめた方が早いよ」
そして、実際早かった。
「…………大将、こいつは」
モリスの声色から、冗談が消える。本当なら、彼のこんな声は聞きたくない。
「ハァ……神崎」
カスミさんは、いつでもこんな僕を気遣ってくれる。
「――――うん。人が沢山死んでる。時間も、そこまでは経ってないみたいだ」
認識は止められないし、それで傷付いたり、立ち止まったりすることを、僕は許されていない。
しなければならないことを、見誤らないこと。それは、そこまで難しいことじゃない。