トワイライト・エネルゲイア   作:サムラビ

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それぞれの9月23日 太刀川シン 前

「――じゃ、今日は終日別行動になる」

 

 久々に食ったパンケーキはびっくりするレベルの美味さ。店の影響も強いと思うが、感じる味の深みは、空けた時間に比例する部分もあるのかもしれない。

 

「はい」

 

 九月二十三日木曜日、時間は午前の11時を過ぎたばかり。こういうのをブランチと言うのか、別にまぁまぁどうでもいい。

 

 俺と中原は『卵料理区画』の穴場、学生会と関わりの薄い層はまず知らない、玉子焼き屋さんの皮を被ったパンケーキ専門店で今し方食事を終えた所だった。

 

「そういや、完全に別行動っていうのは、いつ以来になるんだっけ?」

「その意味であれば、先月に先輩が稀崎先輩と外出して以来となります」

 

 至極どうでもよいことのように即答する中原。

 

「マジか……どうりで、今から違和感しかない訳だ……」

 

 もう既に、中原抜きで依頼をこなす日々など想像が付かない。特に、依存している訳ではないと信じたいが。

 

「よし……ちょうどいいな。んじゃ、出るか。中原は今日、どうすんの?」

 

 気合で合わせたのだが、今日は依頼の区切り日でもある。今入ってるヤツは、明日以降に回せる状態だ。

 

「はい。私はまず、ここでパンケーキを再注文します。なので、先輩はご自分のスケジュールへ移って下さい」

 

「お前……リアクション薄めだったのに……」

 

 しっかりハマってんじゃねぇか。

 

「それは、先輩のドヤ顔があまりにも見苦しかったからです」

「何だよそれ……」

 

 折角隠れた名店を教えてやったというのに。

 

「まぁいいや。お前もまだ一年なんだから、たまにはダラダラ過ごすべきだ。ここは奢ってやるから、のんびり食ってけ」

 

「っ……」

 

 遠慮される前に立ち上がり、出口へ向かう。まぁこれは、後で大変なことになる前払いと思ってもらえばいい。

 

 本日、九月二十三日は俺にとって少々特別な日であり、しかもそれに、後で足されたエキセントリックなスケジュールも加わり、依頼はないのに全く気の休まる日程ではない。まぁどんまいだ。

 

 5分以内に一周することが可能な狭い区画を抜け、ポータルへ。昼飯には大分早いため、学生の姿はないが、ここはそこそこ賑わっている区画ではある。

 

「――――」

 

 もう少し感慨深いかとも思っていたが、パンケーキの感動の方が勝っており、普段は絶対にセレクトしない名称をタップし、今日も元気に空間を跳躍する。

 

「……」

 

 早朝の日差しと、寂しい潮風の音と、匂い。

 

 俺は一人虚しく『監獄島区画』へやって来た。

 

 以前来た時は総合的に酷い目にあったが、気分的には今よりはマシだったのかもしれない。そんな風に感じながら、取り壊しが決まったのに放置されたような建物内へと足を踏み入れる。

 

 一般的な監獄の内装など存じ上げないが、病院と福祉施設の要素が強い印象か。とにかく、奥へ向かえばいいだけなので、迷うことはないし、電気系統は生きている設定なため、別に暗くもない。

 

 俺がここへ来た理由、それは一人の学生との約束だ。

 

 結んだのは去年の十一月十四日の今と同じ位の時間。

 

 一年生も、その一部は耳にしているらしいが、去年の十一月十三日は、学園サイドにとっては地獄のような一日だった。とにかく、能力者ではない一般の職員さんが、複数人重傷を負ったことは致命的だった。もしその命までもが奪われていたのなら、今日という今はないだろう。

 

「あ……地下に通じてる階段だけは暗かったんだ……」

 

 少しずつ、去年の記憶が蘇ってくる。あの時分は色々と事後処理が大変過ぎて、コレ関係については正直あまり鮮明には覚えていない。率直に、申し訳ないことだとは思う。

 

 十一月十四日からちょうど十月十日判定が加わると、本日の九月二十三日になるらしい。該当の事情についてちゃんと知っているのは、俺とタケルとレイカだけだが、他の面子も何となくで察しているのは間違いない。

 

 何たって。

 

「……ここか」

 

 人間一人がコールドスリープみたいになってんだから。

 

 長い階段を下り、突き当りの独居房。地下は上よりも綺麗で、そうじゃなきゃさすがにこんな場所は選ばなかったが、それでもこの場所はあまりに都合が良かった。きっと、ボロボロだったら俺が頑張ってリフォームしていただろう。

 

 電子ロックっぽい鉄格子の狭い部屋が並ぶ中、目的の最奥へ急ぐ。何故なら、スマホを確認したら既に1分を切っていたからだ。さすがに遅れるのは人としてヤバ過ぎる。

 

「――っぶね……セーフ……」

 

 溜息と独り言を漏らしつつ、開けっ放しの鉄格子の中、安っぽいパイプベットに羽毛布団を敷き、うつ伏せ寝状態の少女を無事確認する。身長は多分、中原より少し低い感じか。

 

「……」

 

 残り時間は30秒。

 

 少女が身に付けているのは男物のYシャツに、多分下着のみ。セミロングの白髪、というか銀髪? にはしっかりと猫耳が生えており、つまり耳が合計で四つある。呼吸している感じはないが、死んでいる訳ではないため、そこは心配要らない。

 

 顔は、率直に美人系に属すると思われるが、その獣要因によって可愛い、幼い系統の属性が混ざり、不思議な色気を醸し出してはいる。

 

「さて…………うーん……マズいな。あんまり細かいディテールを思い出せん……」

 

 何か色々話した気もするが、その時はとにかくレジスタンスの奴らの命をどう繋ぐかに脳のリソースが全振りされてたからなぁ。最悪、神崎とモリスと織田島には人柱になってもらおうまであったしなぁ。

 

「――――あ、おっ……と……太刀川君? あ、格好違う……やっぱ約束、忘れたんだ……」

 

 目覚める、というよりは動き出したという感じ。両手で身体を押し上げて、金色の瞳がこちらを見る。

 

「とりあえず久しぶり。気分はどうだ?」

「……」

 

 藤堂セナ。二年生、無所属と言いたいが、立場上はレジスタンスの八人目。

 

 そのエネルゲイアにより、十月十日停止していた、あまり関わりのない同級生だ。

 

「実は5分も経ってなくて、太刀川君が大急ぎで着替えただけってことは……」

「ない。ほらっ」

 

 スマホを向ける。

 

「……コラ画像?」

「中々ダルいな。そんな感じだったっけ?」

 

 希少性の高いお淑やかタイプのイメージだったんだけど。

 

「ハァ……先に一つだけ。神崎君、穂村イチルさん、モリス君、織田島君、一宮先輩、それと……あの二人の先輩は、ちゃんと生きてる?」

 

「ちゃんとの定義が難しいけど、まぁ生きてる。そこは追々……あぁそっか。停止させると、メンタルの状態はある程度リセットされる、とか言ってたっけ」

 

「酷いよぉ、ホントに全部忘れてるじゃん……同じ服で来てって言ったのに見たことないTシャツだし、実は時間が経ってない体のやり取りにも付き合ってくれないし……ホントに、今日は来年の九月二十三日なんだね……」

 

「その通り。っていうか、一年経った俺の姿でそもそもがバレバレだろ?」

「……髪型一緒なんだよねぇ……変色もしてないし」

 

「毎月マコトに切ってもらってるし、しゃーないやろ……」

 

 逆に向こうは白髪がやや銀っぽくなってる。

 

「稀崎さん、かぁ……会いたい気もするし、気まず過ぎてな感じもするし……」

 

「で、約一年振りなのに申し訳ないんだけど、今日俺、スケジュールしんどくて、しかも、終日同行してもらうことになってる。えっと……腹減ってる?」

 

「……さっき食べたばっかりだって……何か、変わらず追われてるような感じ、に見えるけど……まずは、従った方がいいん……だよね? でも、九月二十三日はもう世界に平和が訪れてるんじゃなかったっけ?」

 

 微妙に刺々しいが、俺の忘却っぷりが原因だと思われる。

 

「そう……彼は、人々を幸せにするはずだった……そんなフレーズもあるが、現実は厳しい。とにかく、ここは世間話するような場所じゃない。一旦……『ファッション区画』か。荷物返却も後になる。とりあえず……」

 

 何故、この人はYシャツしか装備していないのだろう。

 

「そのYシャツって、もしかして俺の?」

 

 朧気な記憶に蘇る気配はない。人はこれを、忘れたと言うのだろう。

 

「…………」

 

 そして案の定、白い目を向けられる。瞳は金色だけど。ただ、そのくすんだゴールドが俺の海馬を刺激してくれたのかもしれない。

 

「そうだ。猫の着ぐるみだったんだ……あれ? 着ぐるみは?」

 

 そうだよ。俺、この人の裸見てるんやん。能力発動でリスポーン待ちが解けて、頼まれた通りに着替えさせたんだ。ただ、その時の俺のメンタルは女体を楽しめないレベルだったのだろう。それは最早病んでいると言える。

 

「うーん……多分消えたんじゃないかな。それに、この姿で猫の着ぐるみはないって、さっきもそう言ったのに……よく分かったよ。副会長が私のことをどうでもいいって思っているのが」

 

 どうやら、フラグがあったのならバキバキにするような選択肢を選び続けている様子。だが、それについては全く言い訳する気も起きない。

 

「そのさっきっていうのそろそろ止めようぜ……っていうか、猫、別に好きだろ?」

「生粋の犬派です」

 

 こんなどうでもいい所に至っても、神は常に残酷だ。ただ少なくとも、Yシャツ一枚で外を歩くよりは幾分マシな格好なのは確かだ。

 

「よし、行こ――っ!? おいおい、一番大事なの忘れてた……能力、何に変わった?」

 

「もしそれも忘れてたら、黙ってようかと本気で悩んでた所だよ。けど、もしそんなことしたら、私本当に殺されちゃうんだよね?」

 

「いや、さすがにそこまでは……で、どんなん?」

 

 彼女のエネルゲイアの本質は、十月十日の停止状態により、エネルゲイアを根本から変容させるという、期間の掛かり過ぎる本末転倒リセマラのような能力。

 

「うーん……副会長ってさぁ、テンション常時高めに見えるけど、感情の起伏薄いんだね。ほぼ無色……えと、他人の感情が、色で感覚的に捉えられる……それが能力、みたい」

 

「っ……また炎上しそうなやつツモったなぁ……」

 

 共感覚性の上位互換のようなものか。ただ、ビフォアよりはマシなアフターではなかろうか。

 

「なるべく使わないようにするけど、コントロールは課題かも」

「じゃ、マストな問答も終わったし、行こう」

 

「――ちょっと待って。一つだけ。コレ聞いてくれたら、もう全部忘れてたことは気にしないことにするから」

 

「イイ条件だ。これで色んなヤツにチクられることによる被害は未然に防がれるな」

 

「そうそう……そんな感じだったよね。これも止まる前に言ってたの。私達、友達になるって話。思い出せない?」

 

 それについて、言われてる途中で思い出してはいた。

 

「うーん……気付いたら友達になってる、がスタイルなんだよなぁって、答えた気がする」

 

「正解。なら、これから私は副会長のことをシンって呼ぶから、そっちもセナって呼ぶ所から始めよう」

 

「うん。完全に思い出した。んじゃ、セナ。まずはまともな服をゲットしに行こう。出所祝いに奢るから」

 

「――ちょい待って」

「っ……」

 

 今度こそ歩き出せると思ったのに、振った右手をキャッチされる。コイツはいつまで布団の上にいるつもりなのだろう。

 

「さすがにおんぶしてほしいって。私今、Yシャツ一枚で裸足だよ?」

「っ……」

 

 無理を承知で周囲を見渡すが、便所サンダルすら見当たらない、何とも監獄失格な空間だった。

 

「まぁいいか。誰もいないし」

 

 特に拒否る理由もないため、そのままベッドに腰を下ろす。

 

「よかったぁ……私さぁ、地元のプールの更衣室とかで、裸足で歩くのも嫌な感じの人なんだよねぇ……」

 

 言ってることはよく分からないが、おんぶしてやっと歩き出す。

 

「……あのさぁ、実際問題の実際問題な所、この、猫耳? って、一年経ってみてどう? さっきから、視線の集中率が高かったんだけど」

 

 それはレア度の高さ故、しょうがないのではなかろうか。

 

「どうって、それ自体はまぁ普通に只々可愛いの一言に尽きるけど?」

 

 リアルな質感で見せられちゃうと、大抵の人間はそういう感想を抱きそうなものだが。

 

「――ぽぉぉ……ほぉ。口説いてる……訳では、ない?」

 

「ない」

「だよね」

 

「だよねってことはないけど、口説くシチュエーションではない。ここ監獄島」

 

「獄中結婚否定派?」

「その話は止めよう」

 

 本筋に絡まないから。

 

「――あーそうだ。ちなみに今日は、俺ともう一人、レイカともずっと一緒だから」

「――っ!?」

 

 何となくだが、猫のようにビクッとした感じが背中に伝わってくる。まぁ気持ちは分かるが、会長の指示なため、泣こうが喚こうが変更はない。

 

「……何か……あーでもぉ、こっちだって目の前のことからダッシュで逃げた訳だし、文句は言えないかぁ……シンはどう、なの? 殺しちゃった相手と話す気分って……」

 

「どうって……そっちだって、殺された側の気持ちも分かるだろ? 別にレイカもそんなに気にしちゃいない」

 

 殺し殺され、殺され殺し。別にそうではないが、イメージ的には三角関係になるのかもしれない。ただ、絶対に口には出さないと今決めた。

 

「……逆に、シンが恨んでる……とか? あ……十か月経って、桐島さんと、もう付き合ってる……とか? あ……付き合って、もう別れたが一番キツいかもなぁ……」

 

「止めろって……全然恨んでないし、付き合ってもないから。そっち系のネタと言えば……飯島と八重樫カップルは、年始に両家の挨拶を済ませて、成人を待って結婚する流れらしい。つまり、婚約した……」

 

 口に出すと結構しんどかった。何故あんなドMの変態があんなスタイルのイイ嫁さんをゲットして幸せな方向へガンガン突き進んでいくのだろう。

 

「へぇ……めでたいね、それは。バカップルは絆が強いって、本当だったんだね」

 

 中々に辛辣だが、否定する理由は見当たらない。

 

「後は……仲のイイ後輩は、随時テキトーに紹介するよ――っとぃっ!? ちょ、おま……今、もしかして、首舐めた?」

 

 とりあえず、そんな感じの感触と共に、首の後ろが少し濡れた。

 

「先に言い訳。シンはさぁ、猫耳が生えると、何かちょっとしたモノを、つい意味もなく舐めたくなるって、知ってた?」

 

 その話について、一応の検索結果には、該当項目が見られた。

 

「っ……兎の耳生えた一年の子が、ふとした時に一人でいると、死にたいレベルで寂しくなるって相談があったんだけど、それの猫バージョン的な?」

 

「多分そう。だから、ホントに他意はなくて。もう飽きたから、一応今は大丈夫」

 

 別に構わないと返す前に、よく分からんが振られたらしい。ほんの少し、極僅かではあるが、テンションが下がる。

 

「……まぁ、もちろん、明日以降はちゃんとサポート時間を設けるから、時間は……結構余裕あるし、まずはのんびり、必要な物を入手しよう」

 

「うーん……正直、よく分からないけど、雰囲気で何とか察してみようかなって、今思った」

「割とマジで助かる。もし口寂しかったら、コレ舐めとけ」

 

「おっ、謎の用意の良さ。いただきます」

 

 ポケットに忍ばせておいた対中原用の棒キャンディーを渡しておく。中原は一旦コレを渡してからの羊羹で、大抵は機嫌を直す。レイカにバレたらキレられ確定っぽいが、今の所ウィンウィンの関係が保てているため、漏れは見られない。

 

 

 朝の段階では、もう少し気まずい思いをする予感もあったが、それ以上に様々な面で忘れ過ぎていたことに驚いて、色々と有耶無耶になってしまった感じかもしれない。普通はどうなのか。

 

 ただ、十月十日の停止から動き出した相手と、どういう距離感で接するのか、さすがにマニュアル化は難しいだろう。利用価値が無さ過ぎて。

 

 

 客観的な現象として、去年の十一月十三日の金曜日、セナはレイカを殺し、俺がそのセナを殺した。それは揺るぎない事実である。

 

 それについて、このままでは墓まで持ってくルートに入ってしまうが、今考えることではないのは間違いない。特に弁明するつもりもないが、これもいつかやることリストにそっと加えておくことにしようと思った。

 

 さぁ。きっと今日は、まだまだ長い。

 

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