トワイライト・エネルゲイア   作:サムラビ

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9月10日 午後9時25分~

「――――姉さん、どうする?」

「何が?」

 

 その場の誰も、歩く足を止めない。もう話で埋めなくても、入口まではすぐだ。

 

「……まぁ、電気が付けっぱなしな所は、気が利いてるじゃねぇか」

「確かに、消灯されているよりは助かるね」

 

 本来なら重そうな、半分程開いた金属製の扉、その中には入ってすぐ、複数人の遺体が確認できた。何にお金を使うか皆で話している、先に来た彼らによって眠らされている、確かに、記憶にある今までとは大違いだ。

 

「酷い死体は見慣れてるが、リスポーンしねぇってだけで、随分と見え方が変わりやがる」

 

「人数は、十八人。服装から判断すると、男性が十二人で、女性が六人……後は……」

 

「……その前に、だ。仏さんは皆、顔を潰されて死んでる。今まで見たモンと比べてって話になるが、殺し方は二通りか?」

 

 モリスの指摘通り、亡くなられている方は、例外なく頭部が激しく損壊している。

 

 電灯で照らされた、外よりはよっぽど明るくて、広い空間の大部分は使用されていない。入ってすぐの右に人数分のデスクと椅子、奥に大きなロッカー。この人達がここで何をしていたのかは、もう考える必要はない。

 

「一方は、靴……ブーツで踏み潰されてる。もう一方も、普通じゃない力で圧壊されてる。能力者の仕業で確定ね」

 

「右奥に固まってるのが八人か。手前と真ん中付近のは、腰抜かして動けなかったんだろうな」

 

 モリスの言う通り、完全に壊されてその表情は見えなくても、倒れている位置関係を見れば、生前に感じた恐怖の後が明確に読み取れる。

 

「こんだけ歩かされて、織田島の予想通りじゃ締まりがねぇな……全部警察に任せても構わねぇんだが、生存者は、確保しておくべきかい? 俺は別に、聞きたい話もねぇんだが」

 

「……神崎」

「うん、そうだね」

 

 僕達の視線は、ロッカーの右から三番目に集められる。

 

「我ながらいかつい俺と、寝起きで見たら卒倒しそうなメイクの姉さんは、ここで控えておいた方がイイかもしれねぇな」

 

「モリス、そろそろ殺すわよ?」

 

「姉さん待って下さいよ。そっちだってそろそろ、可愛い後輩の無邪気なじゃれつきだって気付いてもいい頃合いですぜぇ」

 

「モリスは別にいかつくないし、カスミさんの顔を寝起きで見ても、絶対に卒倒なんかしないよ。二人はそこで待ってて」

 

「「……」」

 

 言う通りにしてくれる二人を一旦置いて、僕はロッカーの方へ。ただ単に視覚から外れることは、僕達能力者にとっては隠れるとは言わない。そのため、十八人を殺めた人物が、ロッカーの中の彼女をどうして見逃したのかは、よく分からない。

 

「……助けに来ました。開けても構わないなら開けますが、自分から出た方が、精神的負担は小さくなります」

 

「…………っ」

 

 大半の恐怖の中、思考する息遣いの後、ロッカーが開かれる。

 

「すぐに、警察に保護してもらいます」

「――――かっ!? えっ? お、女の子……」

 

 僕は人の年齢を当てるのが得意じゃない。横にいればモリスに任せるけど、目の前のスーツ姿の女性は、二十代から三十代程に見える。

 

「非常に恐ろしい体験をした後ですが、少しだけ、話を聞いてもいいですか?」

「…………っ! あ……え……わ、私……助かった、の? 本当、に……」

 

「いえ、まだ分かりません。少なくとも、警察に保護された後、自宅に戻られるまでは、油断しないで下さい」

 

 僕に、この人まで守る程の傲慢さと余裕はない。

 

「あ……ぁ……はい…………お、大柄の、女性……ライダー、スーツ……のような、格好、でした……」

 

 俯きながら話す女性、その緊張の糸は、まだ何とか保たれている。

 

「ありがとうございます。見たのは、その女性一人、でしょうか?」

 

「は……い。えっと…………足と、お尻、どっちが好き……って……そう、確かに……足と、お尻、どっちが好き……」

 

「……何か、哲学的な質問ですか? けど、何故今……」

 

 人間は、気が動転していると、通常では考えられない発言をしてしまう。

 

「そうじゃ、ない……そうじゃなくてっ! その女がっ! 一人一人……皆を殺す前に聞いてたの……本当よっ! 何度も聞いたのっ! 間違いない、わ……そ、それで、何も答えないと、足で踏み潰して……それで……」

 

「……そういうことですか」

 

 足で踏み潰すという殺害方法は、目の前の現象と一致する。それに、ライダースーツなら、履いているのがブーツなのはとても自然だ。

 

「そ、それで……諦めた人が……お尻が好きって、答えたら、その人の、顔に……座っ、て…………あ、あぁ……凄い、音が……何度も……何度、も……っ――――」

 

「……ありがとう、ございました」

 

 彼に教えてもらったやり方で、女性の意識を一旦断たせてもらう。

 

「――女性の扱いとしちゃ、下の下かもな。ただ、ロッカーん中に入ってもらっといた方が、無難なんじゃねぇか? 大将」

 

「それについては、私もそう思うわ」

「分かった。ありがとう」

 

 出来るだけ丁寧に、そう心掛けながら、ロッカーを閉める。

 

「短絡的だが、下手人は大将が持ってきた情報のエロい女。尻もデケェらしいし、確定だろ」

 

「さすがに確定はしていないよ、モリス」

 

 今、僕は少し困っている。

 

 もしこのままアパートまで何事もなく帰ることが出来るなら、彼らのことがまた一つ、分からなくなる。それは、解決が遠のくことを意味している。

 

 

「――戻ろう。きっとすぐ、警察の人達が来る」

 

「そりゃハイエナの間違いじゃねぇか」

 

 その例えは、僕にはよく分からない。

 

 今から歩いてアパートまで戻ると、着くのは日が変わった深夜。少し無理やりに前を向けば、振り返りをする時間は十分にある。

 

 モリスとカスミさんに続いて、まずは倉庫から出るべく、足を前へ。ただ、この場で亡くなられている方々は、本当に悪だったのか。けどそれは、もう随分と後ろにあって、振り返って手を伸ばしても、触れられそうにない。

 

 

「――――歩きで、しかもこんな時間に到着するとは、レベルの低い将棋ソフトが指す手を見ている方が、まだ幾分マシだと思える……一匹処理出来たと見ても、トータルで大損だ……」

 

 

 突然のことで、何を言っているのかはよく聞き取れなかったけど、何の気配もなく、大勢の人間が入口の前に姿を現したことは確かだ。

 

「――――あーあぁ……この人数を一度って、そりゃ血管プッツンだよねぇ……安らかにぃ……けどぉ、ウチみたいな女子に乗っかられたまま逝ったって、結構幸せな最後だよね? んっ、今までありがとねっ」

 

 次の言葉はちゃんと聞き取ることができた。

 

 動かない着ぐるみの背に跨っていた緑色の髪の女の子は、着ぐるみの鼻に口づけをすると、短いスカートを払って立ち上がる。

 

「――よぉっ、ヒナノちゃん。連れがマッチョな所を見ると、初対面の時の話はリップサービスって訳でもなかったみたいだな。にしても……だ。今日は随分と沢山の着ぐるみを連れてるな。幼稚園生向けのショーでも始めるのか?」

 

 モリスの言葉から、僕の中でも彼女を、話に聞いていたヒナノだと確定させる。

 

 倉庫の出入口を塞ぐように現れたのは合計で十三人。確定ではないが、ヒナノの隣で最初に何かを言っていた、大柄で眼鏡を掛けたスーツ姿の男性も、話に聞いていた人物である可能性が高い。

 

 他の十一人は全員着ぐるみ姿で、例外なく地面に伏せているその人達について、素顔も性別も見通すのは難しい。完成度の低い着ぐるみは、犬と猫の二種類で、色で見分けた方が早い。それと、一人は亡くなっているので、事実上は合計で十二人になる。

 

「もしそうなら楽しそうだけど、今日は残念な用事なんだよね。けど、忠告無視しまくりな時点で、文句は受け付けられないかなぁ」

 

 モリスも言っていたけど、その喋り方は距離が近く、親しみやすい。けど、仲間の死を受けた後のその態度は、全く理解できない。

 

「何言ってんのかよくわかんねぇけど、一つ質問いいかい? 今そこでくたばったヤツの能力で飛んできたのは分かる。だがよぉ、不細工な馬みたいに扱って、わざわざ跨る意味はねぇように見えたんだが、単に趣味なのか?」

 

「まさか。趣味じゃないよぉ。この子、跨ってあげた方がやる気出るみたいだから、その位ならしてあげようってだけ。他の子達にだって、してあげれることは気が向いたらしてあげてるし、あ、趣味って言われれば趣味かも。新たな気付きってヤツだね」

 

「俺はニーズにねぇが、確かにその道の野郎にとっちゃ、悪くねぇ死に様なのかもな。でもよぉ、シャブ漬けにして飼いならしてるってぇなら、話は変わってくるんじゃねぇのかい?」

 

「――長いよ。チンピラのくせによく喋る……違うか。チンピラだからこそよく喋る、の間違いだった。愚鈍が過ぎるにしても、この場で顔を合わせて、互いの立ち位置がわからん訳がないだろう」

 

 整髪料を沢山使っていて、少し人を見下した所はあるけど、警察の偉い人よりは、話をしても怒られないのは間違いない。

 

「――この中にいる人達を殺したのは、貴方達の仲間ですか?」

 

 位置的に、モリスの背に隠れてしまっていたが、ここで一歩、前へ出させてもらう。

 

「――えっ? ちょ……すっぴんでその可愛さって……ヤバ――涎出たっ……嘘っ、あんな子いたの? そこの怖そうなお姉さんは知ってたけど」

 

「ヒナノ、なるべく勝手に喋らないという約束は、一体何処へと旅立ってしまったんだ? ただ、当然私も人間だ。過ちを犯すこともあるし、彼女の容姿が非常にグレードが高いという事実は認める。だが、さっきも言った通り、少し黙っていてくれ」

 

「いや無理っしょ……あんなん前にして黙るとか……」

 

「ったく……こんな死体がゴロゴロしてるトコでも、万国共通のファーストコンバセイションが始まっちまうのかよ……」

 

「始まらないよ、モリス。そんなことを話している場合じゃない……もう一度尋ねます。この中にいる人達を殺したのは、貴方達の仲間ですか?」

 

 推論だけで話を進めない。これはとても、大事なことだ。

 

「レディ、質問に答える義理はない。言いたいことを言わせてもらえば、キミ達が亀のようなスピードでノロノロとここまで来なければ、また違った今があったかもしれない。折角ほんの少しだけ勤勉に動いたというのに……」

 

「そこで転がってる人達を始末しに来たシメイちゃんとぶつけるって狙いが完全に空振りで終わっちゃったんだよねぇ」

 

「その通りだ。だから、こんな時間に外へ出る羽目になった」

 

「シメイ……その人が、中にいる人達を殺した。そういうことですか?」

「別に隠してないし、イイんだよね?」

 

「だとしても、わざわざ教えてやることでもない」

「けどほら、ウチらを悪役にすると……メイドの土産? ってヤツでしょ」

 

「ヒナノが言うと、冷めたオムライスに近い何かを連想してしまうよ。まぁいい。仲間ではないが、知っている人間が殺した。だが私が殺した訳ではない。憎悪を向けるべき相手は、ここにいる我々ではないよ」

 

 彼の言葉はその通り。でも、その態度は違う。

 

「殺したのは分かりました。何故、殺したんですか?」

「うわメッチャ聞いてくる」

 

「ハイネの判断だ。理由はそれだけで十分だよ」

 

「――来やがった。中ボス本人が架空の人物じゃねぇってことは、一応確定でイイんじゃねぇか」

 

「っ……確かに、織田島の予想は外れた。でも、賭けは不成立。神崎の耳に今入ったから」

「わざわざ喋ってまで姉さんが自爆したんじゃねぇか……」

 

「モリス。後で聞くよ。今はそれより、彼らから話を聞くのが先だ」

 

 人が死んでいるのに、関係のない話をするのは不適切だ。けど人間に不適切は付き物だから、あまり強くは言えない。

 

「レディ、勘違いをしている。我々は対話をしにここへ来た訳ではない。捻りのない文句で心苦しいが、無駄な会話を垂れ流したのは私ではない。キミ達には、ここで死んでもらう」

 

「はい。そちらの要求は分かりました。ですが、こちらの要求は対話です。どうすれば、対話に応じてもらえますか?」

 

 相手の求めが分からなければ、それこそ対話は始まらない。

 

「その美しさに免じて、か。だが譲歩は不可能だ。矛盾するが、命を差し出すのなら、こちらは対話に応じよう」

 

 美しさに免じて、という言葉の示す方向が分からない。でも、重要なのはその後の部分だから、問題はない。

 

「僕が死ねば、話を聞いてくれる。それで、間違いないですか?」

 

 命は重い。ここは確認が必要だ。

 

「っ…………何だその澄み切った目は……キミは、普通じゃないな……」

「しかも僕っ子……希少価値しかねぇって……」

 

「僕にとって、自分は普通です。後、目を見るのではなく、間違いないかどうか、答えて下さい」

 

 少し責める言い方になってしまった。質問したからといって、答えてもらえる訳じゃないのに。

 

「……答えはノーだ。それにしても、まるで本当に命を差し出せるかのようだった……レディ、キミの能力と、何か関係があるのか?」

 

 先程からずっと、あの人は準備という言葉を繰り返し言う。僕にはそれが、何のことなのか分からなかった。

 

「ある。でも、説明はしない」

 

 そう。質問をされたからといって、答えなければならない訳ではない。

 

「至極当然な返答、これで決裂としよう。こちらの主目的は、不用品の廃棄だ。強制するのは忍びないが、キミ達にはそれを手伝ってもらうことに決めた」

 

「一応言っとくけどぉ、何故かロッカーの中で生きてるっぽい一人も入れて、死んだ人達はそれなりにそれなりなんだよ? ウチらは別に、殺戮集団じゃないんだから」

 

「俺からすりゃ、これから手伝わせたい廃棄ってのも、殺戮に含まれそうなもんだが、別にどっちでも構やしねぇさ。それより、そっちのブラザーのこたぁ、モルツって呼べばいいのか? 理由は知らねぇが、深いコクと自然な甘味が広がりそうな呼び名じゃねぇか」

 

「あぁ構わない。ただの記号だが、せめて親しみを込めて呼んでくれ。短い間には、なるのだが……」

 

「……」

 

 空気が変わる。条件付けされている着ぐるみの人達も、四つん這いのままこちらへ灰色の敵意を向けてくる。

 

「今日は元々、バトルアリのつもりで来たが、織田島の野郎はまたサボりかよ」

「それも元々だよ、モリス」

 

 彼らには申し訳ない。でも、ここに現れてくれたことは、自分にとってはプラスの出来事だ。

 

「……着ぐるみは、明らかに操られてるわ」

「しかも、薬と能力のハイブリットだ。大方、逆らったヤツは片っ端から家畜にしてんだろ」

 

「――言い方っ。でも、ぶっちゃけそうだし、何も言えないや。けど、そもそもはこの子達から殺しに来たんだよ? これって、せーとーぼーえーじゃね?」

 

「違いねぇ。だから、着ぐるみの中の面にも興味はねぇし、死にてぇならテキトーに殺してやるよ」

 

 個人的には戦いたくない。でも、カスミさんも含めて、もう僕が何か言って止まる状況を過ぎている。

 

「まぁいいわ……モリス、いつまで能力なしで殺れるか、勝負してみる?」

「いや、勝てる気がしねぇから止めとく」

 

 

「――――それじゃ皆ぁ、魂じゃんじゃん燃やしてイッてみよおぉぉっ!」

 

 

 元気な掛け声で、夜の倉庫街は一時的に戦場へと変貌する。

 

 開始の合図からまもなく、地面を叩いた青犬の両腕から氷塊が吐き出され、かなりのスピードで地を這って迫る。それと同時に宙を舞って、両脚を振り回した赤猫は、独楽のように横回転しながら最も近いモリスへ突進する。

 

 直感的に、どちらも応用性は低いと判断できる。

 

「……」

 

 でも、それは関係ない。

 

 僕の目には、青犬と赤猫の姿が、エネルゲイアも含めて黒く淀んでいるのがはっきりと見える。

 

 これだけが、僕にとって重要な情報だった。

 

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