トワイライト・エネルゲイア   作:サムラビ

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島を出ようとして、廃墟へ逃げ込む俺達

 一寸先は闇。

 

 今日は正にそういう日だ。まぁ滅多に、というよりは時々って感じなので、あまり気にしてもしょうがないのかもしれない。ただ、こんな生活に慣れてしまって、俺の5年後10年後は本当に大丈夫なのだろうか。

 

「――妹って、アンタ妹いたの? しかも妹も能力者って……」

 

「違ぇよ……お前と二人でいて妹っつったらナギに決まってんだろ。とりあえずスレッジ先輩は助かったんだから、そろそろ平常運転に戻ろうぜ……」

 

「ナギっ? っ――て、その前のさぁ……化け物に命を狙われてる今が、平常運転って……」

「だから深掘りすんなって……」

 

 そう。

 

 俺は今、化け物よりも厄介な元パートナーに追われている。率直に言って、今年度で最も厳しい局面に立たされているのである。

 

「しかも、ここ夜来るトコじゃないでしょ……幾ら咄嗟だったにしても、他にあったでしょーが……それに、ナギと合流するって、寮へ行くなら何でポータルから離れてんのよ……」

 

 情弱なる姉。どうやらコイツの学園内情報は、昨年度の二月以来アプデが入ってないらしい。

 

「――到着だ。いいから喧嘩とかすんなよ。こっちが協力を仰ぐ側だってことを忘れるな」

 

 

「はっ? っ……え……」

「――あん? っ…………」

 

 

 感動の対面。

 

 さて、見せてもらおうか。これまで二人が育んできた、絆とやらを。

 

 俺は心の中で、一歩下がる。ふざけている場合ではないと警鐘を鳴らす、本能を蹴り飛ばして。

 

 時として、発作的に命を掛けてノリのままに生きる。それが俺。

 

 場はもちろん、ナギのベースキャンプ。一人用テントの前にはイイ感じの焚き火台と、カップ麺にお湯を注ごうとした所で停止しているナギ。今日はシンプルなブラトップに、下はジーンズ。狂気を纏っていない時は、ちゃんと双子に見える。

 

「…………」

「…………」

 

 初手はお見合い。経過時間は7秒。

 

「……は……何、で……野宿っ!? あ、アンタ……寮、追い出されたの……」

 

「あぁんっ!? んなことより何でてめぇが学園内にいんだよっ。おいシン。サッサとコイツを始末しろ。そういう取り決めだろーがよっ」

 

 この子は。半身とも言える存在に何ということを。

 

 想定の範囲内に収まった姉妹のやり取りに、俺はウォッチングを終了させる。

 

「いやぁ見ての通り色々あったんすよぉマジで……だから……っ……頼むっ、ナギ、助けてくれ……」

 

「っ……あれが、モリスの言ってたジャンピング土下座……」

 

 俺は、誠意を最短で伝えるべく、目標の眼前で深く首を垂れる。

 

「止めろ……熱湯ぶっかけんぞ……」

 

 軽蔑の眼差しでこちらを見下ろしながら、ナギはカップ麺の中へ湯を注いでいる。この声色は、押せば何とかなる。

 

「いや、マジで頼むっ。もう数分も掛からずにヒカリがここまで来るんよ……」

「っ……」

 

 顔を上げて一押しすると、その名前にナギの表情が変わる。

 

「事情は聞きたくもねぇが、そういう状況か……欧陽に見られて、何分経った?」

 

「えっ? 何言って――」

「――多分、ここに凸ってきた所で5分経過、かな」

 

 良かった。機嫌最悪時をツモったらキレられるか色々条件付けられる所だったかもしれん。

 

「残り25分か……面白れぇ。夏休みは退屈だったからなぁ……そろそろ動かねぇと、感覚が鈍っちまうと思ってたトコだ」

 

「25分って、この子何言ってんの? しかもこんな時間にカップラーメンとか……」

「うどんだ、ボケっ! それで、コイツが目印喰らったんだろ?」

 

「凄っ、以心伝心やん……」

 

「馬鹿が。そうでなきゃ、てめぇは助けなんか求めねぇだろーがっ。テキトーな区画で一晩隠れた方がよっぽど早え」

 

「っ……何で、25分なの? あの人が本気なら、殺すまで止めなそうだけど?」

 

 うわぁ、そんなこと言ったら。

 

「はっ! 本気だぁ? あのバケモンが本気なら、もうてめぇのそのスカスカな頭に貫通撃って終わってんだよっ」

 

「はぁっ!? アタシがスカスカなら、アンタもスカスカだからっ! 遺伝子一緒だからっ! てか、アタシのが偏差値高いしっ」

 

「姉さん姉さんっ、今は抑えてっ。仲間割れしてる場合じゃないからっ」

 

 激昂する姉を羽交い締めにして押さえる。ここまでが予定調和だ。

 

「――欧陽がコイツを嬲る時のルールだ。発見から30分粘ったら、シンの勝ち。何があったかは知らねぇが、アイツはただ破壊衝動をぶつけるチャンスが転がってたから動いただけだろ」

 

 狂人枠同士のシンパシーか、流石のナギさん。そして必要最低限の完璧な説明。

 

「っ…………え? 私達って今、公にはどういう状況なの?」

 

「タケルとレイカの父ちゃんが根回ししてくれてる。学園のお偉いさん達は言うて穏健だし、能力のことを知ってる国、警察関係もそっちが強い。スレッジ先輩が超法規的措置状態になった時点で、国から追及されるルートはほぼ消滅してる」

 

 イチルのエイドスは、移動の痕跡を全く残さないことが派手にデカい。

 

「……つまり?」

「結局、一番怖いのはリゥと碓氷さんとヒカリだって話」

 

 ちなみに、次点はチエっち。

 

「っ……分かりたくないけど分かったわ……それで、具体的にはどうするの?」

「どうするもこうするも……っ、たく、5分掛かるうどんにするんじゃなかったぜ……」

 

 ナギはそう言いながら、たまに見るえんじ色のセーターを着る。気に入ってるのか、今日まで千切れずに生き残っている。

 

「よし、南西に移動して、グルっと回って北の端を目指そう」

 

「ま、妥当だな……入り組んだ廃墟と森林を最大限利用しながら粘るしかねぇ。手伝う条件はもちろん、最後に一発――」

 

「――ぶっ込みイクんだろ? いいよ。最低限の環境は揃ってる。イチルはとにかく、ヒカリがいる方向とは逆の、後方で待機、というか、自分の身を守る行動だな」

 

「対応がまんま災害時なんだけど……」

「で、ラスト。ナギ――っつ」

 

 言う前に半袖が捲られ、左の二の腕に注射の上位互換的痛みが走る。

 

「――ちょっ!? 何してんのアンタっ」

「あぁ大丈夫大丈夫。コレ、ナギの専用エイドス」

 

「はっ? 何でアンタ……学生会入ってないのに……」

 

「文句なら無理やり引き合わせやがったコイツに言えよ。それに、裏切りモンよりゃマシだろ?」

 

「っ……」

 

 俺から見ればタブーな話題だが、ナギは普通にイジるらしい。

 

「この丸ピンをナギが指せば、感覚的にその相手の位置が分かる。この暗闇の中なら、そこそこのアドバンテージになる」

 

「うわ滅茶苦茶痛そう……あ、その、シンからは?」

「いや、そこは……気合? そこまで都合よくはないって」

 

 そこは、専用という縛りがない点も含めて、リゥのエイドスに軍配が上がるっぽい。

 

「――そろそろ時間だ。行くぜ?」

 

「「っ……」」

 

 味方と分かれば心強い狂気の瞳。俺とイチルは楽しそうに笑うナギに頷きを返し、三人同時に跳ぶ。焚火から離れると、周囲はそこそこの闇。現実とリンクした三日月だけが、心許ない光源となって廃墟と森林を薄く照らしている。

 

「……」

 

 さすが、その能力から後方待機命令を受け慣れているイチル。ナチュラルにその気配を薄めて闇に溶け込む。

 

 もちろん、穂村姉妹は暗がりや怪奇現象を怖がるような人間ではない。また、それに関連して、お化け以上に不可解な能力を得たはずの当学園生の中には、ホラゲーや夜の暗闇を恐れる層は一定水準存在する。それはそれ、これはこれ、というヤツだろう。

 

「……もういる。で、大体の位置もバレてるっと……よし。では、いつか飯食いながら話してた、対欧陽ヒカリ戦術金曜日ヴァージョンでいこう」

 

「ま、今日が別の曜日なら、てめぇら蹴り飛ばしてバックレてた所だっ」

「ですよねー」

 

 ワンチャンある雰囲気を醸し出しているのがそのヴァージョンのみだし、無理もない。

 

「フゥ…………アレキサンドライトっ!」

 

 戦闘態勢に入った後、中二病的詠唱を放つ。自然と瓦礫に囲まれた現環境では、それなりに許される絵面なのではなかろうか。少なくとも、ショッピングモールなどの往来で叫ぶよりはかなり精神的負担が少ない。

 

 射程はギリギリ。ポータル付近を吹き飛ばすイメージで、赤紫の宝石を具現化させる。

 

「「――――っ!?」」

 

 が、不発。

 

 先手必勝で放った最大火力が機能しないという非常事態に、俺とナギは互いに顔を見合わせる。

 

「おい……」

「うん……発破の前に石が凍らされちゃうと爆発しないらしい……」

 

 そんなん知らんて。

 

「――っと」

「――チィ!」

 

 地面の抉れる音に反応して離脱。ナギと並んでマップの北を目指す。

 

「出鼻を挫かれた所じゃねぇぞっ! こっからどーすんだよっ!」

 

「落ち着け。新海のパンチみたいに宝石の名前を一生連呼する必要がなくなったと、前向きに捉えよう」

 

「っ……火力で押さえ込むしかねぇっていう結論は何処へ消し飛んだんだよ……」

 

 戦闘中でなかったらドメられ確定の返しだったが、ナギも中原と同様、戦いが始まったら結構真面目に協力してくれる。

 

「――アレキサンドライトっ! アレキサンドライトっ! アレキサンドライトっ! くっ……駄目だ。この時間帯は色も赤くて目立つ……何処へ出しても光でバレた瞬間に一帯を凍らされて封殺されるっぽいな」

 

 そして秒で大量のポイントを失う俺。人の感謝を無駄遣いしてる気にもなるが、金のインゴットに変えるよりは幾分罪悪感が薄いこともなくはない。いや、大して変わらん。

 

「結局連呼して無駄じゃねぇか……おい、俺に考えがある」

「ナイス。どんな?」

 

 ヒカリはきっと楽しいんだろうなぁ。一帯を吹き飛ばせば終了なのに、嬲る気満々だ。

 

「まず、イチルを殺す――」

「――却下だ」

 

 コイツ。初手に姉殺しとか、サイコパスが過ぎるだろ。

 

「ならどーすんだよっ? 拒否るならさっさと対案出しやがれっ」

「せぃせぃせぃ。ただまぁ確かに、大体の位置が把握されてんのは痛過ぎるんだよなぁ……」

 

 俺は超小型単眼鏡をケツポケットから取り出し、手近な木の陰から逆索敵へ移る。

 

「――――ズ!」

 

 目と目が合ったその瞬間。俺は単眼鏡を見捨てて思いきり首をスイングして走り出す。とにかく北へ。逃亡者の基本ムーブだ。

 

「あっぶね、右目イカれたっ、血が……てか視界の右真っ赤やん。ほら、ナギさんっ」

 

 放送禁止状態だと思われる顔半分を、相方へ向けてみる。

 

「っ、気持ち悪ぃ面向けてくんじゃ――っ……馬鹿かっ!? 早く戻すか反射しろっ!」

「限界まで引き付けて……っ……うーん……まぁ期待するだけ無駄だよな……」

 

 能力による反射が適応され、視界と痛みはオールグリーン。

 

「……七夕ん時もそうだったが……何で欧陽には反射が効かねぇんだ?」

 

 一見、俺とナギは普通に会話しているような気もするが、既にエリアの南西側は原形がない程に蹂躙されており、木々はズタズタ、廃墟はボロボロである。暗くてその惨状がしっかり見えないのは救いかもしれない。

 

「俺の反射って、実はダメージを返してる訳じゃなくて、やられた現象をそのまま返してるんよ。つまり、反射された現象を何とかすれば理論上は回避可能って話」

 

 既にもう、俺が受けた貫通を貫通で相殺している。見なくたって分かる。

 

「それをアイツは初見でやったってことかよ……」

 

「まさか。去年の……六月かな。そこらの時期に、毎日反射を打ち消す練習に付き合わされたんだよ。付き合わなきゃ殺すって脅されて。それで結果的に、アイツはリゥとか碓氷さんでも引くレベルの反射速度を手に入れたんだよ……」

 

 思えば、あの時期はポイントカツカツだった。

 

「っ……毎度のことだけどよぉ……そうやってあちこちに塩送って、てめぇの首を絞めてちゃ世話ないぜ……」

 

「いやいやいや。ヒカリは仲間だから……今回のことは、全面的に俺が悪いし」

 

「――――ぐっ! チィ……ペース上げやがった……これじゃ廃墟が古戦場になっちまうぞ……」

 

 それな。

 

 責められても逆ギレするから構わんが、今の我々には逃げる以外の選択肢がない。

 

 切断で伐採され、貫通で掘り起こされる区画内の全てが犠牲となって、俺とナギの命を繋ぎ止めてくれている。そして、これも互いに分かっちゃいるが、単独なら既に数回は被弾している所を、何とか躱して俺達は北上を続けている。

 

「――っ!」

「っ……」

 

 ナギが俺の腕を引っ張り、不可視のレーザーは数瞬前の空間を切り裂く。

 

「――っ!」

「っ……」

 

 今度は俺がナギの手を引っ張り、同様に地面が大きく割ける。

 

 自分に迫る気配よりも、並走する隣に対するそれの方が、大分感じ取り易い。レイカに話したら、何を言っているのか分からない、と真顔で返されたが、そのリフレインは流しておく。

 

 加えて、この暗闇の中でも、ナギは俺と一定の距離を保ってくれる。決して有効と呼べるレベルの対処法ではないが、俺達からすれば、これが一つしかない冴えたやり方ではある。

 

「…………」

「…………」

 

 全体の中でも広い部類に入るここ『廃墟区画』だが、そろそろ西側の北端にぶち当たる。

 

 これだけ掃射され続ければ嫌でも分かるが、ヒカリがいるのは区画の中央にあるポータルから少し北へ行った地点。距離的には同じだけ南に行けばナギのベースキャンプに辿り着く感じか、倒壊し掛けた洋館の、煙突みたいに突き出た部分に立って、こちらを見下ろしている。

 

「……」

「――――げ」

 

 三日月に照らされたブラックスーツの人影が、少し傾く。

 

「チッ……だが、時間からすりゃ、当然かもな」

 

 ついに熱線を用いて火を放ち始める黒髪の破壊神。野生動物嫌いのねねさんのおかげで、場には虫一匹も存在せず、ある意味キャンプし易い環境となっているのだが、当然燃える要因に満ちた空間でもある。

 

 そして、燃え広がるのを待つ必要もなく、おそらくヒカリの見ている視界が、そのまま火の海へと変換されていっている。一酸化炭素中毒の心配はないし、周囲が明るくなったと前向きに捉える他ないだろう。

 

「――アレキサンドライトっ! っ……えぇ……今のタイミングと箇所で駄目とかマジクソゲーなんだけど……」

 

 宝石が儚く凍り付いた所が、今度はしっかりと分かった。にしても、警戒すべきことの優先順位が手堅過ぎる元相棒。

 

「……ま、てめぇのそういうセコい所は嫌いじゃねぇよ」

「中原と同じこと言うの止めようぜ……」

 

 口に出さんでも、不意打ちは有効な手段だろ。というか、無詠唱で使えたら全然強さ変わってくるのに。

 

「ここまで、悪くはねぇ。実際、もう一度最初から粘れって言われたら、3回に2回はコケるだろーしなぁ」

 

 いや、5回に4回だろ。まぁただ、七夕でのチェイスが活かされているのは言うまでもない。暗闇に遮蔽天国、ナギのフォローが加われば、一生距離を取って逃げ続ける以外にも、対処法があることが分かった。無論、こういった事態を引き起こさないことこそが肝要なのだが。

 

「よし……これはゲームだからな。火塗れにしたのはそろそろ来いって合図だろ。一応、ある程度は相手を驚かせることが出来たと信じたい」

 

 だとしても、ここからが半端なら容赦なく殺しにくるはず。

 

「驚かせついでに、一発入れるぜ? 約束通り、今回はてめぇが隙を作れ」

「んじゃ、やれること全部やる。後はまかしたっ」

 

 

「「イチニッサン――――」」

 

 

 距離は2キロと少し、高さは約30メートル。

 

 いつもの合図で左右に分かれ、各々目的地を目指す。

 

「――はあああぁぁぁっ!」

 

 火の中を走りながら、イイ感じに燃えている木々を背の順で後ろから次々と吹き飛ばし、その質量を即席の弾丸へ変える。

 

「――っ!?」

 

 数秒で30本程撃ち出したが、その全てが1キロ程の飛翔で爆ぜ、木っ端微塵に消える。おそらく電撃で何かよう分からん化学反応を起こされたっぽい。

 

「――くっ! うおあぁっ!?」

 

 続けて、囲む炎が一瞬で消え、木が弾けて手榴弾のように俺を襲うが、直前の予感に従って跳び上がり、難を逃れる。とりあえず、下を見れない程に、迎撃の規模が半端ない。

 

「っ…………」

「っ…………」

 

 空中で体勢を立て直しながら、直立不動を崩さないヒカリと視線を交錯させ、お決まりの駆け引きタイムがちょっとだけ始まる。今は随分と、時計の針が鈍く動いている。

 

 向こうが仕掛ければ、こちらは反射する。これだけ身構えていれば、脳を破壊しにこられても、心臓を貫こうとされても反射は可能。少なくともこの点において、互いの認識はその展開予測で固まっている。

 

 加えて、ヒカリが反射に対応できるのは両目からの能力行使に限られる。両手薬指、左胸、右膝からの光線は考慮しなくていい。もちろん、これがガチならリスク覚悟で狙ってきそうではある。その程度には、ヤバい女に相違ない。

 

「――――うぉっ!? って……」

「っ」

 

 撃ってきやがった。嘘だろコイツ。

 

 躱せたのは自分でも謎だが、貰ったらリスポーン待ち確定だったし。

 

「――アレキサンドライトっ!」

 

 そして気付けば掌の中に宝石を出していた。俺も死ぬが、やられたらやり返すのが礼儀であろう。

 

「――――」

「――――」

 

 赤紫に輝く宝石を、時速360キロで飛ばしながら発破する。

 

「――っ!?」

 

 ここで高所を捨て、ヒカリが屋根のない剥き出しのコンクリの上へ超速で移動する。能力の挙動と体勢的に、両目、両手薬指、左胸は塞がっている。つまりこの特攻を防ぐのは右膝で確定。これは完全に、ナギ次第の展開。

 

「――――」

 

 爆ぜる寸前の宝石が、凍り付いて崩れる。その予想外過ぎる発射軌道に、思考が途絶する。

 

「――ヤバ」

 

 既に頭は白旗。それ程に致命的な、一瞬の空白だった。

 

「――――」

 

 そして、月の光を遮りながら、ナギが最高のタイミングで飛び掛かってくる――軽く曲げられたヒカリの右膝が、その脳天を捉えていなければ。

 

 

「「――――っ!?」」

 

 

 ここで、よく分からないことが起こる。俺的には、ナギの頭がぱっくりとイクはずだったのだが。

 

 とりあえず、誰だか分らない女が横合いからナギを掻っ攫ってそのままコンクリの壁へ激突している。改めて誰だか分からんが、後日菓子折りを持ってお礼に伺いたい。

 

「――てめっ、何余計なことしてやがんだよっ!」

 

 て。イチルやん。

 

「――だからその余計なことが無かったらアンタ死んでんだってっ! 今日こんなんばっかなんだけど……」

 

 そういえばイチルがいたことを思い出す。いつから忘れていたのかを考え出すと、途端にコイツの能力がよりヤバく見え始める。

 

 

「………………時間です。そちらの勝ちですね。今日は殺す意味が薄かったので、予定通りではありますが」

 

 

 転がる二人の方を見て、一度軽く頷いたヒカリは、手にしてたスマホを戻しつつ、折檻タイムの終了を宣言してくれる。

 

「まぁそうだよなぁ……」

 

 じゃなきゃ、こんな明るめの地点で待ち構えてくれなかっただろうし。にしても、あんなトコから光線が出せるとか、聞いてないんだけど、言われても困る気もする。まぁ、誰だって奥の手の一つや二つは持っているという話か。

 

 依然として鋭い殺気を放ってはいるが、ヒカリがそう言ったのなら、本日はここで終わり、何とかステージをクリアしたと見てよいだろう。穂村姉妹も、その絆の力によりほぼ無傷で済んだ様子。とりあえず、暫くは言い合いをさせておこう。

 

「――事のついでです。少々早いですが、今月の分をいただいても?」

 

「えっ? あぁ、それなら後で――っ」

「――っ……」

 

 本来なら寒々しい、剥き出しの鉄骨空間の中、逆壁ドンを喰らい、狂気に妖艶さの混ざった灰色の瞳がドアップで迫る。メッチャ美人。

 

「食事同様、摂取したい時に摂取するのが一番……貴方だって、空腹を感じたら、食事を取るでしょう?」

 

「っ……まぁ――っ……」

 

 触れる黒髪のくすぐったさが、首の根元の痺れで上塗りされる。

 

「――――」

「――――」

 

 骨が軽く軋む程の力で抱き締められながら、身に宿る活力と一緒に、血液を吸い上げられる。

 

「ぅ……ふぅ……ぅ……っ……」

 

 身体中の血が巡る不思議な痒みと、気を張ってないと何処かへ持っていかれそうな快感に耐えつつ、頭上の三日月へと視点を合わせて時間の経過を待つ。毎度のことながら、早く終わってほしいと思う反面、ずっとこのままでも悪くないという思いが、テキトーに意識を漂う。

 

「は…………えっ? 何してんの? アイツら……」

「チッ、んなもん、見たまんまだろーが。一方が吸って、一方が吸われてんだよ」

 

「す、吸うって……はっ? もしかして、血? 欧陽って、吸血鬼なの?」

「ま、能力者がいるなら、ヴァンパイアもどっかにいるのかもな……」

 

「っ……」

 

 二人の会話が遠くから聞こえる。

 

「――っ……ふぅ…………ご馳走様でした」

 

「えっ? あぁ、終わった?」

 

 どうも、時間の感覚が鈍る。まぁそういう仕様なんだろう。ナギとイチルがこっちへ来る足音で、何となく現実へと戻ってきた気がした。

 

「――止血します。先程のも含めて、痛い所はないですか?」

「うん、大丈夫。ありがとう」

 

 頬を撫でる、白くて長い指は、ずっと手袋をしていたのに、随分とひんやりしている。血を吸われて火照った顔にはちょうどいい心地良さ。

 

「……また少し、腕を上げましたね。遮蔽や地形、穂村ナギとの連携を抜きにしても、とても当てにくかったです」

 

 期間限定の穏やかな笑顔だが、今は個人的に、その後ろで足を止めたイチルの無表情に意識が持っていかれる。

 

「……誰? この人……」

「人間誰しも、常にピリピリしてる訳じゃねぇって話だ」

 

 多少シンパシーがあるのか。そもそもこの両者はあまり互いを弄り合わない。

 

「……血を止めている間、キスしていてもいいですか?」

「――――っ!?」

 

「いや……あの、今は、ほら?」

 

 TPOという概念が薄い、というよりは、基本他人を気にしない性質の方が強いっぽい。

 

「では、軽く触れるだけ、で……っ」

「――っ」

 

 軽くとは思えないが、とりあえず柔らかい唇がこちらのそれへ優しく押し付けられる。身体の感覚はもう戻っているが、抗う程の余力はない。主に精神面において。

 

「…………」

「ぅ……っ…………さて」

 

 殺気とは違うが、何とも言えない表情で睨むナギに、唇を離したヒカリが振り返る。

 

「む――」

 

 ヒカリは取り出したレースのハンカチで、俺の口を強めに拭う。

 

「貴女もしておきますか?」

 

「「――どゆことっ?」」

 

 奇跡的に、イチルとハモる。これはさすがに新しいパターンだった。

 

「…………えっ? ナギさん?」

「…………」

 

「えっ? マ――――っ」

 

 また違う柔らかさで口を塞がれる。まぁ俺は一向に構わんが。

 

「っ…………」

「…………っぅ」

 

 ガッチリと顔をロックしていた両手が、数秒を経て離される。

 

「ふぅ……っ……ま、とりあえず、諸々一区切りってことで……」

 

 もしここから漁夫が来たら、素直に狩られようと思わんでもないが、そう思う程度には話を一旦〆させてほしい。

 

「――ちょっと」

「うん?」

 

 先の二人と比べると大分やんわりとした強引さで背中を押され、大人しくなった戦闘狂二人と距離を取らされる。

 

「アンタ、イイの? しかも、レイカに……阿僧祇さんと、後マコトはコレ、知ってるの?」

「――知ってるに決まってんだろ。この甲斐性なしが、一人で抱え込む訳ねぇだろーがっ」

 

「ちょい、言い方……」

 

 質問された俺よりも先に、ナギが誹謗中傷を添えて完全解答を返す。

 

「――私の能力の制約は強い破壊衝動です。それを抑える唯一の方法が、性的に魅力を感じる男性の血を直接摂取すること。また、摂取は月一回、最適なタイミングとなる月経時に合わせて行っています。それも能力に含まれ、今のような方法でのスムーズな摂取が可能です」

 

「っ……そう、なんだ……えっ? でも何でキス?」

 

「それは、ついでです。血を吸った直後は、自分でも不自然な程に心が穏やかなため、シンの顔を見ると、抱きたくなるというのもありますが」

 

 出た。全部言う。ちなみに、能力を得た女性は生理痛からも解放されるらしい。当然、それが本当かどうか確かめるつもりは、未来永劫ないのだが。

 

「じゃあ、アンタって……ナギとも、欧陽とも、レイカとも……阿僧祇さん、マコトともキスしたことあんの?」

 

「いや、マコトはない」

 

 逆に言えば、である。っていうか何かちょっと、微妙にフラつくのだが、慢性的な睡眠不足が原因だろうか。

 

「――あぁん? てめぇ、何で稀崎には手ぇ付けてねぇんだよ?」

 

「――彼女が望まないからですよ。マコトは、キスした相手とは添い遂げるという価値観なので」

 

 だから全部言うの止めようぜ。

 

「重っ……って思ったけど、マコトだと何でかプラスに感じるわね……」

 

「で、イチル姉さん。敢えてこっちから先手を打たせてもらうが……お前も、俺を人でなしハーレムクソ野郎とそしるか?」

 

「――――」

 

 苦労人繋がりの彼女なら、きっと分かってくれると俺は信じている。そして、イチル姉さんの表情は、俺の期待通りに変化していく。まぁ、謗りも憐みも大して変わらんが。

 

「……この件に限り、愚痴くらいなら聞いてあげる」

「ありがてぇ……」

 

 イチルが学生会に残って、諸々サポートしてくれる未来や世界線も、何処かにはあったのだろうか。

 

「それじゃ、っと……根回しの内容をタケルと桐島さんから確認して解散、かな」

「――あ。そういえば、ウチの男共のこと忘れてた……」

 

 今度はこっちが同情する番か。

 

「というか、ヒカリ、ちょっと今日、吸い過ぎ、じゃね? 少しだけフラつくんだけど……」

 

「――シン。何故そんな普通にしていられるのか、理解できないのですが、幾ら人間離れしているとはいえ、早急に血になるものを食さないと、命の危険が考えられます」

 

「あ、だから若干死にそうなのか……」

「いやてめぇがそうしたんだろ……」

 

「中華……の気分ではありません。焼き鳥なら奢りますが、どうしますか?」

「っ……レバー串、か……あ、イメージしただけでソウルが求めてるわ……」

 

 つくねもマシマシで食いたい。

 

「では……ついでに、二人もどうですか? 今なら、穂村イチルもそれ程殺したいとは思いませんし」

 

「そういや『串料理区画』VIPだって聞いたぜ。なら、この時間からでもオートメーションの店に入れるな」

 

「っ……欧陽のこの状態って、どの位平気なの?」

「寝るまでは大丈夫」

 

 俺の答えに、イチルの表情が一瞬固まる。

 

「…………VIP店の焼き鳥……そもそも、美味しいご飯なんて、夏休みの実家以来なんだけど……」

 

 コイツはそもそも、リゥ、中原に次ぐレベルで食う。様々な面において、去年から色々苦労してるのは間違いないだろう。

 

「うん……事後処理はながらで出来るし、この謎面子で……飯、行くか」

 

 というか、自覚すると早く何か食わんとヤバい気がしてきた。

 

 

 神崎一家はカチ込みの末に返り討ち。一宮先輩が重傷を負って緊急入院。遅れて到着した警察の方がその大量の血痕を確認、イチルは別ルートで逃亡、欧陽が確保してアパートまで連行。細かい部分は色々あるが、大体はこんな感じでイイっぽい。まぁよくはないんだけど。

 

 一方で、俺の方は臭みの全くない絶品のレバー串を十本程食べた所で調子を取り戻し、殺り合わなければ気の合う様子のヒカリとナギにつっこみを入れつつ、全メニューを制覇する勢いで串盛りを平らげていくイチルを眺めながら、今日はもうイイだろと自分に言い聞かせた。

 

 だって、明日からしばらくは平穏なはずなのだから。

 

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