トワイライト・エネルゲイア   作:サムラビ

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俺達は今日、この島を出る

 とある国は、屈指の先進国でありながら、借金まみれであると聞く。

 

 そこを掘る気は更々ない。

 

 だが例えば、月に40万円収入のある家庭で、毎月70万円の出費があるとしたら、きっとかなり際どいことを続けなければ、その家計は長く時を刻めないであろう。歪な状態は、いつか破綻を迎える。そして、破綻の衝撃の強さは、状態を続けた時間に比例する。

 

 んなこたぁさておき、冒頭から話が逸れていた。

 

 つまり、何が言いたいかと聞かれれば、毎月欠かさず貯金を続ければ、お金は貯まっていくのである。当然、同じ原理で貯まるのは、お金だけではない。

 

 そんな中、表示されたその数値の合計に、俺の脳内は歓喜に包まれる。

 

「――イッた!? おぉイケてるイケてるっ、プラスだっ! タケルさんっ、プラスっすよ。苦節合計13時間……ついに我々の勝利が見えた……のか?」

 

「理論上、そう言っていいだろう。13時間か……確かに、諦めないことの大切さを思い出すには、良い時間の使い方だったのかもしれない。後は……文字通り、時間の問題ということになる。だが……このゲームに、エンディングという概念があるのか、そこが最後の関門だろう」

 

「いや、さすがにエンディングはあるだろ……島から脱出するのが目的なんだから」

 

 妙なフラグでこの気持ちに水を指さないでほしいのだが、そう言われればそうかもしれないという考えが、割と納得できるポジションに居座っている。

 

「……例えば、海が滝のようになっていて、落ちてしまうかもしれないな」

「サラっと言うの止めようぜ……どんな地動説世界だよ……」

 

 ヤバい。話題を変えなければ、どんどんノーエンディングフラグが積み重なってしまう。

 

「まぁ……とにかく、同じことを毎日続けよう。何かプラスの工夫が思い付いたら、お互い申告して検討し合おう」

 

「あぁ、盤石だ」

 

 九月某日夜、俺とタケルは無駄にシビアな難易度の無人島脱出ゲームをプレイしていた。

 

 時間経過での激しい温度差による体力の減り、すぐ無くなる身体の水分、島内で確保できる食糧と物資の単純な乏しさ、意味の分からない生息動物、挙げればキリがないルナティック要素により、当初攻略は絶望的と見られていた。

 

 ならばせめて、もう少しプレイ人数を増やせればという所だったが、生憎このゲームはエンターテイメントではなく、絶対に傍受されない通信手段としてのみ、公の存在意義を持っており、学生においては俺とタケル以外には口外禁止なのである。

 

 ただ、通信とは思えない、まるで隣で会話をしているような臨場感が味わえる点については、本当に凄いと思う。

 

 加えて、前述の理由により、そもそもがクリアを想定した難易度設定とはなっておらず、理不尽に衰弱死を繰り返すのが、最早仕様となっている。

 

 だがそれも今は昔。

 

 俺とタケルの発想と計算の連続、数え切れない実験と失敗の先、我々はついに、未だ理論上ではあるものの、島外への脱出をある意味で圏内に捉えた。

 

 後は、黙々と操作し、可能な限り合理化を実践し続けるだけ。ゲーム攻略とは、時に地味な作業の積み重ねの延長上にのみ、存在するものなのだ。まぁ知らんけど。

 

「――九月……今までなら、一年というのが当然の区切りとして頭に浮かんでいた。それは、この学園においても例外ではないだろう。だが、もう今月になるな、シン」

 

 何となく、今日はその話になるとは思った。お互い、気にしていたからこそ、こんな時間にこんなクソゲーをプレイしているのだ。

 

「さすがに、意識はするよな。レイカは自分からは言わなかったけど、マコトとは少し話した」

 

「去年の十一月十三日、確か金曜日だったはずだ」

「よく憶えてんな」

 

 タケルらしい。

 

「その翌日。シンから報告を受けたのは、十一月十四日の……午前中だったことは確かだ。俺は直接、レイカへ知らせに行き……それから、もうすぐ十月十日……古来は、妊娠から出産までの期間……細かく言えば、少しズレがあるらしいが」

 

「分かり易く、生まれ変わりから来てんだろうな。で……タケルも、何となく予感してるんじゃないかって、思ったんだけど」

 

「予感か……俺の勘は当たらない。そう思うようになったのは、シンや欧陽の影響を受けた部分が大きい。集まった情報を基にした推測……そう言うならば、指摘の通りかもしれない」

 

 そんなことはないと思うけど、確かにタケルの勘は、動物的なヤツではないっぽい。

 

「まぁ普通に、何とかなんだろとは思ってんだけど、とにかく、相手が殴って倒せる類のモンだったらいいなぁ」

 

「どうだろうな……シン、俺が今通ったルートが最速のようだ」

「ナイス。海岸までの時間が短縮されると、またちょっと余裕が出るかも」

 

 このゲームをしていて感じるのは、やはり文明への感謝か。生きるためだけに二十四時間を消費し続ける生活の大変さ。先人にも感謝だ。

 

「――そうだ。レイカには便宜上伝えた。で、タケルにも伝えとく。後乗せの指示から察するに、もうその日でほぼほぼ決定。きっと、長い一日になるぞ。覚悟しといた方がいい」

 

「っ……九月の二十三日、木曜日か……シンにとっては、あまり好ましい曜日ではないな」

 

「まぁ……ただ、その日の俺は、完全に脇役設定だから。けど、とにかくお互い、ヤバそうな空気を察したら細かく情報交換しよう」

 

「運命……いや、そう表現するにしても、人工的に作られた物と言った方が近いだろう。その日は、あまりにも物事が重なり過ぎている」

 

「それな。俺もスケジュール的には結構タイトな時間帯がありそうだし」

 

「苦労を掛けるが、この件が片付いたら、さすがに引き延ばしの長くなってきた、キャンプに行かないか?」

 

「あ……」

 

 そう言われて思い出す。何故部屋に一人用テントがあったのか。どうでもいい謎が一つ、そこそこどうでもいいタイミングで解けた。

 

「って、文面完全に死亡フラグだけど、それはマジで行こう。で、とりあえず一回二人で行こうぜ。皆でやんのは、その後でよくね?」

 

 久しぶりに飲むタケルが淹れたコーヒーは、静かに味わいたいのである。一瞬俺もミルを買おうと思ったが、豆を挽いてる間にトラブルが舞い込みそうなので止めとく。ドリップコーヒーだって別に美味いっちゃ美味いし。

 

「悪いが、俺は最初からそのつもりだった。去年の十月に一通り揃えたキャンプ道具が、部屋の隅で埃を被っている。その事実だけが、思い出すと少し寂しいんだ」

 

 その口調は、割とマジで寂しそう。だが俺は、割と頻繁にタケルが部屋にいなくて寂しくなる。だから俺の勝ち。しかも。

 

「そうだよ……コンパクトグリル買ったんだよ……もう今じゃ、型落ちなのかなぁ……」

「俺は新たに買う気はない。シンもそうだろう?」

 

「だな。テントと寝袋以外は多分全部ド新品だし」

 

 とにかく、終わった後のご褒美を用意することは、間違いなく幸せになるための工夫の一つだ。実際、超楽しみ。

 

「足りていない訳ではないが、その予定は良いモチベーションになったよ」

 

「これはもう死亡フラグであったとしても、この計画は実現させよう。寝かせておいた期間が余りに長過ぎる。しかも、この流れは別視点から見ればフラグとかじゃなくて朗報なんだ」

 

「そう前置きされると、むしろフラグであることが強調されてしまうように感じられるが、どんな内容なんだ?」

 

「九月二十三日を✕デーと過程するなら、つまりはそれまでは今日も含めて平穏ということだ。昔、一生復活し続ける切ない化け物がラスボスのRPGあったじゃん。あれのラスボス倒した直後みたいな雰囲気」

 

 かなり泣ける話だった。全体的にも、女子に勧められる数少ないロールプレイングゲームだ。

 

「言っていることは分かるが、俺はその期間を心から楽しめるタイプの人間ではないな。いずれにせよ、準備期間として有意義に活用したい所――っ、これは……」

 

「――ん? どした――っ……そりゃないぜ……」

 

 

 それを見た瞬間、俺の中で平穏が壊れる音がした。

 

 

「タケル、一回切るわ」

「なるほど、こちらもだ。では――」

 

 無人島からの脱出は、またも持ち越される。

 

「っ……文句を言う前にか……」

 

 意識不明で腹から大量出血しているスレッジ先輩と、何故かそれを抱えたままぐったりとしているイチルが、開けっ放しのドアの近くに出現している。とりあえず、まだハロウィンには大分早い。

 

 PCを落として寄る。そこでやっと、硬直が解けた感じのイチルと目が合った。とにかく、一宮先輩をダメもとでスキャンする。

 

「……駄目だ、亡くなってる……っていうかお前、言いたくないし、言ってる場合じゃないけど、それでも俺んトコ来んのは駄目だろ……この後の展開ガチでエグいぞ……」

 

 殺して殺されて、そんな感じだろうか。

 

「う、そ……そんな……さっきまでは、まだ……」

 

 そもそも、こんな状態、天王寺先輩でもなきゃ生きていられるはずがない。がっつり心臓をぶち抜かれてんだぞ。

 

「ここへ転移する前は生きてた。それは確実? ここ、一番重要なトコな」

 

「生き、てた……うんっ! 生きてた。それは間違いないっ! それなら、リスポーンするはずよねっ!?」

 

 無理もないが、こんな様子のイチルを見るのは、去年の十一月以来か。また、これもしょうがないことだが、最近妙にその時のことがリフレインされる。もうよくねぇか、去年のことは。

 

「それはまだ分からん。とりあえず、もう焦って急ぐ時間は終わってるから、一旦落ち着け」

 

 この後シャワーを浴びようと、そこに置いておいたバスタオルへ手を伸ばし、未だ血を流し続けているスレッジ先輩のお腹に押し付ける。

 

「え……あ……」

 

「ってことは、あのハゲ共ヘマしやがったか……で、戦犯筆頭候補のモリスは、何か言ってた?」

「アンタ……何でそんな普通なの?」

 

「普通な訳ねぇだろ……部屋でゲームしてたら、いきなり血塗れのパンク女抱えた顔面蒼白の女がテレポートしてきたんだぞ? っていうかお前やっぱ無理だって……さすがにしんどい……お前らは今俺を頼っちゃ駄目だろ……」

 

 レイカかリゥが隣にいたら殴られそうだが、さすがに愚痴の一つもこぼさないと精神衛生によろしくない。これは馴れ合いとか甘えとか、その辺の概念のネガティブな部分を凝縮したような行為に等しい。とりあえずモリスを一発殴りたい。お前がやりたいのはコレじゃねぇだろ。

 

「っ……ごめ……ん。でもっ! でも他に……どうすればよかったの……他に方法なんて無かったし、アンタに頼る以外に、できることなんてなかった……」

 

「で、モリスの反対を押し切って来た、と……」

 

 今すべきことは愚痴を垂れ流すことではなく、展開予測を固めることだ。やっと少し、落ち着いてきた。起動していたアプリを閉じて、スマホを一旦横に置く。

 

「そんな暇も、無かった……」

「まぁ、当たり前だけど血ぃ止まらんなぁ。よし……」

 

 一旦遺体を寝かせ、一瞬で血塗れのパーカーとスウェットからジーンズとTシャツに換装、どうせまた血塗れになるけど。

 

「ねぇ……カスミ……一宮先輩は、もう死んだの?」

 

「現状、そう思ってけ。今スマホをステルスモードにしたから、1時間弱は余裕がある……と信じたい。とにかく、やれること全部やってから、色々判断しよう」

 

「っ…………分かった。ゴメン……」

 

 こっちもやっと、一定の冷静さを取り戻したっぽい。

 

「いや、すまん。考えてみれば、俺にキレる権利はないわ」

 

 そこまで背負う気はないから違うけど、遠因の一人じゃないと言えば嘘にはなる。

 

「えっ? どう考えても一番あると思うけど……」

「お前、能力は……俺と接触しちゃってるから無理か……」

 

 コイツの能力はまた特殊方向に凄いけど、条件的にシビアな部分が結構デカい。

 

「うん。けど、この時間って、そこまで人目はない……わよね?」

 

「あぁ、屋台の方へ行かなきゃ平気だろ。まずは学生会館まで行くぞ。最近は多少平和だし、庶務も残ってないはず」

 

「分かった……それで、さぁ……ちょっとだけ落ち着いたら、やっぱヤバいって思ったんだけど、私今、死ぬ程お尻痛くて……何でだと思う?」

 

 こんなことが言えるなら、とりあえずは平気だろう。

 

「埋め込んだエイドスのオーバーヒート的な何か……無茶なテレポート一択だろ。まさか、この部屋でタコパやったのがこんな未来を呼ぶとは……一応言っとくけど、今は摘出してる場合じゃないぞ」

 

「っ……だよね……」

 

 布団から引っぺがしたシーツで、一宮先輩の身体を包んで抱え直す。もう血のことは気にしない。

 

 

 無理やり心機一転、あってはならない酷い展開の中、俺とイチルはそろそろ深夜判定となる寮区画の外へ出る。別に何の拘束力もないが、学生会は午後9時以降の外出を控えるよう新入生には通達している。が、当然守らないヤツは守らないし、文句を言うつもりもない。

 

「よし……今日の運勢は最悪だけど、ピークは過ぎたらしい」

「……そうは思えないけど」

 

 とりあえず寮の外に人気はない。経験上、ここを通過出来れば後はステルスゲームの要領でポータルまで辿り着ける。

 

「学生会館……何があるの?」

「決まってんだろ。ワンチャンに賭けんだよ……」

 

 動きの鈍いイチルに合わせて、やや時間を掛けてポータルから学園区画へジャンプする。

 

「そろそろ携帯に繋がらないことが、俺への嫌疑に発展してる頃だな。まぁ、タケルと天王寺先輩の誤魔化し力に期待するしかないな」

 

「えっと……今私と一緒に行動してるのって、例えるとどんな感じでヤバいの?」

 

「その前にお前が学園内にいることがヤバいんだって。国、警察の人達は半分以上、俺がお前らを殺したがってるって思ってんだから。しかも、お前らが学園内に侵入した場合、俺がお前らを殺す取り決めになってる」

 

「っ……いざとなったら太刀川、私を殺す?」

 

「安心しろ。お前はさすがにリスポーンするはずだから」

「っ……」

 

 無意識に遺体を気遣ったのか、跳ばずに走り、緊急事態を連想させる夜の学生会館へ入る。

 

「アンタの部屋に、何かあるの?」

「いや、あるのは地下」

 

「えっ? さ、さすがに、私が地下に行くの、マズくない?」

 

「大丈夫だ。もう既に徹頭徹尾マズいから」

「…………」

 

「おいお前暗いって……マズい時こそ前を向けって、お婆ちゃんに言われなかったか?」

 

「私、孤児だし。母親も天涯孤独」

「知ってる。いいから乗れ」

 

 ボタンを押して、エレベーターの扉を閉める。

 

 そう。心配しても、どうせ酷いことになるんだから。

 

「ここ……ちょうど一年振りかも。相変わらず、凄い扉」

「なら、金井先輩とも一年振りの対面だな」

 

 俺も何となくなら憶えてる。コイツを連れて、今尻の中にあるエイドスを貰った日のことを。一日一往復の完全転移。とにかく羨ましい専用エイドスだ。とは言え、さすがに学園の内外を行き来するのはやり過ぎだったらしい。

 

「あ……そういえば、エイドスの説明に、学園の中から外は駄目だって、書いてあったかも」

「なら、尻の激痛程度で済んで良かったんじゃないか。ってことで起動っ」

 

「――ちょっ!? 眩しっ」

 

 目を瞑ってからスイッチを押した俺は、当然その閃光を回避している。

 

 

「――――っ!? っ……っ……っ……どうっ……したっ……太刀っ……川っ……少、年っ!」

 

 

 やはり時間帯に関係なく、筋トレをしている金井先輩。左腕一本で足も付けずに腕立て伏せをしている。別に出来るが、進んでやりたくはない。

 

「筋トレ中すいません。実は、本気の本気で緊急事態で、去年言ってた一回限りのサービス、お願いしたいんですけど……大丈夫ですか?」

 

 何とか深刻度を伝えたいが、結局そんな感じに話す以外手はないことに気付く。

 

「なるっ……ほどっ……それっ……はっ……険呑っ! なっ! ではっ……言ってっ……見るがっ……いいっ……とおぉっ!」

 

 規定回数を終えたのか、金井先輩は台座に足を着け、姿勢を仁王立ちへ切り替える。ただ、まだ緊急性が伝わったかどうかについては、疑いが残る。

 

「ちょっと、理事長通す訳にはいかなくて、霊安室に、送ってもらっても……イイですか?」

 

 駄目って言われたら早くも詰む。

 

「霊、安室……それって……」

 

「むぅ……何かと思えばそんなこと、か……よかろう。が、その前に、少女穂村に――っ!? 少女一宮ではないかっ!? が……そういう…………ことか。理解した。挨拶と積もる話は、またの機会へ預けよう……では――――筋っ! 肉っ!」

 

「「っ……」」

 

 光の後は煙。それは、無駄に爽やかな柑橘系の香り。どうやら、金井先輩も己を日々アップデートさせているらしい。そして、ミスター金井にエマージェンシーという概念が搭載されていることに、若干の驚きを感じた。

 

「っ、思い出した……前も、こんな感じだったわね……っ!? え…………ここが、霊安室……なの? 部屋、じゃないけど……」

 

 煙は驚く程すぐに晴れる。

 

 

 そこは生命の源を連想させる、かもしれない海岸。日中のような強い日差しに時間感覚をぶち壊されながら後ろを振り返ると、やっぱり砂丘っぽいのですぐ視線を前へ戻す。

 

「お前もすっかり外の人間だな。霊安室が部屋じゃないこと位で一々つっこみを入れるな」

「そういうこと言うから中原さんが怒るんでしょ……」

 

「お前にまで愚痴ってんのかよアイツ……とにかく、だ」

 

 雑談をしている時間はない。

 

 俺は一宮先輩を丁寧に抱え直し、波打ち際の方へ数歩進む。

 

「――っ!?」

 

 初見により驚くイチルは無視して、マテガイの化け物のように砂から生えて現れたコンソールへ視線を合わせ、イメージで用件を伝える。

 

「何……コレ?」

 

 海の水がレーザーのように放射され、デカい水の球体が築かれると、それはゆっくりと俺の前までシャボン玉のように動いて近付いてくる。大きさについては、俺は何となく観覧車をイメージしてしまうが、もう長いこと観覧車を見ていないことに思い至る。

 

「――よし、イチル。ちょっとテキトーに祈ろう……この水の中に一宮先輩を入れて、リスポーン設定に移らなかったら…………」

 

「っ!? ぅ……っ……っ……わかった……ちょっと、待って……」

 

 見たら貰い泣きしそうだったので、振り返るのは控え、信じてもいない神に都合よく祈る。実際、初詣以外で祈った記憶は、すぐには掘り起こせそうにない。

 

「…………頼む……」

 

「…………うん。お願い……」

 

 俺よりも長めに祈ったイチルの声に押され、ゆっくりと水の中へ一宮先輩を委ねる。

 

「だから早ぇって……」

 

「えっ? あ……傷が……」

 

 ドラムロールを鳴らし出したらキレる所だが、入れた瞬間に反応するのもいかがなものか。ただ、とにかく結果オーライ。

 

 アプリの表示を元に、一宮先輩の生死を確かめた時はエラー表示だったが、おそらくそれは学園外からの転移と命を失う瞬間が重なっていたからだろう。もちろん厳密な説明など出来るはずもないが。

 

「あー、でも、色々と例外ではありそうだな……リスポーン時間が絶、エグい……」

 

「たす……かった……のよね?」

「とりあえず、そう」

 

「っ……ぅっ!? つぅ……」

 

 気が抜けたのか。砂浜に尻餅を着いたイチルが、患部を押さえて痛みに耐えている。

 

「よし……まぁ、こっからは努力次第か。イチル、喜ぶのは後にして、切り替えてほしい」

 

「あ……う、うん。ゴメンっ。あ、後……でも、本当にありがと……本当に……」

 

「割とガチだけど、ガイシャが野郎だったら見捨てたと思う。けどまぁ……一つ、言うとさぁ……」

 

「っ……何?」

 

 涙を指で拭いながら、横に並んだイチルが首を傾げる。

 

「一宮先輩、すっぴんガチで可愛いよな……」

 

 人様の好みに口は出せんが、何故あんなメイクを。まぁこの顔でも睨まれたら超絶に怖いんだけど。

 

「っ……何となく隠れてるけどさぁ……見ない方がよくない?」

 

 そう。同行者が中原だったら既に斬られている。危ない危ない。

 

「OKOK。真面目な話をしよう。俺は今から携帯を使って連絡を取る。で、さっき気付いたけど、別に携帯を追えなくしても俺が学園内にいることは周知の事実であり、何の意味もなかった」

 

「確かに……」

 

 むしろ、ここを脱してからこそステルスは真価を発揮する。つまり、1時間弱も余裕はない。

 

「ってことで唯一の希望へ発、信っ」

 

 出てくれなかったらどないしよ。

 

「……」

「……」

 

 緊迫のコール音。

 

「……誰に掛けてんの?」

「闇医者だよ……」

 

 

『――どんな面倒事だ?』

 

 

 キタ。神は生きていた。

 

「夜分すいません。今、少しだけ――」

『――単刀直入に言え』

 

 サーセン。でも前置きしないと別のキレ方される。

 

「レジの一宮先輩が死にまして、今からリスポするんですけど、佐藤先輩の部屋に匿ってもらえませんか?」

 

『…………幾つか質問に答えろ』

「はいっ」

 

 ゲームなら、セーブ必須な場面。

 

『リスポーン時間は?』

 

「……それが何と、310時間、23分……18秒、17秒、16秒……って感じです」

 

 こんな長いの見たことない。きっと無理な死に方したからだろうけど。

 

『外へ出ているレジスタンスのメンバーをお前が匿うのは、規約違反に当たる。俺はそう解釈しているが?』

 

「なので、佐藤先輩が助けて匿ったことに……ってヤツ……で……はい」

 

 ヤバい。都合のイイことを強気に言える、そんな人間に、俺はなりたい。でもなれそうにない。

 

『……条件を提示する。即金で4億、一宮には身体で払ってもらう。ゴネた時は、お前が黙らせろ。それから、俺が殺されたらもう4億。以上だ。10秒で返答しろ』

 

「――――よっ!? えっ!? は、ち……」

 

「……えっ? ホントにイイんですか?」

 

『後6秒だ』

「お願いしますっ!」

 

『――では、俺の部屋のベットに送れ――』

 

 そしていつも通り、通話は一方的に切られる。

 

「これで……第一段階はクリア」

「――あ」

 

 イメージに反応したコンソールが処理を行い、可愛い一宮先輩が姿を消す。ほとぼりが冷めたら、どんなコスチュームだったか佐藤先輩に尋ねてみよう。

 

「あ、あのさ……4億即金って、聞こえたんだけど……しかも場合によっては8億……」

「まーよ。金の話はテンション下がるから止めようぜ。今はこの後のことだ」

 

「それでいいの……っ、でも、佐藤先輩の部屋って、安全なの? どう考えてもヤバいと思うんだけど……」

 

「あの人の能力は、歴代で最も死者蘇生に近いと言われてる。学園も、国も、誰であってもあの人には手を出せない。しかも、リゥとはゲテモノ食い仲間、碓氷さんとは囲碁仲間だ」

 

「何故かしら……どうでもよさそうな最後の二つの方が、圧倒的に強く聞こえるわ……」

 

 実際強いしね。

 

「さて、まずは中央広場に戻って、門までダッシュしてお前をボロアパートまで届けるが理想……スペアプランは、やっぱ御手洗拉致か……でもそうすると他の問題も生まれそうだな……」

 

「中央広場? 地下じゃなくて?」

 

「うん。とりあえず、手。戻るぞ」

「あ、うん」

 

「「――――」」

 

 どんな危険があっても、ここに留まってはならない。それは間違いない。イチルの手が触れた瞬間、俺は転移の意思をコンソールに伝える。そして出来れば、もう二度とこの空間には来たくない。霊安室とは、そういう場所だろう。

 

「――うあ、夜からの昼からの夜……」

 

 学園区画、中央広場は当たり前の夜。ポータルの光が無ければかなり暗いだろう。

 

「確かに、逆は気分が下がるわね……えっ? っ――何? 何か……」

「えっ? どした?」

 

 何故だか全身が総毛立つ。この感じは間違いない。俺のソウルが最大級の危険信号を放っている。

 

「――っ!? マジか――」

「――――ちょっ――――」

 

 早打ちの限界、その向こう側へ。

 

 俺とイチルは再び空間を跳躍する。

 

 瞬時にクロック周波数的な何かが緊急モードへと移行したっぽい俺の知覚は、学生区画の屋上に立つ人影を見逃さない。その情報は、空間移動の真っ最中に、俺の意識へ送られた。

 

「――っ、何で、転移したの?」

 

「何か、直前、寒気っぽいのを感じなかった?」

 

 質問に別の質問を重ねる。某デパート職員に素ギレされそうだが、今は許してほしい。

 

「えっ? あ、感じたっ。アレって、何なの?」

 

 決まりだ。

 

「……いいか? 俺らはもう隠れられない。ヒカリが俺と、ついでにお前も殺すために、もう学生会館の屋上まで来ちゃってる。で、お前がさっき喰らったのは、ヒカリの能力、不可視の光線だ」

 

「光線? えっ? でも、特に痒いとかも……平気だけど。お尻の痛みも大分引いてきたし」

 

 イチルは結構普通だよな。きっとレジでは苦労してんだろうなぁ。ヤバい時程、どうでもいいことが頭に浮かぶ。つまり今はヤバい。

 

「それはナイス。そして緊急だから説明する。ヒカリの光線は絶対に見えない。両目、両手薬指、左胸、右膝から発射される。効果は貫通、切断、高温、低温、電気、それと、お前が今喰らった目印、後は……地獄の痒みを引き起こす搔痒の7種類だ」

 

 しかもこの目印が割と最悪で、何と佐藤先輩の能力より現象の格が上なため、戻しても解除が出来ない。

 

「っ…………そ、そんなの、反則じゃないの……アンタ、何で今まで一回も殺されてないの?」

「一生舐めプしてもらってるからに決まってるだろっ。じゃなくて、こっち。移動しよう」

 

 面倒なので強引に手を取って跳躍。今ポータルの範囲にいるなんて、積極的な自殺行為だ。

 

「あ……そもそも、ここ何処? それに、これからどうするの?」

 

 どうするもこうするも。

 

「ここは『廃墟区画』だ。まず、これからすべきことは――」

 

 もうこの手の愚痴は最後にするが、最後に一つだけ。

 

 どうしてこうなった?

 

「――妹と合流することだ」

「はっ?」

 

 

 そんなこんなで、俺の九月十日は、後もう少しだけ続きそうだ。

 

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